大統領の演説
ワシントンD.C.、ホワイトハウス。
深夜にもかかわらず、イーストルームには世界中の記者が詰めかけ、重苦しい沈黙とカメラのシャッター音だけが響いていた。
壇上に現れたのは、第47代アメリカ合衆国大統領。彼はトレードマークである赤いネクタイを整えると、厳しい表情でマイクの前に立った。
「国民の諸君、そして世界の皆さん。今日、我々は人類の歴史において、もっとも衝撃的な、そしてもっとも重大な局面に直面している」
大統領は一度言葉を切り、会場全体を射抜くような視線を向けた。
「数時間前、我々の素晴らしいNASA、そして米国の誇る宇宙軍が、太陽系の端で『とてつもないもの』を確認した。信じられないような数だ。10万隻。皆さんは聞いたか? 10万だ。これほどの規模の艦隊は、人類がかつて想像したこともない。SF映画の話ではない。現実だ。今、この瞬間も、彼らは凄まじい速度で我々の地球に向かっている」
記者の間から、抑えきれないどよめきが漏れる。
「私は先ほど、中国の国家主席、そしてロシアの大統領とも電話で話した。我々はこれまで多くの問題を抱えてきた。貿易、国境、軍事。しかし、今はそんなことを言っている場合ではない。この脅威は、アメリカだけのものではなく、地球全体のものだ。私は彼らにハッキリと言った。『今こそ、人類が一つになる時だ』と。彼らも同意した。believe me、彼らもこれまでにないほど協力的だ。そうでなければならないからな」
大統領は、演壇を力強く叩いた。
「現在、国連安全保障理事会は緊急会合を開き、史上初となる『地球防衛国際合意』を採択しようとしている。アメリカ合衆国は、我々の比類なき軍事力、世界最強の科学技術、そして勇敢な兵士たちを惜しみなく投入する。すでに全軍をデフコン2に引き上げた。これは演習ではない。我々の空、我々の海、そして我々の愛するこの星を守るための断固たる措置だ。
同盟国の諸君、特に日本、イギリス、そしてNATOの諸君にも伝えておく。我々の絆は、今この瞬間に、これまでにないほど強固なものとなった。我々は情報を完全に共有し、一丸となってこの『招かれざる客』が敵であれば、これを迎え撃つ準備ができている。彼らが何を求めてここに来るのか、我々はまだ知らない。しかし、これだけは言っておこう。アメリカは、そして地球は、屈しない。
我々には最高のスタッフがいる。世界で最も賢い科学者たちが、24時間体制で奴らの軌道を計算している。奴らは物理法則を無視した動きをしているようだが、我々にはそれを上回る『意志』がある。アメリカ合衆国の強さを、地球の底力を、宇宙に見せつけてやる時が来たのだ。
最後に。パニックになってはいけない。街に出て騒ぎを起こすのは、敵を喜ばせるだけだ。我々は強い。我々には計画がある。神が、この素晴らしいアメリカを、そして我々の故郷である地球を守ってくださるだろう。
詳しい状況については、今後も逐次報告する。今はただ、我々の強さと結束を信じてほしい。サンキュー」
大統領が壇上を去ると同時に、会場は嵐のような質問の渦に包まれた。
しかし、大統領は一度も振り返ることなく、軍高官らが待つ地下シチュエーションルームへと消えていった。
……ホワイトハウス地下の状況室で、大統領は赤いネクタイを緩め、最高機密の直通回線を開かせた。
相手は、柊コンツェルン会長であり、ひのきヶ丘中学の理事長でもある柊暁だった。那須の決戦で九尾の狐を共に捕獲した、唯一無二のビジネスパートナーだ。
『…フォフォフォ…。実に力強い演説じゃった。ホワイトハウスのカメラ映りも、以前より良くなったのではないかのう?」
大統領は苛立ちを隠さず切り込んだ。
「社交辞令はやめろ、アカツキ。今、私の国のNASAがパニックになっている。10万隻だぞ? 10万だ。信じられるか? データが出ている。あの艦隊からの量子通信の『目』が、君のひのきヶ丘市を指していたんだ。また何か始めたのか?」
柊暁はゆっくりとお茶を啜る音を立て、窓の外——ひのきヶ丘中学の玄関ホールに鎮座する、金粉まみれの孫の彫像のレプリカ(記念に複製させた)を眺めながら答えた。
『……心外じゃな。那須での成功報酬であるエネルギー抽出特許は、君の国と折半にしているはずじゃ。隠し事などできんよ。それに、ひのきヶ丘は今、儂の可愛い孫が復帰したばかりで平和そのものじゃ』
大統領は鼻で笑った。
「平和だと? 10万隻の化け物が地球に来るんだぞ! 偵察チームが、那須で古井座の娘が振り回していた『虹色の剣』の波長と、今回の艦隊のスペクトルを照合した。結果は『不一致』だ。つまり、あの艦隊は君の『新兵器』ではないということだ。……アカツキ、正直に言え。君の街で何が起きている?」
柊暁は額を軽く押さえ、ため息をついた。
『スペクトルが違うなら、それは儂の預かり知らぬところじゃな。だが、ひのきヶ丘に何らかの『受信源』があるというなら、こちらでも洗わせよう。柊コンツェルンのネットワークを使ってな』
「ふむ…わかった。頼むぞ。君のところの『特殊な生徒』に不審な動きがないか、特によく見ておけ。もし10万隻が君の庭に着陸するつもりなら、私は迷わず最新鋭の兵器を撃ち込む」
『手厳しいのう。ビジネスチャンスを逃さない君のことだ、彼らが『客』なら、君は真っ先に貿易協定を結ぼうとするはずじゃが?』
大統領は短く笑った。
「もちろんだ。アメリカをさらに偉大にするためにな。だが、そのためにはまず、奴らが君の回し者ではないという保証が必要だった。アカツキ、情報のアップデートを怠るな。また連絡する」
電話が切れた後、大統領は再びモニターの艦隊を見つめた。
アメリカ側はまだ、ひのきヶ丘で敵旗艦をたった432秒で壊滅させる戦術案をたぬきに披露する、オルガという名の転校生が歩いていることなど、露ほども知らなかったのである…。




