第一王女メラニー
「陽翔くん……神様と話した時にいなかったから、呼ばれてないんだと思ってたけど、やっぱり来てたんだ……」
ノエルが衛兵に命令をして放たれた炎魔法で軽い火傷を負った俺は、陛下が用意してくれた客室で治療を受けていると、急いだ様子で委員長が部屋に入り込んできた。
「まぁね……クルトンとかいう神様が一ヶ月間、俺の存在に気づかなかったみたいだよ。」
「……え!?私、神様とお話した時に陽翔くんのこと話したよ?」
「………………」
委員長の言葉で最悪の想像が頭を過ぎる。委員長の話していることが正しくて、神がクラスメイト全員を送り終えた後、直ぐに俺の元へ来ていたとしたら、時間の流れる速度が違う可能性が考えられる。
よく考えてみると、もしも一ヶ月前にクラスメイトが転移されていたのだとしたら何かのニュースになっていてもおかしくない。
クラスメイト全員が異世界に送られるまでの時間を一時間と仮定した場合、元いた世界の一時間が、この世界では一ヶ月という計算になる。
「委員長……今の話は他のクラスメイトに話さないで。」
「えっと……どうしてなのかな?」
「……聞かない方がいいと思うけど。」
「私はクラスの委員長だからね!陽翔くんが気づいたことが何なのか分からないけど、皆のためにも知っておきたいかな?」
俺は渋々、委員長に俺の気づいたことを話した。
「嘘……でしょ。じゃあ、もしも私たちが元の世界に帰れたとしても親どころか、私たちを覚えている人が誰も生きてないかもしれないってこと……?」
「……あくまで可能性だよ。あの神様と話した時間だけが、時間の流れが違うって可能性だってあるし、全てが憶測に過ぎないよ。ただ、このことを知ったらパニックになる人が現れてもおかしくないから黙っていて欲しいんだ。」
「……分かった。」
委員長は余程ショックだったのか、背を向けて体を震わせていた。
「ハルト様。お時間よろしいでしょうか?」
数回のノックの後、扉の前で少女の声が俺に尋ねた。
「……どうぞ」
扉の前の少女の声を聞くやいなや、俺の治療を担当していた魔法使いが姿勢を正して座り直したことから、扉の前にいるのが誰なのか何となく想像がついた。
「失礼します」
中学生くらいの年齢だろうか。豪華なドレスで着飾られた少女と護衛の騎士が部屋へと入り、少女が俺の前に立ち、礼儀正しく頭を下げた。
「お初にお目にかかりますハルト様。私の名前はガラン王国第一王女 メラニー・ガランです。以後お見知りおきを。」
やっぱりお姫様か……どんな要件で俺に会いに来たのか分からないが、面倒事の予感がする。
「……佐藤 陽翔と言います。失礼ですが、私のような者に国の第一王女がどのような御用があって……」
「私のようななど……私の騎士から聞きましたよ。父上を前にしてなお、物怖じしていなかったとか。」
「……いえ、物怖じしてましたよ?プレッシャーで足が震えましたし、心臓の音が周囲に聞こえるんじゃないかってくらい体に響いていましたよ。」
「それでも、やりきったのでしょう?」
王女が俺の元へと一歩詰め寄る。
「私があなたに会いに来たのは他でもありません。私と婚約を結んでいただきたいのです。」
「は?」
その場にいた護衛の騎士と治療をしていた魔法使いが明らかに動揺しているのが分かる。なんなら、自分が一番動揺してるまである。
「あの……早く答えを聞かせていただけると助かるのだけれど……」
王女が顔を赤くして答えを急かすが、急なことで頭が回らない。
「えっと……どうして俺と?」
「それは当然、国のためです!貴族や隣国の王子と婚約するよりも、あなたの知識の方が何倍も国への利益が大きいと考えたからです。」
いわゆる政略結婚というやつか……それなら多少の納得はいく。だが、俺より龍星のような強力な力を持つ男の方が国の利益なると思うんだが。まぁ、答えは決まっている。
「あの、早くお答えを……」
「お断りします」
王女の表情が固まった。
「今……なんと?」
「お断りしますと言いました。」
断ったことで、恨みを買うのも嫌だが。婚約した場合、それ以上の危険が俺を待っているはずだ。
「メラニー王女の容姿は異世界人の私から見ても、とても魅力的な女性に見えますが。お互いをよく知らないうえ、私の身分では分相応ではないように思います。」
我ながら相手を立てる角の立たない断り方だ。護衛の騎士も治療してくれた魔法使いも頭を縦に振って同意してくれている。
「そう……ですか。」
王女は断られるとは露ほどにも考えいなかったのか、放心状態のまま、部屋を出ていった。
「陽翔くん。さっきの女の子は……」
「あぁ、ごめん委員長。さっきの女の子が、この国の第一王女のメラニー様らしいよ。」
「第一王女!?……なんか、落ち込んでたみたいだけど。」
「まぁ、色々あってね……」
まぁ、王女様のことを考えても人に話すのはよくないだろう。今回のことは胸の内に閉まっておこう。
王女が部屋を去ってから、委員長と異世界に来てからの生活について事細かく話し合った。
委員長の話によると、異世界にやってきたクラスメイトは神父の案内で直ぐに国王の元に訪れたらしい。
神により召喚された者は人々に勇者と呼ばれ、魔物と戦う運命を背負わされるらしい。衣食住と引替えに、半強制的に戦場へと駆り出されたクラスメイトの中にはトラウマを植え付けられた者を少なくなかったようだ。
そんな頼る相手のいない環境で、クラスという集団を引っ張っていたのは委員長ではなく、あの龍星だったらしい。
どうやら戦場に出た時も、戦えないクラスメイトの分まで、龍星に付き従う男子を指揮して戦ったそうだ。気に入らない奴であることは変わらないが、龍星なりにクラスメイトのために努力していたと考えると、謁見の場での発言は言いすぎたように思える。
「陽翔くんは、私たちの知らない所で私たちを助けてくれてたんだね。」
「……それは違うよ。たまたま、切ることのできる手札があっただけで、それがなかったら俺はみんなのことを助けようなんて考えなかったっと思う。」
「……私は、それでもきっと陽翔くんなら助けてくれたと思うな。陽翔くんは優しい人だと思うから。」
委員長の言葉に返す言葉が見当たらない。女の子が押し倒されて手を貸した時も、国王を説得してクラスメイトを解放したのも、打算あっての事だ。
助けたことで女の子にモテることを期待したし、クラスの皆に感謝だってされたい、そんな俺に優しいなんて言葉は心の底から似合わないと思う。
「まぁ、俺が優しいかは置いといて。俺は集めた金で三十人が住めるだけの家を依頼してくるから、他のみんなにも伝えておいて。」
「分かった。……本当にありがとね陽翔くん。」
俺は委員長と別れ、治療を担当してくれた魔法使いに城の外までの案内を頼み、城から離れることにした。
「お帰りなさいませ陽翔様!」
建築の依頼をしに行く前に一度宿に戻ると、そこにはメラニー王女の姿があった。
「えっと……何してるんですか?」
「ハルト様に私のことを知ってもらい、私が陽翔様のことを知るには同じ屋根の下で暮らすのが一番と思いまして。……っあ、父上には許可を頂いているのでご心配なさらないでくださいね!」
……俺にだって女の子にモテたいという願望はある。だけど王女様は違うだろ!後ろの護衛も困った顔でこちらを見てるし……。
「ハルト様はこれから何を?」
「クラスメイト……新しく召喚された勇者が全員、暮らせるだけの建物を依頼しようかと……」
「建築の依頼ですか……コレット。」
「かしこまりましたメラニー様。ハルト様、優秀な建築士の知り合いに私から依頼させていただきます。建物の内装などにご要望はありますでしょうか。」
異世界の建築士に知り合いなんているはずもない俺からしたら、ありがたい話ではある。ここは素直に頼むことにしよう。
「二人で一部屋のつもりで考えていて、俺を含めて三十人なので十五部屋ある建物を依頼しようかと思っています。後それと!飲食店を開こうと思っていて、店舗も依頼するつもりです。」
「……かしこまりました。キッチンや浴室などに要望はありますでしょうか?」
「大勢で使える場所を用意していただけると助かります。」
「……分かりました。では、行ってまいりますメラニー様。」
「ちょっと待ってください!お代を……」
俺が言い終えるのを待つことなく、コットンと呼ばれていた護衛騎士は宿を後にした。
「お代なら問題ありません。代わりに私が立替させていただきますので。」
俺は自分の部屋に戻り、大量の金銭が入った袋を王女に手渡した。
「申し訳ありませんがそういう訳にはいきません。俺にもプライドはあるので。」
本当は貸しを作りたくないだけだけど……。
「分かりました……お支払いが終わり次第、余剰分はお返しします……」
子供らしくムッとした表情で王女は怒っているが、俺はそれ以上に王女の後ろにいる二人に恐怖を感じていた。
「説明してくれるんだろうね……」
「はい……」
王との謁見の際に話した大まかな会話と王女についての説明を、ネリーさんとカロルが納得してくれるように、包み隠さず話した。
「ということはあんた、ここを出ていくのかい?」
「まぁ、そういうことになるんですかね?」
またしても突然のことだったからか、二人の表情が曇る。
「出ていくと言っても、俺がこの世界で心から信用してるのは二人だけなので、これからも頼りにさせて貰う
つもりですよ」
「うん、任せてハルト!なんなら毎日顔を見せに来てくれてもいいんだからね!」
今度は王女様が怒っているようにみえるが……自分がまだ信用されていないことにでも怒っているのだろうか?
「二人に早速頼みたいことがあって、料理を提供している飲食店のオーナーを集めてもらいたいんです。」
「……その行動には一体どういう意味があるのですか?」
自分が話に入ることができないのが余程嫌なのか王女様が俺に尋ねた。
「……食べてもらった方が早いかもしれませんね……唐揚げと焼き鳥、それからポテトフライを王女様にお願いします。」
ネリーさんとカロルの二人が食堂に忙しなく移動してから二十分ほど経ち、王女様の前に大量の揚げ物と数種類の焼き鳥が並べられた。
「これは……」
「いけません!」
王女様が唐揚げをフォークで刺したところを護衛の騎士が静止した。
「毒が入っているやもしれません、毒味役がいない場での食事は控えるべきかと。」
ネリーさんとカロルが護衛騎士を睨んでいることに気づいた俺は、三つの料理を急いで口に頬張った。
「…………ゴクン。もし、よろしかったら護衛の方もどうぞ。メラニー王女に食べて頂けるのが嬉しかったのか、量も沢山あるので。」
俺が代わりに毒味をしたことで、護衛騎士に改めて伺いを立てることなく王女は唐揚げを一つ口の中に運んだ。
「…………!ハルト様!とても美味しいです!」
王女の顔が笑顔に変わったことで、先程まで護衛騎士を睨みつけていた二人も笑っている。問題にならずに済んで一安心と言ったところか……。
「パメラ!あなたも意地を張ってないで食べてみなさい!私一人では食べきれないわ!」
「メラニー様がそこまで言うのなら……」
その後、二人の料理との格闘は二十分間続き。二人の胃袋に限界が訪れた。
「申し訳ありませんハルト様……食べ切ることができませんでした。」
王女様がグロッキーになっておられる……。残したとはいえ、女性二人で一キロはあった料理を半分は食べたのか、それだけ美味しかったのか、出された手前残す訳にはいかないと意地になっていたのか……。
「残った分はお持ち帰り頂くことができますが、如何なさいますか?」
「持ち帰ります!父上や兄上にも食べていただきたいので!」
残った料理を食堂に通いつめていた、木工職人に依頼して作っていただいた容器に食材を入れ、氷のスクロールで包んだものを王女の護衛騎士に手渡した。
「凍ってはいませんが冷たいので、温めてからお召し上がりください。」
「……ありがとうございます。」
王女様にも我が故郷の味を知ってもらったところで話を戻す。
「まぁ、何がしたいのか結論から言うとレシピの公開です。」
「レシピの公開ですか?独占した方が儲かるのではないですか?」
「目的は客層の組み分けにあります。ここは宿屋なので、休んでいきたくなるよう、アルコールを頼みたくなる料理を提供しています。ですが、現状はアルコールを頼まないお客さんも多く来店していて、宿屋の営業に支障がでかねない状況なんです。」
というか支障は既に出ていた。ネリーさんもカロルも初めに会った時よりも明らかに疲れた顔をしている。もっと早く行動を起こすつもりだったのだが、他のことが立て込みすぎて、その余裕がなかった。
「なので食堂で提供している料理とは別のレシピを他店に提供しようと考えているのです。」
「……ハルト様の考えは分かりました。私にも何か手伝えることはありますでしょうか……」
「レシピを提供する際にメラニー王女がいてしまうと、せっかく来ていただいた方たちが萎縮してしまうかもしれないので、この件は我々だけで片付けようと思います。」
「そうですか……残念です。」
力になってくれようとしているのは分かるが、国に大きな貸しを作りたくはない。落ち込んでいるメラニー王女を見ていると悪いことをした気持ちになるが、今は我慢のときだ。
それから俺は、ネリーさんとカロルが連れてきてくれた飲食店を営む人々に俺の知る現代の料理を教え、代わりに金銭を頂いた。
レシピを教えるついでと言って、ネリーさんが集まった人達と宴会を始めてしまい、王との謁見から始まった一日は酔っ払いの笑い声によって幕を閉じた。




