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午前中は各二人組で校内のあちこちを廻り、午後からは役員全員が集まり昼食会と学校紹介のスライド上映が行われた。
午後三時、一日かけての交歓会は終わった。一般生徒より少しだけ早めの下校となる。
梛女子高校の級長達は青葉高校の副級長達に校門まで見送られ、梛女の生徒会長が挨拶した。
「秋の文化交歓会もどうぞ宜しく」
同じクラスの男子と女子もそれぞれ挨拶を交わす。その場で、一同は解散した。
「ねーねー、何か食べてかない?」
有美が一年生の少女達に声をかけ、半数が頷いた。琴巳は腕時計を見る。
「ごめん。今日はやめとく」
「えー、残念」
唇をすぼめる有美に、ごめん、と琴巳は両手を合わせる。有美は、窺うように顔を傾けた。「今晩、ホントに電話して平気?」
「それは大丈夫。九時だよね」
「琴りん、愛してるっ」
有美の投げキスに、ありがと、と琴巳は笑みをこぼす。同級生には手を振り、先輩には会釈して、琴巳は青葉高校を出た。
時計の針は着々と四時に向かっている。急がないとスーパーのタイムサービスを逃してしまう。花の女子高生になっても、家での琴巳の役割は変わらない。
歩道橋の所で、加賀さん、と慌てたような男性の声に呼び止められた。振り返ると、何組かは忘れたが、飛騨と自己紹介していた二年生の副級長が駆け寄って来た。
「あのさっ、ケータイのメアドか番号、教えてくれないかな」
俺のはこれ、と紙片を差し出され、意図を察した琴巳は困った。
「わたし、ごめんなさい、受け取れません」
申し訳無い気持ちを抱えて言うと、駄目? と飛騨少年は歪んだ笑みを見せた。すみません、と琴巳は頭を下げる。
そこへ、第三者の声が入って来た。
「先輩、加賀は俺と交換したもんで」
琴巳はきょとんとしてしまう。飛騨の後ろから、武が姿を見せた。朝倉にしてやられたかー、と飛騨はぼやく。すいません、と武は軽く頭を傾けてから、こちらを見た。「送る」
「え、と……」
好きな人がいることを、琴巳は言えなかった。いま口にしたら、今日一日世話になった少年の立場が無くなってしまう。
武が歩道橋を上がり始め、琴巳は他にどうしようもなかった。飛騨にもう一度頭を下げてから、広い背中を追いかける。
栩麗琇那と殆ど同じ位置にある頭を見上げ、琴巳は何を言えばいいのか判らずに口を開閉させた。階段を上りきって、やっと声を出す。
「助けてくれて、どうも、ありがと」
「助けたことになるのか?」
単純じゃない返事に、え? と琴巳は聞き返した。少年は振り返り気味に、付け加えた。「間に入ってしまっただけだ」
「……そうなの」
「そうだよ」
武の頬が赤く見えた。日が長くなってきている季節だ、夕焼けに染まっているのではなかった。「たった半日で……畜生――」
琴巳は、止めなければいけないと知っていた。口にすると、確信してしまうのだ。
「朝倉く――」
武は、きっ、と振り向いた。こちらを見据え、怒ったように告げる。
「好きになったんだよ、加賀が」
制止が間に合わなかった琴巳は、どんな顔をしていいのか定められなかった。真剣な少年の目を、受け止められずにうつむく。
「わたし、好きな人、いるの」
琴巳は、蚊の鳴くような声しか出せなかった。「だから、送るのは、飛騨先輩に見られなくなる所まででいい」
黙っている少年の拳を見ながら、ごめんね、と言って琴巳は口をつぐんだ。
武はややして、ぎゅっと拳に力を入れた。絞り出したように、解った、と低い声が言った。
「途中まで送る」
「……うん。ありがとう」
「家、どっち?」
「美羽馬の方」
琴巳が答えると、武は歩き出した。空目づかい気味にその背中を見て、琴巳も歩き出す。
「馬安中?」
背中越しに問われ、琴巳は応じる。
「ウチの中学を知ってるってことは、朝倉君も、割と近くから通ってる?」
「俺は蘇座中だった。今は蘇座駅前から市バスで来てる」
「じゃ、楡花代ちゃんて、知ってる?」
「知らない」
「そか……馬安小から蘇座中に行ったんだけど」
「……あまり、女子、好きじゃないから」
武は、うつむいたようだった。「群がってキンキン声で喋りまくる割に肝心のことはちっともできないで、そのくせ、泣けば許されると思ってる」
「そ、そっか……」
そういう風に映るものなのか、と琴巳は瞳を上向ける。武は、けど、と続けた。
「加賀、違うな」
「え――えぇー? わたしもお喋りだよぅ。すぐ涙腺緩むし」
「違う」
断言すると、武はこちらを見た。「違うから好きになった」
どきっとした。顔がほてってきて、琴巳は焦ってしまう。
武は、歩みがのろくなった。ちょっと当惑したような顔をする。
「顔、赤い」
琴巳はぱっと頬を押さえた。
お兄ちゃんに、何だか似てるから――
「わたしっ、ここで――もう、あの、ありがと」
早口に言うと、琴巳は少年を追い越した。思い出し、飛騨の姿を捜す。見当たらないのを確かめ、琴巳はちらっと武に目を向けた。「さよなら」
栩麗琇那が言ってくれない台詞を、武に代弁された錯覚に陥った。抜け出さないと、流されてしまいそうだった。
琴巳は、小走りに商店街まで走り続けた。人込みに入ると安堵して、胸元を押さえる。
自分が怖かった。揺るぐなんて思いもしていなかった気持ちが、揺れてしまった。
傍に……お兄ちゃんの傍に……
口の中で繰り返し、琴巳はタイムサービスも忘れ、ひたすら家を目指した。
翌朝、琴巳は木曜以外の待ち合わせ場所で順子と合流し、学校に向かった。話題はやはり、昨日の交歓会となる。
どうだった? と順子は尋ねたが、先ず女子校でのことを話してくれた。
「五組の級長クンがなかなかだったもんで、リっち、フィーバーしてたよー。クラスみんなで、落ち着けー、って囁き合ってさぁ」
理佐の様子がありありと想像できて、琴巳は頬が緩む。
「級長クン、びっくりしてた?」
「腰が退けてたね、あれは」
笑ってしまう琴巳の横で、でもさ、と順子は続けた。「いい相手なら親しくなりたいもんだし、リっちとしては大真面目だったんだよね。見送りの頃には、一生懸命さが伝わったみたい」
「わ。じゃ、上手くいったの?」
「これからだろね。メアド交換できたのー! って、教室まで報告に来たよ」
順子は人差指を立てる。「どうしてあんな子がー? って、陰で悔しがる子等も居たけどさ、リっちはちょっとオーバーなだけで、素直なトコがイーよね」
うん、と琴巳はえくぼが浮かぶ。確かに、彼女を憎めないのはソコだ。
鞄を後ろ手に揺らし、順子は横目にこちらを見た。
「琴巳、あっちの誰かから、メアド交換してくれって、言われなかった?」
武の目が浮かんで、琴巳は肩をすくめた。昨夜の電話で珠洲や有美から聞いた話を並べてしまう。
「そういえば、一組の珠洲ちゃんは、リっちと同じで副長クンと気が合ってるんだって。今度どっか行こう、って約束したんだって。六組の有美ちゃんを案内してくれた副長クンは、いい人らしいけどそこまでの感じじゃないみたい」
「……ふぅん」
明らかに話を逸らされたが、順子は問を繰り返したりしなかった。「兄ちゃんが言ってたよ、交歓会なんて役員限定の見合いみたいなもんだ、って。当たらずも遠からずって感じだねぇ」
琴巳は、ホント、と苦笑いする。
「カレシやカノジョを募集してない人にとっては、ただ隣の学校をグルグルするだけだけど」
再び昨夜の会話を思い出し、琴巳はそれを口にした。「そう、大変だったの。男子校だから、女子トイレが少なくって。教員用と、学食の小母さん用と、後は来賓用だけなの」
順子は、あぁー、と手を打つ。
「じゃ、生理来てる人、キツかったろうね」
「そうそう。別にそうでなくても、休み時間になると、みんな、トイレに集まってて」
琴巳は頬に指先をあてる。「近くで待たされてる男子の姿が哀れだった、って珠洲ちゃんが」
あははは、と順子は声をあげて笑う。親友が笑ってくれてホッとした琴巳は、道の先に目をやって足が止まった。
見えてきていた歩道橋の所に、長身の少年が立っている。栩麗琇那のように、立っているだけで品は醸していなかったが、すっとした立ち姿はそっくりだった。
笑いながら歩いていた順子は、隣に琴巳の姿が無くなって視線を巡らせた。振り返り、どうかした? と声をかけてくる。
琴巳は横道に目を走らせ、順子の陰に隠れるようにして寄り添った。
「ヨリちゃん、わたし、遠回りしたい」
「へ?」
順子はせわしく瞬きしてから、手首を返して目を落とす。「まぁ、うん。間に合うから、そうしよっか」
「ごめん――ごめんね」
友人の袖をきゅっと握って、琴巳は謝る。そんな謝ること? と順子はおどけた口調で言い、横手の道に足を向けた。
「この前帰った時に開拓したコースだよね。朝は違う感じがしそう。わくわくぅ」
レッツゴー、と順子が手を上げ、琴巳は顔をほころばせる。
少年は、そのうち歩道橋の上がり口に立った。少しでも、道の向こうを見渡そうとする風情だった。そうして時間ぎりぎりまで佇んで、一つ息をつくと階段を駆け上がって行く。
「ほれーっ、もっとダッシュしろーっ」
校門を閉めようとする教師の声が通りの方まで響き、少年は速度を上げていった。
昨夜、琴巳は有美に、興味津々の口ぶりで尋ねられた。
[琴りん、朝倉君に電話番号とか訊かれたの?]
『え――』
[歩道橋降りてちょっと行った所でぇ、琴りん、朝倉君おいて走って行っちゃったでしょ]
『め、目立ってた?』
[んーん? 何処寄るか決めてー、みんなと男子校通りに出たら、琴りんが走ってくトコだったの。朝倉君、追っかけようかどうしようか迷ってるような感じだったのね。結局、回れ右して行っちゃったんだケドぉ。朝倉クン敗れたり、って珠洲りんが言ったわ。正解?]
『……う、うん』
[きゃ、良かった。琴りん、まだ誰のモノにもならないでね]
『たはは。有美ちゃんたら』
武絡みの話はそれだけだったけれど、琴巳は気になっていた。彼が迷ってるような感じだったと言う点が。
赤らめてしまった琴巳の顔を見て、武は何を思っただろう。変に誤解していたらどうしよう?
今朝、歩道橋のたもとに立っていたのは武だった。
貴重品袋を用意しながら、琴巳は溜め息をつく。次の時間は体育だ。
クラスメイトの財布などを袋に預かり、琴巳は順子と体育教官室に入った。袋を担当の教師に渡し、部屋を出る。出た所で、前の時間に体育だった有美に会った。
「あっ、琴りん達、これからね」
額に汗を浮かべ、有美は歯をこぼす。「昨夜はホントにありがと。お蔭でプリント間に合った」
「良かった」
琴巳はえくぼを浮かべたが、次の台詞に表情が固まった。
「そうそう、今朝さ、朝倉君が女子校通りに一人で立ってたでしょ。歩道橋のトコで。何やってたんだろね」
大型車が走る車道を挟み、青葉高校側の歩道は〝男子校通り〟、梛女子高校側は〝女子校通り〟。二校の生徒間での俗称だ。
すぐに琴巳が答えられずにいると、順子が代わりに口を開いた。
「あたしら、今日、歩道橋の前、通らなかったんだわ。遠回りしてみたから」
「あ、じゃ、見てないか」
有美は合点したように頷いてから、順子を上目づかいに見た。「狡いわ、ヨリりん。わたしの琴りんと遠回りだなんて」
「へへー。琴リンの御希望でねー」
順子がにやにやして、有美はぺしぺしと友の腕を叩く。今度はわたしと遠回りしようね、と甘えた声で告げ、有美は教官室へ入って行った。
モテるねぇ、と順子は琴巳の腕を肘でつつく。つついて、さらりと言ってきた。
「朝倉君とやらだな。遠回りの原因は」
びくっと琴巳は身をすくめた。順子の腕に手をかけてうつむく。
「こ、怖かったの」
「五組の副長?」
頷く琴巳の頭を、順子はぽふぽふっと叩いた。「メアドとか訊かれたわけ?」
「訊かなかったけど……」
琴巳はふるふる首を振った。「怖いの――ごめん、思い出したくないの、お願い」
「――解った」
順子は、心配そうに琴巳の目を見つめてきた。「平気?」
琴巳は、順子の目を見返した。しっかりしろ、と自分に発破をかける。
「ごめんね、今朝、付き合わせちゃった」
「いいってコトよー」
順子が肩を抱いてきて、琴巳は強張っていた頬を緩めた。
その日の放課後、他愛ない事々を喋りながら、琴巳は順子と学校を出た。明日から三連休。楽しみにしている四日は、明後日だ。
「お兄さんが羨ましー。琴巳の豪華弁当いいな」
「今度、ハイキングに行かない?」
琴巳は思いつき、半ば笑いながら言う。「〝青大公園〟に」
「あはは。何だ君達は、って訊かれたら、大学見学でーす、って?」
二人は笑いながら角を曲がりかけた。急に、順子が琴巳の前に腕を出す。「待った」
何? と訊きかけた琴巳は、武を思い出した。
「だ、誰か立ってる?」
「うん。青高生が、歩道橋の所に一人で居た」
どくりと胸が鳴って、琴巳は足が震えてきた。
ヤだ――わたしを待ってる? 違うよね!?
「琴巳、今朝の道を行く?」
「ご、ごめんね、ヨリちゃん」
「謝ることじゃないのー」
つんと額をつついてきて、順子は呆れたように言った。「遠回りって言っても五、六分の違いじゃん」
少女二人は道を返すと、別の角を曲がる。
紙一重の差で、少年が先刻の角に走り込んで来た。大きく息をつき、くしゃっと前髪をかき上げる。
「気の所為か」
横手の塀に拳を当て、少年は唇を噛んだ。もどかしげにアスファルトを蹴る。大きく避けて通り過ぎて行く女生徒達に気づくと、少年はむすっとした顔で歩道橋へ戻って行った。




