第5話 笑顔は誰が……
「笑えない笑えない! 笑えないの!」
少女は泣きながら、駄々をこねるように兄に怒りをぶつける。
「私はお兄ちゃんと違うの。いつもいつも笑顔じゃないの。──笑うと変になっちゃう。」
父親が少女にティッシュ箱を手渡し、何枚か引き抜いて少女の涙を拭う。
「変じゃないよ。とても可愛いと思うよ。」
少女が、大きく首を振る。
「だって……。だって……。」
「──誰かに何か言われた?」
兄が聞く。
ティッシュを引き抜き、少女の鼻を乱暴に拭く。
「ううん。誰も何も言わないけど……。」
父親がほっとしたように息を緩める。
「最近笑顔が少なかったね。小さい頃からよく笑う子だったのに。」
「俺の前では、よく笑ってるよなぁ?」
同意を求めるように言われて、少女は涙目で兄を睨む。
「お兄ちゃんには怒ってるの! 私はお兄ちゃんに笑ってないよ。」
「わかるよ。難しくなった。でも俺は──。」
兄は、少女を指でつついてくすぐる。
少女がたまらず笑い転げる。
「……ほら。ちゃんと見てるし。」
少女は兄の手を押し返して、ソファに座り直す。
「それは無理やり笑わせてるだけだよ。」
少女の涙は止まっている──。
「そんなにいつも笑えないよ。何もないのに笑うの変だし。笑うと変な顔になっちゃう。」
「じゃあ変じゃない顔してみろよ。やってみろ。」
兄にけしかけられて、少女は負けじとすまし顔を作る。
「……こんなに変じゃない顔は、見たことがない。」
「やめて。」
「いいじゃん、それで写真撮ろうよ。」
兄はソファの背もたれに頬杖をつき、イタズラっぽく目を光らせて笑う。
少女は俯いて口を尖らせる。
「──私は、みんなと笑ってる写真が欲しいの。」
「撮ろうよ。」
「……。」
父親が少女に微笑みかけ、背に手を添える。
「撮ろうか。」
兄と父親が、少女の返事を待つ。
「──うん。」
少女は顔を拭き、派手な音を立てて鼻をかむ。
今度は自分から、兄と父親の間に座って並ぶ。
兄がタブレットのカメラを起動し、三人を画面に映す。
「撮るよ。さん、に、いち……。」
(シャッター音)
【写真】笑顔を作った少女と、小さく微笑む兄、穏やかな笑顔の父親。
「……。」
少女はまっすぐ、写真の自分を見つめる。
兄はカメラ機能をいじる。
「お兄ちゃん。」
「はい。」
「もう一回撮って。」
「はいはい。」
兄がすぐカメラ画面に戻す。
「撮ります。さん……。」
三人が見つめる画面の中央で、──少女が突然、とんでもない変顔をしてみせる。
「に……。」
室内に、一瞬の静寂が落ちる。
「……いち!」
(シャッター音)
シャッターを押した兄の手がバランスを崩して、写真は少し傾いていた。
【写真】顔をクシャクシャにして笑う兄と、驚きで笑顔が崩れる父親、──勝気に目を光らせ、美しく微笑む少女。
少女が素早くタブレットに指を伸ばす。
(シャッター音)
カメラはバランスを崩したまま、もう一枚写真を収める。
最後の写真には、同じ顔で目を丸くした兄と父親の笑顔。
そして、──二人の間で無邪気に笑う少女が写っていた。




