第270話 ケアトヤマ遺跡群
前哨基地はケアトヤマ跡から離れた場所にある小規模遺跡と小規模遺跡との間に存在している。本来、『ケアトヤマ遺跡群』は多くの遺跡が密接に関わり合い、遺跡と遺跡との境目は短い。
だが前哨基地があるのは比較的遺跡と遺跡とが離れた場所だ。『ケアトヤマ遺跡群』の中にある遺跡もモンスターもいない空白地帯、そこに前哨基地は存在している。ただ、空白地帯だからといって安全というわけでは当然に無く、遺跡間を移動するモンスターの存在や、機械型モンスターによる探知など配慮すべき危険は多くある。
『ケアトヤマ遺跡群』の外周部にあるとは言え、モンスターの存在を考えると来るだけでそれなりに危険な場所だ。実際、レイはここに来るまでにその身を返り血や臓物で汚している。上に羽織っていたローブのような服を脱げば、その下は汚れていないが、獣臭と血生臭さは洗っても取れない。ローブはもう捨てるしかないだろう。
ただ、そもそもの問題としてレイがここまで汚れてしまったのは単に『ケアトヤマ遺跡群』の中をモンスターを倒しながら進んできた、というわけだけでない。主にレイが苦労したのは『ケアトヤマ遺跡群』に向かう際の道中だ。夜間ということもありモンスターは凶暴化。遭遇する数も当然に多かった。
しかしながらレイがの装備は防護服と残り弾数の少ない三挺のアセンチデータと貧弱なものだった。アセンチデータの特性上、多数のモンスターを相手に戦うというのは厳しい。加えてアセンチデータは強化装甲を有する敵に対して最大の効力を発揮する。
また、アセンチデータを生物型モンスターに対して使うのも贅沢な話で、相性的にも不合理な戦闘になる。つまり、レイの装備で夜間の荒野を移動するのは無謀に等しく、どれだけの戦闘技術を用いようと厳しいものだった。
そして恐らく、この結果はイナバが組んだもの。イナバはバイクだけをレイに渡し、その他の装備を渡さなかった。そしてイナバはレイの装備がアセンチデータだけということも知っている。
つまり、レイにバイクだけを渡して大規模遺跡に向かえ、イナバにはこの指示がどれほどの危険を伴うかを分かっていた。これは少しの意趣返し、というより意地の悪すぎる意地悪だ。
レイは今回の件で地下都市という交渉材料を基にイナバを予想通りに動かした。いくらレイと立場が違うと言っても地下都市という交渉材料はあまりにも有利に働き過ぎた。
イナバとしては応じるしか手段が残されていない状態で、半場脅迫のような形でレイに交渉を持ちかけられた。そしてこれによってイナバの仕事とストレスと胃の痛みは大幅に上昇することとなる。
少しぐらいレイにやり返しても怒られないだろう。その結果がこれだ。レイは残り弾数が少ない状態で、アセンチデータを持って多数のモンスターと戦闘しなければいけなくなり、死にかけた。
負傷は無い、装備の破損も無い。しかしながらどうしようも無いほどに重い疲れがある。
「随分、お疲れのようで」
個室へと案内されたレイのテーブルを挟んで対面に座るミケがレイの顔を見ながら呟いた。すでにレイはローブを脱いだ後で、その顔は良く見える。普段、レイは疲れを顔に出さないが、今回はミケが一瞬見ただけで分かってしまうぐらいには、疲労が溢れていたようだ。
だが無理もない。レイが疲弊した原因は単にモンスターの戦闘だけではないのだから。
「まあ……色々とな」
色々と。
レイはこうして前哨基地に向かう前に様々な仕事を終えてここにいる。地下都市の探索とリー・リエンとの戦闘。その後はカイレン経済都市で機動部隊に尋問のようなものを受け。その後はフィクサー、マナとカイレン経済都市からクルガオカ都市を目指す旅。
もしかしたら一カ月。レイは家に足を踏み入れることすら出来ていないのかもしれない。寝ることはできても、休むことができても心身ともに休まる瞬間はほぼ無かった。
地下都市では当然のこと、慣れないカイレン経済都市でも気を張っていたし、マナとの依頼では常にモンスターの襲撃を気おつけていた。休めたのは貨物列車の中で少しだけだろう。
だがその少しの休憩でこれまでの旅の疲れが取れるはずも無く、レイは家に帰った後、しばらくは休暇を取るつもりでいた。その矢先、レイは鋼海重工との厄介ごとに巻き込まれ、イナバを巻き込みながら前哨基地に向かわなければいけなくなった。疲れは取れないどころが増えている。顔に疲れが出てしまうのは仕方のないことだった。
「色々と、ですか。少し調べましたがここ最近、クルガオカ都市にはいなかったようですが、どこに?」
「地下都市だ」
ミケの質問にレイは投げやりに返す。ミケはイナバから今回の事情をすべて聞いているため地下都市のことも知っている。ここでレイがその訳を濁す必要はなかった。
「地下都市ですか。確か地下にある巨大な遺跡でしたか。規模感でいうと大規模遺跡と同じ、自動修復機構はまだ稼働していると。そこにここ何日間も? 確かクルガオカ都市には約一カ月ほど……」
「だから色々と、だ。詮索はいいだろ?」
「はは。そうですね。地下都市のことについても聞き終わりましたから、次の話にでも移りましょうか」
レイはこの部屋に入ってまずミケに地下都市の特性について話した。特に嘘や隠す事も無かったので、その入り口が移動していることや電子機器の仕様が困難になる点。独立した情報媒体として稼働している情報処理端末ならば使えること。そしてモンスターは少ないが、あくまでもそれはレイが遭遇したのみ。地下階層に何が残っているのかまだ分かっていない部分だらけだ。
そしてもう一つ、鋼海重工以外にも地下都市の存在を認知している者達がいること。情報屋は鋼海重工から情報を抜き取った旨を話していた。これが本当かは分からないが、少なくとも鋼海重工以外にも誰かが地下都市の存在を知っている可能性が高い。
特に、レイが地下で最初に会った男だ。機械人形を操り、本体は別にいる。そして口ぶりからも地下都市に関してレイよりも豊富な情報を持っている可能性が高い。戦闘を行い倒したハカマダもそのようなことを言っていた。
「どうかしましたか、レイさん」
「あ、いやなんでもない」
ミケが話し始めようとしたところで、レイの意識が別の場所へといっていた。そのためミケが声をかけてレイの意識をもとに戻す。
(これは話さなくてもいいか……)
漠然と、直感的にあの男のことについては話さない方が良いだろうと感じたレイはミケの方を見る。
「すまなかった。続けてくれ」
「はい。では取り合えずレイさんがこの前哨基地でやることですね」
ミケが情報端末をテーブルの上に置いてホログラムを表示させる。
「まずはこの地図に映っている小規模遺跡の攻略です。地下階層は無く見えているところだけ。小規模遺跡の中でもさらに小さい小規模遺跡です。自動修復機構も稼働しておらず、生息しているモンスターも比較的弱い。また、他の遺跡と比べても自動修復機構が稼働していないからか、中心部に進むことも容易です」
同じ小規模遺跡である『クルメガ』は自動修復機構が稼働している場所が多く、中心部に立ち入ることはほぼ不可能な遺跡になっている。故に小規模遺跡でありながら難易度が高い遺跡として知られている。
一方でミケがホログラムで映し出した遺跡は自動修復機構が稼働しておらず、機械型モンスターがほぼいない。そして生息している機械型モンスターも少ない。それでいて地下階層も無い。
「まずはこの遺跡を攻略し、『ケアトヤマ遺跡群』攻略の足掛かりとすることが目的です。あなたのやることはただモンスターを殺し、前線を押し上げることです」
「遺跡を攻略って、ほんとに言ってるのか?」
どれだけ小規模な遺跡であろうとモンスターが生息しており、すべてを駆逐できた例はほぼ無い。そのため遺跡を攻略しようなどと、自動修復機構が稼働していないから出来るのかもしれないが、莫大な労力がかかることぐらい簡単に予測できる。
「ええ。だから完全に攻略する必要はありません。遺跡内の施設や建物が再利用できる程度、ある程度の安全が確保できる程度で大丈夫です。それに、それ相応の人員も用意していますから」
「そうか、分かった」
ミケがそういうのならばレイは何も言わない。そしてミケがレイの言葉を聞いた後に立ち上がって言う。
「まあここでの説明はこの辺にして、前哨基地について案内しながら説明でもしましょうか」
「あ……ああ」
「よし、じゃあ行きましょうか。強化服や装備についてもそこでお話しますので、楽しくお話しながら向かいましょう」
「あ、ああ……」
レイは疲れた顔を隠さずに立ち上がると、ミケの後を付いて行って部屋の外に出た。




