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#1 決断

 まんまと、してやられた。


「て、敵艦隊出現! 後方、距離およそ二十万キロ!!」

「後方だと!?」

「はっ、敵駆逐艦の反応、徐々に増加、推定一万隻の模様!」


 我が地球(アース)六七七の遠征艦隊一万隻がワームホール帯を抜けて、このブラックホール宙域に入った直後のことだ。哨戒艦から発見の報をうけ、出撃したにもかかわらず、敵艦隊をみつけられないまま前進を続けていた、まさにその時だった。

 突如、敵艦隊が我々の後方より現れる。しかも、やつらは臨戦態勢だ。


「高エネルギー反応、多数! 敵艦隊の砲撃、きます!」


 射程内だから当然、攻勢に転じるのは当然だ。しかもこちらはまだ、敵に無防備な背を向けている。


「急速回頭! 転舵、百八十度!」

「敵艦隊、砲撃開始!」

「回避運動しつつ、シールドを展開!」


 味方艦隊一万隻が、一斉に回頭する。だが、回頭の最中に敵のビームがすぐ脇をかすめる。生きた心地がしない。

 が、何とか回避を続け、ちょうどこちらが回頭を終えた時に、その敵のビームが我が艦を直撃する。


「敵砲撃、直撃します!」

「シールド展開を維持したまま、受け流す! 衝撃に備え!」


 だが、すでに張られたシールドがそのビーム光を弾き返す。この艦内には、ギギギギッという耳障りな音が響き渡る。

 これを聞くのは初めてではない。これまでの戦闘で、何度も聞いた音だ。が、命の危機を感じさせるこの音は、何度聞いても慣れない。嫌な音だ。

 我が艦は、どうにか耐えた。

 しかしだ、この奇襲によって味方には、途方もない損害が出ていることが直後に判明する。


「敵艦隊、砲撃を継続。我が艦隊もどうにか態勢を整えましたが……」

「多数、やられたのか?」

「はい、データリンク上では、味方損耗率三十四パーセントです」

「三十四パーセント! 三千隻以上が、あの一撃でやられたというのか! 我が戦隊はどうなっている!?」

「幸いにも我が第九戦隊の五百隻は全艦、健在です」

「そうか……」


 一千隻やられただけでも大打撃だ。それが三十四パーセント、つまり三千四百隻も失ったというのだ。もはやこれは、壊滅と言っても過言ではない数値だ。

 油断しすぎたな。敵は最初から、我々を背後で撃つべく電波吸収材をまとい、息をひそめて待ち構えていたのだ。我々は、まんまとそれに引っかかった。

 ただ、幸いだったのは、俺の指揮する第九戦隊は全艦、無事だったということだけだ。

 しかしだ、態勢を立て直した味方艦艇の残り六千六百隻が、一斉に反撃に出る。無論、我が戦隊も同様だ。


「弔い戦だ、反撃に転じる。撃てーっ!」

「主砲、撃ち―かた始め!」


 キーンという主砲の充填音が鳴り響く。数秒後、初弾が敵に向けて発せられた。ズズーンという砲撃音が、艦橋内に響き渡る。


「敵艦に命中! 初弾で撃沈です!」


 いきなり戦果を挙げた。こちらの大損害を見て、敵も油断していたのだろう。まさかの初弾撃沈である。

 ふと、脇にあるモニターで陣形図を見る。あれだけの損害を受けつつも、味方は冷静に対処し、単横陣で敵艦隊と対峙しつつ、砲撃を始めている。


「敵艦隊にも撃沈多数! 陣形が、崩れつつあります!」

「よし、第九戦隊全艦に伝達。訓練通り、冷静に撃ち返せ。むしろ敵の方が混乱が大きい、これはチャンスだ、と」


 予想以上に早い味方の立て直しに、今はむしろ敵の方が動揺している。敵陣形の乱れ具合からも、それは明らかだ。

 だが、残念なことだがこの戦いの先には、我々の敗北がすでに見えている。

 というのも、退路である我が星系につながるワープの通り道であるワームホール帯が、敵艦隊の向こう側にあるからだ。

 敵に対し数で劣る我が艦隊が、あれを突破しなければ帰還することも叶わない。このままでは、我々は弾を打ち尽くすまで応戦するも、数が劣る分、それが早く尽きる。となれば、さらに損害を増す結果となる。


「くそっ……」


 ワープアウト直後に敵の存在を疑い、指向性レーダーを使って進路上を確認すべきであった。それを怠り通常レーダーの索敵のみで、この連合と連盟が主導権を争うブラックホール宙域に不用意に入り込んでしまった。明らかに、こちらの油断が引き起こした事態だ。

 その結果として三千四百隻、つまり三十四万人の将兵が、たった一撃でこの宇宙から消えてしまった。

 一方の敵だが、いくら混乱したとは言え、撃沈できたのはせいぜい百隻程度。圧倒的に敵の方が数の上では多い。

 おまけに、徐々に陣形を整え始めた。このまま撃ち合えば、こちらの犠牲を増すだけのことになる。

 やむを得ない。

 俺は、覚悟を決める。


「コルテーゼ総司令官閣下に、直接通信を」

「は?」

「このままでは、全軍が壊滅させられる。それを阻止すべく策があると伝えろ」

「はっ! 直ちに!」


 通信士が、慌てて総司令官閣下に直接通信をつなぐ。俺は通信機の前に立ち、モニター上に姿を見せたコルテーゼ大将閣下に敬礼する。


『バルディ准将か』

「はっ! 第九戦隊の戦隊長、レオナルド・バルディ准将であります」

『策があると聞いたが、どのような策なのか?』

「はっ、まずは艦隊全艦で、眩光弾を放ちます」


 眩光弾とは、駆逐艦の左右にあるレールガン発射口から打ち出され、強烈な光の球と雑電波を放ち敵の目を眩ませるための実体弾だ。それを全艦で一斉に打ち出し、いわば「光の壁」を作り出す。撤退戦の際に、よく使われる防御兵器だ。


『待て、我々の向かうべきは、敵の後方にあるのだぞ? 眩光弾を放ったところで、眩光弾の作る光の壁を回り込めば我が艦隊は敵に発見され、退路を塞がれてしまうだけではないか?』

「ですから、我が戦隊が囮(おとり)になります」

『囮だと?』

「はっ、まず我々が敵艦隊左翼側に出て、偽装弾を用いて六千五百隻もの艦隊があたかも全速で敵陣を迂回しようとみせかけます。敵がこの偽装艦隊を迎え撃つべくこちらに陣形を変えた時、艦隊主力はその反対側、敵艦隊の右翼方向から全速離脱し、ワームホール帯手前でもう一度、眩光弾を放って敵の目を眩ませつつ、退却してください」

『だが、その場合、第九戦隊五百隻は……』

「我々に構わず、先に行ってください。これまでも、無茶な作戦を潜り抜けた戦隊です。今回も、どうにかしてみせます」


 この俺の言葉が、その場しのぎのものだということはこの大将閣下には分かっていたことだろう。たかが五百隻が、ほぼ健在な敵一個艦隊、一万隻を前にして撤退するなど、およそ不可能だからだ。

 これまでも、撤退戦の際の囮役を担ったことはある。だが、その時は少なくとも退路はふさがれていなかった。今回は、敵の向こう側に退路がある。この状況での殿(しんがり)は、正直厳しいと言わざるを得ない。

 おそらく、生き残るのは無理だろうな。


『……わかった。貴官らの、健闘を祈る』


 しかし、それが分かった上で総司令官閣下は、俺に敬礼してこう告げた。俺も、返礼し応える。通信が切れて、いよいよ退却作戦が始まった。


「全艦、雷撃戦用意! 眩光弾、装填!」


 二つのレールガン発射口の右側に、撤退用の切り札である眩光弾を装填する。やがて、総司令部より眩光弾発射の合図がある。


「総司令部より、眩光弾発射の合図です!」

「よし、撃てーっ!」


 砲撃による青白いビームが飛び交う中、音速の十倍以上の速さで眩光弾が打ち出された。ともかく、我々はそれが炸裂するまで待つ。

 その間、およそ五分。それまで我々は、ひたすら敵からの砲撃に耐えるしかない。


「敵艦隊、こちらに集中砲火!」

「くそっ、なんとしても耐え抜いてみせよ! 回避運動しつつ、砲撃続行!」


 窮鼠猫を噛む、というが、態勢を整えてからの艦隊戦では、味方が百隻ほどやられたのに対し、敵の損害は四百隻を超えた。

 が、すでに三千隻以上をやられた我々には、劣勢を跳ね返すほどの力はない。


「敵の砲撃、来ます!」

「シールド展開、受け流せ!」


 艦長の声が響く。と同時に、再びギギギギッという、鉄やすりをグラインダーにでもかけたような不快な音が響き渡る。

 眩光弾が発射されて、しばらく経つ。


「あれが発射されて、どれくらい経つ?」

「まだ、三分です」


 参謀長のヴィスコンティ大佐が答える。かなり長い時間だ。もう一時間ほど経ったのかと思っていたが、即席麺が出来上がる時間ほどしか経っていないとは……歯がゆい時間ばかりが過ぎる。

 が、ようやくその長い時間が終わる。


「眩光弾、炸裂!」


 一千キロ彼方で、巨大な光と雑電波を発する球が横一線に現れた。その光の玉のおかげで、我々は敵を捉えられない。逆に言えば、敵も我が艦隊を見失ったはずだ。

 この眩光弾の効果は、およそ五分。先ほどと同じ時間だが、今度の五分はあっという間だろう。

 このたった五分のうちに、やることが多すぎる。わが第九戦隊五百隻は、敵の左翼側に回りこんで偽装艦隊を作る。そして敵を引きつけなくてはならない。

 もちろん、艦隊主力六千隻が反対側に逃げる余裕も、その五分の間に作れというのだ。

 我ながら、無茶な作戦を提案したものだな。しかも自らを犠牲にする作戦など、愚かにもほどがある。


「全艦、全速前進! 偽装弾を装填!」


 もっとも、誰かが囮役をやらなきゃ、我が艦隊は結局、全滅の道をたどるだけだ。その時はこちらもやられるだろうから、結果としては変わらない。

 ならばいっそ犠牲を引き受けた方が、数の上では味方の損害を最小にできる。そう割り切って、俺は自身の戦隊を動かした。


「まもなく『光の壁』の脇を出ます!」

「敵艦隊を捕捉しだい、偽装弾をまき散らす。同時にそれは、敵が我々を捉えるということでもあるからな」

「戦隊長、しかし我が戦隊は全部で五百隻、せいぜいその十倍の五千隻分の偽装艦を作り出すのが精一杯です。これでは千隻ほど足りませんが」

「いや、大丈夫だ」


 そう、一発の偽装弾で作り出せるのは十隻分の偽装艦艇、つまり、せいぜい十倍程度の偽装艦隊までしか作り出せない。敵が冷静に千隻分の足りなさを見抜かれたら、かえってこの作戦は失敗するのではないか。参謀長の、その懸念はもっともだ。

 が、それでも俺には自信があった。


「敵艦隊、捕捉!」

「よし、全艦、雷撃開始、偽装弾発射!」


 左側のレールガン発射口から、先ほどとは異なる弾、偽装弾が発射された。

 こいつは簡単に言えば、艦艇が出す重力子やエネルギー流を意図的に垂れ流し、おまけにレーダー波に対して過剰なまでの電波、つまり、艦艇が底にいるかのような大きさの反射波を作り出す。そういう仕掛けを十発づつ詰め込んだ弾だ。

 それを、五百隻でばらまく。ちなみにこの偽装弾を持っているのは、我が戦隊だけだ。俺が万一の時のためと、特別に搭載してもらった。

 それゆえに、この囮艦隊の役割は、我が第九戦隊しかできない。

 駆逐艦四〇〇一号艦から四五〇〇号艦までの五百隻が、偽装弾と共に光の壁を飛び出した。こちらのレーダー上にも、見せかけの五千隻が現れる。


「敵艦隊の動きは!?」


 さて、問題は敵が、これにどう反応するかだ。あまりにもあざとい脱出劇ゆえに、慎重な行動を見せるか。

 それとも、大慌てで陣形を転換し、逃亡を図ろうとする見せかけのこの艦隊に、矛先を向けるか。

 答えは、すぐに出た。


「敵艦隊、急速回頭! 我が戦隊に向けて陣形を転換します!」


 思った通りだ、敵はおそらくそう来るだろうと、俺は最初から踏んでいた。理由は、単純だ。

 我が艦隊を奇襲した後の、あの崩れっぷりが、それを確信させた。

 出し抜いたつもりで、逆に返されてしまった。確かにこちらよりも少ないとはいえ、混乱によって四百隻も失った。完璧な勝利を目指したはずが、してやられた。

 この上で逃亡まで許したならば、さらなる恥の上塗りだ。だから、必死になって追ってくるに違いない。

 千隻足りないことくらい、レーダーですぐに解析できるだろうが、その数の差よりも逃亡に対する恐怖心の方が勝る。俺のその勘は、見事に的中したというわけだ。


「敵艦隊より、砲撃!」


 逃亡中の我が「五千五百隻」の艦隊に、敵の砲火が一斉に向けられた。すぐ脇を、ビシビシと通り過ぎる。だが、高速に移動する艦隊にビームを当てるなど、至難の業だ。

 このまま逃げ切れば、我々も助かるかもしれない。

 もっとも、そんなに甘い情勢ではない。


「味方艦隊主力、移動を開始!」


 そう、こちら側のレーダーでも捉えられるほど、味方の艦隊がはっきりと捉えられる。徐々に眩光弾が縮小し始め、それらが消える前に行動を起こさざるを得ない。

 敵は、察したようだ。


「て、敵艦隊、再び回頭! 艦隊主力の進路を塞ぐべく、前進を開始!」


 まずい、このままでは我が艦隊主力は敵の艦隊に、退路を断たれてしまう。

 が、これは想定内だった。

 そう、そしてこの後に下す決断こそが、我々の運命を決定づける。


「転舵、九十度! 全艦で敵艦隊後方を撃つ!」

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