#14 刺客
ヴァルデンブルク王国、王都ゴールデンフェルトスでの歓迎ぶりは、並々ならぬものであった。
歓声をあげる大群衆の中を、俺とベルガ、そして参謀長をはじめとする数人の士官が、国王の用意した馬車で王都内を巡らされたのだ。
が、その勝利に沸き立つ群衆に、俺は何か違和感というか、矛盾のようなものを感じていた。
「そもそも、ここにいる人々の怨嗟の念が、あれを生み出し、そして強大化させたのだがな」
そうボヤく俺に、ベルガがこう告げた。
「いいじゃありませんか。最初の戦いでは魔族の多くを倒し、その後、続いた二度のゼーレ・プラーゲを凌いだのですから」
「それはそうだが……」
そう言いかけたが、まあ、いいか。ともかくこれでしばらくの間は、ゼーレ・プラーゲが起きることはないだろう。
しかし、だ。その元凶となった国王はといえば、まだ玉座に居座ったままだ。
挙げ句の果てには、このゼーレ・プラーゲそのものを国の威信のために使おうとまで考えて居る節がある。それが証拠に、このパレードだ。
つまりだ、今回のゼーレ・プラーゲを防いだのは、まさしく国王陛下の賜物だ、と。
そのことに一番、違和感を抱いている。
「このままで、いいのかねぇ?」
再び俺は、ぼやいた。するとベルガがすかさず、こう返す。
「いや、ダメでしょうね」
こいつには、遠慮もクソもないな。まさしく国王陛下の用意した馬車に跨り、民衆からの祝福を受け、それに手を振りながらそう言い出すのだから。
「何がダメなんだ?」
「いえ、あの陛下の治世のままではいずれ、近いうちにもう一度、ゼーレ・プラーゲが起きる可能性がありますから」
「そんなこと……ないとは、言い切れないな。あれが怨嗟の念で起きるならば、再び人々に悪政をしいた途端に、生き残りの魔族らによってそれが引き起こされる可能性がある、ということか」
「魔女も多数、人里離れた場所で暮らしてますからね。わずかに生き残った魔族らは、必死になってその子孫を残そうとするでしょうし」
「恐ろしい話だ」
「ほんと、恐ろしい話です」
にこやかに笑顔で手を振りながら、俺とベルガはそんな会話を馬車の上でしていた。
このままでは百年と言わず、十年後に同じことが起きるかもしれんな。
ちなみにだが、これまで起きてきたゼーレ・プラーゲというのは、何も悪政に端を発するものではなかったようだ。
悪政でなくても、人々には不満というものは募るものだ。遅れた農業や、時折起きる不作と飢餓、それらが二、三百年ほど蓄積すると、今度のような事態が起きる。
もっとも、今回起きたゼーレ・プラーゲは過去最大のものだ。当然だろう。我々の五十隻の砲撃でどうにか倒せたような相手に、この星の人々が敵うはずもない。
そういう意味では、我々をここに召喚したベルガは正解だったということだ。
いや、待て、冷静に考えろ。
この魔女、五百隻もの艦を、七光年先にあるこの星まで、転移させたんだったな。
それって、とんでもない力じゃないか?
にこやかな顔をしているが、その事実を知ったら、連合側は彼女を徹底的に研究するだろう。それはそうだ。なにせこの魔女のやったことは、「自由ワープ航法」そのものだからだ。
いや、ただしその場にまず、この魔女を連れて行かねばならないという制約はある。この魔女ができる「転移魔術」というのは、自分のいる場所に何か遠くのものを引っ張り込むという能力だからだ。
そう考えると、自由ワープと呼ぶにはちょっと無理があるな。結局、その移動したい先にて転移魔術を仕掛けておかなければならず、そ子にたどり着くためにはまず、通常のワームホール帯を用いたワープをしなくてはならないのだから。
もしも行きたい先に自由にワープできる力ならば、我々をあのブラックホール宙域に転送できるはずだ。残念ながら、それをするためにはまず、この魔女をそのブラックホール宙域に連れて行かねばならない。それができるくらいなら、素直に通常ワープでその宙域に向かっている。
結局のところ、ワームホール帯がなければ、我々は帰ることができないという事実には変わりない。
が、そんな時だ。
朗報が、もたらされる。
「なに、ワームホール帯が発見されただと!?」
「はっ、外縁部にてワームホール帯を探知。これより、その先の調査を行うとのことです」
「了解した。が、常識的に考えれば……」
「十中八九、ブラックホール宙域につながるものと思われます」
パレードを終えたその日の夕方に、我々は探索に出させていた五十隻から、ようやく帰還の目処を開くワームホール帯を発見した。それがもし思惑通り、あのブラックホール宙域につながっていれば、我々は艦隊主力と合流することがかなう。
と、なれば、この王国とはおさらば……とは、いかないだろうな。どう考えても我々は、ここに駐留することになる。
だが、そうなると、あの国王の下で我々は過ごさなくてはならないのか? なんとも憂鬱で、不愉快な話だ。
「えっ、魔王様、帰ってしまわれるのですか?」
そのワームホール帯の発見の話をベルガにすると、第一声、驚きの声を浴びせかけられる。
「しょうがないだろう。このままでは補給もままならない。故障すれば、直すすべもない、我ら戦隊はいずれ、味方艦隊と合流しなくてはならない。だからこそ、帰る道を探索をさせていたんだ」
「ああ、なんということでしょうか……せっかく魔王様をこの地に呼び寄せたというのに、帰ってしまわれるとは……」
「がっかりするな。というか、おそらくまた戻ってくることになる」
「えっ、そうなのですか!?」
「そりゃそうだ。図らずも、新たな星を発見した。となれば我が地球六七七は我が連合にこの星を組み入れるべく、遠征艦隊を派遣する。どう考えても俺は、この王国に常駐する羽目になるだろうな」
「まあ、なんと喜ばしいことでしょう。これで私と魔王様との間に子をもうければ、この先に起きるであろうゼーレ・プラーゲに備えることができるというものです」
ん? 今、何か変なことを言わなかったか? 子がどうこう言っていたが、何のことだ。
「おい、将来のゼーレ・プラーゲに備えるというのはともかくだな、その、子供がどうこうというのはどういうことだ?」
「何をおっしゃいますか、魔王様。魔王様と私が子を成すことで、将来のゼーレ・プラーゲに備えましょうと申し上げたのです」
「はぁ!?」
おい、何勝手に俺とお前が結婚することにされているんだ。しかもだ、向こうは齢百二十以上で、こちらはせいぜい二十八歳だ。年齢が百年近く違う。
と、いうことはだ、寿命も全然違うということになる。こいつの母親が、少なくとも二百年ほどは生きていたようだから、もしかすると寿命が四、五倍は違うことになる。そんな者同士が、一緒になっていいものなのか?
「あのなぁベルガ、ちょっと尋ねたいんだが」
「なんでしょう、魔王様」
「俺は人間で、お前は魔女だ」
「はい、それが何か?」
「そこに、大きな種族の違いがあり過ぎる気がするんだが」
「人と魔女が結ばれることなど、別に珍しい話ではありませんよ」
「は? そうなのか?」
「それに、こう言っては何ですが、私はあなた様が生きてる間はずっと若いままでございますよ。こんな良い妻は、他にいないと思いますけど」
「いやいや! だったらなおのこと心配だろう! だいたい、俺が死んだあとはどうするつもりなんだ!? 生活基盤を失えば、お前が困るだろう!」
「決まってるじゃありませんか。新たな魔王様を探し出し、婚姻するつもりでございます」
なんとまあ、したたかな生き方をしゃあしゃあと言ってのけたものだ。こうなるともう、返す言葉が見つからない。
「ですが、生きている間は魔王様一筋ですから、ご安心ください。子供も立派に育てましょう」
なんだろうなぁ、俺は意図せず、求婚どころかその先の人生まで決められてしまったようだ。それも、こんな国王の下で俺はどういう扱いを受けることやら。
そんな会話を、宿場の一室で二人きり、交わしていた。が、そこに第三者が入ってくる。
ノックもなしに、いきなり参謀長のヴィスコティ大佐が飛び込んできた。際どい話をしていたところだっただけに、俺は思わず怒鳴る。
「おい! 参謀長! ノックもなしに入ってくるとは何事か!?」
しかし参謀長は悪びれる様子もなく、俺にこう一言告げた。
「緊急事態です。直ちに着替えて武装してください、ここを脱出します」
さっきまでの浮ついた話から、急にシリアスな展開を迎える。どういうことだ? なぜ、武装をしなきゃならないのか? ともかく、ここはヴィスコティ大佐に従い、すぐに軍服に着替えて銃を握る。
「参謀長、一点だけ聞かせてくれ、何が起きている?」
俺のこの問いに、参謀長はこう答える。
「刺客が、送り込まれているようです。狙いは、戦隊長と魔女殿です」
はぁ? 狙いが俺とベルガだって? どうしてあのゼーレ・プラーゲを鎮め、王国に安穏をもたらした俺とベルガが、誰かに狙わなければならないのか? 意味が分からない。
が、参謀長のことだ、生半可な情報で動いているわけではないだろう。元々、俺の警備は参謀長に一任してある。いざという時は参謀長判断で動くよう、予め手はずを整えている。
その参謀長が俺に、ここを脱出すると言っているのだ。
「陸戦隊員は?」
「宿舎の外です。が、宿舎内に既に刺客が潜んでます」
もはや将来のことなど考えている場合ではない、目先の人生が、失われかねない事態に陥っている。ともかく俺は、宿舎の外にいる陸戦隊員らと合流すべく、拳銃を構えたまま通路を走る。
「ま、魔王様、一体、何が……」
ベルガが何かを尋ねようとするが、ここはまず、脱出が優先だ。俺は指で静かにするよう伝える。ベルガはうなずく。
しかし、どうして命を狙われなければならない? どうにも解せない。いずれにせよ、まずは階段まで進んだ。
「進路クリア、行きます」
赤外線スコープで周囲を見渡したヴィスコンティ大佐が俺とベルガにそう告げると、階段を駆け下りていく。踊り場で立ち止まり周囲を確認すると、手招きした。
その手招きに応じて、俺はベルガを抱えて駆け下りる。
「あ、あの、魔王様、抱えずとも自分で立てますから……」
いきなり抱きかかえられたこの魔女は狼狽するが、しかし抱えているのには理由がある。
その理由が、いきなり明白になる。
宿屋の天井が、蹴破られる。と同時にロープが降ろされ、そのロープを伝って二人の黒ずくめの男が手際よく降りてきた。
その手には、剣が握られている。
「提督ーっ!」
参謀長が叫ぶが、こうなることは織り込み済みだ。我々の力を知って、通路でのうのうと待ち構えるやつなどいるはずがない。
来るとすれば、まったく想定外の方向、すなわち天井や壁などを突き破って出てくる。俺は元々、そう考えていた。だからこそ、この魔女を抱きかかえていた。
その方が、携帯シールド内に二人とも、包み込むことができる。
「ぐはっ!」
ロープと長剣がシールドに触れて、火花を散らす。まさか見えない「盾」があるとは思ってもいなかったようだ。二人とも、弾き飛ばされ、階段の踊り場に落ちる。
その二人に、参謀長が拳銃を向ける。が、参謀長はこう告げる。
「気を失ってますね。このまま、生け捕りにします」
「い、生け捕り?」
「誰が首謀者かを知る必要があります。陸戦隊員を呼び寄せ、この二人を回収させましょう」
さすがに階段の踊り場に頭をぶつけた二人の刺客は、気を失っていた。駆けつけた陸戦隊員がその二人の手足を縛りあげた上で連れ出す。やけに手際がいいな。
が、他にもいるかもしれない。俺は宿舎外に降り立った哨戒機に乗り込み、すぐにその場を離れた。
「いやあ、私を守るために抱きかかえてくださったのですね。さすがは、魔王様」
その機内で、感激する魔女の言葉が響く。が、その後がいけなかった。
「私にここまで触れてしまった以上、もう二人で子を成すしかありませんね、魔王様」
おい、どうしてそういう話になる。ついさっきまで、殺されるところだったんだぞ。そういうことを言い出すから、参謀長も陸戦隊員も、驚愕の目でこちらを見ているぞ。どうしてくれるんだ。
「……まあ、流れ的にベルガ殿とバルディ准将閣下がそうなるであろうことは、大方予想はしてましたが……もうここまで進展されているとは」
挙句の果てに、参謀長がこんなことを言い出した。おい、俺とベルガの関係が、そういうふうに見えたというのか。
「と、そんな事よりもですね、今回の事件の主犯ですが……」
さらにこいつ、「そんな事」で片付けやがったぞ。いや、しかしだ、確かに今、それは大事なことだな。なにせこちらは命を狙われたのだから。
「何か思い当たるものでもあるのか、参謀長」
「ええ、ですから事前に、皇太子殿下にご相談していたのですよ」
「は? 皇太子殿下?」
「はい、どう考えても戦隊長と魔女殿が命を狙うとすれば、国王陛下と一部貴族でしょうから」
「おい、どうして国王陛下が我々の命を狙う必要があるんだ。今日、まさにパレードをして、その国王とやらの権威を上げてやったばかりじゃないか」
「それが問題なのですよ。当然のことながら、民衆の関心は『魔王様』と『魔女様』に移ります。となれば、王国が乗っ取られるのではないか、と国王やその取り巻きが考えるのが妥当でしょう」
「妥当かどうかは知らんが……だったら、なおのこと皇太子に相談したのはまずいのではないか?」
「いえ、実は危険を承知で先日、そう、ゼーレ・プラーゲの第三段が起きる直前に、小官は皇太子様に接触し、善後策を話したのですよ」
「善後策?」
「まず、『魔王様』には国を乗っ取るつもりはない。ただ、この国情を考えると、国王フリードリヒ十六世を挿げ替える必要がある。なにせ、民衆の恨みを一身に受けている身ですからね。それゆえに皇太子殿下には国王陛下、すなわちフリードリヒ十七世になってもらわねばならない、と」
「……で、相手はどう反応した?」
「もちろん、国王陛下の専横を疎ましく思っておられたようで、ゼーレ・プラーゲが終わった後に国王陛下が起こすつもりだった、戦隊長と魔女殿への暗殺についても教えてくださいました」
なんとまあ、そんな情報までつかんでたのか。どおりで手際がいいはずだ。にしても、よく皇太子と接触できたものだな。こいつめ、俺とベルガが王都をうろついている間に、なんとまあ大胆な行動を仕掛けたものだ。
が、そのおかげで助かったのも、事実だ。
「ご苦労だった。となれば、まずはその『証拠』を揃えねばならないな」
「そうですね。幸いにも実行犯を捕らえることができました。彼らは決して口にはしないでしょうが、脳波サーチをかけて、命令書などの証拠品のありかを調べ上げれば、どうとでもなるでしょう」
「さらっと、恐ろしいことを言うな」
「何をおっしゃいますか。我々の持てる技術の全てをかけて、真相に迫ろうというだけのことです。それに……」
「それに、なんだ」
「ワームホール帯が発見され、いずれこの王国は我が地球六七七と同盟関係を結ぶことになります。その後の政治形態の変更、すなわち国王の入れ替えは困難になるでしょう。そうなる前に、現国王よりは現状を把握しておられる皇太子殿下に、とってかわってもらった方が、この国のためになるというものです。そんな材料をわざわざ向こうが用意してくれたのですから、それを有効利用しないわけにはいかないでしょう」
さらっと正論を述べているが、おい参謀長よ、これは軍属が政治的干渉するという、完全な越権行為じゃないのか。とはいえ、我々はまだ艦隊に合流できていない。それに、我々は「攻撃」された側だった。それに我々自身がこの王国の政治形態に手を出すわけではない。あくまでも、それをなさろうとする皇太子殿下を補佐する、という形をとっている。文民統制の原則は、踏み外していない。
そんなわけで我々は、この一件をもって現国王を退位させ、新国王へと挿げ替えるための作戦を開始した。




