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理事長、説教を忘れる

……オルガとの、地球の命運を賭けた「世紀の密約」が交わされた数時間後のこと。


柊暁は、午前中の緊張感とはまた別の意味での頭痛に悩まされていた…。


執務室のデスクに広げられた報告書には、学園の二大巨頭――吹奏楽部副部長の古井座一見と、美術部部長の紫鳳院麗華の不仲が、周囲の生徒に悪影響を及ぼしているという、現場の教師たちの悲鳴にも似た訴えが並んでいた。



「やれやれじゃのう……。宇宙艦隊の次は、女子中学生の派閥争いか。どちらも一歩間違えれば、この箱庭(学園)が崩壊しかねんわい…」



以前、暁自ら仲裁に入り、表面上は和解したはずであった…。


しかし報告によれば、廊下ですれ違うたびに火花を散らし、互いの部活動を牽制し合う冷戦状態が続いているという。暁は重い腰を上げ、二人を理事長室へ呼び出すことにした。











――放課後。


理事長室の前で、一見と麗華は鉢合わせた。



「……あら、紫鳳院先輩。あなたも呼び出しを? 掃除でもサボったのかしら」


「お黙りなさい、古井座さん。理事長がお呼びなのは、あなたのその無駄に鋭いトーンのサックスが近所迷惑だからではなくて?」



バチバチバチ!



互いに睨みつけ火花を散らす二人。しかし、一見の脳裏にある懸念がよぎった。



「……紫鳳院先輩、お待ちを……。私たち、以前の『和解』が嘘だとバレたのではないかしら。ここで再び理事長に叱責されれば、部活動への予算配分や、コンクールの推薦に響く可能性がありますわ」


「……うっ…確かにその可能性はありますね。…そう考えたほうが良いかも…不本意ながら同意しますわ。理事長はあの通りの、底知れぬ実力者。お茶を濁す程度では通用しませんわね」



麗華が顎に手を当てて考え込む。



「…古井座さん。ここは一時休戦……いえ、『演技』による共同戦線を張りましょう。私たちが『これ以上ないほど親密である』という証拠を、入室の瞬間に叩きつけるのですわ」


「…それは良いかも…いいでしょう。でも、普通に手を繋いで入るくらいでは、あの方は騙せませんわよ?」



麗華の瞳に、クリエイターとしての奇妙な光が宿った。



「……名案がありますわ。究極の信頼関係、そして魂の共鳴を視覚化する。それは……」


「……まさか、あの伝説のネタを……」


「そうですわ。私は大丈夫ですが、一見さん、心得はありますか?」


「もちろん。小さい頃から英才教育で叩き込まれましたわ。ウフフフフ…」


「オホホホホ!天は我らに味方しましたわ!」











理事長室の中では、暁が厳しい表情で茶を啜っていた。


二人が入室してきたら、まずは一喝し、学園の和を乱す罪の重さを説くつもりであった。



(さて、どう説教してくれようかのう……)



その時、重厚な扉が勢いよく開かれた。



――チャッ、チャッ、チャッ!



どこからともなく、情熱的なリズムの曲が聞こえ、キレのある足音が響く。



「……は?」



暁の目が点になった。


入室してきたのは、互いの背中を預け合い、腕を組み、真剣な眼差しでステップを踏む一見と麗華だった。


薔薇の花を一輪くわえた一見が麗華の腰を抱き寄せ、麗華が優雅に足を振り上げる。二人は一糸乱れぬ動きで、理事長デスクの前まで「タンゴ」を踊りながら進んできたのである。




挿絵(By みてみん)




情熱的なターンを決め、最後は二人で背中合わせになり、指をパチンと鳴らしてポーズを決める。



「失礼いたしますわ、理事長。ご覧の通り、私たち、今はこれほどまでに『呼吸』が合っておりますの(キリッ)」


「ええ、まさに一心同体。不仲など、どこのどなたの妄想かしら(キリッ)」


「………………」



暁は絶句した。


午前中に聞いた「宇宙帝国の皇女」という告白よりも、目の前の光景の方がよほど理解の範疇を超えていた…。



(……なんじゃ、これは。タンゴ……? なぜ、ここでタンゴを踊っておるんじゃ?)



かつて、某刑事ドラマで犯人に手錠をかけられた二人の刑事が、警察署内をタンゴで戻ったという伝説のシーンを見たことがあるが、まさか令和の、それも自分の学園の理事長室でそれを再現されるとは思わなかった。



しかも、本人たちは至って真面目である。



一見は額に薄っすらと汗を浮かべ、麗華は「どうだ」と言わんばかりのドヤ顔でこちらを見ている。麗華がポケットから取り出したスマホを操作、YouTubeの「タンゴ」動画を停止する。


暁は、机の上に置いてあった「厳重注意」の書類を、そっと引き出しの中に隠した。



「……う、うむ。……とりあえず、座らんか」


「ありがとうございますわ、理事長」


「あ、ダンスのフィニッシュのまま失礼しますわね」



二人は、ダンスの余韻に浸ったまま、優雅にソファーへ腰を下ろした。


暁は頭を抱えた。



(……オルガ君の艦隊と言い、満里奈君の『弟子』と言い、この二人の『和解タンゴ』と言い……。ひのきヶ丘の住人は、儂の想像力を軽々と超えていきおるわい……)


「やれやれじゃのう……」



本日二度目の、そして、最も深い溜息が理事長室に漏れた…。


暁は、和解させるための説教を完全に忘れ、ただただ「タンゴの出来栄え」について何かコメントすべきかどうかで、数分間悩み続けることになったのである…。











満里奈「…作者、画像の背景、室内のレイアウトが逆になってるじゃねーか…」


作者「そういうツッコミは無し!」

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