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「煉獄のパールライト」生き返れるのは、ひとりだけ。死者が織りなす、哀しきデスゲーム。  作者: 志津川 雄治
7日目

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04.同類で同志

 数日後、いつものように母が見舞いに来ていた。


 浩輔の毎日は変化に乏しく、特に話題にできるような出来事もなかった。そのため、会話は自然と母の話が中心となった。


「今は人手不足で大変なのよ。バイトを雇っても、すぐ辞めちゃうし……」


 他愛のない仕事の話を聞いていると、向かいのベッドに車椅子に乗った少年と、母親らしき女性が案内されてきた。


「ベッドはこちらになります」


「ありがとうございます。さあ、真那斗」


 浩輔と同じ入院着を着た少年は、車椅子から立ち上がると、そのままベッドに横になった。


 看護師の翔子から聞いた話によれば、真那斗というその少年は、浩輔よりもひとつ年上らしかった。頭ひとつ分ほど背が高く、精悍な顔つきで活発そうな印象だったが、その目元には色濃いクマができていた。


 付き添っていた年配の看護師が設備の説明を始めたが、真那斗はそれを聞きもせずに、荷物の中からタブレットを取り出して言った。


「ねえ、Wi-Fiのパスワードは?」


「そんなの、後でいいでしょう」


「今すぐ使うんだよ!」


 母親が慌ててたしなめたが、真那斗は早くしろと声を荒らげた。


「こちらに記載がありますよ」


 看護師からパスワードが書かれた紙を受け取ると、真那斗は礼も言わずにタブレットの設定を始めた。ネットに繋がったことを確認するなりヘッドフォンを装着し、周囲を無視して動画を見始める。


 真那斗の横柄な態度に、隣に座っていた母が不快そうに眉をひそめた。その視線に気づいたのか、真那斗の母親が歩み寄ってきて深々と頭を下げた。


「お騒がせして申し訳ありません。本日こちらへ転院してまいりました、挾間はざまと申します。息子の真那斗まなとです。どうぞよろしくお願いいたします」


 挾間と名乗ったその女性は、レースがあしらわれた白いブラウスに、グレーのカーディガンを羽織っていた。背は低く、癖っ毛でまとまりのない髪を後ろで束ねている。ひどく低姿勢な印象を与える女性だった。


「都筑と申します。息子の浩輔です。こちらこそ、よろしくお願いします」


 母は愛想笑いを浮かべて無難に挨拶を返したが、内心では快く思っていないことは、そのそっけない態度からも明らかだった。


 ヘッドフォンをしたままの真那斗は、こちらに視線だけを向けて、母親に怒鳴った。


「そこのカーテン閉めてよ!」


 真那斗の母親は申し訳なさそうに頭を下げながら、白いカーテンを引いてベッドを仕切った。それを見て母もこちら側のカーテンを閉め、小さな声でささやいた。


「しつけがなってないわね。あんな子がお向かいだなんて嫌だわ」


 浩輔も真那斗の態度はよくないと感じたし、彼と仲良くなれるとは思えなかった。




 朝の巡回時、浩輔は翔子と軽い雑談をするのが楽しみだった。「おはよう」の挨拶に続いて、読んだ本の感想を話し始めた。


「『銀河鉄道の夜』、読み終わったよ」


「もう読み終えたの? どうだった?」


「正直、意味はよくわからなかったかな……」


 死者との別れがテーマだというのは理解できたが、曖昧な表現が多く、何を伝えたいのか掴みきれなかった。ただ、自分の状況と重なるせいか、心に残るものは確かにあった。けれども、それをどう言葉にすればいいのか難しかった。


 浩輔が言い淀んでいると、向かいのベッドのカーテンが勢いよく開かれ、真那斗が顔を出す。そして、ふたりの会話を遮るように翔子へ話しかけた。


「翔子ちゃん。これ見てよ!」


「おはよう、挾間さん。新しいベッドには慣れた?」


「まあね。ねえ、この動画、知ってる?」


 真那斗はそう言って、黒いケースに入ったタブレットを差し出した。翔子は手早く電子カルテに記録を残すと、浩輔に軽く手を振って真那斗のほうへ行ってしまった。


「この踊り、今流行ってるんだ。翔子ちゃんも、ナース服で踊ったらバズるんじゃないかな」


「仕事着で踊ったりしません! 見るのはいいけど、自分じゃやらないわ」


 画面の中で踊っているのは、最近話題になっているインフルエンサーらしかった。真那斗はその動画の何がすごいのかを得意げに語っていた。翔子は笑顔で応えていたが、浩輔には、それが仕事の邪魔になっているとしか思えなかった。


 自分との会話を遮られたことと、真那斗の翔子に対する馴れ馴れしい態度に、浩輔は苛立っていた。


 翔子が去ると、なぜか真那斗が浩輔のベッドまでやって来て、横にあった丸椅子に腰掛けた。


「なあ、なんでお前だけ、翔子ちゃんから下の名前で呼ばれてんの? 妙に仲良いじゃん」


 親しげに話しかけられて困惑したが、浩輔は嫌な顔を出さないよう気をつけながら答えた。


「翔子さんは、僕の入院と同時期に、新人として配属された人だから。もう、2年以上の付き合いになるんだよ……」


「へえ。なあ、翔子ちゃんって、彼氏いるのかな?」


「えっ?」


 突然の踏み込んだ質問に、浩輔は戸惑った。


「き、聞いたことないけど……」


「ビジュいいからな。モテないってことはないだろ?」


「知らないよ、そんなの」


「翔子ちゃん見てると癒されるよな……。前の病院は、おばさんばかりでさ。転院して大正解だったわ!」


 よほど翔子のことが気に入ったのか、真那斗は彼女のことばかり聞いてきた。お調子者の彼を、翔子が気に入るわけがないと思いたかったが、何がきっかけになるかわからない。自分にはない真那斗の積極性に、浩輔は不安を覚えた。


 一通り話し終えた真那斗の視線が、浩輔の持っていた端末に向いた。


「お前のタブレット変わってるな……何それ?」


「電子ペーパーのタブレットだよ」


 浩輔が端末を差し出すと、受け取った真那斗は物珍しそうに画面を操作した。そして、滲むように画面が切り替わるのを見て、面白そうに笑った。


「なにこれ、画面の切り替わりが気持ち悪いな。でもすげえ。……漫画もあるじゃん。ドラゴンピースとかねえの?」


「最近の漫画は、買わないと読めないよ」


 無料で読めるのは古い漫画が中心で、新しい作品はそれほどなかった。真那斗はその中からバトルものの漫画を見つけて、熱心に読み始める。古い作品だが絵のタッチが新鮮に映るらしく、興味を持ったようだった。


「ちょっと、これ借りていいか? その間、俺のタブレットを貸してやるからさ」


 真那斗はそう言いながら、ごついカバーのついたタブレットと、大きなヘッドフォンを、浩輔に押し付けた。


「お昼までには返してよ」


 強引な要求だったが、浩輔は断れずに了承してしまう。


 しかたなく、浩輔はヘッドフォンを装着し、タブレットの動画を眺め始めた。画面ではゲーム実況が流れ始めたが、予想以上に音が大きかったため、慌てて音量を下げた。


 画面の中では、実況者が銃で撃ち合うゲームをしながら、大袈裟なアクションで大声をあげていた。ゲームに詳しくない浩輔には、何が面白いのかよくわからず、おすすめに並ぶ他の動画へ視線を移した。


 配信者が何かにチャレンジする動画やアニメのサムネイルが並ぶ中で、特にゲーム実況の動画が多く表示されていた。しばらく眺めていたものの、これといった動画が見当たらず、浩輔はヘッドフォンを外して真那斗に聞いてみた。


「ゲーム、好きなんだ?」


「まあな。俺も配信で一発当てようかと思ってさ。けど、こないだ本体がぶっ壊れてさ。親に頼んでも、ケチだから買ってくれねーんだ」


 真那斗は読み始めた漫画に見切りをつけたのか、適当にページをめくりながらそう答えた。


「ゲーム機なら持ってるよ」


「まじで。貸してくれよ!」


 浩輔は引き出しの中にしまってあった携帯ゲーム機を取り出した。誕生日に父に買ってもらったものだが、持っているソフトをクリアしてからは、ずっと使わずに放置していた。


「ソフトこれだけかよ。しばらく借りていいか?」


「いいよ」


 真那斗は浩輔に端末を返すと、自分のベッドへ戻って借りたゲームで遊び始めた。浩輔は無事に自分の端末が戻ってきたことに満足し、読みかけの小説を開いた。


 しばらくカチカチとゲームの操作音が聞こえていたが、ふとそれが止まったことに気付いた。なんとなく気になって、向かいのベッドを覗き込むと、真那斗が具合が悪そうに横になっていた。


「どうしたの? 気分悪いの?」


「……酔った」


 久しぶりのゲームで、画面酔いをしたらしい。容態の急変ではなさそうで安心したが、真那斗は苦しげに顔をしかめた。


「前は長時間プレイしても、なんともなかったのに……。こんな不便な体に産みやがって。あのクソババアが」


 実の母親への暴言に、浩輔は顔を曇らせた。


「そんなふうに言わないほうがいいよ」


「事実なんだから、文句を言って何が悪い。お前だってそう思ってるだろ?」


「そんなこと……」


 すぐには否定できず、浩輔は言い淀んだ。


「とりあえず、これ返すよ。少し休む」


 真那斗はそう言って、ゲーム機を浩輔に差し出した。浩輔はそれを受け取って棚にしまうと、自分のベッドに戻った。


 端末を手に取り読書を再開したが、集中することができない。どうしても、真那斗のことが気になってしまうのだった。



 それをきっかけに、浩輔と真那斗はよく話すようになった。


「今度、面白そうなゲームが出るんだけどさ、ソフトだけ買うから本体貸してくれよ。浩輔もやっていいからさ!」


「いいけど、どんなゲーム?」


 真那斗の語る話題は、もっぱらゲームと動画のことだった。浩輔はそこまでゲームや動画に詳しくなかったが、話を聞くこと自体は面白かった。具体的な内容というよりも、同年代の相手が熱心に語るのを聞くのが楽しかったのだ。


「だ・か・ら・さ。そんなことも知らねえの?」


 真那斗は動画で得た知識を披露しては、そんなセリフをよく口にした。最初は見下されているような気がしていい気はしなかったが、それが有名配信者の真似だとわかると、たいして気にならなくなった。真那斗は、斜に構えた態度をかっこいいと思っているようだった。


「闘病系配信者になったら、儲かるかな? 日常を垂れ流すだけでいいんだろ。それで稼いで、好きなもの買うとか最高じゃね?」


「そんなに上手くいかないでしょ」


 浩輔には闘病生活を配信するという発想がなかったので、そういった動画があると聞いて驚いた。しかし、自分もそれをしてみたいとは思わなかった。


「お前は、心臓が悪いんだろ? 俺は腎臓。心臓は機械化が出来るんだから、恵まれてるよな。腎臓は絶望的だよ」


 自分が恵まれているなどと言われたことがなかったので、真那斗の物言いに戸惑った。


「日本って昔は景気が良かったらしいけど、今はもう貧乏なんだ。コスパ、コスパって、役に立たないやつに、お金を使うのは無駄だと考えてる。俺たちみたいなのは、早く死ねって思われてるのさ!」


 乱暴な物言いだが、そう思われても仕方がないと感じることはあった。このまま入院生活が続くのなら、生きている意味などあるのか分からなくなりそうだった。浩輔は、暗く沈みそうになる気持ちをぐっと抑え込んだ。


「ああ、お先真っ暗だな。翔子ちゃんとキスしてえ」


「な、なんだよ、いきなり」


 急に翔子の名前が出てきたので、浩輔は困惑した。


「死ぬ前に一度はキスしたい。とか言えば、させてくれるかな?」


「そんなのダメだよ!」


 同情を引いて無理強いするような話に、浩輔は語気を強めた。真那斗と翔子のそんなシーンは、想像したくもなかった。


「そうでもしないと、俺たちにチャンスなんてないだろ! 死ぬ前に、キスのひとつくらいしたいだろ」


 思ったより切実な口調に、浩輔は言葉に詰まった。


 付き合うとか、キスだとか、まだ深く考えたことはなかった。だが、好きな人と寄り添えるのなら、どれほど幸せなことだろう。


「ほっぺになら、してくれるかも」


「翔子さんにはお世話になってるから、困らせたら本気で怒るよ!」


 諦めの悪い真那斗に、浩輔はムキになって言った。


「わかった、わかった」


 そう言って苦笑いする真那斗を、浩輔は嫌いになれずにいた。話の内容はどうかと思うが、少なくとも本音で話せている気がする。思わず、浩輔の口元からも笑みがこぼれた。


「早く再生医療が進まねえかな。豚の臓器でもなんでもいいから移植して、体一つで出かけられるようになりてえな」


「そうだね。なんとか細胞とか、早くできないかな」


「なんとかって、なんだよ」


 そう言って、ふたりは力なく笑った。




 いつものように見舞いに訪れた母は、真那斗がベッドにおらず、どこかへ出かけているのを確認すると、少し硬い表情で浩輔に尋ねた。


「真那斗くんと、ずいぶん仲良くなったのね」


 ふたりで遊んでいると、母がいつも不機嫌そうな顔をするのは知っていた。


「タブレットで動画ばかり見てるみたいだけど、ちゃんとペアレンタルコントロールしてるのかしら。あなたも一緒になって、変な動画を見てないわよね?」


「見てないよ……」


 いつか何かを言われると思っていたが、第一印象からくる陰口は気分のいいものではなかった。


「ゲーム機、無理やり取られたりしてないわよね?」


「使ってないから、貸してるだけだよ!」


 真那斗に対する一方的な決めつけに、さすがの浩輔もむっとした。


「いつか問題を起こすんじゃないかと思うのよね。もしあれだったら、病院に言って部屋を変えてもらおうかしら?」


「必要ないよ! いじめられてなんかいないし、友達を悪く言わないで!」


 思わず浩輔はそう怒鳴った。怒られるかと思ったが、母は浩輔の反応に驚き、戸惑っているようだった。そういえば、今まで母に怒鳴ったことなどなかったかもしれない。


 友達という言葉にも思うところがあったのか、母はそれ以上何も言わなかった。




 翌日、浩輔は体調を崩してベッドから起き上がれなかった。昨夜から息苦しさが続き、寝不足による頭痛にも悩まされていた。


「どうした? 大丈夫か?」


 真那斗がベッドの横までやって来て、浩輔の顔を覗き込んだ。


「大丈夫だよ。ちょっと起き上がれないだけ。よくあることだから……」


「そうか。何かあれば呼べよ。すぐ向かいに俺がいるんだからさ」


 真那斗はそう言って、気遣うように笑った。お互いに、急な体調不良には慣れきっていた。


「……ありがとう」


 浩輔は礼を言いながら思った。


 最初に真那斗へ嫌悪感を抱いていたのは、きっと自分と同類だからだ。彼が口にする不平不満と全く同じことを、浩輔も感じていた。目を背けたい自分の嫌な部分を、彼は隠さずに口に出しているだけなのだ。


 そして、嫌悪しながらも仲良くなったのは、きっと同じ境遇を理解し合える相手だからだった。


 同類で同志。


 こちらを振り向きながら自分のベッドに戻っていく真那斗を見つめ、浩輔はそう納得していた。

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