第2話
「お母さん。お母さん、今忙しい?」
少女の呼びかけに、ゆっくりと顔をあげる母親。
少女の怒り顔に、母親がイタズラっぽく目を光らせて微笑む。
「楽しそうね。」
「ちっとも楽しくない。お兄ちゃんが嫌なことをしてくるよ。」
「何があったの?」
「家族みんなで笑ってる写真が欲しいの。ネットにあるみたいな写真が欲しい。」
椅子に座っている母親に、少女が体を預けるように寄りかかる。
「お兄ちゃんが意地悪するよ。笑顔で写ってくれない。……ねえ、お母さんも一緒に写って。」
母親は少女を抱き寄せて、自分の膝に座らせる。
「私は参加しない。お母さんがカメラ嫌いなの知っているでしょう?写りたくないの。」
少女の母親は、いつもカメラを嫌う。
少女が知る限り、母親は写真も動画も一緒に写らない。
この家の家族は少女も含めて、この母親はそういう人だと自然に受け入れてきた。
「お父さんはお兄ちゃんに何も言わないし、私だけじゃ上手に写れないよ。」
少女は恥ずかしげに目を伏せる。
「──私は、あんまりきれいに笑えないみたい。」
ポツリとこぼす少女に母親は笑い出し、少女を可愛くてたまらないという様子で抱きしめる。
少女の母親はいつもこうだ。
少女が言うこと為すこと、全部喜んで笑い出す。
少女はそれが嬉しくて、母親の笑い方が好きだった。
「お母さんみたいに笑えればいいのに。あんまりお母さんと私は、笑顔が似てないね。」
母親にされるがままに抱きつかれながら、少女がぼやく。
「お父さんも、お母さんの笑顔をいつも褒めてる。お母さんみたいな笑い方をする人、あんまりいないんだよ。」
母親は少女の髪を撫でて、おかしそうに少女の言い分に耳を傾ける。
「私だって、いつもあなたの可愛さを褒めているよ。それに、あなたはどんな顔でもいつも素敵じゃない。」
少女は、満更でもなさそうに照れ笑いが隠せない。
「どうして思い通りに笑えないの?私の笑顔は変なんだよ。」
少女は母親に打ち明ける。
「笑顔だけど、なんか変。でも、他の笑い方をするとグチャッて崩れた感じで、それは嫌なの。」
「──誰かが、あなたの笑顔をそう言ったの?」
「ううん、誰も……。別に誰も、私の笑顔のことを、何とも言わないよ。」
少女は母親を見る。
「お母さんはどうやって笑ってるの?笑顔を練習しているの?」
「まさか。私は鏡だって、出来るだけ見たいと思わないのに。」
母親は少女に微笑む。
「お化粧だって、パーツだけ見て自分を見ないようにしているの。」
「お母さんは自分の顔が、どうしてそんなに嫌いなの?」
「よくわからない。知ろうとしたけどわからないまま、この年まできちゃった。」
「お母さんはきれいだよ。笑い方もすごくきれい。鏡が好きな人もいっぱいいるのに。」
「見たくないものが、いっぱい見える気がするの。──あなたも同じ?」
「うーん……。ううん、私はカメラも鏡も嫌じゃない。自分の顔も好き。でも、笑顔は上手じゃないよ。」
母親がまた笑い出し、少女を愛しそうに抱きしめる。
「鏡も見ないで、お母さんはどうやってその笑い方を覚えたの?生まれつきずっとなの?」
「私は、笑顔の下手な子供だったよ。笑うことが嫌いだったの。何だか変になっちゃうから。」
母親が少女を指でつついてくすぐる。
少女がたまらず笑い転げる。
スッと筆で描くように、母親は言葉を続ける。
「でも私は、天女の笑顔を見たことがある。たぶん、そこで変わったのよ。」




