33話 生活基盤への侵入
――数か月後。
変化は、静かに、だが確実に広がっていた。
「最近さ、これ使ってる?」
カフェの一角。
若い男が腕を軽く振る。
何もない空間に、淡く光るウィンドウが浮かび上がった。
「ノアってやつ」
向かいの女が目を細める。
「それ、すごいんでしょ?」
「ああ。意味わかんねえよな」
男は苦笑する。
「でもさ、これ一個で全部できるんだよ」
連絡、買い物、仕事、決済。
「もうスマホいらねえ」
――別の場所。
オフィス。
「売上が落ちています」
重い声が響く。
「原因は?」
「……ノアです」
資料が机に置かれる。
「既存のサービスが、すべて置き換えられ始めています」
「加えて――」
一人が言葉を継ぐ。
「各地に設立された“ノア整備会社”ですが」
「待遇が異常です」
別の資料が開かれる。
「手取り三十五万、残業なし、週休三日」
「人材が流れています」
沈黙。
「……ふざけてるのか」
誰かが吐き捨てた。
――また別の場所。
ニューススタジオ。
「現在、“ノア”と呼ばれる新型端末が急速に普及しています」
「さらに、世界各地に設立された関連企業においても、異例の高待遇が話題となっています」
画面が切り替わる。
「なお、開発者については――」
一瞬の間。
「過去に一時的に話題となった人物、“小野タカシ”であることがほぼ確定しています」
スタジオにざわめきが走る。
――ネット上。
『あの人じゃね?』
『前に話題になったやつだろ』
『なんかやばい力持ってるって噂の』
『いやでもさ』
『これ、普通に便利すぎない?』
『無料でこれって意味わからん』
『しかも働いてる人めっちゃ待遇いいらしいぞ』
『……あれ?』
『もしかして、こいつ』
『人類の味方じゃね?』




