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#6 交渉

「魔王様なのですから、そのままの姿ではいけません!」


 さて、哨戒機に乗り込み、いざ将軍の元へ出発しようとした時、ベルガが俺に意見する。


「何が、ダメだというのだ?」

「その格好です! 魔王様ともなれば、マントを羽織らなくては威厳が感じられません!」

「そんなものは要らない。別にこの服だって、我が軍では立派な将官を示す飾緒付きの軍服で……」

「魔王様の国の常識は、こちら側の将軍に舐められます。支配者や指揮官たる者、マントを羽織るのが当然。そうでない者はただの使いの者だと、門前払いされてしまいますよ」


 と、この魔女のベルガが強硬に主張するので、仕方なく「マント」を仕立てることになった。

 食堂のテーブルクロスには、黒い布が使われている。汚れが目立ちにくいようにそうなっているのだが、ボルガミーニ准尉はそのテーブルクロスの予備を切り取り、肩にはご立派な飾緒を被せた即席マントを作り上げた。


「黒いマント……まさしく、悪の権化にふさわしい魔王様の威厳あるお姿です。ベルガ、感動いたしました」


 そんなに褒められるような姿か? そう思いながらも俺は渋々、その姿で哨戒機に乗り込んだ。


「さて、まず向かうは、アイゼンヴァルト王国軍の方から向かうとするか」

「あの、魔王様。どうしてアイゼンヴァルト王国の方から向かうので?」

「ベルガの言う通りです。戦隊長、なぜそちらからなのでしょう?」


 ベルガと参謀長が、俺に尋ねてくる。が、その答えは明白だ。


「王位継承争いが起こっているのは、エーデルライヒ王国だ。その継承争いに異議を唱えるために、アイゼンヴァルト王国は軍を動かした。そちらが撤退したとなれば、エーデルライヒ王国軍は軍を進める理由を失う。だから、先にその厄介な方をまず説得し、引かせるのだ」

「なるほど、そういう意図ですね」


 ここで参謀長であるヴィスコティ大佐は納得する。とはいえ、そう易々とはいかないだろうな。

 ところで俺はここでは「説得」と表現したが、駆逐艦五十隻に、さらに先ほどの人型重機隊の一撃だ。あれを見せつけて「説得」とは、いささか厚かましい物言いだな。

 あちらからすれば、もはやこれは「脅し」だと捉えていることだろう。

 もっとも、俺も最初から「脅し」のつもりだから、それ自体は問題はない。その結果として無血撤退に追い込めるならば、それが最善だ。戦わずして勝つことができるのが善の善なる者なりとは、古の兵法書にもある基本中の基本だ。

 などと考えているうちに、そのアイゼンヴァルト王国側の大きな陣幕の前に、哨戒機は強行着陸する。当然、近衛兵たちが集まり、抜刀する。

 が、哨戒機のハッチを開き、陸戦隊員二名に守られながら俺は、マントを翻しながら降り立った。すると、近衛兵たちの目の色が変わる。

 ベルガの言う通りだな。どうやらひと目で俺を「指揮官」と見抜いた。マントをつけてきて正解だった、ということか。


「俺は、第九戦隊の戦隊長である、レオナルド・バルディ准将だ。貴国軍の将軍と面会したい。直ちにその許可をいただきたい」

「な、何を申すか! そう言って、我が軍を再び混乱させるつもりであろう!」

「そんなつもりならば、わざわざ降りてくるはずがないだろう。上空に並ぶ人型重機隊に合図を送り、ビーム砲を浴びせれば済むことだ。降りてきたからには、それとは別の目的がある。その程度のことは、貴殿の将軍でもわかることであろうが」


 俺がそう告げると、衛兵の一人が慌てて陣中に走っていった。あれほどの力を見せつけられて、その上で戦隊長自らがわざわざ会いに来たというのだ。話し合いを望んでいることくらい、少し考えれば分かりそうなものだろうに。

 すぐに衛兵は、一人の甲冑を身に着けた騎士を引き連れて戻ってきた。その者はこう俺に告げる。


「我はバルシュミーデ将軍の側近である、イェーリングと申す者である。将軍は何用かと、貴殿に尋ねておられる」

「俺の用件は、ただ一つだ。この地より直ちに軍を引くよう、要求する。ただそれだけだ」


 するとその側近とやらは、叫び始める。


「そ、そのような要求を、飲めるはずがないであろう! なにゆえにエーデルライヒ王国の専横を見逃さねばならぬのか!」

「そうか……ならば、空に浮かぶあの人型重機隊に命じて、この軍勢を丸ごと吹き飛ばすだけのこと。それで構わないと、貴殿はそう言われるのか?」


 それを聞いたこの側近は、青ざめた顔で何かを言い返そうとする。が、目前に浮かぶあの不気味な人型重機隊を前に、先ほどのあの衝撃が脳裏によみがえったらしい。


「た……直ちに取り次ごう。しばし待たれよ」


 いやはや、あの慌てようと言ったら、不謹慎ながら愉快でたまらないな。いやいや、俺の役割は脅しではなく、あくまでも無血撤退だ。そのための脅し、いや、「説得」をしているのだ。

 慌てる兵士を見て、優越感に浸ってる場合ではない。

 で、その側近とやらのおかげで俺は、バルシュミーデ将軍に面会する。歳はだいたい五十代か。いや、この星の環境を思えば、四十代でもあの見てくれなのかもしれない。ともかく、そんな男から見ればただの若造に過ぎない俺は、立ち上がったその王国の将軍と対峙する。


「なにゆえそなたは、我がアイゼンヴァルト軍にたてつく。我々はただ、エーデルライヒ王国の裏切りを許すわけにいかず、やむなく軍を動かしているにすぎぬ。そなたらには、関係のないことであろう」

「そうはいかない。貴国の軍を動かすために、多量の兵糧が必要となる。その兵糧でひと儲けしようとしている第三の王国が、まさにすぐ近くに存在する。そのためにその国民が、まさしく飢え苦しもうとしているのだ。我が軍はそれを見逃すわけにはいかない」

「それで我らに軍を引けというのか。だが、それでは我が王国の面目が立たぬではないか!」

「つまり貴国の軍は、面目さえ立てば引くと、そういうことなのだな」


 あれほどの「脅し」にも屈しず、軍をおさめようとしない将軍相手だ。ならばその、譲れない条件とやらを聞き出し、それを解消すればいい。


「それはそうに違いないが……だがそれは、この戦場では決められぬこと」

「戦場で決まらないというのに、戦いを続ける。矛盾していないか?」

「そんなことはない。この戦いの勝利はあくまでも、我々の目的を果たすための手段の一つに過ぎないからだ」

「それはつまり、エーデルライヒ王国の王位継承問題が、貴国、すなわちアイゼンヴァルト王国にとっても納得できるものにするため、ということか」

「そこまで事情を知っておるのならば、話は早いだろう。我らが戦いに関与しないでもらいたい!」


 やれやれ、堅物な軍人だな。そこで俺は、こう告げた。


「ならば、エーデルライヒ王国の軍に、貴国の求める者を王位に立たせると約束させ、撤退させればよいのだな」


 我ながら、とんでもない提案をしでかした。が、ここまで言い張らなければ、奴らは引くまい。


「そ、それはそうだが、そんな条件を奴らが認めるとは……」

「日が沈むよりも早く、それを認めさせてこよう。それをもってエーデルライヒ王国軍が軍を引くことになれば、貴国の軍も当然、引くのだな?」

「そ、それは、もちろんだ」

「分かった。言質を取った以上、それを果たすとしようか」


 そう言って俺はマントを翻し、哨戒機の方へと向く。が、立ち去る直前、俺は振り返ってこう告げた。


「朗報を、待っててもらおうか」


 我ながら、自信満々に答えたものだ。もっとも、上手くいくかどうかなど、この時点で分かるはずもない。が、俺はあらゆる作戦を成功に導いてきた。

 ならば、あとはエーデルライヒ王国軍を説得するまでだ。もっとも、こちらの方が正直、俺にとってはやりやすい。おそらく、十中八九、成功するだろうとまで確信している。

 そして俺は、哨戒機に乗り込んだ。


「さて、アイゼンヴァルト王国軍の将軍とは話をつけてきた」


 そう告げると、機内で待っていた参謀長とベルガが驚いた顔をする。


「話をつけてきたとは……戦隊長、こちらの軍は撤退に応じると?」

「さすがは魔王様! 話が早いです!」

「いや、確かに撤退には応じるが、条件がある。それは向こうの軍が引き返すことだ」

「えっ、それでは……」

「そうだ、今度はエーデルライヒ王国軍の方に向かうぞ」


 そう言って俺は、哨戒機を発進させた。

 さて、あちらの陣から二、三キロほどのところにあるエーデルライヒ王国軍の陣地に降り立つ。集まる兵たちに構わず、上からのしかかるように強行着陸を果たす。当然、兵たちは逃げ惑う。

 が、ここでも同様に、剣や槍を構えての歓迎を受けた。そんな彼らの前で、再び言い放った。


「俺は第九戦隊の戦隊長である、レオナルド・バルディ准将だ。貴国軍の将軍と面会したい。直ちにその許可をいただきたい」


 だいたい先ほどと似たようなやり取りの後、今度はエーデルライヒ王国軍の将軍であるゼーフェリンク将軍と面会した。


「き、貴国が何者かは知らぬが、我らに介入すべき理由はないはず。直ちにあの空に浮かぶ石砦を取り除いてもらいたい」


 こちらもやはり、堅物の軍人だ。こういうのが、本当に厄介だ。我が軍でもそうだが、頭の硬い将軍が発言するほど軍の運用に柔軟性を欠き、結果として窮地に陥ってしまう。今回のブラックホール宙域への遠征も同様だ。

 が、今はそんなことはどうでもいい。この目前の将軍をどうにか退却に追い込まねばならない。

 だから俺は、こう言ってのけた。


「よろしいでしょう、あの駆逐艦を、一斉に取り除いてごらんに入れます」


 怪訝そうな顔をするゼーフェリンク将軍だが、俺にこう答えた。


「わ、我が方の言い分を飲んでもらい、感謝する」

「いえ、感謝されることなど何もしておりません。我々はこれより、全軍をもってエーデルライヒ王国軍へと攻め込むのですから」

「は? おい、ちょっと待て、それはどういう……」

「実は、アイゼンヴァルト王国軍の将軍は、面目が立てば撤退することを了承していただいた。それはすなわち、エーデルライヒ王国の王位継承が、アイゼンヴァルト王国の意向に沿ったものとなるならば、すぐにでも軍を引くと告げられた。ならば、我々はその約束を果たさねばならない」

「おい待て、それはどういう……」

「こういうことですよ、ゼーフェリンク閣下」


 俺は、左手の指をパチンと鳴らした。と同時に、上空にいた三十隻の駆逐艦が動き始める。その駆逐艦所属の人型重機隊も、続々と艦に戻り始めた。


「さて、まずは三十隻をエーデルライヒ王国に向かわせました。小官が戻り次第、残りの二十隻もエーデルライヒ王国に向かいます。これだけあれば、王城と王都の占拠はたやすいでしょう。それで足りないようならば、我々にはまだ四百五十隻の艦艇もありますし」

「お、おのれ! そんなことさせるか!」


 そうゼーフェリンク将軍が叫ぶと、近衛兵の一人が俺に斬りかかってきた。が、携帯シールドでその剣を、あっけなく弾き返す。

 と同時に、二人の陸戦隊員が威嚇射撃を行う。陣内に、土ぼこりが舞い上がる。


「無駄ですよ。我々を止めることなど敵いません。そんなことより、我が軍が王都に押し寄せようというのに、肝心の軍主力がこんなところで能天気に居座っていてもよろしいのでしょうか?」


 そう言い残して、俺は颯爽と哨戒機へと戻っていった。その時のゼーフェリンク将軍の血の気の顔を見て、俺は確信した。

 ああ、これは軍を引くだろうな。

 実際、哨戒機が上昇を始める頃には、陣幕の回収もそこそこに、慌てて軍馬や兵士らが草原の奥にある細道へと急ぎ進軍を始めていた。その様子をしばらく上空から眺めていた俺は、パイロットに告げる。


「ソリアーノ中尉、再びアイゼンヴァルト軍の方に向かってくれ」


 猛烈な勢いで撤退を進める彼らの姿は、当然、アイゼンヴァルト王国軍からも見えているはずだ。それをもって俺は、アイゼンヴァルト王国軍に撤退を迫ることとした。

 で、先ほどの陣幕へと戻り、再びバルシュミーデ将軍と面会する。


「すでに御存知の通り、エーデルライヒ王国軍は条件を受け入れ、撤退を開始いたしました。ということで、貴国の軍も直ちに帰国されることを望みます」

「待て待て! まさかとは思うが、王位継承で、我が王国の血筋ある者を王位につけると確約させたのか?」

「確約、とまではいきませんでしたが、確約するよう仕向けました。ですからあの通り、大急ぎで帰国していった次第です」


 俺は敢えて、言葉を濁した。上空にいた三十隻が動くのと同時に、エーデルライヒ王国軍は動いた。つまりそれが何を意味しているのか、彼らには理解できたはずだ。


「わ、分かった。我らも役目を果たせれば、この場に軍を止める必要はない。直ちに、帰国することとする」


 下手をすれば、自国の王都が襲撃されかねない。その恐怖も同時に察したのだろう。だから、あっさりと撤退に応じた。

 この広い平原から、三千もの兵が引いた。両軍とも、大急ぎで自国へと戻っていく。

 当然だが、撤退後にも再び出向いて「説得」する必要が残っているだろう。が、ともかくは二つの軍が長期間にわたりにらみ合い、兵糧を浪費する事態は避けられた。

 となれば、それで儲けようと考えていたヴァルデンブルグ王国は、肩透かしを食らうことになる。


「さて、続いてはその、ヴァルデンブルグ王国の方だな」


 俺はそう哨戒機内でヴィスコティ大佐に告げた。怪訝な表情を浮かべるその参謀長に、俺はこう続ける。


「今ごろは王国の斥候が、この両軍の撤退を知らせるべく王都ゴールデンフェルトスに向かっている頃だろう。その知らせがつくと同時に我々が現れ、国王と謁見する」

「謁見して、どうなさるおつもりです?」

「決まっている。国民から搾取した作物を、直ちに返還せよと迫る。さもなければ、王宮を焼き払う覚悟だ、と伝えてやるんだ」


 無論、そんなことをするわけはないが、並みの交渉では、その国王は一度搾取したものを民に帰そうなどとは思わないだろう。

 だからこそ、俺は敢えて強硬な手段に出ざるを得ない。


「さすがは、魔王様です」


 魔女のベルガが、そう俺に告げる。しかし、いちいち引っかかるなぁ。頼むから魔王と呼ぶのをやめてもらえないだろうか? しかし、この魔女は頑なにやめようとしない。

 さて、軍のいなくなった戦場から、二十隻を離陸させる。そしてそのまま悠然と、王都ゴールデンフェルトスへと進路を向けた。

 あとは、そこにいる国王さえどうにかしてしまえば、それで民は救われる。

 この時まで俺は、そう考えていた。

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