第263話 事件
その日。空が完全に暗くなり、肌寒くなった都市の中をレイが歩いていた。マナがフィクサーであったこと、ミナミがいたこと。そして二人とも経済線を越えて西部に来ていたことなど、頭の中には幾つかの疑問が渦巻いていた。
レイはそれらについて思考しながら取り合えず家を目指していた。疑問は数多くあるが、それ以上にしなければいけないことが数多くある。ビルの管理人へ連絡をしなければいけないし、新しく車両と武器を買わなければならない。問題に対処するにも、まずはそれらから解決しなければ元の生活にすら戻ることができない。
まずは家に帰ること、それが第一目標だ。
しかし、その第一目標の完遂すらも今は厳しいかもしれない。
(尾行かれてるな)
誰かがレイのことを尾行している。その正体まで確認しきることはできないが、誰かがレイの後をつけてきている。レイは通信端末を取り出して誰かに連絡する素振りをしながら画面の反射を用いて後ろを見るが、当然尾行犯は映っていなかった。相当の手練れ、疲れにフィクサーのことなども重なって注意散漫になっていたとはいえ、レイでも気がつくのに時間を使った。
数は訓練を受けているであろう傭兵かテイカーかの二人。今のところ危害は加えられていないが、何があるか分からない。
「閉店間際にすまない、アセンチデータのタイプ4はあるか」
尾行していた二人を一時的に撒いたレイは、閉店間際の武器屋に入って一つの武器を頼む。
5分もすればまた追跡者に見つかるだろう、それまでの僅かな時間で対策を整える。
「ああ。あるぜ。取り扱い許可は」
レイがオフィスカードを見せる。
「テイカーか。特別許可、特権付きか。弾丸は」
「5発あればいい」
「分かった」
店主が後ろのショーケースを開けて一つの拳銃を取り出し、カウンターの上に置く。
「アセンチデータ、タイプ4と弾丸五発だ。他には」
「桧山製物製、コンバッテッターマズルとS-C7バレルを」
「おいおい。化け物でも仕留める気か?」
店主は頭を掻いて言いながらレイの言った部品をカウンターの上に置く。
「改造は」
「大丈夫だ」
「じゃあ67万スタテルだ」
店主が指示するカード機にオフィスカードをかざす。するとすぐに支払いは終わって、会計を終わらせたレイは店主に一言感謝を述べてから店から出た。
あまり店に長居するとレイと店主とに関係があるように勘違いをされる可能性がある。だからレイはアンドラドックでは無くこの店にしたし、撒いた後にした。レイは家に向かいながら、追尾してくる者達の存在に注意しながら、アセンチデータを分解していく。
そして素早く内部機構を追加で買った部品と交換していく。慣れた手つきであるというのと、アセンチデータという拳銃の内部構造が簡単なこともあって分解と改造はすぐに終わり、懐にしまう。
そして改造を終わらせてから数分後、レイが尾行する人物に気がつく。いつから尾行していたのかは分からないが、アセンチデータの改造が終わって懐に隠した後だろう。
これでまずは第一の関門を突破。
レイは遠回りをしながら家を目指して歩いていく。途中、屋台でケバブのような食べ物を食べたり、ジュースを買ったりして作戦を組み立てる時間を立てながら家へと近づく。
そしてある程度まで近づくとレイが人の波の中に姿を消して追跡者から逃げる。だが簡単に逃げられることはなく、レイが培ってきたきた技術と知識、クルガオカ都市の地理などを活用しながら逃げ切った。
そして周りを確認しながらレイが家へと帰る。本来ならばここでどこかのホテルに泊まって過ごしてもよいが、それだと何の解決にもならない。何日も付きまとってくるようならば逃げるだけでは駄目なのだ。
明日。それが期限だ。明日も付いて回って来るようならば直接面と向かって話して目的を聞く。面倒な問題の解決に時間はかけない。レイの基本となる考えの一つだ。
だが、レイが自分から直接面を向かって話す必要は、どうやらないようだった。
「…………」
レイの家であるビルの玄関付近に人の姿が見える。人がいるだけならばおかしくはないが、明らかに異質な雰囲気。一般人を装っている、そんな嫌な空気だ。明らかに敵。
そして状況を鑑みるに追跡者の仲間だろう。加えて、家の場所までバレている。これから相手にはほぼすべての情報が洩れていると考えて行動した方がよいだろう。
案の定。
レイが玄関に近づいたところで眼鏡をかけて帽子まで被って壁に寄りかかっていた男が動き出す。そしてフロント部分に入ろうとしたレイの前に立って帽子と眼鏡を外した。
と、同時に、レイの背後から追跡者である二人組の男達が現れる。
「すみません。少しお話をお伺いしても?」
「疲れてるんだ。通してくれ」
話しを聞くとは言っても、家に一旦帰って準備をしてからがいい。それに、単純に疲れている。休みたい。だが当然、レイの要望が通るはずも無かった。
「いえ。応じて貰わなければ困りますね」
「んな事情は知らねぇな。というか、話しかけるなら先に自己紹介だろ」
「……そうですね。私は鋼海重工のワタナベと申す者です」
鋼海重工。業界ではかなり大きめの企業。そんな者達が一体何の用なのか、レイは考えながら返事する。
「だったら最初からそう言えよ」
「ははは。すみません。では本題から参りましょうか」
「ああ」
「私たちと共に来てくれませんか? お話があります」
「ここですればいいだろ」
「いえ、機密性の高い話なので」
男がそう言ったところで、後ろから来ていた二人がレイの背後に立つ。
「てめぇら邪魔だよ。人の後ろに立ってよ。前に立て前に」
レイが半身を後ろに向けてレイと向き合うように立つことを命じる。二人の男は家の前で待ち伏せしていた男と一瞬だけ視線を合わせた後に、僅かに頷いてレイの前へと移動する。
そして待ち伏せをしていた男が表立って話し出す。
「で、どうしますか。来てくれますか」
「ここですればいいだろ」
「はっは。先ほどもお話したように機密性の高い話なのでここではできません。あなた、馬鹿なんですか?」
男が頭を傾げてレイの顔を覗き込む。一方のレイは無表情のままだ。
「じゃあ馬鹿なんじゃないか。難しいことはわかんねぇから、さっさと家に帰らせてくんねぇか」
「いえ。だから同行してください」
「お前らに命令できる権限はねぇだろ。てめぇらが警備隊って言うんだったら聞いてやるけどよ」
レイと男とが目を合わせる。一瞬の膠着だが、体感では一分以上にも感じることができた。
そして先に話し始めたのは男だった。無表情だった顔を突然、くしゃっとまげて汚い笑みを浮かべる。
「では、こうするしか―――」
そう言いながら拳銃を取り出した男の手は、次の瞬間には切られていた。手首から綺麗に。銃を握ったまま男の右手は地面に音を立てながら落ちて、その後に男の悲痛な叫びが響く。
「っく――っああああ!」
手首を抑えてしゃがみ込む。すぐに両脇にいた二人の男が近寄って怪我の状態を確認する。
「治療をすればくっつきますから大丈夫です」
「今鎮痛剤を打ちます」
慌ただしく、男を介抱する。鎮痛剤が打ち込まれ、落ちた右手はすぐに布にくるまれる。
レイはただ血すら付着していないナイフをしまいながら、その光景を見ていた。
そして30秒後。鎮痛剤が効き始めた頃。手首を握りながらも男が立ち上がってレイを睨みつけた。
「おま――」
「先に拳銃を抜いた方が悪いに決まってんだろ。アホか、お前は」
「っく。こい――」
「もう一度言う。俺はお前らにはついていかない。話ならここで聞く。早くしろ」
レイに言葉を被せられ、口を閉じた男がレイを睨む。
「ッチ。お前、自分が何をしたのか分かってるのか」
「馬鹿だから分かんねぇな」
「――っ……ったく。まあいい。どうせ手は治る」
「断面図が綺麗でよかったな」
「…………まあいい。まあいいが、とても許せることじゃないな。私達についてきて命令通りに動いてくれれば、まあ命だけは助けてやったと言うのに」
「それで、話ってのは」
「お前、いい加減人の話を――――もういい。どうせ最初に話を断った時点で結果は決まってたんだ。連れていくか、連れて行かないか、証拠隠滅が大変かそうでないかぐらいの違いしかない」
「……で、どうするんだ」
「どうするもこうするもない。クソガキが。実力行使だ」
交渉が決裂したのと瞬間に情報の秘匿の為に男の両脇にいた戦闘要員がレイを殺すために動く――が、簡易型強化服を着た二人の相手にレイはすでに先に動いた。男達は一歩すらも踏み出すことができず、初動の動きすら発揮することができず、拳銃を握ってレイに向けようとした瞬間に片方はナイフで頸動脈を切られ、もう一人は眼球にナイフを抉り込まれた。
相手には簡易型強化服だけでなく機械的手術を受けた者もいたが、動きなどからすでに察知していたレイは、皮下装甲の無い部分や単純な腕力による力業で計三人を三秒で殺しきる。
(あと狙撃手)
そして話し合いの途中、ずっと建物の屋上からレイのことを見ていた狙撃手がいる。
レイは振り向いて狙撃手のいる位置を見たが、撃たれる前の対処は間に合わない。すでに撃ち出された弾丸はレイに向かって飛んできていた。しかし、レイには当たらない。
そして当たったとしてもあの狙撃銃では脳天や心臓に当たらない限りレイは死なない。弾丸が体内で破裂する構造であったり、毒が塗られていたりしたら、当たればレイでも死ぬかもしれないが、威力が僅かに足らない狙撃銃ではレイを殺しきることはできない。
そしてまず、そもそもレイには当たらない。
弾丸は見えないが、銃口と引き金を引いた瞬間を超人的な視力で捉えていたレイは敵が弾丸を撃ち出す前から回避行動を取っており、弾丸は当たらない。そして狙撃手が急いで場所を変えようと体を引っ込めるも、僅かに遅かった。
アセンチデータ。銃身が馬鹿みたいに長く、歪な形をした拳銃。弾丸は一発しか入れられず、その弾丸も特殊。そして弾丸を一発しか込められないというアセンチデータの代償として、狙撃銃にも勝る有効射程と威力を有している。
レイは照準器も見ずに、建物の屋上にいる狙撃手に向けてアセンチデータの銃口を向けると引き金を引いた。まるでレールガンのような青い線が銃口から伸びて、一切の落下無く一直線に宙を駆ける。
正確に狙われた弾丸は狙撃手の頭部を撃ち抜き、半分を消し飛ばす。
(これで全員か)
狙撃手を殺した。これでレイが確認できている限りの敵はすべて殺した。
(やっちまったか……)
裏も表も分からない状況で鋼海建設の者を殺してしまった。これから何が起こるか、そして何をすれば良いか、銃口から硝煙が立ち上るアセンチデータに新しく弾を込めながらレイはため息を吐いた。




