↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【9/5完結】「煉獄のパールライト」哀しき死者たちのネクロスゲーム  作者: 志津川 雄治
エピローグ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

94/95

エピローグ

 美枝子の心には、後悔ばかりが浮かんでは消えた。


 短い秋はあっという間に過ぎ、外出にはコートが欠かせなくなっていた。彼女の中では時が止まっているというのに、季節は淡々と過ぎていく。平日で人の少ない街並みを、彼女は見えない荷物を背負っているかのように、重たい足を進めていた。


 頭の中を占める考えは、いつも同じことだった。なぜ、自分は守ることができなかったのか。何があっても守るつもりだったのに、一番大切なものはあっけなく自分の手からこぼれ落ちた。自分はあまりに無力だった。


 後悔はそれだけではなかった。あらためて考えると、自分の視野がどれだけ狭くて、相手のことを疎かにしていたかがわかった。もっと対話をするべきだったのに、日々の忙しさにかまけて、自分の都合を優先していたのだ。それが致命的なミスであったことに、今更ながら気がついた。


 今の自分には、ただ祈ることしかできない。しかし、いくら神に祈っても答えてくれることはない。神の存在を信じていようといまいと、残酷な現実は突然目の前にやってくるのだ。


 重い体を引きずって病院までたどり着き、受付を済ませて病室に向かった。


 事故からすでに20日が経過しようとしているのに、娘は目を覚まさない。体の状態は安定しているのだが、頭を強く打ったために、意識だけが戻らなかった。


 このまま目を覚まさない可能性もあり、もし希望するのであれば、臓器提供のコーディネーターを紹介すると、医師からは控えめに提案されていた。しかし、規則正しく息をしている娘は今にも目を覚ましそうで、そのようなことは全く考えられなかった。


 エレベーターを降りると、気づけば病室の前に到着していた。


 扉を開けるたびに、美枝子はいつも夢見てしまう。病室に入ると娘が起きており、何事もなかったように自分に声をかけてくれる光景を。だが、そんな期待も何度も裏切られ、もう考える気力もなくなっていた。


 半ば諦めたような気持ちで、美枝子は扉を開けて病室に入った。すると、いつもより部屋の中が明るいように感じた。西日のせいかと窓の方を見ると、娘がベッドの上で体を起こしてこちらを見ていた。


 あまりのことに、幻を見ているのではないかと美枝子は思った。しかし、確かに娘の瞳が自分を見つめている。


「ママ?」


 娘は小さく笑って、美枝子にそう言った。


「みこと!」


 柚浅ゆあさ美枝子は、娘を抱き寄せた。体の温もりを感じると共に、その小さな手が自分を優しく抱き返してくれていた。それは間違いなく現実だった。再び娘を自分の胸に抱けたことに、言葉にできない喜びが込み上げてきた。


 美枝子は溢れる涙を拭うことも忘れ、みことが再び目を覚ましたことを、神以外の何かに心から感謝した。








 浩輔は意識を取り戻し、重い頭を抱えながら上半身を起こした。突然殴られた衝撃で、意識を失ったらしい。


 彼は慌てて周囲を見渡した。


「結衣香! みことちゃんは!?」


 浩輔の正面に立っている白い服の少年を除き、白い部屋には誰一人いなかった。浩輔はゆっくりと立ち上がると、少年に厳しい口調で聞いた。


「みんなは、どこに行ったんだ!」


「心配しなくても大丈夫ですよ。あなたたちの望み通り、柚浅みことが、珠の所有者に選ばれました」


「そ、そうなのか……」


 浩輔は安堵したが、同時に自分が消えずにいることを不思議に思った。それを問いかける前に、少年が驚くことを口にした。


「ただし、本当に生き返ることができたかは、分かりませんけどね」


「一体どういうことだ!」


 浩輔は慌てて問い返した。まさか、この少年の教えは嘘だったというのだろうか。少年はさも当然のように補足した。


「本当に生き返ったのかどうかは、誰にも分かりません。生き返った本人でさえ、この部屋の記憶を失っているでしょうから。私たちを含め、真実は誰も確認することができないんです」


 言われてみれば、確かにその通りなのかもしれない。しかし、曖昧な発言ばかりする少年を睨みつけ、浩輔は抱いていた疑念を問いただした。


「君は人を罰する力など、持っていないんだろ?」


 結局、最後の争いでも、彼は罰を下すようなことはなかった。浩輔のその指摘に、少年は薄く笑った。


「さすがですね。だからこそ、あなたを選んだ甲斐があったというものです」


「選んだ?」


「そうです。あなたは私に選ばれたんです」


「選ばれたのは、みことちゃんじゃなかったのか!」


「勘違いしないでください。おそらくですが、生き返ることができるのは珠を集めた者のみです。それとは別に、あなたが私に選ばれました。おめでとう、とは言えないかもしれませんが……」


 浩輔は混乱しながらも、少年の言葉からヒントを探った。この少年がしたことといえば、ルールの説明と自分を選んだことくらいだ。何か特殊な力があるわけでもなさそうだった。


「お前も、俺と同じ人間なのか?」


 少年は微笑みながら、それを肯定した。


「そのとおりです。私がこのゲームを2度体験しているという点を除けば」


 その答えに、浩輔は息を呑んだ。


「2周目のプレイヤー……」


「そうです。珠のルールを知っているという点においてのみ、私は特別だったのです」


 それを聞き、浩輔は愕然とした。想像した通りなら、自分が選ばれたのは最悪といっていい。


「俺を……次のゲームのルール伝達者として選んだのか」


「ご明察です!」


 浩輔は天を仰いだ。もう一度あのゲームに参加しなければならないと思うと、暗澹たる思いになった。同時に、少年がやり遂げたことの過酷さを想像して絶句した。


「どうして最初から説明を……いや、そうするしかなかったのか」


 部屋に来た当初、少年から話しかけてくることはなかった。その間に、どうすれば滞りなく人々をコントロールできるか考えていたのかもしれない。


「情報の出し方は、注意した方がいいでしょう。私が最初に参加した時は、それはひどいものでした。ルールだけを最初に教えられ、あとは放置でした。当然、終始珠の奪い合いです。伝達者は争いを煽って、笑っていましたよ……」


 少年の表情が暗く沈んだ。


「そして最後に、ルールを口伝する役目を押し付けられました。理由はなく……適当に私を選んだそうです」


 そう言われた時のことを想像して、浩輔は顔をこわばらせた。


「最悪だな」


「最低でした……」


 それに比べれば、浩輔たちの時はだいぶ救いがあった。暴力ではなく対話が生まれ、みことが選ばれて生き返ることになった。少年がどうしてそこまでしてくれたのか、浩輔は疑問に思って尋ねた。


「自分なら、もっとうまくやれる自信があったということか? かなり綱渡りだったはずだ」


「そんな考えはありませんでした。ただ……」


 ふたりだけとなり、なおさら広く感じられるようになったこの何もない白い部屋を、少年は見回しながら言った。


「この場所は何のためにあるのか。性善か性悪かを試されるような、このゲームに意味はあるのか。そもそも、善悪とは何なのか」


 浩輔は性善説と性悪説というものを信じてはいなかった。人間を測るには、あまりにも融通が利かない説だと思っていたからだ。


「善悪なんて、場所や立場でどうとでも変わるものだ」


「その通りです。人は善悪に左右されて行動するのではありません。本質的にあるのは、自分が気持ち良くなりたいという欲求のみです」


 浩輔は彼の話を、説の定型に当てはめて言葉にした。


「人は生まれながらにして、欲深い生き物である」


 少年の口元が緩み、今までになく雄弁に語り始めた。


「そうですね。性悪説は『人は生まれながらに悪である』と勘違いされていますが、今のあなたの言葉のほうがオリジナルの性悪説に近い」


 そして、少年はさらに言葉を続けた。


「人はただ、欲求に任せて行動します。それが他人に役立てば善と呼ばれ、迷惑をかければ悪と呼ばれるというわけです。しかし、自分も飢えているのに、子どもに食べ物を分け与えるのも、金品欲しさに他人を殺して奪うのも、脳に快楽をもたらす電子信号という意味では全く同じなのです。快楽を得ようとする点では、そこに違いはありません」



「では、なぜこの世は善が素晴らしいとされているのか……」


 浩輔は少年の言葉に聞き入り、次の言葉を待った。


「それは善的に振る舞う方が、効率的に快楽を得られるからです。安全で定期的に快楽を得るのであれば、善が正しいとした方がより快楽の総量を増やすことができる。この身も蓋もない事実こそが、人類が平和に共存するための希望なんだ!」


 長期的に利益を得ようと思えば、互いに協力するほうが合理的だ。ゲーム理論の考え方が、少年の話と重なって聞こえた。


 熱っぽく語っていた少年の瞳から、ふっと光が消えた。


「君はそれを証明したかったのか?」


「どうでしょう。前任者への反発から、暴力だけで解決しない方法を試したかっただけかもしれません。最後は、同じような結果になってしまいましたが……」


 そこまで言うと、少年の体が光に包まれ始めた。


「僕もここまでのようです」


 まだ聞きたいことは山ほどある。浩輔は慌てた。


「君はどうなるんだ?」


「僕も珠を集められなかった人間です。行き着く先は、皆さんと同じでしょう」


「俺が伝言者として、正しい情報を伝えるとは限らないぞ?」


 浩輔の問いに、少年はいたずらっぽく笑った。


「どうしようと、あなたの自由ですよ。気に入った人間が生き残るように導いてもいいですし、もしくは……。いえ、これ以上はやめておきましょう」


 少年の体の光がより強くなり、体が宙に浮き始めた。


「待ってくれ! 他にヒントはないのか? 127の意味は?」


「僕の時は119人でしたよ。知っていることは、全てお伝えしました」


 浩輔はまだ何か聞くべきだと思いつつ、口から出た言葉は意外なものだった。


「君の……名前は?」


 少年は虚を突かれたような顔をしつつ、最後に微笑んだ。


「名乗るのが遅れました。僕は恵紙えがみ宗嗣そうし。あなたなら、より良い方法を思いつくかもしれないですね。無責任ですいませんが、健闘を祈ります」


 そう言い残すと、彼は他の人と同じように光に包まれて消えた。



 浩輔は、白い部屋でひとり残されてしまった。


 呆然と佇んでいると、地面に書き残された赤マジックのメッセージが、塵のように剥がれて消え始めた。ささやかな願いと共に書かれた言葉や、自分と結衣香の名前が次々と消えていった。誰かが持ち込んでいた、スマホやマジックなどの小物も、まるで部屋がリセットされるかのように消え去った。


 何の痕跡もなくなった白い部屋で、浩輔はそこにいた人々を思い返した。確かにみんな存在していたのだ。結衣香もみことも、梓や輿田や蘇我田や太一たちも、白い服を着た恵紙宗嗣も、全員が確かにそこにいた。自分だけは、それを覚えていなければならない。


 そして、床の一部が光り輝いたかと思うと、そこには見知らぬ人が眠っていた。人々が消えていった時とは逆に、今度は光と共に新たな人々が床に現れ始めた。


 彼らが次のゲームのメンバーなのだろう。自分にどんな事態が起こったかも知らずに、穏やかな顔で眠っていた。発光現象はまだ続いていた。やがて、百人を超える人間がこの部屋に揃うのだろう。


 浩輔はポケットの中に手を入れた。そこには、結衣香から譲られた珠が、変わることなくそこにあった。他の珠はすべて消えたはずなのに、なぜか結衣香から譲られたこの珠だけが残っている。


「これも……試されているということなのか」


 結衣香の珠を握りしめ、浩輔は宗嗣の言葉を思い返した。


 宗嗣も自分たちと同じ人間だと言っていた。だが、浩輔だけがゲームの情報を知っている。何をどのように説明するのかも、集めた珠を『誰に』預けるかも、自分次第ということなのだろう。


 人々が出現する光を見つめながら、浩輔は思った。


 誰かがどこかで、ここで繰り広げられる人間たちの行いを観察し、嘲笑しているような気がする。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。