第二十二話
暫くテントの中で忍と話しをしていると、アリスさんとリーアさんが帰ってきた。
「レギスさんと話をしてきました。とりあえず商隊が行くレーヴまでは同行しますわ。それからその先のヒュリオンまでは黒狼とご一緒させていただきますわ」」
「それがねぇ、彼女達は護衛じゃないのよ」
「どう言う事です?」
「くっ付いてくるだけなのよ……」
いやまぁ、レギスさんも竜機兵3機も護衛いらないか。
「あー、わかりました」
俺達のせいで申し訳ない。
「で、この娘はレリムと一緒で移動させるわ」
忍はレリムさんと一緒に馬車に乗せてくれるらしい。
「お願いします」
「じゃあ、彼女に言語共有の理術を行いますわ」
「忍、ちょっとこっちに来て。今から魔法をかけてもらう」
「……大丈夫か?」
忍が心配そうに言うが、あー……まぁ耐えてもらうしかない。
「彼女は何と?」
「大丈夫か?と、俺達の元の世界には理術とか精霊魔法とか無いですから」
「大丈夫ですわ」
アリスさんはそう言うと、精神統一の呪文を唱えると、忍の頭を寄せて額にキスをした。
「「って!」」
「終わりましたわ」
俺はてっきりアイアンクローかと思ったのに……キスだと!
忍は額にキスされて真っ赤な顔をして、額をごしごし擦っている。
「えーと……サクラさんや?」
「……はい。言いたい事は分かりますが、お母様ですし……」
サクラとレリムさんも微妙な顔をしている。
まぁコクヨウさんだしなぁ。
アリスさんは意味がわからずきょとんとしていた。
「忍、どう?」
俺はレオリースの共通語で話しかけた。
「シノブちゃんだっけ?私はリーアよろしくね♪」
「わたくしはアリスですわ。よろしくおねがいします」
「おぉ……分かる!言葉が分かる!!今のが魔法?!」
「あぁ、最初は違和感があるけど、三日ぐらいで文字も読めるようになる」
「マジかー、魔法凄いなぁ」
俺と同じような事を言ってる。
「ワタシは立花忍です。アリスさんありがとう!」
忍は嬉しいのか、アリスさんにお礼を言うと、抱きついて感謝していた。
「じゃあ、シノブちゃんの服を揃えないとね。その後皆で食事に行きましょう」
リーアさんはそう言うと、女性陣を集めて、先に忍の服を買いに行く。
俺とヴォルトさんは留守番だ。
俺はヴェルデンの側に居たヴォルトさんに忍の事を説明した。
「あの連中と買い物はオレも無理だ」
「ですよね」
女性陣の買い物がどれだけ大変か、妹と母親で分かってる俺はヴォルトさんに同意した。
女性陣の買い物が終わって、甲蟲の戦闘後の護衛の報酬で、皆で食事に来た。
報酬は複数の馬車の人達が出してくれたのか銀貨が6枚近くあり、商隊の皆が飲み食いして、忍の服と旅の装備を揃えても十分お釣りが来る。
アリスさんも報酬の件は喜んで一緒にしてくれた。
「うめぇ……」
商隊の皆が思い思いの食事を取っているチュールの街の食堂で、新しいレオリースの服を着て、久々のまともな食事を食べる忍がつぶやいた。
食堂は甲蟲の件で街が封鎖されているからか、ほぼ満員で、店員の犬耳の女の子が忙しそうに走り回っている。
店内を良く見ると、人間以外の種族も多い。
「忍はスカートじゃ無いんだな」
「ん?あぁ、こっちの方が動きやすいしね」
女性陣と服を買いに行った忍はポケットの多い厚手のズボンを穿いていた。
俺の横に座る忍は、身長が170センチの俺より5センチも高い。
金髪に近い脱色している髪は長いが、男性的な服装は忍には似合っていた。
「……プリンになりそうだなぁ」
俺は忍の髪の毛がもうちょっと伸びると、黒い地毛が出てきてプリン状になると思わず呟いた。
「頭?」
髪とは言わないで頭って、忍さん漢らしいだろ。
「うんまぁ……そういや、鈴原工業って校則ゆるかったっけ?」
忍の通っていた工業高校は頭を染めたり脱色しているのが多かったと思い出した。
ガラは悪くなかったと思うので、単に校則がゆるかったんだろう。
「ウチの学校は頭は特に五月蝿く無かったからね。あー……なるだろうねぇー。この世界にはブリーチ無さそうだし」
忍は苦笑する。
「……プリンって何ですか?」
俺と忍の会話を俺の横で聞いていたサクラが聞く。
「この世界はプリン無いの?」
「そういや食べた事無いな、そもそもお菓子自体あんまり無いんじゃないかな?」
サクラがドール村で麦芽水あめを作った時の、子供達の喜びようを思い出した。
忍はサクラにプリンの説明を始める。
「蒸す?ですか」
「蒸し料理も無いのか……」
「米はあったぞ」
「おぉ!」
「忍は料理出来るのか?」
「まぁ、甘いのは好きだし、プリン作るぐらいなら」
「今度教えてもらっても良いですか?」
「かまわないよ。ワタシもこっちの料理とか色々聞きたいし」
忍もサクラも自然と話をしている。
見た目はまぁ、この世界だと普通だけど、向こうじゃヤンキーだしなぁ。
「トール様、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
正面に座っているアリスさんが、空になっていた俺のカップに水を入れてくれる。
アリスさんも考えたら謎な人だな。
今日は一騎打ちから甲蟲で、そして忍まで色々あったけど、アリスさんと会って話しをしてからまだ半日ぐらいなんだよなぁ。
「アリスさんはどうしてチュールに?」
「アリアンロッドで武者修行ですわ」
竜機士としては、武者修行もあるだろうなぁ。
身なりをいい、雰囲気といい良い所のお嬢様ぽい気がする。戦術機関士のルーリさんもお嬢様って言ってたし。
ちなみにルーリさんは魚料理の骨を一心不乱に取っている。
「俺は、まぁアレなので、実はあんまり竜機兵に詳しく無いんですが、黒狼と戦ってみてどうでした?」
アリスさんは目をぱちくりすると、急に笑い出した。
え?なんで?
「ウフフ……いくらお互い竜機士でも、女性相手にそこからですか」
「トール君らしいわ」
「ですねぇ」
「いえ、すいません。いつもは容姿を褒めていただいたり、もっと艶のある会話が多いので何か新鮮ですわ」
アリスさんがそう言うと、何故かリーアさんとレリムさんが頷いている。
「いやまぁ、俺にはサクラも居ますし、元の世界じゃいきなり女の人の容姿を褒めるとかは無いですから」
日本人で高校生で彼女無し暦=実年齢だし。
「まあ、奥ゆかしいのですね」
アリスさんが微笑みながら言う。
「徹は奥さん怖いんじゃないの?ヒモだし」
ヒモはしかたが無いとして―――コワクハナイヨ。
サクラが「嫌な予感が……」と呟いてる。
「ま、サクラは第一婦人なんだし、もっと余裕があったほうが、トール君に可愛がってもらえるぞ」
ヴォルトさんがフォローなんだかよくわからない事を言う。
「そうでしょうか?」
サクラがそう聞くと、ヴォルトさんが頷いた。
「第一婦人って?」
忍が聞く。
「あぁ、この世界って一夫多妻が普通らしいんだよ。ちなみにヴォルトさんは奥さん四人居て……」
「はぁ~い。第一婦人で~す♪」
「えと、第四婦人です」
酒精が入っているのか、ご機嫌なリーアさんとレリムさんが手を上げる。
ちなみに、第二第三婦人はレーヴの家に居るんだそうな。
「マジかよ……」
まぁ、いくらヴォルトさんが40代のチョイ悪系イケメンオヤジでも、日本人からしたらそう思うよな。
……特にレリムさんが!
皆で久々にちゃんとした食堂で食事をして、一部酒精が入ってる人も居たけど、商隊の元に戻った。
竜機兵は今日の一騎打ちと甲蟲の実戦があったので、軽く整備をする。
その後、各々テントを張ったり、街中だが、歩哨を立てたりして寝るための準備をした。
忍は今日はレリムさんと寝るらしい。
「ちょっと良い?」
俺が見張りのために焚き火の前に座っていると、忍が声をかけてきた。
「どうした?」
忍は俺の横に座る。
「今日はありがとう」
今日、何度目かのお礼を言われる。
「忍と俺が立場が逆でも助けてくれただろ?」
「まぁそれは……」
多分、日本人的な何かがあるんだと思う。
ファンタジーでもゲームでは無いこの世界で、それこそゲームや小説の中の勇者や主人公みたいに、力を使って自分の好きなように生きていくのは楽かもしれないが、俺には無理だ。
「この先の事もあるし、お互い様じゃないかね」
「この先か……やっぱり帰る方法は無いのね」
「……多分」
俺はコクヨウさんに言われた事を正直に話す。
「そっか……」
俺は多分、この世界で生きて行く事をすればするほど、地球に帰れなくなる気がする。
日々が忙しすぎて、前に進む事の方が地球の事を思い出す事よりも重要になっているし、サクラの事もある。
忍は黙って焚き火を見ている。地球の事を色々思い出しているのかもしれない。
忍の瞳から、一粒の涙が流れる。
「……ねぇ」
「何?」
「ちょっと明日、付き合ってくれない?」
「どこに?」
「えーと、街の外縁部に荷物を取りに行きたいんだ」
「了解」
忍はそう言うと、涙をぬぐって立ち上がる。
「じゃあおやすみ」
「おー、おやすみ」
忍はそう言うと、テントの方に歩いていった。
「……で、アリスさんも俺に用事ですか?」
さっきからこっちを伺っているアリスさんに声をかける。
「ええ、ちょっとお話をしたいと思いまして」
「どうぞ」
座るのを薦めると、アリスさんは俺の正面に座った。
「トール様はこれからどうされるのですか?」
「どう、とは?」
「まれびとの皆さんを集めてですわ」
うーん、先のことはまだ考えてないなぁ。
「まだ、そこまでは考えていません。と、言いますか「考えられません」ですね」
正直に言う。
「まれびとは、この世界に色々な新しい物を与えてくれますが、ある意味危険な側面もあります」
「……らしいですね」
前にコクヨウさんが言ってた事だな。
「少なくとも、俺は皆を集めてどうこうしようとは今は思っていません。誰かの指示でやってるわけでは無いので、判断材料が少なすぎますし、ヒュリオンのまれびとがどんな人でなのかもまだ分かりませんしね。会って話をして、それからですね」
アリスさんは俺の方をじっと見ている。
「俺は子供の頃から、運動ばかりしていて、あんまり頭が良くないと思いますし、こんなわけの分からない場所で失敗はしたくないので、慎重にはなります」
「……なるほど」
「まぁ、まれびとも俺一人だったなら、ドール村で農民か漁師かになってたかもしれませんね」
実際、黒狼も無く、レギスさんの商隊であの制服を見なかったらそうなってたと思う。
「わかりましたわ。トール様、ヒュリオンまでよろしくお願いしますね」
アリスさんはそう言うとにっこり笑う。
俺はアリスさんの笑顔をどこかで見た気がした。
「……アリスさん、どこかで会った事ありましたっけ?」
「ウフフ……。女性を口説くには定番ですけど、少なくともわたくしとトール様は今日初めて会いましたわ。では、おやすみなさいませ」
「おやすみなさい」
そう言うと、アリスさんは自分達のテントに向かった。
アリスさんには、注意しといた方がいいかなぁ。
悪い人では無さそうだけど、何か隠している気がする。
俺一人だと何とかなるかもしれないが、サクラや忍を巻き込むわけには行かない。
しかし、今日は疲れた。
一騎打ちの事、甲蟲の事、アリスさんの事、忍の事。
それぞれの事を思い出しながら、焚き火が消えないように薪をくべる。
密度の高かった一日が終わる……。
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