表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「煉獄のパールライト」生き返れるのは、ひとりだけ。死者が織りなす、哀しきデスゲーム。  作者: 志津川 雄治
7日目

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

85/89

01.幕引き前の凶行

 最終日。運命の7日目に、結衣香は目を覚ました。


 常に明るいこの部屋では時間の経過が掴みづらいが、おそらくまだ早朝だろう。辺りは静まり返り、人々は深い眠りの中にいた。


 結衣香は音を立てないように体を起こすと、隣で眠っている都筑の様子をうかがった。彼は腕を枕代わりにし、背中を丸めて横向きに寝ている。普段の冷静な表情とは違い、無防備な寝顔は少し幼く見えた。


 結衣香は息を殺して、しばらくその寝顔をじっと見つめていた。視線がまつ毛から唇へと移ると、急に恥ずかしくなって頬が熱くなる。彼を起こさないよう、結衣香はそっとその場を離れた。


 眠っている人々を避けながら、ほてる頬を冷まそうと天井を見上げ、ゆっくりと歩を進める。規則的な自分の足音だけが、静寂の中で小さく響いていた。


 ここ最近、都筑のことばかり考えている気がする。彼のことが好きなのかと聞かれても、まだ断言できる自信はない。けれど、彼に強く惹かれているのは確かだった。


 都筑のことを、もっと知りたい。彼の少し憂いを帯びた表情には、どんな理由があるのだろうか。彼の内面に踏み込むための時間が欲しかった。


 あと3日。せめて、もう1日だけでも……。


 だが、もう猶予はない。知りたいと思うのなら、勇気を振り絞って踏み込むしかないのだ。たとえ拒絶されたとしても、後悔だけはしたくなかった。


 結衣香は決意を胸に、真っ直ぐ前方を見つめる。


 彼女は背後から足音を殺して近づいてくる気配に、気づくことができなかった。その男はタイミングを見計らい、不意をついて結衣香に襲いかかった。


「……っ!?」


 突然背後から口を塞がれ、結衣香は悲鳴を上げることすらできなかった。はがいじめにされ、訳もわからず身動きがとれなくなってしまう。


「騒ぐなよ。俺も女を殴る趣味はないんだ。おとなしくしろ」


 顔は確認できないが、その声には聞き覚えがあった。以前、ネットカフェでバイトをしていると語っていた男だ。名前すら思い出せないその男は、荒い息をしながら結衣香の耳元で囁いた。


「見せつけるようにイチャイチャしやがって。どうせ死ぬんだ。最後に、俺にもいい思いをさせてくれよ!」


 男は空いた左手で、彼女の胸をまさぐり始めた。


「ん……っ、う……んっ!」


 結衣香は顔を真っ赤にして抵抗するものの、力で押さえつけられ、振り解くことができない。助けを呼ぼうにも近くに人影はなく、眠っている人たちに彼女のくぐもったうめき声は届かなかった。


「いい体してるじゃねえか! 何カップだよ?」


 首元のリボンが乱暴に引きちぎられ、シャツのボタンが弾け飛んだ。はだけたシャツと乱れたキャミソールの下から、水色のブラが見え隠れする。


 恐怖で、結衣香の瞳から大粒の涙が溢れた。


(嫌だ……! 誰か、助けて!!)


 こんな男に汚されたくない。強く拒絶するほど、結衣香の背筋を絶望が這い上がっていく。


(助けて! ……都筑くん)


 結衣香が心の中で彼を呼んだその瞬間、背後から鋭い声が響いた。


「その手を離せ!!」


 駆けつけてきた都筑の拳が、男の顔面に叩き込まれる。殴られた男ともつれ合うように倒れ込んだおかげで、結衣香は拘束から逃れることができた。


 都筑は間髪入れず、倒れ込んだ男の鼻先を容赦なく蹴り上げる。


「ぐはっ……!」


 地面にへたり込んだ結衣香は、ふたりが争う様を呆然と見つめていた。


 いつも冷静な都筑がためらいなく暴力を振るう姿に、結衣香は息を呑む。しかし都筑は線が細く、対峙する男の方が体格が良かった。その差が、徐々に形勢に現れ始める。


 男は攻撃をガードしながらやり過ごすと、低い姿勢から体当たりして都筑を押し倒した。男は重量差を生かして馬乗りになると、都筑の顔面を殴りつける。


「くっ!」


 うめく都筑に、男は勝ち誇った表情で言い放った。


「カッコつけられなくて残念だったな、優男!」


 都筑は両腕で顔を守ろうとするが、体重を乗せた拳を防ぎきれず、ガードの合間から次々と打撃を叩き込まれていく。その一方的な暴力に、結衣香は悲鳴をあげた。


「誰か助けて!! 誰か!」


 騒動は伝わっているはずだが、すぐに駆けつけてくれる人影はない。次第に都筑の抵抗は弱まり、されるがままになっていった。


「やめて……」


 結衣香は胸を締め付けられながら、弱々しくつぶやくことしかできない。


 男は疲れたのか、殴るのを止めて大きく息を吐く。勝利を確信したのか、都筑の胸ぐらをつかみ上げると、強引に顔を近づけて吐き捨てた。


「ずっと、お前のことが気に食わなかったんだ! スカした態度しやがって」


「そうか……」


 掠れた声でそう答えた瞬間、都筑の手が素早く男の顔に伸びる。そして、彼の親指が男の右目を深々とえぐった。


「ぎ、ぎゃあ!」


 男はのけぞり、悶絶しながら倒れ込んだ。都筑はその隙を逃さず、素早く男の背後にまわり、首に腕を回して締め上げる。


「や、やめ……ろ」


 男は振り払おうと必死にもがくが、都筑の腕は完全に喉元を捉えており、顔色が赤紫へと変色していく。それでも都筑は一切の感情を交えず、渾身の力でさらに首を締め上げた。


 鈍い音が響き、結衣香は思わず目を背ける。


 都筑がゆっくりと手を放すと、男は力なくその場に崩れ落ちた。その姿は、完全に事切れているように見える。


 結衣香が大きく息を呑んだ次の瞬間、死ぬことができないこの部屋の特性により、男はすぐに息を吹き返した。


「がっは! はあ、はあ……」


 都筑は肩で息をしながらも、這いつくばって咳き込む男を見下ろし、冷ややかに言った。


「彼女に手を出すなら、何度でも殺し合いに付き合ってやるよ!」


 そう宣告された男の顔には、明らかな恐怖の色が浮かんでいた。一切の躊躇なく殺しにきた都筑を、完全に恐れているようだった。


 そして、ようやく騒ぎに気づいた人々が集まり出した。


「どうした? 何があった!?」


「女の子が襲われたみたいだぞ」


「なんだって!」


 周囲からの非難の視線を浴びる前に、ネットカフェの男は逃げるようにその場を去っていった。


 完全に脅威が去ったことを確認し、都筑は大きく息を吐いて脱力する。先ほどまでの冷酷な気配は嘘のように消え去り、いつもの穏やかな表情で結衣香に微笑んだ。


「大丈夫?」


「あ、ありがとう。誰にも気づいてもらえないかと思った……」


「君が起きたのは分かったから、どこへ行くのかと思ってさ」


 都筑はそう言って、少し照れくさそうに笑った。彼が自分を気にかけてくれていたのは嬉しかったし、実際にそのおかげで助かった。


「体力に自信ないし、マウント取られた時はどうしようかと思ったよ」


 都筑はそこまで言うと、ふと何かに気づいて視線をそらした。結衣香は自分の胸元がはだけていることに気づき、急いでシャツを手で押さえて都筑をにらむ。


「いや、ちょっとしか見てない……」


「見てるじゃん!」


 バツが悪そうに頭をかく都筑を見て、気が抜けるのと同時に、結衣香の目からとめどなく涙が溢れてきた。先ほどの恐怖がぶり返し、抑えきれない震えが全身を駆け巡る。


「怖かった……。もう、ダメかと思った……」


 そう嗚咽を漏らしながら、都筑の袖をそっとつかむ。その小さな支えがないと、恐怖でその場に崩れ落ちそうだった。


「大丈夫だよ。もう、大丈夫」


 優しさと力強さを込めて、都筑がそうつぶやいた。彼は結衣香を抱きしめるわけでもなく、すっと隣に寄り添ってくれている。その適度な距離感の優しさが、折れかけた結衣香の心を支えてくれた。


 やっと涙がおさまり始めた結衣香は、目元を拭いながら小さくつぶやいた。


「ねえ、お願いがあるの……」


「なに?」


 結衣香は懇願するように、真っ直ぐ彼の目を見つめて言う。


「最後まで、一緒にいて」


 その切実な訴えに、都筑は穏やかな微笑みを返した。


「……わかった」


 その言葉に、結衣香は襲われた恐怖をかき消す以上の深い安心感に包まれた。



 運命の一日は、そんな騒動と共に幕を上げたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ