13章
放課後。校門前に、黒塗りの車が停まっていた。無駄のない車体。無音の存在感。見た瞬間に分かる。
――鳳凰寺。
「堂々としてるね……」
夏芽が小さく呟く。俺の視界が、勝手に割れる。右の未来。無視して通り過ぎる。左の未来。呼び止められる。さらにその先。
拘束。
交渉。
提案。
選べる。だが、今日は違った。未来が“固定”されている。選択の余地が、薄い。
「……来る」
ドアが開く。降りてきたのは、若い男。整ったスーツ。整いすぎた笑み。
「初めまして、白斗くん」
名を呼ばれる。
鳳凰寺特別監査局、橘と申します」
差し出された名刺。受け取らない。
「用件は」
「あなたの“成長”を確認しに」
軽い口調。だが目は笑っていない。
「監視してたのか」
「保護と言ってください」
視界が、軋む。演算が暴走しかける。
《干渉波検知》
知らない警告。空気が、揺らぐ。橘の背後の景色が、一瞬だけ歪んだ。まるでフレーム落ちした映像。夏芽が息を呑む。
「今、何か……」
俺も見た。現実が、ズレた。仮想じゃない。
校門。
空。
地面。
ほんの一瞬、別の“位置”にあった。
「……面白い」
橘が低く笑う。
「やはり報告通りだ」
報告。つまり。異常進化は把握済み。
「あなたのIFは、仮想限定ではなくなっている」
背筋が冷える。
「微弱ですが、現実座標に影響を及ぼしている」
未来が二つに割れる。ここで拒絶。ここで交渉。だが、さらに別の未来が混じる。周囲の生徒が巻き込まれる未来。
(……最悪だ)
「用件はそれだけか」
俺は淡々と返す。感情を削る。
「いいえ」
橘は一歩近づく。
「提案です」
「内容は」
「正式に戻ってきませんか?」
戻る。研究施設。管理。再教育。
「あなたの力は国家資産だ」
夏芽が前に出る。
「断るに決まってる!」
その瞬間。空間が、波打った。俺の内側の演算が、外に漏れる。地面の影が二重になる。橘のネクタイが、風もないのに揺れる。
《確率改変・臨界接近》
まずい。俺は、周囲の未来を見てしまう。校門が崩れる未来。生徒が倒れる未来。それを、消す。消す。消す。世界がきしむ。
「制御が甘いですね」
橘は冷静だ。
「だからこそ、我々が必要なのです」
彩葉の声が背後から響く。
「お引き取りください」
いつの間にか立っている。静かな怒気。
「ここは学園の管理区域。無断接触は規約違反よ」
橘は肩をすくめる。
「今日は顔合わせです」
視線が俺に戻る。
「三日後。正式な通達を出します」
「拒否したら」
「その時は、法的措置を」
脅しを、丁寧な言葉で包む。橘は車に戻る。去り際、低く告げた。
「選択を誤らないことです」
車が走り去る。静寂。だが。空気はまだ歪んでいる。
「……白斗」
夏芽が震える声で呼ぶ。俺の視界には、まだ未来が重なっている。しかも。一つ、増えている。研究施設でも拘束でもない。
――暴走。
俺自身が制御不能になる未来。
「現実干渉は想定外よ」
彩葉が低く言う。
「もう学園内の問題じゃない」
夕陽が赤い。まるで警告灯。
「三日」
俺は呟く。
「それまでに、制御を完成させる」
「無理よ」
「無理でもやる」
未来は揺れている。まだ、確定していない。なら。削れる。削りきれる。
俺が壊れる前に___
鳳凰寺特別監査局みたいな漢字をいっぱい並べたいですね。




