響く怒声と流れる血液
ダンジョン探索から一週間が過ぎ、あれから食堂への客足が途絶えることはなく、お陰で宿屋も儲かっているようだ。
正直な話、国王から頂いた金貨と衣服を売って手に入れたお金のおかげで、贅沢をしなければ五年は生きていけそうなのだが、ネリーさんさんやカロルと一緒に働くのが楽しく感じてきていた。
そんなある日、いつものように客に提供するため台所で調理をしていると聞いたことある声が店の中から聞こえた。
「佐藤!いるのは分かってるんだ、出てこい!」
龍星……あれ以来会っていなかったし、会うつもりはなかったんだけど、ついに店にまでやってきたか。
「……ッチ、本当にいやがった。俺たちが魔物と命懸けで戦ってる時にお前は呑気に料理かよ」
龍星はこの世界の言語を覚えられていないのか、されとも会話を聞かれたくないのか、日本語で俺を怒鳴りつけた。
「ちょっと、何言ってるか分かんないけど騒ぐんなら出てってよ!」
「黙れ!」
龍星が俺に近づくのを止めに入ったカロルが押し倒される。
「四六時中、聞き馴染みのない言語を聞いてるとイライラすんだよ。……なんで、お前はこいつらと普通に接してんだ? 」
「……クルトンとか名乗る神がお前たちに力を全て分け与えたせいで、俺は魔力の代わりにこの世界の知識を与えられて転移させられたんだよ。そんなことりよりも……」
俺はカロルに手を貸して起き上がらせる。
「この子に謝れ。」
「またそれか……お前は本当に腹が立つやつだよ……」
俺に苛立った龍星が手のひらに炎を出すと同時に、客として来ていたダンジョンの探索者が一斉に龍星の首元に剣を突き立てた。
「…………ッ!」
「この時間はな。ダンジョンに潜る前に、うちの唐揚げ弁当を買いに来る時間なんだ。いくらお前が強かろうと場所はわきまえるべきだ。」
龍星が今にも爆発しそうなほど怒りで体を震わせていると、俺と一緒に調理を担当していたネリーさんがキッチンから顔を出した。
「あんたら何してんだい!そんな子供相手に!」
ネリーさんに叱られたダンジョンの探索者の人らは、急いで武器を収め、自分の席へとそそくさと逃げた。
「あんたもあんただよ。ここは飯を食うか、疲れを取る場所だ。そんな危険な魔法を使うもんじゃないよ。」
龍星の手のひらの炎を、ネリーさんは両手で覆った。
「さっ!これはサービスだ。次来る時は女の子に乱暴するんじゃないよ!」
龍星にはネリーさんの話している言葉が通じない。だが、龍星の先程までの怒りは消えたようで、店の扉へと向かっていった。
「ネリーさん、その手……」
ネリー さんの手は龍星の炎を覆った際に大きな火傷を負っており、俺は急いで氷のスクロールを持ってきて手のひらを冷やした。
「あの坊やの魔法……思っていたよりも強力な魔法だったみたいだね。店の中で使われてたら大変なことになってたかもしれないねぇ……」
ネリーさんの言葉で、改めてクラスメイトが神から与えられた力の強力さを知った。そして、優位な状況で少しでも勝ち誇っていた自分が心の底から恥ずかしい。
「それに、この世界の言葉を話せないってことは、あの坊やもあんたと同じ勇者様なんだろ?彼らも相当苦労しているらしいから無理もないさ。」
神から与えられた知識は限定的なもので常識くらいのものしか教えてくれない。俺は龍星たち、クラスメイトのことを女将さんに詳しく聞いた。
ネリーさんが知っているのは噂程度のものだったが。どうやらクラスメイトは魔物を退けるために早速戦場に投入されたらしい。
龍星のような暴力に慣れた人物は活躍できたようだが、この世界の言語を学んでいる最中の彼らでは連携がとれず、死傷者こそ出なかったものの、クラスメイトの大勢が肉体的にも精神的にも傷ついたらしい。
「ハァ……気が進まないけど、やれるだけやってみるか。」
俺は迷惑をかけないよう、カロルとネリーさんには内緒でダンジョンに潜り、手に入れた無傷のコアを五つとバラバラの骨をギルドに提出した。
「これは……」
「それは……触っちゃ!」
ドロテアさんが無傷のコアに触れた瞬間、黄色くコアが輝いた。
「……ッ!ハルトくん、これは一体!」
「説明したいんですが、このギルドの偉い方とお話する機会を頂けませんか……?」
ドロテアさんは小さく頷くと、十分も経たずにギルド長との席を用意してくれた。
「どうも、初めまして。佐藤陽斗です」
「私の名前はダニエル・アルノー。このギルドの管理を任されているものだ。それで、直接話したいこととは?」
一見すると痩せこけた、ただの老人のように見える。だが、老人の腕には加齢による皮膚のたるみなどが一切見られず、鍛え抜かれた腕から、実力の高さが伺え知れる。
「これです。」
俺は手提げバックの中から無傷のコアを四つ。ドロテアさんの魔力が込められたものを一つ。スケルトンのバラバラになった骨を取り出した。
「これをどうやって……」
「待ってください!」
ギルド長がコアに触れようとしたのを必死に止めた。
「このコアは魔力を吸い上げる性質を持っています。気をつけて触ってください。」
ギルド長がコアに触れると三色の光を放ちコアが輝いた。
「確かに……魔力が吸い上げられるのを感じる。これをどうやって?」
どうやって……この質問にすぐに答えることはできない。ここから先は慎重に答えなければ、下手したら俺は大勢の命の責任を負うことになる。
「まず先に、少しお話をいいですか?」
「話?君はこのコアについて私に話に来たんじゃないのか?」
「関係のある話です。お願いします。」
「私も忙しい身でね。手短に済ませてくれよ。」
ギルド長は優しい笑顔で了承してくれた。
「では、ギルド長は私が異世界から呼ばれたことを知っているのですよね?」
「あぁ、もちろん。ドロテアから聞いたよ。」
「……私たちの世界の偉人、アルフレッド・ノーベルはトンネル工事や採掘の為にダイナマイトという爆発物を作り上げました。ここで、ギルド長に質問です。ダイナマイトはその後、何に使われたと思いますか?」
「……その反応からして、望ましい使われ方ではなかったのだろうな。」
「……そうです。ダイナマイトは戦争の道具として多くの命を奪いました。人の役に立つために生み出したものを人殺しの道具に使われ、アルフレッド・ノーベルは酷く悲しんだらしいです。」
「なるほど……つまり、このコアはそのダイナマイトであると、そういうことだね?」
ギルド長は俺の話していることを理解したのか真剣な表情で俺に尋ねた。
「……そうです。この無傷のコアの扱い方によっては俺が第二のアルフレッド・ノーベルになってしまう。それでも……知らせに来たのには理由があります。」
俺は立ち上がり頭を下げた。
「俺は、このコアと引替えに俺と同じ転移者を戦いから退けたい!力を貸してください!」
「頭をあげなさい。このコアの内容次第では国王に直々に進言すると約束しよう。」
会ったばかりの相手だ、正直信用はしていない。それでも、俺がクラスメイトを戦いから離れさせるにはこれしか方法が思い浮かばない。
「……では、説明させていただきます。このコアには先程お見せした通り、魔力を吸い上げ貯蓄する性質があります。これによる利点は体に溜まった魔力をコアに貯蓄して保存しておけることにあります。」
この貯蓄という性質は国防に関わる者なら間違いなく食いつく。だが、問題もある……。
「そして魔力を吸い上げたコアは破損することで溜め込んだ魔力を解き放ち、爆発を引き起こします。」
この爆発が問題だ。このコアを貯蔵した場所は火薬庫となり、爆発した際に多大な犠牲を招きかねない。
「入手方法は……?」
「……信用していいんですよね?」
俺の言葉を聞いてギルド長は頭を抱え込んだ。
「いきなり信用しろと言われても難しい……か。……ここから近くにある青い屋根の二階建ての建物。私は妻と二人の娘と共に暮らしている。」
突然の情報に体が固まる。
「な、なんでそんな話を……」
「もちろん信用してもらう為さ。秘密を共有できたんだ、少しは信用できたんじゃないかい」
こちらから話の場を設けてくれるよう頼んだのに……俺は、なんて恥ずかしい人間なんだ。もちろんギルド長が教えてくれた情報が真実とは限らないが、これ以上クズに成り下がるのはごめんだ。
「再生しなくなるまでダンジョンの魔物を、恐らく傷つけることで手に入れられます。」
「恐らくとは?」
「俺は魔力を持たないので、一階層でしか試せていません。一階層にはスライムかスケルトンしかいないので生身の肉体を持った魔物とはいえず。」
「ふむ……では、今から二人でダンジョンに潜ろうか。」
「え?」
ギルド長は有無も言わさずドロテアさんにダンジョンの入口を一つ用意させ、俺を連れてダンジョンに潜った。
「スケルトンとスライムか……どれ、せっかくだ君に戦い方の指導をしてやろう。」
「ちょ……!」
ギルド長は魔物たちに向けて俺の背を押した。
「戦闘の基本中の基本、弱い奴から倒すんだ。」
俺は透明な体をしたスライムを壁に向かって蹴りつけ、コアを破壊した。
(……戦っている最中に他の敵から目を離すなとアドバイスをしようと思っていたが、スライムの倒し方といい……これはなかなか)
「ハルトくん、次はスケルトンだ。」
スライムはスライムとは違って人型。武器を持っていれば違うのだろうが、足払いなどで体勢を崩してからの方が安全に倒すことができる。
スケルトンとスライムを難なく倒すと、離れた場所で見ていたギルド長が駆け寄ってきた。
「驚いたよハルトくん。ダンジョンに潜ったのは、三度目なんだよね?」
「そうですけど……」
「スライムを壁に叩きつけたり、スケルトンの体勢を崩してから切りかかったりと。戦いながら思考することができている。これは稀有な才能だよ。」
才能と言われても、いまいちピンとこない。それに戦闘の才能があっても、肝心の魔力がないのでは、高が知れている。
「さぁ、次は二階層だ。二階層には生身の肉体を持った魔物がいるから心の準備はしておいてくれ」
ダンジョン二階層
ダンジョンの風景は一階層と変わらない。しかし、一階層とは違い強烈な悪臭が漂っている。
「この階層にはゴブリンやコボルトがいる。単体としては弱いが、数が集まると厄介な相手だから気をつけてね。」
ギルド長の優しい声に頷き、二人でダンジョンの道に沿って歩く。
「agyaagggg!」
曲がり角から声のするほうを除くと四匹のゴブリンが歩いている。
「……実験するには数が多いね。まずは私が三匹倒すから、残りの一匹は君が相手をしてみるといい。」
ギルド長はそういうと、一瞬でゴブリンたちの元へと移動して、ゴブリンたちが存在に気づき振り返った頃には、ゴブリンのコアは砕かれ、後には砂だけが残っていた。
「ハルトくん、交代だ。」
ギルド長と入れ替わるようにゴブリンへと向かう。ゴブリンの武器は棍棒。力は大したことなさそうだが、棍棒で頭を殴られれば命に関わる可能性がある。
「agyaaaa!!」
ゴブリンが雄叫びをあげ、棍棒を振りかぶりながら襲いかかってきた。そんなゴブリンに俺が選択した攻撃は、俺ができる最長のリーチを誇る攻撃『突き』だ。
「aaaaaaa!!」
俺の放った突きは、飛びかかってきていたゴブリンの腹部へと突き刺さり、ゴブリンは苦しそうな声を上げながら、何とか逃れようともがいていた。
ゴブリンがもがくたびに突き刺さった剣が肉を裂き、おびただしい量の血液が流れる。
目の前の光景に手が震える。俺が食堂で稼いでいた時、クラスのみんなはこんな光景を目の当たりにしていたのだろうか。そんなことで頭が埋め尽くされた。
「……どれ、私が代わろう。」
ギルド長はそんな俺を憐れに思ったのか、肩を叩き自分の剣で解体を始めた。ゴブリンが再生する度に何度も何度も、悲鳴と血の滴る音だけがダンジョン内に響いた。
「……嫌な光景を見せてしまったね。」
ギルド長にとっても嫌な体験だったのか、ギルド長の顔色が少し悪くなっているように感じた。
「……いくら魔物とはいえ、これは残酷すぎるな。大人しく一階層で集めるのがよさそうだ。」
ギルド長の手に平にはハンカチで包まれたコアが握られており、どうやら直接触れなければ魔力を持つ人が掴んでも大丈夫なようだ。
その後も幾つかの無傷のコアを一階層で集め。後のことはギルド長に任せて、俺は一度帰ることになった。
宿に戻る頃には既に暗くなっており、宿の扉を開けると心配そうな顔のカロルと目が合った。
「ハルトくん!こんな時間までどこに行ってたの?私たち心配したんだから!」
「心配って……そんな大袈裟な……」
食堂の方からエプロンを付けたネリーさんがやってきた。
「あんたの世界でどうかは知らないけど、この世界では大袈裟じゃないんだよ。一言も声をかけずに出ていって、そのまま帰ってこなかったなんて、珍しい話じゃないんだからね。」
二人の表情で自分が二人の地雷を踏んでしまったことを知った。カロルの父親の姿が見えないとは思っていたけど、どこかで仕事をしていて帰って来れていないとばかり思っていた。この世界は俺が思っているよりも厳しい世界なのかもしれない。
「今日はコアについて話すためにギルド長に会いに行ってきたんだ。二人に迷惑をかけないために黙って行ったんだけど……逆に心配かけてしまって本当にごめんなさい。」
コアの話をした瞬間、カロルは一瞬固まり、カロルの反応を見たネリーさんは俺とカロルを問いただした。
「……コアって一体なんの事だい?」
「えっと……長くなるので食堂にお客さんが来なくなってからでもいいですか?」
ネリーさんは渋々了承して、三人で夜の営業を終わらせ、椅子に座って説明を始めた。
ネリーさんとカロルは俺の説明を終始無言で聞いた。
「なるほどね……それなら心配はいらないね。ダニエルさんは約束を破るような男じゃないから。きっと、あんたの同胞の子達を戦いから退けるための努力はしてくれるはずだよ。」
ネリーさんとカロルは説明を聞いて満足した様子で寝室へと戻り、俺もその日は眠りについた。
「失礼する。私の名前は国王直属近衛騎士団 団長のバジル・バレ。国王陛下レイナルド・ガラン様の命により、佐藤陽翔殿には王城まで同行してもらう」
ギルド長との密談から一週間。俺の宿泊するネリーさんの宿に近衛騎士団がやってきた。バジルさんの話によると、本来であれば衛兵に任せる仕事だが、丁重にもてなすために団長であるバジルさんが遣わされたそうだ。
「いいか?今回の謁見でお前はコアの有用性をアピールすることになるが、国王……いや、国王の側近は新しく召喚された勇者を手放そうとしないはずだ。もし、国王の側近を言い負かすことができないと思った時は潔く諦めることをオススメする」
ギルド長に話した話はどれだけの人に広まったのだろうか。少なくともバジルさんは知っているのだろう。俺はバジルさんの言葉をアドバイスとして受け取り謁見の場に立った。




