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【9/5完結】「煉獄のパールライト」哀しき死者たちのネクロスゲーム  作者: 志津川 雄治
7日目

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07.受け継いだもの

 検査室に到着すると、周囲はひどく騒がしかった。漏れ聞こえてきた話では、優先順位が第1位だった患者の体調が悪化したため、第2位の浩輔に順番が回ってきたらしい。臓器移植は一刻を争うため、すぐに検査を始めないと移植が見送られる可能性があるのだ。翔子が慌てていたのも無理はない。


 さまざまな条件が重なり、浩輔にもようやく移植の可能性が巡ってきた。最終適合検査を終え結果を待つ間に、浩輔の両親も病院に到着した。


「まさか、ドナーが見つかるなんて」


「本当に良かったわね」


 家族の興奮した表情を見ながら、浩輔にも徐々に実感が湧いてきた。緊張して鼓動が少し速くなるのを感じた。


 医師から手術の内容、合併症のリスク、拒絶反応の可能性についての詳しい説明を受け、家族で必要書類に署名をした。


 提供される臓器は、自分よりも1歳年下の女の子からのものらしい。子どもから提供される臓器は極めて少なく、移植できるのは稀なことだった。命について何度も話してきた家族だったのかもしれない。その子自身も、自分の命が誰かの命をつなぐことになるなんて、思ってもいなかっただろう。


 浩輔は手術着に着替え、ベッドに横になった。期待と不安が入り混じり、浩輔は落ち着くために深呼吸を繰り返した。やがて手術室へ移動し、麻酔が投与されると、浩輔の意識はゆっくりと遠のいていった。


 それから10時間以上に及ぶ手術を終え、心臓移植は成功した。新しい心臓が浩輔の体内へ血を送り始めた。



 浩輔の意識が戻ると、手術の負担のためか体がひどく重かった。傷口も痛みだし、とても体を動かせるような状態ではない。しかし、呼吸だけは楽に感じた。頬に血色が戻り、自分の体が以前よりも温かく感じられた。


 手術後は拒絶反応と感染症を防ぐため、浩輔はICUで集中管理を受けていた。状態が安定すると隔離病棟へ移され、ガラス越しに両親と面会した。その嬉しそうな顔を見て、浩輔は心臓を譲ってくれた女の子に心から感謝した。


 しかし、移植の成功は、新たな闘いの始まりでもあった。移植が終わっても、苦しみがなくなったわけではなかった。免疫抑制剤の副作用で、吐き気や震えに襲われる日もあった。しかも、この薬とは一生付き合っていかなければならない。覚悟していたこととはいえ、決して薬を欠かすことのできない現実を、日常として受け入れる必要があった。


 隔離病棟にいる間は、医療スタッフ以外と直接接することはできなかったが、浩輔はすぐに始まったリハビリを真剣にこなしていった。一か月ほどかかる可能性もあると言われていた隔離生活は、幸いにも二週間で終わった。


 隔離病棟を出た日、家族と共に翔子に出迎えられた。


「すごく顔色が良くなったわね」


 浩輔は翔子に感謝を述べつつも、すぐに聞きたいことがあった。


「真那斗は今、どうしていますか」


 そう尋ねると、彼女は表情を曇らせた。




 真那斗の病室のドアをノックし、浩輔は扉を開けた。


 浩輔の後ろには、翔子も控えていた。彼女からは会わない方がいいと止められたが、浩輔が引かなかったため、万一に備えて同席することになったのだ。百合子は座っていた椅子から立ち上がり、ベッドの脇で俯きながらこちらの様子を見ていた。


「よう。敗者を笑いにきたのか?」


 そう言う真那斗の白目は黄色く染まり、肌もひどくくすんでいた。呂律も少し回っていなかった。その姿を見ただけで、浩輔には彼の残された時間が長くないことが分かった。


「運が良かっただけの人間を、勝者とは言わないよ」


 浩輔は静かにそう答えた。


「選ばれた人間だからこそ、言えるセリフだな」


「そうかもしれない。意地悪く聞こえたらごめん」


 申し訳なさそうに目を伏せる浩輔を見て、真那斗はふっと苦笑した。


「生きながらえた気分はどうだ?」


「呼吸が楽になっただけで、思考がクリアになった気がする。自分の不幸を嘆くばかりだったけれど、今は先のことを考えられる余裕ができたよ」


 問われた浩輔は、血色の戻った自分の手を見ながら、正直な感想を述べた。苦しんでいる彼の前で言うことではないと思いつつも、ここではぐらかす気にはなれなかった。


「死にそうな人間の前で、よく言うよ……」


 そう言いながらも、真那斗の表情は穏やかだった。


「自分の中で、他人の臓器が動いているのは不思議な気分だよ」


「心臓……見せてくれよ」


 そう言われた浩輔は、入院着のボタンを外し、胸元を開いた。胸の真ん中、喉元の下あたりからみぞおちにかけて、15センチほどの真っ直ぐな手術痕があり、まだ赤く生々しい線が残っていた。


 真那斗は震える手を伸ばして、まだ真新しい傷跡に手を添えた。


「すげえよな……なんでもありかよ」


「そうだね。本当に、そう思うよ」


 彼の手が力なく傷から離れ、垂れ下がった。少し話しただけで疲れたのか、そのままベッドに身を沈め、天井を見上げた。


「俺はもうすぐ死ぬ……。運のない人間が、運がないまま死ぬんだ。まったくもって、普通のことだな……」


 後ろに控えていた百合子が、その言葉に反応して微かに震えていた。


 そんな真那斗に、浩輔は語り始めた。


「心臓とは別に、臓器をくれた女の子の何かが、僕の中にある気がするんだ。重さの伴わない、何かが……」


 真那斗は浩輔の言葉が理解できないのか、不思議そうな顔をした。


「なんだそれ。心があるとでも言いたいのかよ」


「移植で性格が変わるという話も聞くけど、僕は僕だよ」


 臓器移植によって性格や嗜好が変わる、という話を聞いたことがある。けれど、浩輔が感じているものは、それとは少し違っていた。


「それだけじゃない。真那斗の何かも、僕の中にあるんだ」


 少し信じがたい話に、真那斗も困惑の色を浮かべた。


「何かって、なんだよ?」


「言葉にするのは難しいけれど、生への執着というか。生きたいという意思みたいなものが伝わって、自分の中にあるんだよ」


「なんだそりゃ。単なる思い込みってやつじゃないか……」


 真那斗の言葉に、浩輔は感じたことをうまく伝えられないことにもどかしさを感じた。真那斗はしばらく黙って浩輔を見つめた。


「でも、そうか……。俺の何かも、お前の中に残るのか」


 真那斗はそう言って、浩輔に優しく微笑んだ。しかし、その表情は一瞬のことで、すぐに不機嫌そうな表情へと戻った。


「疲れたから、寝る。もう帰ってくれ」


 そう言って、ベッドで背を向けた彼に浩輔は言った。


「わかった、また来るよ」


 その返答が意外だったのか、真那斗は驚いてこちらを見た。自分が浩輔にしてきたことを考えても、これが最後の面会になると思っていたのかもしれない。


「なんのために?」


 そう問う彼に、浩輔は当然のように答えた。


「友達と会うのに、理由が必要なのかい?」


 真那斗は虚を突かれたように、目を丸くしていた。そして、ベッドの上で背を向け、小さく答えた。


「……好きにしろ」


「じゃあ、また明日」


 浩輔はそう答えて、病室の扉へと振り返った。帰り際、百合子は何も言わずに、深々と頭を下げていた。


 病室を出ると、少し涙ぐんでいた翔子が言った。


「浩輔くんは、きっと素敵な大人になるわね」


 どういう意味で捉えればいいかよく分からず、浩輔は照れて頭をかいた。



 それから、浩輔は毎日、真那斗の病室を訪れた。それほど長くは話せなかったが、お互いの病状の話などはせず、本当にたわいのない会話をした。


 そして、再会してから5日後、真那斗は息を引き取った。11歳と6か月と3日。真那斗の生涯は、それで終わった。


 浩輔の術後の経過は良好で、リハビリも順調に進んだ。やがて、これまで諦めていた日常を取り戻していった。






 自分の過去を語り終えた浩輔は、大きく息を吐いた。


「大体そんなところかな……」


 話の重さに言葉を失ったのか、結衣香からすぐには反応が返ってこなかった。やっと理解が追いついたのか、ため息混じりの感想が返ってきた。


「すごい話ですね……。ちょっと、びっくりしちゃった」


 浩輔もここまで詳細に、自分の生い立ちと想いを語ったことはなかった。それだけに、彼女の反応が少し怖かった。続いて、浩輔はここへ来た時に思っていたことを語り始めた。


「俺がすぐに珠を譲ったのは、今回は譲る側に回るべきだと思ったんだ。みことちゃんを見た時も、自分に臓器をくれた子は、こんな子だったのかなと想像してた」


 そして、人には言いたくなかった、自分の弱さも正直に吐露した。


「何より、もう命に関わる争いには、加わりたくないと思った。そうなることは、目に見えていたから……」


 黙って聞いていた結衣香の表情が沈んだ。浩輔から視線を逸らし、じっと何かを考えているようだった。浩輔は緊張しながら彼女の言葉を待った。


 しばらくして、結衣香はやっと口を開いた。


「都筑さんは……大変な経験をしたからこそ、そんなふうに考えられるんですね」


 結衣香は失望した様子もなく、むしろ感心しているようだった。浩輔は小さく息を吐いた。そして、結衣香は真面目な顔をして、浩輔に頭を下げた。


「話してくれて、ありがとうございました」


 浩輔は安堵して、少し肩の力を抜いた。


「自分の本心を語るのは、結構緊張したよ」


「本心ね……。都筑さんの言っていた初恋の人って、翔子さんだったんですね」


 結衣香の鋭いツッコミに、浩輔は自分の初恋について話したことを後悔した。


「学校は病気が辛くてそれどころじゃなかったし、女性と親しくなったのも、その人くらいだったんだよ」


「でも、健康になってからは、それなりに出会いはあったんじゃないですか?」


 こんな状況でも恋愛の話になるのかと苦笑しつつ、浩輔は結衣香から視線を逸らして言った。


「移植が成功したとはいえ、健康な人と全く同じというわけにはいかないんだ。そう考えると、恋愛にはあまり積極的になれなかったのかも」


「真面目なんですね……」


 しばらくの間、彼女は無言でいた。なぜか結衣香が緊張しているように見えたので、浩輔は何事かと不思議に思った。


「つ、都筑さん!」


「な、なに?」


 結衣香は両手で自分の珠を差し出した。


「私の珠、貰ってくれませんか! この珠は、自分の分身のようなものだと思うんです。だから、この人だと思える人に受け取って欲しいんです」


 もう、珠そのものに大した価値は残っていない。けれど、結衣香にとっては、自分の分身ともいえるものだった。彼女の頬は赤く染まり、その表情は真剣そのものだった。


 浩輔は彼女の手のひらから珠を受け取ると、大切に握りしめた。


「ありがとう。最後まで、大切に持ってるよ」


 すると、結衣香は眩しいほどの笑顔を見せた。浩輔も、自分の頬が熱くなるのを感じた。


「それと、苗字じゃなく名前で呼んでもいいですか?」


「いいよ」


「浩輔さんか、浩輔くん。どっちがいいですか?」


「えっと、じゃあ『くん』呼びで……。俺も、結衣香って呼ばせてもらうよ」


 浩輔が照れながら言うと、結衣香も顔を赤らめた。少し間をおいて、結衣香は真剣な表情で浩輔の顔を見た。


「ねえ、浩輔くん。私の話も聞いてくれる?」


 そして、浩輔は彼女の初恋の話を聞くことになった。





 地面に落ちていた赤いマジックを拾い上げ、結衣香が言った。


「やっと順番が回ってきたね。でも、なんて書けばいいのかな……」


 地面には数十人分のさまざまなメッセージが書かれていた。短いものから長いものまでいろいろだが、決まって最後に自分の名前が書かれている。結衣香は難しい表情をして、何を書くべきか悩んでいた。


「よかったら、俺が先に書こうか?」


「いいですよ。参考にしたい!」


「参考にはならないと思うけど……」


 そう言いながら、浩輔は自分の名前を書き、その下に誕生日と事故のあった日付を書き足した。それはまるで、墓石に刻む文字のようだった。


「それだけ? メッセージは書かないの?」


「これだけで十分だよ」


「じゃあ、私も隣に書こっと」


 結衣香もすぐ隣に、浩輔と全く同じ形式で名前を書いた。


「当たり前だけど、死んだ日付は同じなんだね」


「そりゃ、そうだよ」


 並んだふたりの名前を見ながら、浩輔と結衣香は顔を見合わせ、少し照れくさそうに微笑んだ。

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