#3 火刑
「大気組成は、酸素がおよそ二十パーセント、窒素八十パーセント、千二十二ヘクトパスカル。生命の存在が確認されており、風速や大地など、地球型惑星であることは明らかです」
「戦隊長、この星上に五百隻、全艦がワープアウトしました。一部、外壁シールドに損傷を負った艦もありますが、航行に支障なし。全艦、健在です」
「そうか」
俺は、短く答えた。何せ、それ以上話すべきことがない。苛烈な戦場にいたかと思ったら、いきなり戦場とは無縁ののどかな地球型惑星の上に辿り着いた。それも、自分の意思ではない何かに引き寄せられたかのように。
俺は考えた。ここで俺は一体、何をなすべきか? ともかく、まずは元の宙域に戻るべきだろう。今は敵艦隊がまだ残っているから無理だとしても、一日ほど経てば敵も我々が消滅したと思い、あの宙域を去ることだろう。その隙に再びブラックホール宙域へ戻って、それから艦隊主力と合流すべく帰投する。
が、その思惑を覆す報告を、ヴィスコンティ大佐が俺に告げてきた。
「付け加えて、申し上げます。我々がワープアウトした直後、我々をここに繋いだワームホール帯が、消滅したとのことです」
耳を疑うようなことを、この大佐は口にする。
「は? おい、ワームホール帯が消えただと? この惑星の公転により、別の場所に移動したというだけではないのか?」
「いえ、本当に消えてしまったとのことです。そのログが、こちらに」
モニター上に、ワームホール帯の検知センサーがその消失を記録していた。移動ではない、消失だ。我々を吐き出した後にそのワームホール帯は消えてしまった。そのログ映像を見て、俺は絶望する。
なんてことだ。つまり帰れない、ということか。
「まずは、五百隻が着陸できる場所を探す。それから、この星の調査だ」
咄嗟に思いついたのは、この指示だ。帰れないとなれば、我々はどうにかしてこの星で生き延びなくてはならない。そのためにはまず、艦隊をどこかに駐屯させる。
そして、この星を知らなくてはならない。
俺の脳内で、瞬時にこの考えが駆け巡った。不思議なことだが、この絶望的な報告を受けても焦りを感じなかった。なぜだろうか?
いくら訓練された軍人とはいえ、絶望的な戦闘の後に飛ばされた、見知らぬ惑星の上。こんな不可解な状況に置かれて、冷静でいられる者がいるはずがない。
が、驚くほどに今の俺は、冷静だ。
まるで、ここにくることが運命付けられていたかのように。
しかも、自分でも驚くことを言い始めた。それは、この星の調査のための哨戒機発進の間際の時のことだ。
近くに、広い草原を見つけた。そこに五百隻を着地させた、その直後のことだ。
この星の調査を命じた俺自身がなぜか、格納庫に出向いてこう言った。
「俺も、一号機に乗るぞ」
指揮官自らが旗艦を離れるなど、正気の沙汰ではない。が、俺はその非常識な決断を下し、パイロットたちを驚愕させる。
「いや、その、戦隊長が旗艦を離れるというのは……」
「時に指揮官は、現場を確認しなくてはならないことがある。しばらくの間、参謀長に権限を委譲する」
「そ、それは構いませんが」
「ならば、問題あるまい。すぐに出向くぞ」
言ってる自分も、おかしなことを命じている自覚はあった。が、どうしてそういう決断に至ったのかはわからない。
が、この時、なぜかこの星の上の調査に立ち会わなくてはならない気がした。
「発進準備、完了! 哨戒機一号機、発進許可願います」
ヒィーンという機関音を唸らせながら、パイロットが艦橋に発進許可を乞う。すぐに艦長から、発進許可が降りる。
『発進許可、了承。周囲に障害物なし、ただちに発艦せよ』
「了解、一号機、発進!」
頭上に空いたハッチから、垂直上昇する哨戒機。六人乗りで、銃を構えた陸戦隊員が三人と、技術士官が一人、パイロットに、俺の六人が乗り込んだこの機体が、我が戦隊旗艦である四〇〇一号艦を離れる。
「対地速度、およそ七百。現在、北西方向に移動中」
五百隻の艦艇からそれぞれ、哨戒機を一機づつ発進させ、周囲の探索を始めた。また、我が戦隊には戦闘機型で、大気圏外突破性能を持つ複座機が全部で五機あり、そのうちの二機に命じて大気圏外に出て衛星軌道上に乗り、星の観測を命じた。
そう、それは星の配置から、現在位置を知るためだ。それに、観測用衛星の放出も同時に行ってもらうためでもある。
こうして、戦隊の生き残りをかけて皆が動き出した。そんな中で、自身が調査のための機体に乗り込むというイレギュラーな行為をしでかした。
機上から窓の外を、眺める。
森が続いていたが、そこに細い一本の道を発見する。獣道ではない、明らかにそれは、人為的なものだ。
つまり、ここには「人」がいることを示唆していた。
「ソリアーノ中尉、あそこに道が見える。あれに沿って飛行できるか?」
「はっ、承知しました」
道がある、ということはその先に、集落がある。常識的に考えれば当然だろう。実際、その道沿いにある小さな集落を発見した。
上空から見ると、四方を簡単な木の柵で囲んだだけの村のようだ。その内の二辺にだけ、門のようなものがある。集落は家が全部で百軒ほど、その中には商店の並びも見られたが、その中央の通りの先に、広場があった。
円形の広場で、盛土で一段高い舞台のようなものが真ん中には作られていた。が、その舞台の中ほどを見て、俺は思わず目を見張る。
そこには、一本の丸太が置かれており、下には枝が大量に積まれていた。昼間だというのに松明を持った者がその傍に立っており、その丸太の立てられた場所へ男が二人、誰かを抱えてその丸太のある方角へと向かっているのが見えた。
「なんでしょうか、あれは」
技術士官であるピスタリーノ中尉も、その異様な光景に気づく。その光景に、俺は見覚えがあった。
とある歴史物の番組で再現映像化された、かつて我が地球六七七でもかつて行われていた蛮行と、そっくりな光景だった。
それは「魔女狩り」と呼ばれている。
簡単に言ってしまえば、疫病や戦乱が起きる原因を「魔女」のせいだと決めつけ、実際にはただの一般女性を魔女にでっち上げて火あぶりにかけるという、そういう黒歴史の記録だ。我が地球六七七では三百年ほど前に、数万人が殺されたと記録されている。
それが今、リアルで行われようとしている。
「ただちにあの広場に、強行着陸せよ!」
「えっ、しかし……」
「人道上、卑劣な行いがまさになされようとしている可能性が高い。すぐにあの場へ向かう。陸戦隊員は、俺に続け」
「はっ! 了解であります!」
「ピスタリーノ中尉は、後方で待機。場合によっては、処刑されようとしている者の身柄確保と回収を手伝ってもらう」
「ええーっ! あ、はい、了解しました……」
「よし、ソリアーノ中尉、強行着陸だ」
「了解!」
見知らぬ星の、見知らぬ国の一部である、見知らぬ村の広場に、我々は降り立った。
当然だが、突如現れた空飛ぶこの乗り物の出現に、集まった村人らしき人々は驚きの表情で我々を出迎えるのが見える。が、そんなことはお構いなしに、彼らの集まるその舞台の真横に哨戒機を着陸させ、ハッチを開く。
小銃を持った陸戦隊員三人に続き、俺は降りる。当然、この集落では一番の実力者と思しき、神官のような姿をしたその人物の周りを槍を持った兵士らが立ち並ぶ。俺は舞台の上に上がると、そこにいた神官らしき人物に向かって叫ぶ。
「一つ、尋ねたいのだが、俺の言葉がわかるか?」
考えてみれば、いきなり降り立った場所で、言葉が通じるとは限らない。だが、奇跡的にも言葉が通じた。
「言葉はわかるが、貴様らは何者か?」
どうやら「統一語」を話す種族にいきなり巡り会えたらしい。これは幸いだ。
統一語とは、この宇宙にある一千を超える人の住む星である「地球」には、なぜか一種類だけ、どの星でも通じる言葉がある。それを我々は統一語と呼んでいる。連合も連盟も、自身の勢力を広げるために宇宙中を駆け巡り、まだ未発見の地球を探し出しては味方に組み入れているが、その時はまず、この統一語を話す種族との接触から始めるというのが通例だ。
と、それはともかく、俺は質問を続けた。
「ならば話が早い。今、火刑を行おうとしているが、その娘の罪状はなんだ?」
大男二人に抱えられていたのは、成人まもない娘だった。両腕を縛られ、ぐったりとした状態で男らに抱えられ、まさに火あぶりにされようとしているのは明白だ。
そんな娘の前に立ち、その神官らしき男は答えた。
「こ、この者は我が村に凶事をもたらそうとした魔女だ。現に、魔術を使っているところを目撃した。この国の法で、魔女は火刑と決まっている。それゆえに、火あぶりに処すところだ」
予想通りの答えだった。ああ、やはり魔女狩りか。だから俺はこうはっきりと言ってのける。
「その娘は、魔女ではない!」
それを聞いた神官は、こう返す。
「な、何を言うか! この者は実際に魔術を使っていた『魔女』だ! 目撃者も多数いる! 何を持ってこやつが魔女でないと、貴様は申すか!?」
どうせ奇妙な偶像に祈りをささげていたとか、あるいはその家独特の儀式をしていたなどというたわいもない理由で、魔女にでっち上げられた娘なのだろう。拷問でそれを認めさせた可能性も高い。今、その処されようとしている娘がぐったりしているのは、まさにその証左だ。だから、俺は言い放った。
「簡単なことだ。本物の魔女であれば、魔法が使える。となれば、お前ら如きが捕まえることなどできるはずがない」
「なっ!」
「なんならこの場で、その魔法とやらを見せてやってもいい。それを見れば、本物の魔女が捕まるはずのない明確な証拠となる」
俺がそう言い放つと、神官は叫ぶ。
「ま、魔法を使うだと!? そんなこと、ありえない……」
魔女を認定しておいて、魔法を疑う。この神官、頭がどうかしてるんじゃないのか? 俺は陸戦隊員の一人に指図し、村人らの前に小銃を放つよう命じる。
「一発、エネルギーはふた目盛り、少し強めの威嚇射撃だ、それを村人の目前に発砲せよ」
「了!」
隊員の一人が、銃を構えて村人たちの目前の地面めがけて一撃、放った。
バンッと音を立てて、小銃からビームが発せられる。ふた目盛りだと、威力としては人がまるまる消し飛ぶ程度の威力はある。そんな威力のビームを地面に放てば、土を巻き上げて爆発を起こす。そのあまりの衝撃に、村人たちは凍りついた。当然、神官もだ。
そんな神官に向けて、俺は拳銃を向けた。三人の陸戦隊員も、銃を向ける。
「これが、魔法だ。これを我々は自在に操ることができる。もしその娘が本当の魔女で、魔法を自由に使えるというのなら、この村など跡形もなく消し飛ばすことが出来るはずだ。それができないということは、その娘が魔女でない何よりの証拠だ!」
返す言葉が出ない神官だが、俺は構わず続けた。
「そういうわけだから、その娘を引き渡してもらおう。さもなければ、この村の住人全員に、この魔法の恐ろしさをその命と引き換えに植え付けるだけのことだ。さあ、どちらを選ぶ?」
俺の問いに、娘を抱えた大男が二人、娘をその場に置いて逃げ出した。村人らも、叫びながら逃げる。
「うわーっ!」
「た、助けてくれーっ!」
その様を見て、俺は思った。ちょっと、やり過ぎたな。
まあいい、やってしまったものは仕方がない。ともかく俺は技術士官に無言で指図し、陸戦隊員と共にあの娘を回収するよう命じる。俺は銃を腰に納め、この場に残った神官と、その傍で松明を持つ男のところへ近づく。そして、彼らにこう告げた。
「勘違いしないでほしいことがある。我々の目的は、冤罪者の解放だ。この村が人命尊重の秩序を守り、平和を望む以上、我々はこの村の人々に手出しするようなことは決してしない」
その一言だけを言い残して、俺は哨戒機へと向かった。その間に、神官と松明持ちが大慌てで逃げ去る姿を、俺は見届けた。
さて、その魔女にでっち上げられた娘を回収したわけだが、どうも様子がおかしい。
まず、拷問された形跡はない。だが、どうも意識が朦朧としている感じだ。が、どちらかというと、妙に笑顔を浮かべている。
「いやあ、見事でしたぁ」
なんだ、この娘。ついさっきまで、火あぶりにされかけていたんだぞ? そんな奴が、なぜ笑みを浮かべている。
「おい、さっきから足元がおぼつかないぞ。拷問でもされたのではないか?」
俺はその娘に問いかける。が、返ってきたのは、意外な一言だった。
「だーいじょうぶですよぉ、単にワインを飲まされただけですからぁ」
は? ワインを飲まされた? どういうことだ。
「おい、どうして火刑に処す相手に、ワインなど飲ませるんだ?」
「あったりまえじゃないですか。火あぶりの時にぃ、暴れさせないためぇ、酔わせるんですよぉ」
ああ、そういうことか。足元のふらつき具合からして、結構飲まされているな。
「おい、ピスタリーノ中尉、酔い止めは持っているか?」
「いえ。ですが、艦内の医務室ならば」
「そうか。ならばまずはこの娘を連れて行く。この場において行けば、間違いなくやつらに殺されるからな」
この星について、その政治形態も文明のレベルも把握できていないまま、俺は一人の娘を連れ帰る羽目になった。人道上、やむを得ない。
のではあるが、どうもこの一連の出来事が、最初から定められた何かのように俺は感じていた。理由は、単純だ。
どうもことがうまく運びすぎている。とんとん拍子に、娘を回収する流れになった。どうもこの流れに違和感を覚えずにはいられない。
しかもだ、この娘、どういうわけか私に抱きついてきたのだ。
その際に、こんなことを言い出した。
「やっと会えました、魔王様ぁ。私、貴方様を召喚するために、あらゆる手を尽くしたのでございますよぉ」
おかしなことを言い出す娘に、私は反論する。
「おい、魔王とはなんだ。確かに魔法、いや、銃の威力を見せつけはしたが、俺はただの戦隊長だ。王と呼ばれるほどの、そんな大層な者ではない。ましてや魔王など……」
「いいえ、あなた様はまさにぃ、この世界を災いをなくすために現れたぁ、魔王様でございますよぉ」
なぜだか、違和感がここで一つの線に結びつく。囮からの敵艦隊の集中砲火、その直後に起きた謎のワープ、そして、この娘の出会い。
だが、もしもだ、もしもこの娘が本物の魔女であり、我々を召喚したのだとしたら……
いや、あり得ない。だいたいワームホール帯を作り出し、しかも超空間ドライブを作動させるなど、いくらなんでも人の力でできるような代物ではない。
だが、そうは分かっていても、この娘の介在は、否定できない気がしてならない。
こうして俺は、どういうわけか「魔女」と出会い、しかもその魔女から「魔王」と呼ばれることとなった。




