第六章 薬
河野の死後、透の訪問頻度は月二回から週二回に増えた。
透は凪の勧める本を読み、凪の語る世界観を自分の過去に当てはめ始めた。祖父の死も、河野の死も、すべてに「魂のレベルでの必然性」があったかもしれない。自分がこれほど死の問題に囚われてきたことも、今生で解決すべき何らかのカルマの表れかもしれない。
あるいはそれは、パズルのピースが次々とはまっていくような感覚だった。
エルンスト・ベッカーが「死の拒絶」で論じたことを、透は編集者として熟知していた。人間は「象徴的不死プロジェクト」を構築することで死の恐怖を管理する、という理論だ。文明、子孫、宗教、芸術、そして世界観。これらはすべて、死の恐怖という原動力から生まれる。
透はその理論を、自分に適用し始めていた。
私は今、水上凪の世界観を「象徴的不死プロジェクト」として採用しようとしているのではないか。
しかしその思考は、凪の声を思い出すたびに薄れた。サロンの座布団の上で凪と向かい合っている時間の、あの密度のある静けさ。答えを教わっているというより、問いの傍らに二人で立っているような感覚。
透はその感覚を選んだ。
ある夜、帰り際に凪が透を呼び止めた。
「透さん」
「なんですか」
「最近、表情が変わりました。最初に来たときの、ここに鎧が張ってるような感じがなくなった」
凪は自分の胸の前で手を丸める仕草をした。
「そうですか」
「それはいいことだと思う。でも……」
「でも?」
凪は言葉を途切れさせた。何かを言おうとして、やめた。
「いいえ。また来週」
透は頷いて、夜の住宅街に出た。
後になって思えば、あのとき凪は何かを言おうとしていた。しかし透は気づかなかった。足許の空気が春めいてきていて、透の胸の塊が少し柔らかくなっていて、それ以外のことが目に入らなかった。




