#18 将来
「魔王様、これ、美味しゅうございますね!」
補給のため、戦艦カイオ・ドゥイリオに寄港し、そこでベルガ共々、戦艦内にある街にやってきた。
全長が五千三百メートル、収容艦艇数五十隻、主砲が三十五門搭載された、我が地球六七七遠征艦隊の旗艦であり、かつ我が艦隊で最大の戦艦だ。
戦艦といっても、全長八キロほどの小惑星を削って中に大型の機関、インフラを張り巡らせ、武装や駆逐艦の補給ドックを設けた、岩の形が残る実に武骨な船だ。船というより、岩の塊といった方が分かりやすい外観だ。
その巨大な岩の中心部にくりぬかれた、四百メートル四方、高さ百五十メートルの四角い空間に、四層からなる「街」が作られている。軍民合わせて戦艦には二万人が常時、暮らしている。この街は補給のために訪れた駆逐艦乗員の、憩いの場でもある。
当然だが、駆逐艦など比べ物にならないほど物があふれている。特に、食べ物だ。そして服やスマホ、エンタメや書籍、雑貨など、ありとあらゆるものがあふれている。
王都も煌びやかな場所ではあったが、正直言って、ここの街には敵うはずもない。ガラス張りのビルに、上下階層に移動するための長いエスカレーター、客引きのための巨大な映像看板など、王都では見られない派手な仕掛けがあちらこちらに見られる。
百年以上を生きてきたこの魔女にとっても、この場所はあまりにも刺激が強すぎた。結局、この街に来るなり俺は、デザート店に行かされるわ、スマホは買わされるわ、後魔法陣を書くのに必要だからと大量の紙と高価なペンまで買わされた。
で、その後に映画館に行ってド派手なファンタジーものを観た挙句、今度は目についたアイスクリームショップで甘いものを買わされたところだ。
「おい、あまり贅沢に慣れると、堕落するぞ」
「何をおっしゃいます、魔王様。魔とはすなわち『堕落』であり、これこそが魔女と魔王としての本懐なのです。良いことではありませんか」
いや、ちっともよくないぞ。堕落したら、収入がなくなりそんな贅沢なものを食えなくなる。それが、世の中だ。
「悪魔というのは確かに堕落の象徴ではあるが、魔王や魔女にそんな意味があったのか?」
「さて、どうでしょうか。ですが魔王様は、堕落などしている場合ではありませんね」
人ごみの中で、俺をあまり魔王様と呼ぶんじゃない。周りがちらちらとみてくるだろう。これじゃまるで、俺が趣味でそう呼ばせているように見えるじゃないか。
もっとも、堕落している場合ではない。軍が、そうはさせてもらえないだろう。
さて、そんな「魔王」としての働きぶりを、この戦艦カイオ・ドゥイリオに到着するや否や、総司令部によって開かれた査問会にて戦闘記録と共に調べ上げられた。
まずは、大気圏内砲撃の件だ。しかし、現れた敵が「戦艦クラス」の攻撃力を持つ相手であり、しかもそれが多数の人々が住む街へ向かっていたとなれば、例の「但し書き」が有効と判断されることとなった。
その後の政変劇だが、それは我々というより、王国民と皇太子殿下が画策し、我々はほとんど関与していないものとして処理された。総司令部としては単に、触れたくないからという思惑もあったのだろうが。
それ以上に、あの転送作戦だ。魔女ベルガの持つ転送魔術にも驚かれたが、それよりも敵の半数を壊滅させるに至ったあの作戦によって、前回の仇討ちができたとして大いに評価された。結果として俺は、少将に昇進することとなった。
敵も、あれだけの損害を受けて、当面は攻めてこないだろう。攻めて来たら来たで、また返り討ちにしてやればいい。
しかし、まったく犠牲皆無、とはいかなかかった。
今回の艦隊戦では、味方は七十四隻がやられた。人数にして、七千四百名の乗員が消えたことになる。こうしてみると、決して少ない数字とは言えない。
ゼーレ・プラーゲもそうだ。我が戦隊の犠牲は幸いにも皆無だったが、辺境伯軍一千人、それ以外にも特に最後の戦闘による攻撃による山火事で、村が一つ、燃えたらしい。他にも行商人が何組か行方不明になったという。
最後のあの巨大魔物を倒した際に発生したサイクロンによる損害は軽微であったが、魔物が爆発しつつ海に落ち、その際に発生した津波で海岸沿いの漁村のいくつかが壊滅した。もっとも、あの戦闘を目の当たりにしてほとんどの人が逃げ出していたため、人的被害はそれほどなかったものの、建物や港はほぼ消失した。
昇進したと、迂闊に喜べる状況ではないな。
「……ともかくだ、俺は今、魔王ではなく、准将から少将に昇進したんだ。そろそろその呼び名を変えてくれないか」
「はあ、少将ですか。それって、偉いんです?」
「これまで五百隻までの戦隊を指揮できる権限までだったが、この昇進で二千隻の分艦隊を任されることとなった」
「なんと! それは大変おめでたい話ですね」
「めでたいものか。それはつまり、また死線をさまように、軍司令部から命じられたようなものだ」
「ですが、あれほどの働きぶりを成したのですから、当然ではありませんか」
「いや、数が四倍になったということはだ、お前のあの転移魔術が使えない、ということじゃないか。千五百隻を放り出して五百隻だけで攻め入るわけにはいかないだろう」
「えっ、二千隻くらい、いけますよ」
「は?」
この魔女め、軽々しく言いやがったぞ。五百隻でも大変な量だというのに、二千隻もの艦艇を移動など、本当にできるのか?
「おい、四倍だぞ、四倍。王都から各地に作物を転移させるだけでも最後にはフラフラだったじゃないか」
「量じゃないんですよ。転移魔術はその移動させたいものの形、そしてその場所が明確ならば、それが大量にあってもさほど苦ではないんです」
「そうなのか?」
「そうですよ。あの王都からの取り過ぎた年貢を戻す際の魔術は、王宮そばの蔵の中の特定のものを思い浮かべながらの転移でした。それに比べたら、何もない空間に浮かんだ五百隻の方が、はるかに楽でしたよ。それに、世界樹の葉の力もありましたし」
「転移魔術というのは、そういうものなのか」
なんだ、あれは量で決まるものではないのか。意外だな。
「に、しても、よく食べるな。そんな小さな身体のどこに、あれほど大きなアイスケーキが入るんだ?」
そう、こいつがここで頼んだのは、本来なら三人がかりで食べるほどの大きなアイスのケーキだ。それをベルガは、たった一人で平らげてしまった。見ているこちらが、胸焼けしてくる。
「そりゃあそうですよ。あれだけの魔術を立て続けに使ったのですから」
そう、ベルガは言ってのけた。まあ、確かに途方もないエネルギーを使ってはいるだろうが……だが、五百隻もの戦隊を十万キロ以上、転移させたんだぞ? こんなケーキで埋め合わせる程度ですむのが不思議だ。
「ところで、魔王様」
そんなケーキを平らげたところで、ベルガがこちらを向く。くそ、魔王様と呼ぶなと言ったそばから、そのことを忘れてやがる。が、俺は改めてそのベルガを見る。
俺が査問会をされている間に、ボルガミーニ准尉に頼んでこの魔女を連れ出し、服を揃えてもらった。今は白く清楚な感じのワンピースに、髪飾りをつけている。
こうしてみるとこいつ、本当に百歳以上の魔女なのか? その長寿命と今の姿とのギャップが、あまりにも大きい。俺は思わず、ドキッとする。
「なんだ」
「これからのことなんですけど」
「これからの、こと?」
「ですから! 子を二人成して、将来のゼーレ・プラーゲに備えるという話ですよ!」
おい、でかい声で「子を成す」という言葉を使うな。視線が集まってるだろう。場をわきまえろ。
「あのなぁ、何度も言っているが、そういうことはこちらの世界では、あまり公言するのは品のいいことではないのだが」
「何をおっしゃいますか。これほど大勢の人がいるということは、それだけ子を成すことが当たり前だという証拠では……んぐっ!」
あー、もう。デリカシーの欠片もない。周りから余計に不可解な目で見られる羽目になるだろう。俺はこいつの口に、俺の食べかけのパフェを突っ込んでやった。
いきなり、口を封じられて不満げなこの魔女に、俺はこう言った。
「……そういう話は、部屋に戻ってからしろ」
するとベルガは、満面の笑みで返してきた。こいつ、まるでゼーレ・プラーゲに備えるためと、義務感丸出しでしゃべってはいるが、本心は違うところにあるのではないか?
いずれにせよ、すでにこの魔女とは、数度、同じ部屋で寝ている。まあ、そういう意味ではこの魔女の「思惑」は動き始めていることになるかな。
だが、魔女には夫婦とか婚姻とか、そういう概念がほとんどないらしい。
文化が違うといえばそれまでだが、それじゃあまりにも空しい。他の魔女も、同様なのだろうか?
男女が添い遂げるということはそれだけじゃないことを、この星の魔女にも伝えていかなくてはな。実際、ベルガにはその変化の兆しが表れ始めている。
結局、新たに発見されたベルガの住む星、地球一一四〇と呼称されることになったあの星に、地球六七七の遠征艦隊が常駐することとなった。当然だが俺は、ヴァルデンブルグ王国の王都ゴールデンフェルトスのそばに建設される予定の宇宙港に付随する街で暮らすことになる。
他の星では聞いたことのない、あの「ゼーレ・プラーゲ」という馬鹿げた災害と隣り合わせの奇妙な星だが、それでも人々は活気に満ち溢れており、悪くない星だった。
なによりも、空から降りてきた我々、それも魔女を伴い「魔王」とまで呼ばれた俺を受け入れ、歓喜してくれた。
その星のために尽くすのも、悪くはないだろう。ベルガという、魔女を伴って暮らす羽目になるが、まあそれはそれで、何とかなるだろう。
しかし将来、ゼーレ・プラーゲなんて起きるのだろうか?
考えてみれば、「怨嗟の念」というのが積もり積もって、それがあの災害を生み出す土壌となる。
が、我々の文明、文化が浸透すれば、農作業に従事させられるという過酷な労働から人々は解放され、その怨嗟とやらは薄れるのではないか。
いや、そうでもないな。
考えてみれば、我々軍人などは、ストレスのたまりやすい職業だ。なにせ、命がかかってるからな。おまけに、上官からの理不尽な命令に従うことを絶対とされている。パワハラな上官も多いと聞くから、怨嗟の念なんて、軍人ならば簡単に出てくるのではないか?
それだけではない。ブラック企業なんてところも多数ある。特に、遠くの星ともなれば労働者保護法など及ばないから、やりたい放題の企業もあると聞く。
怨嗟の念は、消えそうにないな。むしろ増えそうだ。これは俺が生きている間にも、ゼーレ・プラーゲが起こってもおかしくない。これは、頑張るしかなさそうだ。
(完)




