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会長の一手

ホワイトハウスとの極秘回線を切った柊暁ひいらぎ あかつきは、豪華な革張りの椅子に深く身を沈めた。窓の外には、静まり返ったひのきヶ丘の街並みが広がっている。



「……量子ビーム、か」



暁の脳裏に、数日前の奇妙な光景が浮かんだ。それは、自分の孫であり柊家の跡取りでもある柊光ひいらぎ ひかるに起きた、あまりにもシュールで、しかし説明のつかない「受難」だった。


元気に部活動にはげんでいたはずの光が、全身が隙間なく金粉に覆われた状態で発見されたのだ。


本人は「何が起きたか分からない、ただ、凄まじい圧力を感じた」と怯えていたが、現代科学の粋を集めて鑑定しても、その金粉の付着プロセスは一切不明。ただの悪戯にしては、分子レベルでの結合が完璧すぎた。



「…ワシントンのUFO撃墜、そして孫の金粉事件……。これらは点ではなく、線で繋がっておるのではないかのう?」



暁の直感が警鐘を鳴らしていた。宇宙人は、すでにこの「ひのきヶ丘」に潜入している。それも、中学の校内に…ひょっとすると、中学生という擬態を選んで…。



「すでに潜入している前提でいこうかのう…」



暁は即座に、コンツェルンの諜報部門に命じた。



「ワシントンの一件直後に、ひのきヶ丘中学へ転入してきた生徒を洗い出せ」






……結果はすぐに出た。該当者は、ただ一人。


オルガ・リピンスキー。


暁は手元のタブレットで彼女の資料を精査した。



「ほう……。不動産取得から納税記録、両親の銀行口座に至るまで、一点の曇りもない。完璧すぎるほどに『普通』じゃ。だが……」



彼は教師たちへの聞き取り調査の結果に目を細めた。



「担任も校長も、『素晴らしいご両親にお会いした』と証言しておる。だが、その時の写真も録音も一つとして残っておらん。これは、記憶の改竄インプリントを疑うのが筋というものじゃな」



暁はニヤリと口角を上げた。



「ならば、こちらから踏み込んでみるとしよう」















夕暮れのひのきヶ丘住宅街は、いつものように静かだった。


しかし、オルガ・リピンスキーの自宅玄関前には、二人の男が立っていた。


黒いスーツに身を包み、胸に「ひのきヶ丘市役所 資産税課」と書かれた名札を光らせている。


彼らは柊暁の直々に選ばれた、コンツェルン諜報部門の精鋭だった。


表向きは「不動産定期調査」。本当の目的は――「完璧すぎる転入生の両親」をこの目で確かめること。


インターホンを押すと、すぐにドアが開いた。


金髪の少女が、にこやかに頭を下げる。



「……いらっシャイマセ。税務調査デスネ。どーぞ、リビングへ」



調査員A(四十代、鋭い目つき)が一歩踏み込む。



「失礼します。延床面積と内装確認、それからご両親のご本人確認もさせていただきます」



オルガの脳内が、0.001秒で警報を鳴らした。



(マズイデス! ホログラム親父・母投影装置、現在メンテナンス中! 完璧偽装データベースも、今回は使えマセン!)



彼女は笑顔のまま、超高速で計算を回す。


地球文化学習データベースから即座に引っ張り出したのは――



(よしっ!コレならうまく誤魔化せるハズ!)



「あの…」


「……アッ、ハイ! 今、父と母を呼んで来マス。どうぞ、リビングでお待ち下サイ!」



調査員二人がソファに腰を下ろした瞬間、オルガは脱兎のごとく廊下へ消えた。



そして――



ガラッ!


奥の部屋のドアが勢いよく開く。



「んおぉぉぉ!? 役所が何だっていうんだ! 俺は今、ウォッカを飲んでる最中だぞこの野郎!」



調査員Aがビクッと肩を震わせる。



「え、えっと……ご主人様ですか?」



オルガ(ボリス)はドアの陰から顔だけチラリと出し、野太いダミ声で吠える。


オルガは特大フェイクファーコートを羽織り、付け髭を鼻の下にベタッと貼りつけ、声色を一変させていた。小道具は即興で生成したものだが、やはり急造品、少し出来が荒かった。



「書類? そんなもん知るか! モスクワの税務署に言え! 俺はロシアの男だ、税金なんか払わん!」



シュバッ! とドアの影に隠れるオルガ。光学迷彩の歪みが素早く移動する。奥のドアから廊下に回り、隣の部屋へ。


調査員達が待機している部屋のドアが即座に開く。


オルガは金髪ウィッグを被っており、エプロンを首に引っかけ、フライパンを片手に高音ボイスに切り替える。



「ちょっとあなた! お客様に失礼じゃないの! ごめんなさいねぇ、役所の方! うちの主人が本当に気難しくて……あらヤダ、シチューが焦げちゃうわぁ!」



キッチンの方へ消えるオルガ。


同時に、廊下からドタドタドタ! と足音が響く(自ら床を踏み鳴らしている)。



調査員達が顔を見合わせ、冷や汗を浮かべる。



「……?」



今度は本物のオルガの声で、階段を駆け下りる音を演出しながら叫ぶ。



「パパ! ママ! また喧嘩してるの!? 税務署の方がいらっしゃってるのに!」



ドアの開閉音を自ら手でバタンバタン再現。

クッションを壁に投げつけて「ガシャン!」という音まで声で完璧に演出。



「(ボリス声)うるせえ! ナターシャ、俺の靴下はどこだ!」


「(ナターシャ声)自分で探しなさいよこの酔っ払い!」


「(オルガ声)二人ともやめて下サイ! ワタシが困るデス!」



調査員Aが、震える声で言う。



「あの……皆さん落ち着いて……」



すると、オルガ(ボリス)はドアの隙間から髭面だけを出した。



「お前たちには関係ねえ! モスクワじゃ普通だぞ!」



即座に引っ込み、反対側からナターシャ声。



「すいませんねぇ! 本当にうちの主人が……あら、またウォッカ瓶が割れちゃったわ!」



ガシャーンデス!



ピンポーン。


玄関の呼び鈴が鳴った。ドタドタと廊下を走る音。玄関のほうから声が聞こえてくる。



「…やあ、オルガ君。近くで用事があったので帰り際に寄らせ…おぐぅ!?」



打撃音と何かを遠くにぶん投げる音。ドアがバタンと閉められ、ドタドタと廊下を走る音。


調査員たちは完全に青ざめていた。



「…今の声、光様じゃなかったか?」


「…そういえば、今日のご予定…この近くで御学友の誕生会にご出席なさるとか…。しかし、ここに来るとは聞いてないぞ…」


「……」


「こ、これは……どうしようか……また改めて伺うということで…」


「そうしようか。今日のところは引き上げよう…」



調査員達は奥に向かって声をかけると、肩をすくめて玄関へと移動する。


最後にオルガ本人が、ウィッグを半分ズラしたまま廊下から顔を出し、



「ハイ、父と母は今、ちょっと興奮してマス……また後日来て下サイ! サヨウナラーー!」



バタン! 玄関のドアが勢いよく閉まる。


調査員二人は、逃げるように家を後にした。


背後から、



「(ボリス声)税金なんか払わんぞー!」


「(ナターシャ声)あなたったらー!」


「(オルガ声)二人とも静かにして下サイー!」



という三重奏が、夕方の山間部に響き渡っていた。











家の中。


オルガは床に大の字に倒れ、付け髭とウィッグを投げ捨て、荒い息を吐いた。



「……地球の『コント』文化……学習しておいて正解デシタ……。ハァ……死ぬかと思いマシタ……。しかし、あの御曹司…このタイミングで来るなよ…まったく…」










調査員達が敷地から出ると、道路に見慣れた黒塗りのリムジンが停車していた。柊家の専用送迎車だ。


車のそばに運転手とボディーガード達が立っていた。なにやら騒いでいる。


調査員達が声をかける。



「…どうした? 光様の護衛じゃないか? 光様はどうした?」


「それが…光様らしき人影が空を飛んでいったんだ!」


「はぁ!? 何を言ってるんだ!?」


「光様がそこの家にあいさつに寄っていくからとおっしゃられるので…」


「それはいいから、光様はどうしたんだ!?」


「私も訳がわからん! とにかく光様を探すのを手伝ってくれ!」


「どうなってるんだ一体!?」











屋敷の執務室で連絡を受けた柊暁は、思わぬ事態に絶句していた…。


どうやら、孫がまたトラブルに巻き込まれたようだと頭を抱えた。



「やれやれじゃのう…」

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