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ロストテイカー  作者: しータロ(豆坂田)
第二章――第二次典痘災害『下』

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第262話 旅の終わり

 その日の夜。第24中継倉庫へと着いたレイ達は倉庫で一泊した。特段異常が起こるわけでもなく、レイ達は次の日を迎えることができ、ランパードたちと軽く別れの挨拶を交わした後にハヤマカラ都市へと向かって車両を走らせた。

 しかし途中で、朝早くから出たということもあり、完全に日が沈み切る前にこのままクルガオカ都市へと向かえることに気がついたレイは進路を変更した。ただモンスターなどに襲われて予想外の事態が起きればその分だけ時間を取られて最悪野宿の可能性もある。

 そうならないためにレイはクルガオカ都市との距離と日没までの時間を計算しながら車両を走らせていた。もし遅れているようであればハヤマカラ都市へと向かい、予定通りに進めばクルガオカ都市へと向かう。

 だが幸い、予想外のことは起こらずレイたちはクルガオカ都市の近くまで来ていた。

 

 すでに空は赤くなり始めているが、完全に日が落ち切る前には間に合う。レイは荷台に乗って狙撃銃を持ちながら荒野を眺めて息を吐く。視線の先にはモンスターの死体があった。

 狙撃銃の銃口からは硝煙が上がっている。

 物が落ちないように設置された荷台を取り囲む壁を後部部分だけ取り外して、レイは足だけを荒野に出しながら座っていた。荒野を走っていると時より大きな石や窪みを通って車体が大きく揺れて、何かの拍子に落ちてしまいそうになる。

 しかし今更レイがそんなミスをするはずも無く、小さく白い息を吐きながら狙撃銃の整備をしていた。


「寒くなって来たわね」


 助手席から出て来たマナがレイに話しかける。レイは後ろにいるマナの方を一度も見ず、前みたいなことになって危ないから助手席にいて欲しい、と思いながら答える。


「久しぶりだな、この気温は」


 基本的に荒野の夜は寒い。砂漠の昼と夜との寒暖差が激しいように、荒野もまた寒暖差が激しい。とはいっても砂漠ほどではない。昼は少し暑く、夜は寒い程度だ。しかし今日は久しぶりに寒い。

 三年に一回か、五年に一回か、はたまた毎年。時より気温が低くなる時期がある。いわば冬のようなものなのだが、一年ごとに必ずやってくるというわけでもないので、少し違うのだろう。

 空が赤い今ぐらいの時間帯はまだ長袖一枚でも十分に活動できる。しかし夜間、それこそ時計の針が12を回ったぐらいの時間帯は凍えるほどに寒くなる。完全に荒野が冷えてしまう前にクルガオカ都市に着きたいが、本当にぎりぎり日没前という程度だ。


「寒くないのか」


 狙撃銃を荷台の上に固定して置きながらレイが問いかける。マナは肌を軽く摩りながら身を震わせた。


「少し」


 マナは薄着というわけではないが、特段厚着をしているわけでもない。荒野を移動する際に舞う砂から身を守るためのローブを一枚上に羽織って厚着しているだけだ。ローブ自体は動きやすいよう柔軟性に優れていて薄い。そのため防寒として少し弱い。

 マナの返答を聞いたレイは荷台の床にある格納場所まで行って、中に手を入れる。そして茶色の毛布を取り出した。何の用途か分からないが、用意されていた。仮眠用だろうか、それとも貴重品の破損を防ぐためだろうか、少なくとも綺麗で異臭もしないようなので大丈夫だと思い、レイがマナに毛布を投げて渡す。

 マナは「ちょっと」と言いながらレイから毛布を受け取った。そして「ちょっとボロくない」だとか言いながらもマナは毛布を器用に巻き付けながらローブの上に纏った。

 そして格納場所の扉を閉めるレイの近くに座って、ため息をこぼした。


「そこに座って」

「……なんでだ」

「いいのよ。ここであなたの秘密をばらしてしまっても」

「……ったく」


 何が狙いなのか、レイは困惑を確かにマナの隣に胡坐をかいて座った。

 

「あなたは経済連とテイカーフロントとの関係を知っているわよね」

「話ぐらいなら」

「じゃあ機動部隊に関しては」

「表立った情報しか知らないな」

「そう……」


 マナが答えると足を折りたたんで座りながらレイの方に倒れて体重のすべてを預けた。そして頭を傾けレイの肩に置く。


「じゃあいいわ。この話はまたどこかで会った時、あなたがもう十分にその関係性を把握している時に話すわ」

「……そうか」


 内容については気になったが、敢えて聞くようなこともでもない。レイは体重を預けてくるマナから逃れるために少し体を倒しながら離れようとする。だがマナが忠告するように「別にいいわよ。私がこのまま頭をぶつけても」と呟く。別に頭が荷台の床に触れる瞬間にレイが手を間に挟めば良いだけのことだが、実際のところはそういった問題でもないのだろう。

 レイは嫌な予感を覚えながら少しずつ黒くなっていく空を見上げた。一方でマナはどこを見るわけでもなくただ漠然と荒野を眺めていた。


「クルガオカ都市に着いたら私のこと……いや私達のことを教えるわ」


 そう言うとマナが体重を少し前にずらして、ずるりとレイの肩からすべるようにして倒れ行く。そして胡坐をかいていたレイの足にマナが寝た。レイは面を食らった表情をして固まっているが、マナは気にせずに目を瞑ったまま続ける。


「この依頼の中、無理なこと言ってきたけど、ごめんなさいね」

「……」

「迷惑、かけてしまったわね」


 レイは内心で確かに、と思いつつも肯定するのは面倒になる予感しかしないので否定しておく。


「いや――」


 レイが口を開いた瞬間、マナが被せるように言った。


「そう。じゃあ最後まで迷惑かけさせてもらうわ」


 そしてマナは完全に目を閉じて、猫のように丸まりながら寝てしまった。


(えぇ)


 レイは困惑の表情を浮かべたまま、ただ固まることしかできなかった。


 ◆


「起きろ」


 レイの一声でマナが起きる。気がつくとマナは荷台ではなく助手席に座らされており、空も暗くなっていた。そして目の前には明るく輝いている都市が見える。


「もう着いたの」

「いや長かったぞ」


 マナはレイの小言を「はいはい」と受け流し、両腕を上にあげて体を伸ばす。一方のレイは止まっていた車両を前に走らせてクルガオカ都市の門の前まで行く。


「俺はどこで停めればいい」

「もう少し行って」


 レイはクルガオカ都市の中へと入って、スラムを抜ける。汚れて今にも崩れそうな建物が立ち並ぶ付近を越えて街中の喧噪が聞こえ始めた。マナは依然として「まだ進んで」と言っている。

 レイはマナの言う通りに右折したり左折したり直進したり、進んでいく。気がつくと周りはレイがいつも立ち入るような庶民が住んでいる場所とは違って、所謂いわゆる中流階層が住む者達が住む地区まで来ていた。

 初めて訪れるわけではないにしろ、こういった場所を走るのは色々と緊張する。もしどこかで間違ってしまって、悪条件と運の悪さが重なれば面倒なことになり得る。レイは最大限の注意を払いながら進む。

 

 途中、マナは何の変哲もない閑静な住宅街の一角で車を自動運転に切り替えるようにレイに言った。


「自動運転って、目的地はどこだ」


 目的地が無ければ自動運転にしたところで意味が無い。レイは当然の質問をするが、マナもまた当然のことと言わんばかりに言う。


「もう設定されてるわよ」


 レイが不振に思いながら確認すると確かに、目的地が設定されていた。


「いつ設定した」

「遠隔でしたのよ」

「遠隔?」

「そうよ、何か疑問?」

「いや、疑問というか――」

「ならいいわね。ひとまず荷台に移動してくれる?」

「…………ったく」


 状況を上手くつかめないレイは頭を傾げながら荷台へと移動する。マナもその後ろについて行って、共に荷台に乗った。


「どうせ事故ることはないでしょうし、目的地もすぐそこだし、別にいいでしょ」

「あ、ああ」

「煮え切らない返事だけどまあいいわ。あなたどうする」

「どうするって」

「この車ほしい?」

「遠慮しておく」

「……そう。じゃあ私の傭兵として働くのは」

「却下だ」

「奴隷として働くのは?」

「当然却下だ」

「ペットと――」

「却下だ。なんでグレードが下がる」

「身の程に合った要求しかしてこないと思って」

「さすがに自分自身の評価はそれより高い」

「そう……以外ね」


 マナの表情を見て、レイは何か嫌な記憶が脳裏を過ったが、もう慣れたことなのでため息交じりに嫌な記憶を吐き出すだけだ。


「もう依頼完了だ。これから関わらないでくれよ」

「あら、なんでそういうこと言うの? 弄りたくなっちゃうでしょ」

「これ以上何かあるなら、バラされても構わなくなるぞ」

「あら怖い。殺すの?」

「どうしようも無くなればな」

「短絡的ね。殺しをした奴は問題解決の手段に『殺人』が入って来るからいやだわ」

「中部時代のこと知ってるのによく言えたな」

「……確かにね」


 マナは目を瞑ってこくりと頷く。

 そして目を開けて頭を上げた時、ちょうど車両が止まった。車両が止まったのは住宅街の一角にある広場の中だった。すでに夜であるため人はおらず、車両のエンジン音だけが響いている。

 マナは荷台から飛び降りて、両手を後ろで組みながらスキップでもするように下がっていく。レイはその光景を荷台から降りて、車両の近くで見ていた。


「改めて、この依頼期間中はありがとね。報酬はあなたの口座に振り込んでおいたわ、後で確認して」

「ああ」

「また逢えたら嬉しいわ。まあ、どこかでまた逢うとは思うけど、楽しみにしておいて」

「あ、ああ……」

「それと、あなたの家に一つのプレゼントを送ったから、確認してみて」

「ん? ……ああ、分かった」


 レイが答えたと同時にマナが立ち止まった。そして立ち止まったマナの隣から人が浮き出てくる。いや、元からそこにいた。車の明かりが届く範囲に出て来ただけだ。レイの視界はすでにその人物を捉えていた。

 姿勢よくスーツを着こなした長身の男。両手に白い手袋をつけ、凛としたその佇まいはまるで執事のようだ。レイはいつでも拳銃を引き抜ける用意をしながら、マナとその男との会話を聞く。


「迷惑かけたわ」

「いえいえ。随分と楽しまれたようで」

「ふふ。そうね、久しぶりに楽しかったわ」

「それは良かったです、お嬢様」


 二人が短く会話を交わした後、レイの方を見る。

 

「《《お久しぶりです》》、レイ様」

「……」

「直接会ったわけではありませんがね」


 レイにはこの男の声に聞き覚えがあった。そしてその正体をレイは分かっていた。そして、すでに予測していたマナの正体を考えると、男の正体はパズルを完成させるための最後のピースだ。

 そしてこの最後のピースは合っている。

 レイは確信を持って、二人に問いかけた。


「お前ら――《《フィクサー》》か」


 マナと男とが顔を見合わせる。レイは続けた。


「フィクサー、ジープ。右のお前は《《ミナミ》》だな」


 レイのマザーシティ時代を知る者。思いつくのはたった一組。レイに数々の依頼を任せ、傭兵として歪な雇用関係にあったフィクサー。そしてフィクサーはレイが西部に逃げなければならなくなった原因でもある。

 強化薬奪取の依頼。

 あれのせいでレイの人生計画がすべて破綻した。元々、無理のある計画ではあったものの、すぐに壊れるほどの計画ではなかった。しかし強化薬の一件で中部全体の指名手配となり、数々の物と者が犠牲になった。

 ニコ、ロベリア。もう思いつく過去はこれしかない。今も尚背負った十字架だ。

 だが、今更二人にどうこう言おうとは思っていない。騙されたレイが悪い。結局のところ原因も結果もすべてレイが招いた結果。だからレイは二人を責めはしないし、恨み言をぶつける気も無い。


「お前らも経済線越えたのか」


 そして今、マナの握っていたレイの弱みである『中部出身』というカードは使えなくなった。マナも同様に中部出身であるからだ。

 と、思っているであろうレイにマナが忠告しておく。


「私達は中部出身じゃないわ。それだけは間違えないでね」


 マナは言い終わるとレイと目を合わせた。


「それとジープは偽名よ。本名はもうあなたに教えたでしょ」


 マナがレイから目を離し、歩き出す。


「それじゃ。行くわよミナミ」

「はい。お嬢様」


 二人が踵を返してレイから離れていく。


「おい待て!」


 レイの声も虚しく、二人は広場の向こうへと消えてしまった。本来ならばここで追いかけるべきだろう。しかしレイにはもうその気力が無かったし、今更あの時の出来事を掘り返したくも無かった。

 そして気づくと車両は自動運転によって消えており、闇に包まれた広場にはただ一人、レイだけが立っていた。

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