兄の視点 笑ってごらん (第1話「ねぇ、一緒に写って!」より)
本編第1話「ねぇ、一緒に写って!」と同時間軸の、兄視点エピソードです。
父さんと妹と過ごす、夜のリビング。
俺は今夜もソファで、妹の隣に寝そべる。
父さんは一人掛けの椅子にすっぽりと体を沈めて、俺の話を面白がって聞いている。
穏やかな微笑みを絶やさない人だが、父さんは笑い上戸だ。
ときどき顔を目に涙を浮かべて、大笑いする。
俺がこんなに楽しい話をしているのに、妹は今夜もタブレットに夢中だ。
生まれてからずっと──ほんの数ヶ月前までは、俺が何を言っても、父さんみたいに笑い転げていた妹。
けれど最近は、何を言っても硬い表情ばかり。
構ってやっても無理ばかりして、怒ったように顔を見せる。
以前は笑っていたのに、今は無表情、無反応。
俺の十一歳の頃なんて、朝から晩まで笑ってばかりで、無表情なんて出来やしなかったのに。
女の子って、気難しいのかな。
──それとも、何かあったのかな。
「お兄ちゃん、お父さん。」
妹が突然、こちらに向かって呼びかける。
抱えていたタブレットのSNS画面を、俺と父さんに向けて見せてくる。
「私とこういう写真を撮って!」
検索画面には、笑顔で写る家族写真の数々。
子どもたちも、幸せを誇るような笑顔で写真に収まっている。
(俺と父さんはいいとして、お前にこんな顔が出来るかぁ?)
最近の妹の様子からして、この顔が出来ると想像出来ない。
(どれ、俺が一肌脱いで、お前を笑わせにかかってやろうか。)
つい最近まで、俺で笑わないなんて出来なかった妹。
(ちょーっと俺が本気を出したら……。ふふふ。)
妹が、脳内を読んだとばかりに真顔になって警戒してくる。
女の勘ってすごいんだな。
「家族写真かな。みんないい顔をしているね。」
父さんがいつもの優しい声で、優しい言葉を妹に向ける。
「撮ってどうするの? SNSにアップするの?」
画面をスクロールさせながら聞いてみる。
(顔出しするつもりか? 大丈夫かな。)
「決めてないけど欲しいの。今しか撮れないって感じの写真が欲しい。」
なるほど……。
「この子、可愛いじゃん。」
俺は、まさに妹がしてみせてくる顔を見つけて、画面を指差した。
仏頂面の女の子が、笑顔の家族に囲まれている写真。
父さんには通じたらしい。
吹き出して、その女の子を優しく見つめている。
妹が俺を睨む。
ますますその子そっくりで、俺も笑ってしまう。
「私こんな顔してないもん。」
(してるよ!)
「いいよ、じゃあ撮ってみよう。この顔が……ふはは! 写らないか試そう。」
俺はタブレットを操作し、カメラ機能を起動させる。
父さんに促された妹が座り直し、俺と父さんの間におさまる。
俺は画面に全員が入るように調整した。
「ほら、撮ろう。さん、に、いち……。」
(シャッター音)
【写真】やっぱり硬い笑顔を作った妹と、真顔の俺、穏やかな笑顔の父さん。
妹がすぐさま、隣の俺を見上げて睨む。
また仏頂面だ。
怖く睨んできて……、いや、こんなに怖くない睨みがあるのか。
(可愛いなぁ……。)
「みんなが笑顔の写真がいいの! お兄ちゃん、笑ってよ。」
しかめっ面で怒ってみせる妹。
「ははは! ほらカメラ見て。さん、に、いち……。」
(シャッター音)
【写真】今度もカチコチの笑顔を作った妹と、しかめっ面の俺、穏やかな笑顔の父さん。
「ねえ! お兄ちゃん! もう、ちゃんとやってよ!」
(シャッター音)
【写真】俺に向かって目を釣り上げて怒る妹と、大笑いする俺、顔をほころばせて見守る父さん。
「やだ! やだやだ、あーあ、もう!」
妹は「やだ」を三回も繰り返し、俺をソファに押し倒した。
来たな? さあ、これから構ってやるぞ──と思ったのに、俺の腕をすり抜けて駆け出す。
隣室の母さんのところへ、そのまま行ってしまった。
(やりすぎた……!)
起き上がる俺を制して、父さんが声をかける。
「大丈夫だよ。お母さんのところに行ったんだから。あの写真みたいな笑顔を引き出してやりたかったんだろう? ──あの子は最近、前みたいに笑わなくなったからなぁ。」
父さんは、わかって笑っていた。
「お母さんのところから戻ってきたら、今度は笑顔はあの子に任せて撮ってやろう。」
「うん……。」
父さんの穏やかさに、妹を追いかけるのをやめる。
戻ってくるまで落ち着かないが──。
俺は大人しく、あの子が見ていた家族写真をスクロールして眺めていく。




