#17 弔い戦
言ってみれば、この戦いは前回の弔い戦となる。
前回、我々が与えられた以上の損害を、今度は奴らが食らう番だ。
だが、どうやって損害を与える?
「艦隊主力、敵艦隊に向けて進軍中。ただし、通常航行速度にて移動中」
あくまでも、我々との合流を果たすべく接近している。敵にはそう思わせての行動だ。だが、すでに敵一個艦隊がブラックホールの作り出す強力な重力場と磁場を隠れ蓑にしていることは、すでに我々は把握済みだ。
敵は前回同様、我が艦隊を奇襲するべく息をひそめている。それを逆手にとって敵を追い込む。
しかしだ、決め手がない。このままただ味方が前進し、艦隊戦をしかけたのでは通常の砲撃戦になるだけで、敵に徹底的なダメージを与えることができない。
しかしここに、五百隻の小規模な戦隊がいる。
この戦隊を、有効に使えないか?
「参謀長、我が艦隊が攻撃直前に、我々が敵側面より奇襲を仕掛けたら、どうだろうか?」
そう俺は参謀長に問いかけた。彼の答えは、明確だ。
「すでに我々の位置も割れているでしょう。ですから、相応の構えで備えているはずです。あまり効果は期待できないかと」
実に冷徹で、しかし冷静な判断を返してきた。そりゃそうだろうな。おそらくだが、こちらの探索隊五十隻を探知し、しかも恒星間通信を行ってることを敵の哨戒艦辺りが察知し、我々がこの宙域で合流を果たそうとしていることを推測していてもおかしくはない。
だから敵は、ちょうど艦隊主力と我々との間に、網を張った。
「味方の艦隊主力に全速力で敵の後方へ回り込み、攻撃するという策はどうか?」
「いや、無理でしょう。敵の背後には、ブラックホールがあります。一万もの艦隊が回り込めば、あれの重力圏に捕まりかねません」
「確かにな。一万隻で、敵の背後に回り込むのは不可能だ。だが、五百隻なら?」
「まさか、我々の戦隊を、回り込ませるのですか?」
「そうだ」
相変わらず、無茶なことを言い出す奴だと思っただろうな。顔に出てるぞ、参謀長。
「五百隻程度ならば、おそらくは可能でしょう。ですがその前に探知されて、逆撃されるのがオチです」
だろうな。ワープして一瞬で回り込めばどうにかなるだろうが、そこにつながるワームホール帯があるかどうかすら分からない。そんな状態では、通常通りに回り込むよりほかに方法がない。
「一隻、二隻ならばともかく、五百隻ともなればさすがに敵も見逃さないでしょう。すでに我々はトレースされているものと考えるべきです。となれば、背後を取る作戦は諦めた方がよいかと具申いたします」
確かに、数隻ていどならばともかく、五百隻も動いたとなれば決して見逃さないだろう。少なくとも、そういう前提で作戦を立てないと危うい。
しかし、この宙域にいる連盟艦隊の将は、そういう直感だけは鋭いな。前回の戦いでもそうだが、なぜ我々の動きを悟れるんだ。艦隊戦はさほど強いわけではないが、我々の動きを察知して、奇襲に持ち込むのは得意。これは一種の才能だな。
そんな相手に、奇襲を仕掛ける。並大抵の方法では無理だろう。一体、どうすれば……
と、そこで俺はふと、あることを思い出す。
「参謀長、一隻や二隻ならば、敵に気付かれずに回り込めると、そう言ったな」
「ええと、その程度の少数ならば、おそらくは見逃されるのではと考えます」
「ということはだ、四〇〇一号艦だけで回り込めば、奴らは気づかないということか」
そう発言した俺に、参謀長であるヴィスコンティ大佐は声を荒げる。
「ちょっと待ってください! まさか一隻で敵の背後を襲うというのですか! 無茶にもほどがあります!」
そりゃあ、この艦一隻で敵の後方から砲撃を加える、なんてことになったら、瞬殺されるのがオチだ。が、参謀長よ、大事なことを一つ忘れてるぞ。
「一隻なわけがないだろう。ただ、この艦が一隻、敵の後方に回り込むことができたなら、五百隻を一度に呼び寄せることができる」
「……まさか、魔女殿のあれを……」
参謀長も気づいたらしい。そこで俺はベルガにこう尋ねる。
「五十万キロほど先で、ここにいる四百九十九隻を転移させるための魔法陣は、どれくらいの大きさが必要だ?」
それを聞いたベルガは、すかさず答える。
「ちょうど、食堂ほどの広さがあれば」
「世界樹の葉も、持ち込んでいたはずだよな」
「はい、その通りです、魔王様」
「よし、決まりだ。我が艦のみで敵艦隊後方に回り込み、五百隻を一度に転移させて奇襲を仕掛ける。味方艦隊と呼応し挟み撃ちにすれば、敵は大混乱に陥るはずだ」
「前例のない戦いですね。果たして、勝算はあるのでしょうか?」
「前例がないからこそ、勝算は高い。奇襲と呼ぶからには、前例がある方法では成り立たないからな」
俺は参謀長にそう告げると、すぐに作戦に移る。
やることは、盛りだくさんだ。
まず、味方艦隊に対し、本作戦の概要を暗号電文で伝える。解読されている恐れもあるため、複数の暗号電文で、分割して送信する。そこまで細心の注意を払う必要がある。
転移と攻撃のタイミングも重要だ。味方艦隊が敵艦隊と対峙し、まさに戦闘が始まる直前に、我が第九戦隊の転移と砲撃を開始し、敵を混乱させなくてはならない。
少しでもタイミングが狂えば、こちらがブラックホールに追い落とされてしまう。ほんの少しでも後退すれば、背後には無限密度の作り出す強力な重力場によってアリジゴクのように引きずり込まれてしまう。
まさしく「背水の陣」だな。いや、「背ブラックホールの陣」か。
ということで、所定の作業を済ませた後、我が駆逐艦四〇〇一号艦は動き出した。
「電波管制しつつ、両舷微速」
「はっ! 両舷微速!」
微速といっても、ブラックホールの重力場によって徐々に加速されていく。寸前のところで逆噴射が必要だが、そのタイミングも極めて見極めが難しい。
幸い、この艦の艦長はその道三十五年の大ベテランだ。その経験に、任せるしかない。
「食堂の方は、どうか?」
「はっ、すでに食堂のテーブル類は撤去され、巨大な紙の上に魔法陣が書かれ始めております」
「そうか」
まさか、あの魔術にこんな使い道があるとは考えてもいなかった。もしかするとこれも、運命というやつなのかもな。などと俺は、徐々に加速する旗艦の中で考えていた。
まさに、味方艦隊が息をひそめる敵艦隊一万の、およそ三十万キロ横を通り過ぎようとした時だ。つまり、味方が振り返れば砲撃の射程圏内に敵をおさめられる。
その時、我が艦は逆噴射を開始する。
「急減速! 重力場に、引きずり込まれるな!」
艦長の声が響く中、食堂から艦内放送を通じて声が響く。
『魔法陣、完成! いつでも転移魔術を発動できます!』
その士官の報告を受け、俺はついに決断を下す。
「転移魔法、開始! と同時に砲撃準備、第九戦隊全艦が転移後、敵艦隊後方に一斉砲撃を加える!」
◇◇◇
食堂には、巨大魔法陣が描かれていた。巨大な真円の中に描かれた複雑が、何を意味するのかを知るのはベルガただ一人だった。
そんな艦内唯一の魔女が、その魔法陣の中央に「世界樹の葉」を置き、それに手を当ててこう呟く。
「ヘァ、アエルホエレ マイネン ルーフ ウント ラス ダス ゲフェース アオフ デーム レガル フォア マイネン アウゲン エルシャイネン!」
転移魔術発動の詠唱が、食堂内に響き渡る。すると、魔法陣が光り出した。
小刻みな揺れが、食堂内を襲う。窓もないこの食堂内からでは、何が起きているのかが分からない。だが、艦の外では大変なことが起きていた。
『戦隊各艦、次々とワープアウト!』
艦内放送で、参謀長の声が響く。食堂につるされたモニターにも外の様子が映し出された。それを見た周囲の乗員らが驚愕する。
あの巨大な艦がまるで雨後の筍のように、次々と真っ暗な空間内に生えてくるのが映っている。
五百隻すべてが集結したのだろう、食堂内に、バルディ准将の声が響き渡る。
『全艦、敵後方に一斉砲撃を行う! 砲撃戦用意!』
◇◇◇
「砲撃開始、撃ち―かた始め!」
『砲撃室より艦橋、撃ち―かた始め!』
キーンという主砲装填音が数秒響いた後に、ズズーンというけたたましい砲撃音が響き渡る。青白い閃光が、敵艦隊後方に向けて放たれた。直後、白い爆発光がいくつも光る。
「レーダー計測、敵艦隊のおよそ三百隻に命中!」
敵は背後から我々の攻撃を食らった。ということはだ、当然、シールドは効かない。
つまり、その命中した三百隻は撃沈、または航行不能に陥っているはずだ。
が、所詮は一万隻に対する五百隻、焼け石に水といったところか。
このまま反撃を受ければ、我々は確実に全滅する。
しかしだ、今回は前回とは違う。我々の反対側には、健全な一万隻の味方艦隊がいる。その味方艦隊も我々の攻撃を合図に、一斉に砲撃を加えてきた。
「艦隊主力、砲撃を開始!」
こちら側に向かって、味方の艦隊が一斉に砲撃を加えてくる。こうなると奴らも、我々にかまっている状況ではなくなった。
「よし、続けざまに撃つぞ。砲撃を続行!」
我が第九戦隊も、構わず後方から砲撃を続ける。艦隊主力からの方向の砲撃に対しては、敵は正面のシールドで防ぐことは可能だ。が、我々から見た敵は、無防備なお尻を向けている。こちらが狙い撃ちすれば、確実に沈められる。
「続けて、敵艦艇、二百隻に命中!」
撃沈する艦は、その場で爆発を起こして消滅する。が、中途半端に船体をかすめたビーム砲を食らった敵艦艇は、通常ならば戦列から離脱するのが通例だ。
が、場所が悪すぎた。
そう、ここは強力な重力源がある。機関が出力を失えば、その重力源に引っ張り込まれるほかない。
猛烈な速度で、何隻もの敵艦が脇を通り過ぎていく。そう、ブラックホールに取り込まれ落ちていく敵艦だ。
駆逐艦は互いに見分けがつくよう、連合側は灰色、連盟側は赤褐色をしている。その赤褐色の物体が、次々と脇を通り過ぎていく。
それを見た俺は、こう命じる。
「全艦、このまま前進する。この機会に、敵を撃てるだけ撃ちまくるぞ」
が、参謀長が俺に、こう進言する。
「戦隊長、すでに味方艦隊との戦闘が始まっております。わざわざ危険を冒してまで攻撃を続行しなくとも……」
「何を言うか。敵は背を向けているのだぞ。こんなチャンスをみすみす逃すなど、軍人にあるまじき発想だ」
と、俺は参謀長の進言を蹴散らし、攻撃を続行させる。参謀長の顔が青ざめる。
それはそうだ。一部でもこちらに振り向き、攻撃を受けたならば、たかが五百隻などひとたまりもない。ましてや、シールド切れ寸前の状態で、おそらく一、二回砲撃を受けたなら、我々は大打撃を受けるだろう。
しかしだ、俺はそうはならない自信がある。それゆえに、前進を命じた。
簡単なことだ。
敵は今、後ろを向けば、艦首をブラックホールの方向に向けることになる。その場合、ブラックホールの強い重力場に主機関の出力が向けられない。それはまさに、この場においては自殺行為だからだ。
前方からの味方艦隊の砲撃によって、じりじりと後退を迫られる。一方でその背後からは、五百隻の艦艇が狙い撃ちをしてくる。
ただ、それはこちらも同じだ。機関全開でようやくブラックホールの重力場に逆らっている状態だ。それゆえに、少しでもブラックホールから離れたい。前進を命じた意図の一つには、我々自身の危うさもある。
が、気づけば我々は、古典的な戦術である「鉄床戦術」をしていることになるな。味方の艦隊主力が「金床」となり、我々が「槌」となって敵後方から叩く。挟まれた敵は、なすすべもなく打ちのめされる。
混乱した敵の陣形は乱れている。この敵は、奇襲は得意だが、いざ戦闘となると弱い。今回はその奇襲すらままならなかったため、一方的にやられるばかりだ。
してやったり、だ。
前回とは真逆、いや、それ以上だな。なにせ今回は、魔女ベルガの持つ転移魔術まで使って仕掛けた奇襲だ。敵だって、そんなものがあるとは予想すらしていなかっただろう。
「撃って撃って、撃ちまくれっ!」
この時、俺の顔に現れた笑みは、きっと参謀長には狂気に見えたことだろうな。それを自覚しつつ、敢えて俺は演じてみせた。
そう、「魔王」という役目を、だ。
いや、演じたというのは言い過ぎだな。これがむしろ、俺の本性だ。
さて、一時間もするとビーム砲のエネルギーも少なくなり、ようやく我々は離脱を決める。と同時に、我々の流れに反するように、反対側へと敵の艦隊は離脱を始める。
「敵艦隊、ブラックホール脇を迂回しつつ、全速離脱していきました」
「そうか。で、味方は?」
「この戦闘で、七十五隻が撃沈されたとのこと。なお、我が戦隊は無傷。敵の被害に比べたら、実に軽微なものです」
参謀長の報告の声にも、浮かれ具合が見て取れる。そりゃそうだろうな。この時点で我々は、敵の損害数を把握していた。
敵の損害は、およそ五千隻。半数の敵艦が消滅、あるいはブラックホールに吸い込まれていった。その敵の損害の内、実に七割が我が戦隊によって成し遂げられた戦果だ。
前回やられたその仇討ちを、それ以上の戦果でお返ししてやった。そのために、魔術まで駆使した。そんな戦いはようやく幕を閉じ、我々は三週間ぶりに艦隊へと復帰した。




