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プリズム・ギャンビット

太陽系外縁部、冥王星軌道からさらに遠く。


重力が凍りついたような静寂のなかに、突如として10万隻に及ぶ巨大な鋼の群れが出現した。


ノースライビア帝国宇宙軍・第四艦隊。


1,000メートル級の重巡洋艦が整然と陣を敷くその中心に、圧倒的な質量を誇る「王」が座している。


超弩級旗艦『ペラン・ウラ・サガジス』改め、『ペルセフォネ・デルタ』。


直径5キロメートルに及ぶ漆黒の円盤型船体には、青緑色の発光ラインが幾重にも走り、その中央にはオルガ皇女が自らデザインした「クレマチス(鉄線花)」の紋章が、蒼く輝いていた。



「……例の『招かれざる客』が、向正面から来ます」



艦橋の静寂を破ったのは、幼いながらも「死の先駆者」の異名を持つエレナの声だった。


彼女の視線の先、虚空を切り裂くようにして、正体不明の敵性宇宙軍――その先遣隊約3,000隻がワープアウトしてくる。


エレナは無感情に続けた。



「敵機動部隊、高速戦闘機群を展開。その数、およそ2万。…エンドレス・ハイペリオン隊、全機発進」



エレナの機械的な命令が艦橋に響く。


旗艦ペルセフォネ・デルタの外周部に並ぶ巨大なカタパルトが、一斉に開放された。


暗黒の宇宙へ放り出されたのは、無数の球体型戦闘機。


一機一機が独立した意思を持つかのように、青いスラスターを激しく噴射しながら、網目のような軌道を描いて展開していく。


その機体の側面には、太陽光を、あるいは味方のビームを捉えるための可動式リフレクター・パネルが、まるで蝶の翅のように美しく展開されていた。



「全機、ネットワーク接続完了」


「戦術コード:プリズム・ギャンビット――網を張れ」



パイロットたちの通信が交錯する中、数千機のエンドレス・ハイペリオンは、旗艦の前方に巨大な「光の檻」を構成し始めた。


敵戦闘機部隊はまだ気づいていない。


これから自分たちが…“光の迷宮”に飲み込まれるということに――。


エンドレス・ハイペリオン隊は、規則正しい編隊など一切組まなかった。


見た目は完全に統制の取れていない、バラバラの無造作な突入。


各機が独自の角度で加速し、青いスラスターの炎を無秩序に撒き散らしながら、敵2万機の高速戦闘機群へと雪崩れ込む。


北側パイロット(EH-017、コールサイン「ミラー・ダンサー」)の脳内に冷たい高揚が走った。



(見た目は無秩序……だが、これが俺たちの乱戦だ。ネットワークが全てを同期させる)



敵パイロット(甲殻類型未知種)は最初、余裕だった。



「小型機どもが散発的に突っ込んでくるだけだ。迎撃せよ」



しかし、次の瞬間——


EH-004が撃った可変出力指向性ビーム砲が虚空を直進したかに見えた瞬間、隣接するEH-009のリフレクター・パネルに直角に反射。


さらにEH-022、EH-051……と、10機を超えるリレーを経て、敵機の死角から背後へ蛇行しながら飛来。


敵パイロットが絶叫した。



「ビームが曲がった!? 直進法則が破られている! 死角から来るぞ——!!」



彼の機体は一瞬で蒸発した。


混乱は瞬時に連鎖した。


エンドレス・ハイペリオンは「乱戦」を本領とする。


一機が敵を誘い込み、味方が反射板に切り替わり、別の1機が撃ったビームを跳ね返して敵を背後から貫く。


パネルは同時に「攻撃鏡」と「防御鏡」の役割を0.001秒で切り替え、敵ビームを意図的に「明後日の方向」へ逸らしながら、自軍の光条を増幅。


青いスラスターが無秩序に交錯し、球体同士が高速で入れ替わる。


赤く発光する反射パネルが角度を変え、ビームを次々と屈折・収束させる。


コックピット内のパイロットは、量子リンクで全機のデータを共有しながら、まるで一つの巨大生物のように舞う。


北側パイロット(EH-137)の脳内に興奮が走った。



(美しい……この連携。1機の判断が全軍の光条を生む。見た目はバラバラでも、ネットワークが完璧に同期している)



敵パイロットの恐怖は頂点に達していた。



「不可能だ……ビームが予測不能に跳ね返る! レーダーがゴーストだらけだ! 同士討ちが発生している! 撤退を——撤退を——……」



その言葉は途中で途切れた。


10機のリレー反射によって形成された「光の蛇」が、彼のコックピットを正確に貫いたからだ。


青いスラスターの軌跡が乱舞する中、球体同士が高速で入れ替わり、赤いパネルが閃光を反射する。


一機が低出力ビームで敵の注意を引き、次の機体が死角から高出力反射ビームで仕留める。


パネル同士の角度が0.001秒単位で同期し、光条が予測不能に屈折する。







……30分後。


敵先遣隊戦闘機部隊2万機は、残骸すらほとんど残さず全滅した。


エンドレス・ハイペリオン隊の損失・損傷はゼロ。


全機が青いスラスターを噴射しながら、バラバラの軌道のまま整然と陣形を立て直し、旗艦へと帰還の軌道を描く。


エレナが無感情に確認した。



「敵戦闘機群全滅確認。損害ゼロ。次は先遣艦隊と本隊10万隻」



エレナの機械的な声が艦橋に響いた。







虚空に、再び光の奔流が渦巻き始めた。







数百、数千、数万の光の渦の中から、続々と敵艦隊がワープアウトしてくる。


敵艦隊本隊の到着だ。







入れ替わりで戦域に到着したエンドレス・ハイペリオン隊第二攻撃隊は即座に再加速した。


各機が独自の軌道を描き、青いスラスターの炎を美しく噴射しながら、敵本隊――重巡洋艦と母艦が密集した10万隻規模の巨大艦隊――へと雪崩れ込んだ。


彼らの役割は「殲滅」ではなく「撹乱」だった。


球体型戦闘機は散開したまま敵艦隊の間隙を高速で縫うように突入し、可動式リフレクター・パネルを微細に角度調整しながら低出力ビームを乱射した。


一機が敵重巡洋艦のシールド発生装置に偽のターゲットを投げかけ、次の機体が別の角度から低出力ビームを浴びせて注意を逸らす。


赤く発光するソーラーパネルが閃光を反射し、量子リンクで全機のデータをリアルタイム共有しながら、敵の密集陣形を徐々にほつれさせていく。


北側パイロット(EH-137)の脳内に冷たい興奮が走った。



(ネットワークが完璧に同期している……敵のシールド同期を崩す。これで主力の射線が開く)



敵艦隊の指揮官は混乱を隠せなかった。



「数千機の小型機が散発的に突っ込んでくる……シールドに干渉するな! 密集陣形を維持——」



しかし、すでに遅かった。


エンドレス・ハイペリオンは敵艦の至近距離を高速で横切り、敵の対空火器の光の嵐の中をくぐり抜けながら、それを無力化し続けた。


パネル同士の角度が0.001秒単位で同期し、味方主力艦隊の主砲射線を一時的に遮蔽しながら、敵のレーダーをゴーストだらけに塗りつぶす。


エレナが無感情に命令を下す。



「撹乱効果87%到達。主力艦隊、主砲一斉射準備完了。ペルセフォネ・デルタ、主砲充填率100%。全艦、座標同期」



直径5キロの円盤型超弩級旗艦『ペルセフォネ・デルタ』の中央部が青白く輝き始めた。


1,000メートル級の重巡洋艦を含むノースライビア主力艦隊が整然と横一列の射撃陣形を形成した。


エレナが最後の命令を下す。



「主砲、発射」



漆黒の宇宙が一瞬にして白に塗りつぶされた。


『ペルセフォネ・デルタ』を筆頭に、ノースライビア主力艦隊から放たれた極太の主砲光条が一直線に奔流となって敵艦隊を襲った。


エンドレス・ハイペリオンはすでに射線を完全に開放しており、光条は一切の遮蔽物なく敵の心臓部を貫いた。






敵艦隊は防ぐことも、逃げることもできなかった。






密集陣形の隙間を撹乱された結果、シールドの同期が崩れ、10万隻の巨艦が一斉に光の中に消えていく。


重巡洋艦が蒸発し、母艦が爆散し、補給艦が塵と化す。


音もなく、残響もなく、ただ純粋な光の暴力が敵を宇宙の塵に還元した。


エレナが無感情に確認した。



「敵本隊10万隻、完全消滅確認。自軍損害ゼロ。ルミナス・ヴォイド・コア、出力安定。光条生成率98.7%。地球到着予定時刻に変更なし」



エンドレス・ハイペリオン隊は青いスラスターを噴射しながら、散開した軌道のまま旗艦へと帰還を開始した。


エレナの機械的な声が艦橋に響いた。



「第四艦隊。地球への進軍を継続」



虚空に、再び光の奔流が渦巻き始めた。





地球到着まで、あとわずか…。

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