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#2 転移

 背中を向けた敵艦隊を、五百隻だけで狙い撃ちする。当然、敵艦隊と相対速度を合わせることになる。

 敵に打撃を与えることはできる。混乱を促すことができる。それによって味方の艦隊が逃げる隙を与えることができるだろう。

 しかしそれは、我が五百隻にとっては危機的状況を招くことでもある。


「戦隊、砲撃準備完了!」

「よし、全艦、砲撃開始だ」

「砲撃開始、撃ちーかた始め!」


 五百隻が一斉に、砲撃を開始した。ズズーンという砲撃音が、再び鳴り響いた。

 敵にとっては、青天の霹靂だったようだ。こちらの偽装艦隊に、まさか本物の駆逐艦が混じっているなどとは思ってもいなかったようだ。五千個の艦隊偽装の装置から五百隻だけが離脱し、無防備な艦隊後方に攻撃を加えてくる。敵からすれば、まさに不意打ちだ。


「敵艦、およそ五十隻撃沈!」

「撃って撃って、撃ちまくれ! いやでも敵をこちらに振り向かざるを得ないよう、敵陣形を突き崩せ!」


 再び敵の艦隊は混乱する。たかが五百隻とはいえ、シールドの効かない後方を突かれてはたまらない。

 ちょうど一匹のスズメバチが攻撃してきたようなものだ。小さいとはいえ、あまり突かれるがままにすれば大打撃を与えてしまう。


「戦隊長、意見具申」


 と、そこにウィスコンティ大佐が俺に意見を求めてきた。


「なんだ」

「はっ、敵を混乱させることができるとはいえ、こちらは五百隻。まさか一万隻近い艦艇全てを振り向かせることはできないのではありませんか?」

「振り向いて攻撃してくる敵には構うな。こちらに背後を向けている敵のみを狙い続ける」

「ですが、それではますますこちらに敵艦隊が……」

「そうだ、それが狙いだ。味方を逃すための、隙と時間を与えるための作戦だからな」


 参謀長である大佐は、さらに何かを言いたそうに口を半開きにしていたが、あえて口にすることなく閉じる。そして、俺に敬礼した。


「では、敵のケツ叩きに専念致します、バルディ准将閣下」


 参謀長はやや品のない言葉で返し、しかし我が命令に忠実に従うことを示す敬礼をする。俺もそれに、返礼で応える。

 大佐が言いたかったことは、痛いほどわかる。

 「このままでは我が戦隊は生き残れない」と。

 が、そんなことをこの場で言ったところで、何か良策が思い浮かぶわけでもない。元より、その覚悟で囮役を買って出たのだ。


「敵艦隊、およそ一千、我が方に向けて砲撃してきます!」

「その一千に構うな。あくまでも、味方の撤退支援こそが我々の役目だ。後方を向けている残りの艦隊に、砲撃を集中させよ」


 撃ってくる敵のビーム光を避けながら、味方艦隊の進路を塞ごうとする敵艦隊の後方に向けて砲撃を続ける。するとまた一千、さらに一千と、徐々にこちらに回頭する敵の駆逐艦が増えていく。当然、攻撃も徐々に激しさを増す。

 しかしだ、その甲斐あって、ついに味方はあれを使った。

 そう、眩光弾だ。

 その光の壁は、まさしくワープポイントであるワームホール帯を覆い隠すように放たれた。その壁に紛れ、味方艦隊はワープしこの宙域を離れていってるはずだ。

 囮艦隊としての役目は、果たしたことになる。

 もっとも、これからが我々の戦いとなる。何せ敵のおよそ一万隻の艦隊は、全てこの殿(しんがり)である我が艦隊に向くことになるからだ。

 五百対一万。スズメバチどころか、ゾウの前に現れたイモムシのようなものだ。一瞬で、踏み潰されてしまう。

 その一万隻からの砲撃が、一斉にこちらを狙ってきた。

 転舵しようにも、徐々に増えてきた敵の砲撃が苛烈すぎて余裕がないところに、さらに敵の全てをこちらに向けてしまった。こうなるともう、砲撃どころではない。


「シールドを展開しつつ、回避運動!」


 そう、とにかく敵の砲撃を避けながら、シールドで弾き返すのが精一杯となってしまった。こちらも逃亡するために眩光弾を放とうにも、そのためには一瞬でもシールドを解除しなくてはならない。が、その隙すら、与えられない。


「まもなく、シールド限界に達します! このままでは……」


 オペレーターの、悲痛に似た声が響く。だが、もはやどうすることもできない。窓一面を覆い尽くす敵の青白い無数のビーム光と、シールドがビームを跳ね返す際に発するギギギギッという不快音の中、我々はなすすべもなくそのシールドの限界を迎えるのをただ待つしかなかった。


 が、その時だ。全く、想定外のことが起きる。


「ちょ、超空間ドライブ、作動!」


 艦橋内で、あるオペレーターが叫ぶ。


「おい、誰だ、超空間ドライブを作動させたのは?」

「いえ、勝手に作動した模様。全艦、一斉にドライブの作動を確認」


 妙なことが起きる。超空間ドライブが作動したというのだ。これは、ワームホール帯に突入し、ワープする際に使う装置だ。

 が、ここにワームホール帯はない。だから、そんなものを作動したところで意味がない。いや、それ以前にどうして装置が勝手に作動し始めた?

 しかし、謎な現象はそこで終わらない。


「目前に、ワームホール帯出現!」


 一瞬、耳を疑う。それはそうだ。ワームホール帯というものは、そこに「ある」ものであって、「出現」するものではない。それを作り出すには、それこそ超新星爆発並みの膨大なエネルギーが必要となる。

 それゆえに、このブラックホール宙域にはワームホール帯が多数、存在する。ブラックホール自体が、その膨大なエネルギーを放出した超新星爆発の残骸であり、それゆえに作り出されたワームホール帯が集中するこの宙域は、様々な星々に繋がっている。いわば、宇宙の交差点ともいうべき場所だ。

 だからこそ、この宇宙で対立する我々、宇宙統一連合、通称「連合」と、銀河解放連盟、通称「連盟」とがぶつかり合う場所でもある。

 だが、いくらブラックホールのある宙域といえど、ワームホール帯が湧き出すことなど未だかつて一度もない。それが今、目の前で起きた。

 そして、さらに不可解なことに、そのワームホール帯が我々に向かってくる。


「わ、ワームホール帯が、接近してきます!」


 信じられない光景だ。ワープのトンネルが、その場を移動するなどあり得ない。しかもこちらは、超空間ドライブを作動させたままになっている。

 必然的に、こうなる。


「我が戦隊が、ワープ空間に突入しました」


 参謀長に言われるまでもなく、俺も認識している。目の前にはすでに、先ほどまでのあの無数のビーム光もなく、また星々も見えない。別次元の空間、すなわちワープ空間に入ったことは明白だ。

 だが、我々はどこに向かっているんだ?

 生き残ったのはいいが、向かう先がブラックホール近傍や、あるいは恒星のど真ん中という可能性だってある。そうなれば、死期がほんの少し、伸びただけだ。

 が、ワープ空間を抜けた時、それら全ての予想を裏切る光景が、目の前に現れた。

 宇宙空間にいた我々にとっては、信じられないほど明るい光景だ。


「ここは……もしや、地球(アース)か?」


 そう、目前に現れたのは、深い広葉樹の森だった。高度は、およそ千メートルほどといったところか。

 辺りを見回すと、海も見える。鳥の群れが飛んでいるところも、確認された。


「ちょっと待て……どこの地球(アース)だ。識別信号は、確認されないか?」

「はっ、識別信号は確認されず。未知の地球(アース)です」


 いきなり飛ばされたその先は、生命生存可能圏(ハビタブルゾーン)に位置すると思しき惑星だった。いや、実際に鳥が飛んでいる。森もある。つまり、生命は存在している。

 問題は、人類まで存在している星か否か、だ。

 謎は多い。まず、いきなり現れたワームホール帯に、勝手に作動した超空間ドライブ。そしてその先に現れた地球(アース)型惑星。

 まるで巨大な力に導かれて、ここに現れたかのようだ。

 俺は、二つの指示を出す。


「まずは戦隊の状況だ。参謀長、五百隻の内、何隻がここに飛ばされたかを確認する」

「はっ!」

「そして艦長、この惑星の組成分析を急いでくれ。この惑星が地球(アース)か否かを確認したい」

「了解です」


 まずは冷静に、状況把握に努めよう。話はそれからだ。俺はそう考えた。


 俺の名は、レオナルド・バルディ。階級は准将。歳は二十八歳を迎えたところだ。

 そんな俺は、駆逐艦四〇〇一号艦から四五〇〇号艦までの五百隻が所属する第九戦隊を指揮する戦隊長をやっている。


 これまでも何度か無茶な作戦を行い、軍功を上げてきた。その結果として、この年齢にしては異例の将官にまで上り詰めた。

 だが、さすがに今回は、無茶しすぎた。

 しかしその結果、このわけのわからない現象に遭遇することとなった。

 まったく想定外の事態に、俺は何らかの決断を迫られていた。

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