40 旅程初日
旅程としては馬車で約10日。王都のウェストン伯爵家タウンハウスを目指す。
途中、魔物が生息する森が一つ。とはいえ魔素が濃く魔王が生まれる魔の森と違い生息している魔物もそれほど脅威ではないという事だ。それ以外は予定ルート上にこれと言った危険は無いはず・・・と出発前の話では聞いている。
けれどその話をしている時のロベルトさんの笑顔が何とも言えず不気味に感じたのは俺の思い過ごしだろう…と思いたい。
予定としては三日でウェストン領を出て隣のノーゼン領を五日で抜ける。ハリスト王領に入って二日で王都の伯爵邸に到着の予定だ。
途中で雨が降ると舗装されてい道はぬかるんで馬車で進むのには時間がかかる。
天気次第では予定より遅れるのは何処の世界でも同じなのだろう。
馬車に並走してチャリで走る。窓から顔を出した ”お嬢様” が
「まあ。自分で車輪を回して進むのね。馬が要らない分小回りは効きそうだけど乗ってる本人は疲れるわね。遅れない様に頑張って頂戴」
と優しく? 声を掛けてくれた。
後ろで侍女たちのクスクス笑う声が聞こえる。
(また嫌味か? 大きなお世話だ)とは言えないので
「はい。気を付けます」とだけ答えておく。
俺のチャリはアシスト付自転車より優秀だ。本当はペダルを回さなくたって進むことが出来る。それに以前は ”空飛ぶ絨毯” に宿っていた精霊だ。下手をすれば空だって飛べるかもしれない。
チャリで飛ぶのが怖くて聞いてないけど。
一日目は何事もなく順調にし進みその日の目標だった街に入った。
一泊目の宿はまだ領地内という事もあってそこそこ大きな街の市長宅だ。
「和真、私の宿泊用の荷物を出して頂戴」
「宿泊用って、馬車に積んでないんですか」
「何言ってるの。そんなの馬車に積んだら狭くって侍女たちとゆっくり話も出来なくなっちゃうじゃない。ピンク色のトランクケースと化粧品は籐で編んだ蓋つきのバスケットに入ってるから」
「化粧品ぐらい手元に置いておけばいいのに・・・」
「あんなに沢山の化粧品、重くって場所だってとるし。ごたごた言ってないでお部屋に持って来てね」
そう言うと馬車を降りて屋敷の中へと案内されて入っていった。
チャリを押して馬車に付いて行くと倉庫のような場所に案内された。下男らしい使用人が馬を馬車から離し納屋へと引いて行った。倉庫の壁際にチャリを停めて「エリザベートさんの言ってたトランクとバスケット出してくれる?」とお願いする。出して貰った荷物を手にして
「じゃあ、明日までゆっくり休んで」と言って外へ出た。
屋敷に入りお嬢様の部屋へと案内して貰って侍女に荷物を手渡した。
夕食は使用人達と一緒に摂って用意された部屋へ戻る。
部屋は来客の従者用の部屋で守護対象に隣接する部屋を与えられている護衛の騎士達とは別室でエリザベートさんの部屋からは離れている。
そんな俺の部屋に次女がやって来た。
「お嬢様が洗髪剤が見当たらないから持って来て欲しいと仰っています」
と言う。
「どんな入れ物ですか」
と問うと
「バスケットに入れたはずなのに見当たらないので
どこに入っているか分からないそうです」
と宣った。
侍女に言ってエリザベートさんの部屋を訪ね
本人に 「あんなに沢山の荷物の中から探すのは不可能です‼」
と訴えた。
「じゃあ、今から町へ行って買ってきて」
「ここのお屋敷に備えてあるので良いでしょう」
「ダメよ。他のを使ったら艶が全然違うんだから」
「こんな遅くに店が開いてるわけないでしょ!」
「明日は入浴できるか分からないから今日洗っておきたいの!」
「・・・
俺の使ってるの持ってきますから今日はそれで我慢してください」
「和真の使ってるの・・・そうねぇ…艶は有るのかしら? いいわ。それを持って来て頂戴。その代わり気に入らなかったら私のを探してね」
「・・・
今取ってきますから」
チャリのところに行き
おっ母愛用の「ちゃんリンシャン出して」と頼む。
本当は姉ちゃん愛用のシャンプーとコンディショナー別の方が良いんだろうけど説明するのも面倒くさい。多分これでいけるだろう。
俺の見る限りこの世界の女性の髪の毛は俺の髪より艶が無い。
出して貰ったボトルを渡すと案の定不思議そうな顔をした。
流石にポンプタイプは説明が必要か。
実演してみせると目をキラキラさせて「もう下がって良いわ。ありがとう」
と初めてのお礼の言葉を聞かされた。
明日は雨か? 雨なのか?
自分も部屋に帰って使用人用の風呂を使わせて貰う。旅の間は一人ふらふらと温泉に行くことは無理だろう。
風呂から上がって寛いでいるといきなり部屋の扉が開かれエリザベートさんが興奮した様子で立っていた。
「何なんですかいきなり⁈ 伯爵令嬢ともあろうお方がはしたない」
「か 和真、何? これ凄いわ! こんな洗髪剤初めてよ。まだ乾かしてないけど洗っている時から全然違うわ。指がするする通って髪が全然引っかからないもの。洗った後水気を拭きとる時だって髪が全然絡まらないもの!」
「それは良かったですね。明日も早いからもう休んでください」
「・・・貴方って変な所で冷静よね」
「俺はいつもこんなんですよ」
「そう。まあいいわ。とにかくこれ、気に入ったわ。ありがとう。おやすみ和真」
「ええ、おやすみなさい。お嬢様」
エリザベートさんが踵を返し侍女が俺に頭を下げてドアを閉めた。
やっぱり明日は雨が降りそうだ。




