第269話 大規模遺跡
現在、レイは荒野をイナバから受け取ったバイクで走っていた。時刻はすでに夜。本来ならば夜間の移動は危険を伴うため行わないのが普通だ。しかしながら『しないのが普通』であり『危険もある』となれば、レイには多少のリスクを背負ってでも移動する価値と理由があった。
単純に、レイは現在、鋼海重工の者達に追われている。その者達が夜間の間にレイを追って荒野を移動してくる可能性も考えられるが、位置情報の捕捉が難しい上にモンスターは凶暴化しており、その上数が多い。レイの捜索だけに集中できるはずもなく、またレイが夜間に移動するとは考えていないだろうし、今頃レイがどこにいるのか『都市内を』探し回っている頃だろう。
(……しばらくは帰れないな)
バイクを走らせながらレイが考える。
レイが今こうしているのはイナバからの連絡があったからだ。簡潔に述べるとするのならば、イナバからの通信はレイにとってある程度予測できることでもあり、少し予想外のものだった。
当初、レイはイナバに中央街のテイカーフロントに行くように伝えられていた。中央街にあるテイカーフロントはクルガオカ都市に存在する複数のテイカーフロントの拠点の中で最も巨大且つ中心であり、都市内で本部に当たる場所だった。
故に辺り一帯がテイカーフロントの影響下にあり、テイカーであろうと企業傭兵であろうと戦闘禁止の中立地域でもあった。故にイナバは最初レイを中央街のテイカーフロントに来るよう言ったのだが、実のところ幾つかの問題があった。
まず鋼海重工の企業傭兵が中立地域である付近一帯でレイに攻撃する可能性。基本的にテイカーフロントと仲が悪いのは財閥だけで、企業とはテイカーの持つ武器などを供給している間柄、客としての需要があり仲が良い。
しかし情報が情報だ。地下都市という莫大な価値を持つもの。たとえ鋼海重工側がテイカーフロントと仲が悪くなろうと、レイを始末しようと考えても不思議ではない。
そして鋼海重工がテイカーフロントから責められたとして、地下都市の情報を財閥に売り渡してしまえば、テイカーフロントといえど簡単に介入することは難しくなる。
また、普通に考えて鋼海重工がいくら大企業と言えど地下都市という危険且つ難易度の高い案件を自社だけで扱い切れるとは限らない。そのため、どこかの過程で財閥企業のどれかと提携する未来が見えていた。
鋼海重工側が情報戦に関しては有利に立ち回れる立場であるため、財閥と協力しても喰われる可能性は、よっぽどのミスをしない限り無い。故に、少し弱みを見せることを妥協して、財閥と手を組む未来が思い描くことができた。
可能性としては低い。しかしあり得る。
テイカーフロントは万全を取って行動した。だからレイを中央街のテイカーフロントでは無く、別の場所へと移動することになった。
今レイが向かっているのは大規模遺跡だ。今まで行っていたような小規模遺跡では無く大規模遺跡。存在こそ知っていていつか挑戦する機会を伺っていたが、装備の関係や面倒ごとに巻き込まれたりなどで挑めずにいた。
だが今回、幸か不幸か強制される形で大規模遺跡に挑むことになった。ただ、『挑む』とは言ってもレイがいつも行っているように遺跡探索を行って遺物を持ち帰って来ることが今回の主な仕事ではない。
仕事自体は大規模遺跡の外周部に作られている、遺跡内部へと進行するための前哨基地の建設を手伝うことになる。小規模遺跡と違って大規模遺跡はモンスターの種類や質もさらに豊富になり、基本的なモンスターの強さも変わって来る。小規模遺跡と同様にハウンドドックなども大規模遺跡内部には存在しているが、その体躯や凶暴性、知能、社会性、どれをとっても全くの別種だと断定できる程度には小規模遺跡にいる個体との間に差がある。そして遺跡の面積分、自動修復機構が活きている範囲も広く旧時代の巡回型警備兵器の機械型モンスターに遭遇する可能性が高くなる。これは小規模遺跡も同様だが、基本的に旧時代の頃に作られた警備機械を相手に現代の者達ができることは少ない。
種類、程度にもよるが旧時代の頃に製造された軍の《《兵器》》にもなると現代で揃えられる最高の装備を使用しても敵わないことが多々ある。相手できるのならばそれこそスカーフェイスやイース・マーダ、ダグラス・ボリバボットなど、西部全体で抜きんでた力を持つ者達しかいないだろう。
故にレイは今の今まで大規模遺跡は装備が整ってから、と決めていたがこのような形で行くことになってしまった。ただ普通の探索とは違って、前哨基地の建設に携わるだけなので危険度は少し低い。あくまでも、というだけだが。結局のところ大規模遺跡は予想外の連続。何が起こるかは分からない。
ただ、取り合えずレイは大規模遺跡で前哨基地の建設、防衛に関しての仕事を引き受けることになった、ということだ。
だがあくまでも『仕事』はそれであって、『目的』ではない。
レイは確かに大規模遺跡で前哨基地の建設、防衛の仕事に着くがそれが目的では当然にない。目的はイナバが今回の件を片付けるまで前哨基地というテイカーフロントの領域内でレイを企業側の者の手に触れさせないようにすることだ。
レイが大規模遺跡に行くのは、元々の目的である『鋼海重工の企業傭兵から逃れる』を達成するためだ。そしてさらに、鋼海重工や地下都市の件をすべて片付けることも同時に達成するためでもある。ただこれらはレイが押し付けた仕事とは言え、立場上、テイカーフロント所属のイナバやその他の本部長クラスが財閥や企業の力を助長させないために必要なことだ。
ただ、これに関しては地下都市の存在についてテイカーフロント側が対処しなければいけないことぐらい分かっていたので、そのついでに自分も助けてもらおう、というレイの思惑が叶っただけだ。
「……はぁ」
いつ家に帰れるのやら、レイは走りながらにため息を吐いた。
◆
次の日の朝。レイは大規模遺跡に辿り着いた。
大規模遺跡『ケアトヤマ遺跡群』。地平線の先を埋めつくようにしていて現れる巨大な遺跡群。大規模遺跡だと言われているが、その実態は幾つもの小規模遺跡や中規模遺跡が一箇所に集まってできた遺跡だ。
ケアトヤマ遺跡群の中心には西部最大の中規模遺跡『ケアトヤマ跡』があり、その周りに幾つかの小規模遺跡が集まっている。各遺跡間の距離はほぼ無く、同一の遺跡だと判断することができる。故に――小規模遺跡のそれぞれに名称がつけられているものの――中心に存在する中規模遺跡の名称『ケアトヤマ跡』を取って付近一帯が『ケアトヤマ遺跡群』として大規模遺跡に認定されている。
大規模遺跡としては少し例外的な選定方法であり、そして西部最大の中規模遺跡に小規模遺跡が集まっているということもあって、その面積は大規模遺跡の中でも上位に入る。そして『ケアトヤマ遺跡群』はその性質もあって、ケアトヤマ跡の周りにある小規模遺跡を探索すれば良いのではないか、と考えたテイカーが度々訪れるが、その度に体のどこかを欠損させた状態で帰って来るか、屍となって返って来るか来ないかの二択だ。
例外的な大規模遺跡だと侮れば死ぬ。『ケアトヤマ遺跡群』というのはそれほどに危険だ。というより、他の大規模遺跡よりも安全というわけではなく、どちらかというと危険だ。
何せ、ほとんどの者がまだ『ケアトヤマ遺跡群』の中心にあるケアトヤマ跡に足を踏み入れることすら出来ていない。周りに立ちふさがる小規模遺跡を探索、進むだけで精一杯。
多くの遺物が残るケアトヤマ跡に入れたのは――確認された限りで――数名のテイカーと懸賞首『マングースヘビ』だけだ。そしてケアトヤマ跡の中心部に入れたのは今のところ一人だけ。西部最高のテイカーの一人、イース・マーダだけだ。
過去。スカーフェイスは一度だけ『ケアトヤマ遺跡群』に挑んだものの、その広大すぎる面積を前に『ケアトヤマ跡』にたどり着くだけで数日を消耗し、物資が尽きてしまったために帰って来る選択しか選ぶことができなかった。スカーフェイスが生身の身体で戦闘を行っていることや、ソロのテイカーであることも踏まえると当然の結果だともいえる。
単純な戦闘能力だけで測るのならば、ケアトヤマ跡の深部にも入れる実力はあったが、肉体的な制約によって妨げられた。一方のイース・マーダはその特殊な身体構造と装備によってスカーフェイスには出来なかったことを可能とした。
ただ、イース・マーダとて無傷で生還できたわけでもなく、それが『ケアトヤマ遺跡群』の難易度の高さを如実に表している。スカーフェイスが深部への到達を《《現段階》》は断念し、イース・マーダとて無事では済まなかった。
本来、テイカーフロントはどれだけ遺跡探索が進まなかろうと、基本的に介入することはない。勝手にテイカーが探索し、勝手に遺物を持ち帰って来る。しかしさすがにここまで探索が進まないと介入の必要性も出て来る。加えて中規模遺跡と小規模遺跡が密接して存在するこの『ケアトヤマ遺跡群』の特異性からか、過去、大規模侵攻が何度が起きており、それを事前に防止する必要もあった。
故に前哨基地が作られることになり、今そこにレイが着た。
「お待ちしておりました」
前哨基地に着くとすぐに現れたのは見覚えのある一人の職員だった。簡易型強化服を着ている、男か女か一見すると分からない容姿をした者だ。
レイの目の前にいるのはミケという名前の職員だ。中継都市の依頼にて主にレイに次の日の予定を伝える役割を担っていた人物。関係上話すこともあり、それなりに知っている。
なぜここにいるのか、頭の片隅で少し思いながらレイが返事をして前哨基地の中に入った。
「すまない、これから迷惑かける」




