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#5 戦乱

 この辺りの王国の名は「ヴァルデンブルグ王国」という。村の周囲にいくつか城塞都市が見られたが、その中で最大の都市「ゴールデンフェルトス」というのが、この国の王都らしい。

 で、戦争状態にある二つの王国とは、ぞれぞれ「エーデルライヒ王国」と「アイゼンヴァルト王国」という。どうやらこの二か国は元々、互いに血縁者を嫁がせる政略結婚により、互いの関係を保ってきた。が、エーデルライヒ王国側で国王が亡くなり、その後継ぎとして選ばれた王子というのが、アイゼンヴァルト王国とは血縁のない者であったらしい。

 当然、アイゼンヴァルト王国側は自身の影響力低下を恐れ、自身の血縁者である王子の方を国王に推す。それがきっかけで、両国で戦端が開かれた。

 ベルガ曰く、どうやらこの王位継承権争いにヴァルデンブルグ王国も絡んでいるとのこと。両国の関係が崩れて戦争となれば、漁夫の利を得るのはまさしく両国と国境を接するこのヴァルデンブルグ王国だからだ。

 で、そのヴァルデンブルグ王国を治めているのが、フリードリヒ十六世という。この国王は、近年稀に見るほどの暴君であり、穀物類の搾取のみならず、兵役の強化や貴族階級の締め付け、そして国庫を潤すために鉱山開拓を民に課すなど、手段を選ばないことで有名である、とベルガは話す。とにかく、国民が国主に抱く印象が非常に悪いのは間違いないようだ。


「まずは鬼畜なる我が国王に鉄槌を加えるため、そして民を救い出すために、あなた様を呼んだのでございます」


 と、ベルガは締めくくるが、それは一番呼んじゃいけないやつじゃないか? 魔王というのは人を滅ぼす存在だろう。災悪をもたらす者を招いてどうする。


「あのなぁ、俺が魔王かどうかはさておき、普通に考えて、人を救うために魔王を呼ぶのか?」

「私は魔女であり、私の魔術で呼び出せるのは、魔王様だけです」

「ならば、神官であれば天使あたりを呼び出せることもできる、ということじゃないのか?」

「神官など、名ばかりの存在です。魔力もなければ、救いの存在を呼び出すことすらできやしない。ついでにいえば奴らは今、民を苦しめている国王側の役人の一人ですよ。まさに悪の権化でございます。そのような輩に、人を救うことはできません」


 神官の存在は、あっさりと否定された。なんだそれ、常識的に魔王と神官とに抱く言葉の倫理観が真逆になってないか、この星は。


「それに比べれば、美味しい食べ物を私に下さる魔王様の、何と慈悲深きことか。魔王様の爪の垢を煎じて、あの神官の鼻の両穴に流し込んで差し上げたいくらいです」


 この容赦のない発言は、魔女らしい。それを除けば、ただの栄養失調気味の小娘だ。

 っと、危うく尋ねるのを忘れるところだった。そうだ、こいつは我々を「召喚した」と言っていた。実際に、不可解な事象が起きてここに飛ばされたのは事実だ。一体こいつは、何をしでかしたのだ?


「あと一つだけ、尋ねたい。お前は我々を『召喚』したと言っていたが、それは具体的に何をしたのだ?」

「その技について、語ることは本来、禁じられています。なにせ禁忌の技ですから」

「別にそれを話したところで、我々は火あぶりなどにはしない。せめて、どのようなことをしたのかくらいは話すべきだろう。我々はお前によって、ここに飛ばされてきたのだ。その一端を知る権利くらいはある」

「まあ、なんと強引な魔王様ですねぇ。仕方ありません、ならば特別にその一端を、お見せいたしましょう」


 そういうと、ベルガのやつ、周囲をきょろきょろと見まわす。そして、俺に尋ねた。


「あの、紙とペンはありませんか?」

「あるにはあるが……そんなものを、どうするんだ?」

「簡単な転移魔術を、実際にお見せしようかと思いまして」


 また不可思議なことを言い出したぞ、この娘は。紙とペンで、転移魔術? この両者が飛躍しすぎていて、ついていけない。


「ボルガミーニ准尉」

「はいはい、用意すればいいんですね」


 と、いうことで、この自称魔女が要求する紙とペンを准尉に頼んで用意してもらう。彼女の目の前に、真っ白なA3用紙とボールペンが置かれた。


「やけに白い紙ですね。それに、この見たことのないペン。ところで、インクはないのですか?」

「そんなものはいらん。そのペンの中に入っているから、そのまま書けばインクが出てくる」

「なんと、さすがは魔王様の成される技。このベルガ、大変感動して……」

「余計なことはいい。なんでもいいから、その転移魔術とやらを見せてみよ」


 まったく、なんだって紙とボールペンごときで感動されなきゃならないんだ。それに、それを作り出したのは俺ではない。俺とは別の、科学技術によるものだ。なんでも魔王の仕業ということにするんじゃない。

 さて、口先ばかりのこの魔女が、いよいよその「魔術」とやらを披露してくれることになった。が、正直言って、半信半疑だ。紙とボールペンに、それほどの力などあろうはずがない。

 だが、百パーセント嘘だと断言できないのは、まさに我々がこの地にたどり着いた事実と、その時の謎の事象があるからだ。まさかとは思うが、本当に何かを召喚する技をこいつは持っているというのか?

 さて、ペンを受け取り、目前の用紙の上に大きな円を描き出す。その中に、円と四角を組み合わせた幾何学図形のようなものを描き始めた。なんだこいつ、何を始めるつもりか。しかし、それにしても器用だな。その円や四角形の一つ一つの大きさは、寸分たがわず同じ大きさだ。それを、何重にも重ねて描く。

 やがて、その図形の上に手をかざす。そして、不可思議な呪文のようなものを唱え始める。


「ヘァ、アエルホエレ マイネン ルーフ ウント ラス ダス ゲフェース アオフ デーム レガル フォア マイネン アウゲン エルシャイネン!」


 何を始めるつもりかと、半ば奇妙な目で俺はその手の先を見ていた。食堂にいる皆も同じだ。が、次の瞬間、その白い紙に描かれた円陣から眩い炎の光が湧き起こる。

 周囲の皆が、一瞬発生したその炎に驚愕する。俺も同じだ、いきなり何もないところから、火が湧き出した。驚かない方がどうかしている。

 が、その炎は一瞬にして消え、その光の中から現れたのは、壺だ。焦げ茶色の素焼きの壺が、突如として紙の上に現れた。


「私の家の棚の中にしまってあった壺を、呼び出してみました。いかがですか? これをさらに大きな魔法陣を用い、魔王様たちを呼び寄せたのでございます」


 返す言葉が、見当たらない。今のこの気持ちを、なんと表現すればいいんだ。手品の類いでなければ、まさしくこれは魔法だ。こんな素焼きの壺など、この艦内にあろうはずもない。

 しかもその壺の中身を見せられると、なおのことそれが手品の類いではなく、本当に遠くから召喚されたものだと分かる。

 ベルガは、壺の中に手を入れる。するとやけに分厚い広葉樹の葉が何枚も出てきた。それはちょうど、椿の葉のように濃い緑色でツヤのある、やや大きな葉っぱだ。

 そんなものは、この艦内にあろうはずがない。


「そ、その葉は、なんだ?」

「これは、強力な魔術を使う際に必要な、『世界樹の葉』にございます。この世界樹の葉を用い、さらに巨大な魔法陣を描いて、あなた様をこの地に呼び寄せたのです。まさに民を救っていただくために」


 うん、魔女だということはよーく分かった。が、魔王に願いことが、民を救うことというのは矛盾しすぎていないか?


「あのなぁ、魔王というものは、どちらかと言えば民に恐怖を与える存在だろう。どうしてそんなものが、民を救うことにつながるんだ」

「決まってます、邪悪に勝る魔王様ならば、今の民の抱える困窮、そしてその先にある悲劇からお救いいただけると」

「おい、まさか俺にここの国王を脅せと、そう言いたいのか?」

「それは、当然でございましょう」

「その前に、やるべきことがあるだろう。さっき、隣国同士が争っていると言っていたな」

「はい、申し上げました」

「しかもだ、その両国が戦争を起こしているから多くの兵糧が必要となり、それによって作物の価格が上がるのを見越して国民から作物を徴取したのだ、と」

「はい、その通りでございます」

「だったら、まずはその諸悪の根源である戦争を止めることから始めるべきではないか?」


 てっきり、反論されるものだと俺は思っていた。が、ベルガはあっさりとこう答える。


「ああ、それは気づきませんでした。さすがは魔王様でございますね」


 おい、それくらいは気づけ。まずは戦争を終わらせないと、穴の開いたバケツに水を入れ続けるようなものだ。ならばまず穴をふさぐことが、最初にすべきことだと分かるだろうに。


「……と、いうわけなんだが、その二つの国とは、言葉は通じるのか?」

「通じる相手ならば、戦なんて起こさないでしょうね」

「いや、意味の通じるかどうかという話ではなくて、会話することができるかどうかと聞いている」

「そういうことですね。無論、同じ大陸語を話す者同士ですので、話をすること自体はできます」

「ならば、まずは両国の戦争を止めに行くか」

「まさか、話し合いで解決なさるのですか?」

「そのつもりだが」

「それはさすがに無理だと思います。ここは、魔王様の強大なる力を見せつけねば……」

「見せつける、ということは、こちらも考えてある。むしろ戦闘状態を止めなくては、話し合いをするどころではないからな」


 この時の俺は、思わず笑みを浮かべていた。これから起こす行動に、不本意ながら興奮を覚えてしまったようだ。

 おそらく、その場にいるのは力が自慢の騎士たちがいるはず。無敵だと自負する彼らが我々の巨大な艦艇を見たら、どれほど驚くだろうか? そう思いを馳せると、自然と身体の中が熱くなるのを感じる。

 そういえば、ベルガを救い出す際に銃を放たせ、それを見た村人や神官の驚く顔を見て、俺にはどこか高揚感のようなものを覚えていた。

 いや、そういえば今までの戦いでも、俺は最前線に出て敵を攪乱する役目を話してきた。崩壊し混乱する敵を前に、俺はどこか熱いものを感じていた。

 どうやら俺の中には、本当に「悪魔」がいる。

 まずいな、これでは指揮官失格だぞ。

 だが、そのおかげで俺は無茶な策略を考案しては具申し、結果的にそれを成功させて、二十代にして将官まで昇り詰めることとなったともいえる。

 だが、今回は死にかけた。が、いろいろあって今はまだ生きている。

 これでは魔王と呼ばれても仕方がないな。


 さて、その夜のうちに哨戒機を飛ばし、戦場である北の草原を偵察させる。

 すると、両軍が幅一キロほどの平原で対峙し、両軍が野営しているところをキャッチする。


「……で、両軍の兵力は?」

「はっ、それぞれ千五百づつの模様」

「思ったより少ないな」

「いえ、中世レベルと考えれば当然でしょう。おそらくですが、一つの国が維持できる兵力はせいぜい二、三千程度。数か国が連合を組んでようやく万単位の兵力となる、それほど細分化された社会なのです」

「つまり、小さな王国が多数存在するという、そんな世界だというのか?」

「現在、集積された情報分析によれば、それが最も合理的な解釈です」


 参謀長のヴィスコティ大佐は、俺にそう告げる。確かに、都市同士の距離が離れすぎている。田園は広がっているが、そのわりには収穫跡が残る畑は三分の一に過ぎない。これはいわゆる三圃式農業ということか。それだけまだ、収穫効率の悪い農業技術しか持たない文明だと分かる。

 まあいい、そんな事情はこの際は無用だ。要はその両軍の動きを止めてしまえばいい。

 が、この戦を止めたところで、あまり食糧供給は期待できなさそうだな。まあいいか、我々はまず、軍としての責務を果たそう。


「四〇〇一より四〇五〇号艦を派遣する。両軍が戦闘を始める前に駆逐艦五十隻で壁を作り、両王国軍の戦闘を阻止する」

「はっ! ところで、その後はどうされますか?」

「それぞれの将軍と接触し、軍を引いてもらう」

「そう簡単にいきますかね?」

「いかないだろうな。だから、ただ壁を作るだけのつもりはない。当然、さらなる威嚇をせねばならんだろう。でなければ、交渉のテーブルに着くことすらままならんだろうな」


 ただ駆逐艦を並べただけで、エーデルライヒ王国軍とアイゼンヴァルト王国軍が慄いて引いてくれれば楽ではあるが、あの村の神官ですらも、上空から降りてきた哨戒機を見て逃げ出したりはしなかった。となれば、ただ駆逐艦の壁を並べただけでは軍が引くわけがない。俺はそう考えた。

 もう一押しが、必要だ。

 そして、早朝。我が戦隊の十分の一の艦艇が、上昇を開始する。


「両舷、微速上昇!」

「高度千メートルまで上昇後、前進を開始する」


 ここから戦場まで、およそ七十キロ。意外に近い。


「うわぁ、空飛んでますよ! こんな石の砦のような乗り物が空を飛ぶなんて、さすがは魔王様のお力は偉大でございます」


 変な喜び方をする「魔女」だな。だが、ベルガはこうも言い放つ。


「これほどの力をお持ちならば、邪悪を倒すことなどたやすいことでございましょうな」


 おい、俺は軍隊や国王を倒すつもりなんてないぞ。そんなこと、俺の権限でできるはずがない。

 そんな魔女を乗せた我が艦を含むこの五十隻は、三十分も経たないうちに二つの王国が対峙する戦場へとたどり着いた。そこには事前調査通り、二つの軍が対峙していた。

 草原を挟んで陣幕がいくつも張られており、甲冑をまとった馬上の騎士と、その後方に控える槍兵部隊、そしてさらに後方には、弓兵隊が見える。

 両軍とも、まさに朝を迎え、突撃の構えを見せている。

 が、そんなところに、我が戦隊の駆逐艦五十隻が現れた。


 俺は、窓から一方の軍勢を眺めていた。

 案の定だが、突如現れたこの全長三百メートルほどの艦艇五十隻の内、十隻が一列に並んで両者の間の草原の真ん中に強行着陸する。さらにもう十隻が、その脇に隙間を塞ぐように並んだ。

 双眼鏡で俺は、前衛に立つ馬上の騎士たちの表情を見る。皆、驚愕した顔つきをしている。

 しかし、この程度で驚いてもらっては困る。


「全艦に伝達、人型重機隊、全機発進。事前に指示した通り、両陣営の前でそれぞれ一線に並び、合図を待て」

「はっ! 人型重機隊、全機発進!」


 単に草原を塞ぐだけならば、十隻か二十隻で事足りるが、それで引くほど甘い相手ではないことを俺は想定している。

 なればこそ、五十隻を連れてきた。

 空中で待つ三十隻からも、次々と人型重機が放出される。それらは高度五十メートルほど、駆逐艦の砲身よりもやや低い高度にてずらりと一列に並んだ。まるで、巨人の鋼鉄の騎士のように。


「全機、威嚇射撃用意!」


 俺は次の指示を出す。そう、全機に攻撃命令を出した。

 といっても、まさか軍を撃つわけにはいかない。最前列に並ぶ騎士たちのその目前を目掛けて、ビーム砲を斉射しようというのだ。


「撃てーっ!」


 俺の合図と同時に、人型重機隊の持つ中型のビーム砲が放たれる。出力は、弱めだ。だが、地面に着弾するなり大爆発を起こす。

 両軍の目の前で、横一線に火柱が立つ。その炎はすぐに消えるが、後には無残にも焼けた草と、えぐられた地面が彼らの前に一つの線となって立ちはだかる。

 が、それだけではない。最前線の騎士の乗る馬が、暴れ始めた。ある者は振り落とされ、ある者はどうにか馬をなだめる。が、いずれにせよ、最前線の騎士隊は崩壊状態だ。

 この星にはまだ、火薬はない。ということは、音に敏感な馬はビーム砲によって生じる爆発音に慄いて、暴れ始めるはずだ。

 手柄を狙うべく最前線に出ている騎士たちが総崩れとなれば、軍は動くに動けない。こうなれば、もう戦(いくさ)どころではないだろう。


「さてと、ここからが本番だな」


 威嚇射撃を行い、両軍の陣形を乱した。となれば、あとは両軍の将軍と面会し、話し合うのみだ。

 あれほどの力の差を見せつけた後だ。嫌でも、話し合いに応じずにはいられないだろう。

 俺は地上へ向かうべく、格納庫へと向かった。

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