表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/51

カラマゾフ・ファミリー

紫鳳院邸の最上階に位置する、美術館の一室と見紛うほどに豪奢な麗華の自室。


最高級のアンティーク家具が並び、壁には彼女自身が描き上げた数々の絵画が飾られているその空間で、学園の女帝・紫鳳院麗華は、天蓋付きのキングサイズベッドにドレスのまま倒れ込んでいた。



「……はぁっ、はぁっ……っ!」



彼女は胸元を強く押さえ、荒い息を吐き出していた。


熱い……。


全身の血が沸騰しているかのように熱い。脳裏に焼き付いて離れないのは、数時間前のギャラリーでの光景だ。


自分が「この個展における最高傑作」と認めた、群青色と金色のラインが交錯する抽象画。その絵画の奥底に潜む、作者の切実な『生きたい』という命の叫びと孤独を、あの凡庸だと思っていた鷺ノ宮満里奈が完璧に、そして痛みを伴うほどの深い共感をもって言語化してみせたのだ。


その瞬間、麗華は満里奈に対して顔を真っ赤にして沸騰し、扇子を震わせながら、今すぐにでも抱きしめたいという狂態に近いだらしない表情を晒してしまった。



「……誤解しないでいただきたいですわ!」



麗華は、誰に言い訳するでもなく、誰もいない自室の天井に向かって叫んだ。



「私は決して、そっちに目覚めたわけではありませんのよ! 私の心は常に気高き芸術と共にあり、殿方への純情はひのきヶ丘の象徴たる光様ただお一人に捧げているのですから!」



彼女はベッドの上で身悶えしながら、必死に自らのアイデンティティを保とうとしていた。


そうだ。あの時、彼女が満里奈に向けて放ちそうになったドロドロとした熱波は、決して恋愛感情などという俗手なものではない。それは、天才たる彼女の『美学』を根底から揺さぶる、究極の芸術的インスピレーションの爆発だったのだ。



「ええ、そうですわ……。私はただ、欲しくてたまらないだけ。キャンバスに向かう者としての、純粋にして強欲な渇望ですわ……!」



麗華はゆっくりと身を起こし、宙に虚ろな手を伸ばした……。彼女の芸術家としての脳内で、二人の少女の姿が鮮明に像を結ぶ。


一人は、銀河の星々すら霞むほどの圧倒的なヴィジュアルを持ち、地球上のいかなる芸術作品をも凌駕する完成された造形美を誇る、オルガ・リピンスキー。


そしてもう一人は、深い絶望と孤独の淵を覗き込み、他者の魂の叫びに直接リンクすることができる、底なしの共感力と芸術的理解力を持った、た……鷺ノ宮満里奈。



「……完璧な『外装ヴィジュアル』を持つオルガさんと、深淵なる『内面ソウル』を持つ鷺ノ宮さん。ああ……この究極の矛盾と調和を秘めた二人を、同時に私のキャンバスに縛り付け、そのすべてを絵の具でしゃぶり尽くすように描き出すことができたら……一体どれほど至高のアートが完成するのでしょうか……!」



麗華の瞳に、再び危険なほどの執着の炎が灯る。


彼女の心は今、柊光への一方的な片思いをも一時的に凌駕するほどの、芸術家としての果てしない欲望に完全に支配されていた……。二人の少女を手に入れるためならば、手段を選ぶつもりは毛頭なかったのだ。






一方その頃……。





麗華が芸術の熱に浮かされていたのと同じ時刻、都内某所の地下深く。


一切の光を拒絶するような薄暗い部屋で、狂信的犯罪シンジケート『カラマゾフ・ファミリー』の最高幹部、ニコライ・“スタヴローギン”は、最高級の革張りチェアに深く腰を沈め、氷のように冷たい目でモニターを見つめていた。


彼の表の顔である気鋭のアートディレクター「ヴィクトル・ネチャーエフ」としての柔和な微笑みは、そこには微塵も残っていない。ギャラリーでの勧誘作戦を終えた彼は今、静かな、しかし確かな屈辱に身を焦がしていた。



「……私の完璧な『洗脳の宴』が、まさかあのような形で瓦解するとはな」



ニコライは、手元のグラスに入った琥珀色の液体を揺らした。


標的となる若者たちの精神を絡め取り、カオスへと突き落とすために周到に用意した、黒と赤の退廃的な絵画。そこにステガノグラフィ技術で隠蔽した暗号『空虚なイコン』の罠は、見事に機能不全に陥った。


彼の脳裏に、今日起きた数々のイレギュラーが蘇る。



・ギャラリーの静寂を木っ端微塵に粉砕した、鷺ノ宮満里奈の戦艦の主砲のような腹の虫の轟音。


・彼女たちを優雅にエスコートするはずの「おもてなし」の小道具であった、一口数千円は下らない最高級の黒トリュフのカナッペやVIP用オードブルを、味わうことなく野犬のように数秒で平らげられたこと。


・さらには、剣道部の葉風澪奈に至っては、作者が込めた虚無のメタファーを「袈裟斬りの完璧な太刀筋と血飛沫の軌道」などと、絶望的なまでに野蛮で的外れな解釈でぶち壊した。



「……あの少女たち、私のコールドリーディングを悉くエラーに導く異常な精神構造をしていた。後半に至っては、私はただの『無料のケータリングを配る配膳係』に成り下がっていたではないか……」



ニコライはギリッと奥歯を噛み締めた。


しかし、彼のアイスブルーの瞳に宿る狂気は、決して消え去ってはいない。むしろ、想定外の事態に直面したことで、天才心理操縦士としての獰猛な狩猟本能が激しく刺激されていたのだ。



「だが……だからこそ価値がある。紫鳳院麗華の美への異常な執着、古井座一見の強固な秩序。そして、私の真意を飛び越えて魂の孤独に共鳴してみせた鷺ノ宮満里奈と、規格外の存在感を放つオルガ・リピンスキー。……極上の素材たちだ。このまま大人しく引き下がる私ではない」



ニコライはデスクの上のタブレットを操作し、ひのきヶ丘中学校の年間スケジュールをスクリーンに投影した。


そこに大きく記された『サマー・フェスタ・イン・ひのき』の文字。



「彼女たちの強固なコミュニティとプライド。それを外側から崩すのが難しいのであれば、内側からカオスの種を蒔けばいい。吹奏楽部と美術部の確執、そして彼女たちが情熱を注ぐ『音楽』と『芸術』の舞台……そこが、次なる私の狩場キャンバスだ」



ニコライの口元に、三日月のように歪んだ、残忍で計算高い笑みが浮かび上がる。


今日のギャラリーで影が薄かったのは、彼が敗北したからではない。獲物の生態を完全に把握するため、あえて身を引いて観察に徹していただけなのだ。



「楽しみにしているがいい、気高き令嬢たち。君たちのその眩しいほどの青春と秩序を、私の手で最も凄惨で甘美な『芸術カオス』へと染め上げてやろう……」



銀河の厄災と、狂気の狩人。


そして二人の少女を狙う学園の女帝。


平和な日常の裏側で、それぞれの底知れぬ欲望と企みが、音もなく交錯しようとしていた……。





















「鷺ノ宮満里奈さんですね。突然の訪問で驚かせてしまい、申し訳ありません」



日曜日の夜。平和な夕食の時間を切り裂いたのは、自宅のインターホンを鳴らした二人の制服警察官だった。


玄関先で両親が心配そうに見守る中、私は心臓をバクバクさせながら刑事らしき男性の問いかけに頷いた。



「玉田凛さんという、中学三年生の少女をご存知ですね? 最近、彼女と頻繁に連絡を取っていた記録が残っているのですが……ここ数日の間に、彼女と会ったり、話をしたりしましたか?」


「え……? はい、サマー・フェスタのゲストとして出演してもらう件で、電話やメッセージのやり取りをしてましたけど……」



私がそう答えると、警察官は重々しい手帳を開きながら、決定的な言葉を口にした。



「実は、玉田凛さんが行方不明になっています。ご家族からの捜索願も出されており、現在、足取りを追っているところなのです」


「……行方不明……?」



頭を幸福の撮影機で殴られたような衝撃だった…。


あんなにエネルギッシュで、生命力に溢れたダンスを踊っていた凛ちゃんが? フェスタでの共演を、あれほど不敵な笑みで承諾してくれた彼女が、突然いなくなるなんて……。


警察官は、私が最後に彼女と交わしたやり取りの内容や、何か変わった様子はなかったかなどを細かく聞き出すと、



「もし何か思い出したり、連絡がきたりしたらすぐに教えてください」



と言い残して去っていった。


……その夜、私は一睡もできなかった。





















翌朝、ひのきヶ丘中学校。


重い足取りで教室に入ると、私は真っ先に、窓際の席で優雅に文庫本(なぜかロシア語の原書)を読んでいる銀河の皇女――オルガの元へと向かった。



「オルガ……ちょっといい?」


「おはようゴザイマス、満里奈サン。今日のバイタルサイン、著しく低下してイマスネ。目の下にクマができてイマス。地球人の『睡眠不足』という非効率な状態デス。早く寝て早く起きる事を推奨シマス。そうすれば、今朝みたいに遅れずにすみマスヨ」



オルガはパタンと本を閉じ、青と緑のオッドアイで私を観察した…。私は周囲を気にしながら、声を潜めて昨夜の出来事を打ち明けた。



「昨日、私の家に警察が来たの。凛ちゃんが……行方不明になったんだって」



その言葉を聞いても、オルガは驚く素振りを見せず、ただ納得したように小さく頷いた。



「やはり、センセーの拠点(実家)にも情報収集部隊が接触シマシタか。……実は、ワタシの『新築』にも昨日の夜、警察と名乗る制服の男たちが来マシタヨ」


「……は? 新築って何? アンタ、家なんか持ってたの!?」


「当然デス。地球の戸籍をハッキングした際、ついでにダミー会社の口座を経由して某国からぶんどった莫大な仮想通貨を現金化し、郊外にワタシ専用の拠点(白亜の豪邸)をキャッシュで即金建築シマシタ。庭には迎撃用のレーザー……いえ、美しい薔薇が咲いてイマス」


「サラッととんでもない重犯罪を告白しないで!……って、今はそんなことどうでもいいの!」



私はオルガの肩を掴んだ。



「オルガのところにも警察が来たってことは、やっぱりフェスタの関係者として洗われてるんだ。……どうしよう、凛ちゃん。ただの家出ならいいんだけど、なんだか嫌な予感がするの」



私が不安で押しつぶされそうになっていると、教室の扉が静かに開き、冷気を纏ったような凛とした姿が現れた。


吹奏楽部副部長、古井座一見先輩だった。


彼女は一年生の教室に躊躇いなく足を踏み入れると、迷うことなく私たちの席へと近づいてきた。



「一見先輩……どうしてここに?」


「満里奈さん、オルガさん。少し、顔を貸していただけますか」



一見先輩の表情からは、いつもの優雅なアルカイック・スマイルが完全に消え失せ、氷のような深刻さが張り付いていた…。私たちは促されるまま、人気の少ない渡り廊下の奥へと移動する。



「……単刀直入に言いますわ。昨夜、古井座の屋敷にも警察が参りましたの」


「先輩のところにも!?」


「ええ。吹奏楽部の責任者として、外部ゲストである玉田さんとの交渉に関わっていましたからね。かなり詳細な事情聴取を受けましたわ」



一見先輩は腕を組み、周囲に誰もいないことを鋭い視線で確認してから、声を一段低くした。



「ただの家出や迷子ではありませんわ。……警察の動きが、あまりにも迅速で、そして『本腰』を入れすぎているのです。所轄の警察官だけでなく、本庁の刑事まで動いていると父から聞きましたの」


「本庁の刑事が……?…あれ、一見先輩のお父様って実業家じゃ?」


「表向きは…ですわ。これは内密にして欲しいのですが……私の家は昔から裏社会と密接な繋がりがありまして、そのつてで父から警察の動きについての情報を聞かされたのです」


「……う、裏社会……!?」



私は思わず息を呑んだ…。


あの一ミリの狂いもなくポニーテールを結い上げ、吹奏楽部の規律を何よりも重んじる冷徹なまでの合理主義者である一見先輩の家が、まさかの裏社会とズブズブの関係だったなんて!



(極道のお嬢様!? マフィアのサラブレッド!? “なめたらいかんぜよ!”ってやつ!?だからあんなに肝が据わってて、有無を言わさぬ威圧感があったの!?)



「フム。地球の暗部アンダーグラウンドのネットワーク・ハブの末裔デスカ。どうりで、同年代の個体とは一線を画す『威圧感』と『秩序への執着』を持っているわけデスネ。納得シマシタ」



オルガが一人で深く頷いているのを横目に、一見は真剣な眼差しで話を続けた。



「…父の裏の情報網によれば、ここ半年以上前から日本全国で『若者たちの大量失踪事件』が多発しているそうですわ。SNSを通じた集団家出などと報道されていますが、現場には争った形跡すら残されておらず、数百人規模の若者が自発的に姿を消していると……。玉田凛さんの失踪も、その巨大な事件のタイムラインと完全に一致していますの」


「数百人が……消えた……?」



私の背筋に、氷を滑らせたような悪寒が走った…。それはもう、単なる個人の事件ではない。



「ええ。警察も、背後に巨大な組織犯罪、あるいは何らかのカルト的な犯罪シンジケートが絡んでいると睨み、極秘裏に大規模な捜査本部を立ち上げているようです。……玉田さんは、その組織の『狩り』に巻き込まれた可能性が非常に高いですの」



一見先輩の告げた残酷な事実に、私は唇を噛み締めた…。渋谷の路地裏で、「ダンスだけが私の生きる実感なんだ」と、不器用ながらも熱く語ってくれた凛ちゃんの顔が浮かぶ。



「……助けなきゃ。凛ちゃん、きっと今、どこかで……!」


「冷静になりなさい、満里奈さん」



一見先輩が、私の逸る心を冷たい言葉で制した。



「相手は警察の捜査すらも躱す、実態の掴めない巨大組織ですわ。私たち中学生が感情だけで動いてどうにかなる相手ではありませんの。……ですが、我が吹奏楽部のフェスタのゲストを手出しされたこと……古井座の流儀として、決して泣き寝入りするつもりはありませんわ」



一見の瞳の奥で、静かな、しかし確かな怒りの炎が燃え上がった。



「……センセー、副部長サン」



これまで黙って聞いていたオルガが、ふと口を開いた…。彼女の青と緑のオッドアイの奥深く、チカチカと物理的な発光を伴って輝いている。



「その『裏の組織』とやら……ワタシの広域スキャンと、高次元情報ネットワーク網を使えば、足取りを追うことくらい造作もありマセンヨ。……センセーの友人を奪った愚か者どもに、銀河のことわりを教えて差し上げマショウカ?」



その言葉は、頼もしくもあり、同時に渋谷の街が物理的に消滅しかねないほどの危険な響きを孕んでいた…。しかし今の私には、その宇宙規模の力が、唯一の希望のようにも思えた。



「高次元ネットワーク……? 銀河の理……?」



一見は、オルガの突拍子もないスケールの言葉に、パチクリと目を瞬かせた。



「ハイ。ワタシがハッキングした軌道上サテライトと量子演算プロセッサをリンクさせれば、地球上のいかなる暗号通信も——」



オルガがさらにヤバい宇宙人設定(いや、事実なんだけど)をペラペラと喋り出そうと口を開いた、その瞬間……私は反射的に動いていた。



「ふんっ!」



ズボッ!!



「……フモっ!?」



素早く右手を伸ばし、オルガの黄金比率で構成された美しすぎる鼻の穴に、私の中指と人差し指を容赦なくぶち込んで彼女の言動を物理的に阻止したのだ。



「あ、あはははは! ご、ごめんねオルガ! なんか、すっごくデカいハエが鼻の頭に止まってたから! ほら、追い払ってあげるね!」



私は滝のような冷や汗を流しながら、引き抜くどころか、そのまま指をぐりぐりと捻るように動かして、彼女の口、いや鼻を完全に封殺しにかかった。



「フモォーーーーッ!?」



鼻腔を容赦なく蹂躙された銀河の皇女は、涙目になりながらくぐもったうめき声を上げ、ジタバタと身をよじっている。


そのまるで三流のコントのような私たちのやり取りを見て、一見はサファイアのような青い瞳をスッと細め、ピシャリと冷ややかな声で釘を刺した。



「……満里奈さん、オルガさん。今はふざけている場合ではございませんのよ?」



その声の温度は絶対零度に近く、一ミリの妥協も許さない重圧が込められていた。


オルガが本物の宇宙人(ノースライビア帝国の第三皇女)だなどと夢にも思っていない一見からすれば、深刻な連続失踪事件の話をしている最中に、突然SFチックな中二病発言を始め、挙句の果てに鼻に指を突っ込んで漫才を繰り広げる後輩たちは、不謹慎極まりないおふざけにしか見えない。


極めて当然の反応であった……。











その日の昼休み。


初夏の爽やかな風が吹き抜けるひのきヶ丘中学校の中庭で、一見、オルガ、満里奈の三人は、周囲の目を忍んで「極秘の作戦会議」を開く予定になっていた。


噴水のそばにあるベンチには、一見よりも先に到着していた満里奈とオルガの姿があった。


満里奈は、周囲に他の生徒がいないことを確認すると、隣で優雅に日差しを浴びているオルガを小突いた。



「ねえ、オルガ。今朝の一見先輩との話の中で、『足取りを追うことくらい造作もない』って豪語してたけど……本当にそんなことできるの?」



満里奈が半信半疑で尋ねると、オルガは青と緑のオッドアイを自信たっぷりに輝かせ、ふふんと胸を張った。



「当然デス、満里奈センセー。ワタシの圧倒的なオーバーテクノロジーを舐めないでくだサイ。地球の原始的な情報ネットワーク網など、ワタシの量子演算プロセッサを同期させれば、文字通り『丸裸』デス。今すぐ、凛さんを連れ去った愚か者どものアジトを特定してご覧に入れマショウ!」



オルガは得意満面な笑みを浮かべ、制服のポケットからスマートフォン(地球の既製品を彼女が独自に魔改造したもの)をスマートに取り出した。



「さあ、見ているがイイデス……! ワタシの神速のハッキング技術スライシングを……!」



彼女の細く美しい指先が、目にも止らぬ速度でスマートフォンの画面をタップし始める。



タタタタタタタタッ!!



まるで熟練のピアニストが超絶技巧曲を弾いているかのような、異常な速度のフリック入力。スマートフォンの画面には、一般人には到底理解できないであろう複雑なコードと暗号の羅列が、滝のように流れ落ちていく。



「……フフフ、地球の防壁ファイアウォールなど、紙切れ同然デス。地球軌道上のすべてのGPS・偵察衛星をジャックし、ミリ波レーダーと光学的補正を用いた高解像度地表スキャンを走らせマス。さらに、ISPインターネットプロバイダの基幹ルータに不可視のバックドアを設置。全世界のダークウェブ、暗号化通信、SNSの全トラフィック、そして携帯キャリアの基地局の接続ログから、異常なパターンの消失点を逆算シマス……!」



満里奈はゴクリと生唾を飲み込んだ。



(……す、すごい。あんなにふざけてるのに、やっぱりこの子、宇宙の皇女なんだ。これなら本当に凛ちゃんを見つけ出せるかも……!)



期待に胸を膨らませて、満里奈はスマートフォンの画面を覗き込んだ。


オルガの指の動きが最高潮に達し、最後にエンターキー代わりの画面中央をターンッ!と力強くタップする。



「……検索完了サーチ・コンプリート!!」



オルガが高らかに宣言し、画面に『解析結果』が表示された。



「さあ、敵の居場所はここデ……」



―― ピーッ。 ――



画面に表示されたのは、無機質なエラー音と共に現れた、たった一言…。



『該当データ:0件(Not Found)』



「…………ゑ?」



オルガの動きが、彫像のようにピタリと停止した……。得意げに釣り上がっていた彼女の口元が、ゆっくりと引きつっていく……。



「えっと……? 何も、出てないんだけど?」



満里奈が首を傾げると、オルガは滝のように冷や汗を流し始め、スマートフォンの画面を人差し指で何度も乱暴に叩き始めた。



「オ、オカシイデスネ……!? そんなはずは……! もう一度……パラメータを変えて、深層ウェブのさらに奥底まで……!」



タタタタタタタタタタッ!!



再び超高速で画面をタップし、祈るような目で結果を待つオルガ。



―― ピーッ。――



『該当データ:0件(Not Found)』



「…………」


「…………オルガさん?」


「チ、チガイマス! 私のシステムがポンコツなわけじゃアリマセン!! これはおぞましいレベルの不可抗力デス!!」



オルガは顔を真っ赤にして、スマートフォンを両手でブンブンと振り回しながら言い訳を始めた。



「検索の起点シードとなる情報が、圧倒的に足りなさすぎるんデス! そもそも凛さん自身のIMEI(端末識別番号)やキャリアのGPSログから現在地を逆探知しようとしたのデスガ……。彼女、あの夜、スマホを自宅に置いたままにしていマス! ネットワークと物理的に切断された人間は、ワタシの電子的追跡網シギントには引っかかりまセン!」


「ええっ!? 凛ちゃん、スマホ置いてっちゃったの!?」


「ソレだけじゃアリマセン! 誘拐した側の組織……地球の犯罪シンジケートにしては、異常なほどデジタル・フォレンジック対策が徹底されてイマス! 奴らはTorやVPNといった地球の安っぽい暗号化プロトコルすら使っていまセン。完全にクローズドな独自のローカル通信網、あるいは画像データそのものに暗号を埋め込むステガノグラフィ技術を使い、Web上に残るはずの微細な痕跡デジタルタトゥーすらも、意図的に、完璧に消去・隠蔽しているのデス! 監視カメラのログデータも、奴らが通過したセクターだけが不自然なノイズすらなく、完全に『平穏な背景』としてリアルタイムで書き換え(ディープフェイク・ハッキング)られていマス!」



オルガの言い分は、言い訳がましく聞こえるが、科学的・専門的な事実であった。


彼女たちが追おうとしている『カラマゾフ・ファミリー』は、現代社会の盲点を突き、高度なデータ隠蔽やハッキング、心理的・物理的偽装を幾重にも張り巡らせている。


彼らはWebという「光の当たる場所」には決して痕跡を残さず、閉鎖された個展やプライベートギャラリーといったオフラインの閉鎖空間でのみ、洗脳の毒を撒き散らしているのだ。


組織の名前、構成員の生体データ、あるいは移動車両の固有IDなど、検索の『分母』となるデータが何一つ存在しない状態では、どれほど高度な宇宙の量子演算システムであろうと、



「そもそもネットワーク上に実在しない、かつ徹底的に消去された情報」



を虚空から拾い上げることは不可能なのである。



「……信じられマセン。地球の原始的な猿の群れの中に、ワタシの多次元索敵網を完全にすり抜けるほどの、冷徹で完璧なアナログ隠蔽工作ステルス・ドクトリンを敷く集団がいるナンテ……」



オルガは悔しそうに唇を網膜がチカチカするほど噛み締め、スマートフォンを握りしめてワナワナと震えている。



「つまり……デジタルな手掛かりは、完全にゼロってことね……。役立たずな皇女サマですこと…」


「………………」



満里奈は大きなため息をつき、肩を落としてベンチに座り込んだ。


頼みの綱だった「銀河のオーバーテクノロジー」が想定外のアナログ&完璧な隠蔽工作によって空振りに終わり、行き場のない焦燥感が再び彼女の胸を覆い始めようとしていた…。



「……お待たせいたしましたわ」



重苦しい沈静が中庭を支配したその時、コツ、コツと冷たく硬質な足音を響かせながら、古井座一見が姿を現した。


いつものように完璧に結い上げられた漆黒のポニーテール。だが、その美しいかんばせは今朝の廊下での会話時よりもさらに幽霊のように青ざめ、サファイアのような青い瞳には、底知れない戦慄の色が走っていた。



「一見先輩! どうしたんですか、その顔……」



満里奈が思わず立ち上がると、一見はベンチの横に立ち、細く白い指先で自身の額を押さえた。その指先が、微かに震えている。



「先ほど、美術エリアからこちらへ向かう道すがら、父に直接連絡ラインを入れましたの。我が古井座の持つ裏の情報網と私的なネットワークを動かし、独自に玉田さんの足取りを調査してほしいと……。これ以上の情報提供を求めたのですわ」


「ホウ。裏社会のハブを直接駆動させましたか。それで、どのようなデータ(成果)が?」



オルガがスマホをポケットにしまいながら覗き込む。しかし、一見から返ってきたのは、彼女のプライドを根底からへし折るような、冷酷な『拒絶』の事実だった。



「……止められましたわ。下手にあの組織に手を出すな、と。父に、烈火のごとく激怒されましたの」


「えっ……あのお父様が?」



満里奈は息を呑んだ。裏社会と密接に繋がり、警察の本庁をも動かせるほどの絶対的な権力を持つ父親が、一中学生の娘の頼みに対して激昂したというのだ。



「ええ。父は言いましたわ……『あれは、ただの犯罪組織や新興カルトの類ではない。もし我が古井座があの集団と正面から敵対することになれば、それは日本の裏社会における【内戦】に相当する血で血を洗う戦いになる』と」



一見先輩のトレードマークであるアルカイック・スマイルは完全に消滅し、顔を引きつらせながら、父親の言葉を絞り出すように伝えた。



「『古井座が総力を挙げれば、決して負けはしない。だが、こちら側にも組織の半壊、あるいは幹部連の壊滅といった、文字通り数世紀分の歴史が吹き飛ぶほどの凄惨な被害が出る。一見、お前が気に入っているトランペットの奏者オルガや、あの鷺ノ宮という一年生を守りたいのであれば、今すぐその首を突っ込むのをやめろ』……そう、警告されましたのよ」


「内戦……。そこまでの軍事力、あるいは精神汚染規模を持つ集団ですか」



オルガのオッドアイが、不気味に、そして獲物を前にした捕食者のように鋭く細められる。


日本裏社会の王とも言える古井座家が、そこまで被害を恐れて「手を出すな」と引き下がるほどの存在。この狭い地球の片隅に、それほどまでの狂気と実力を秘めた怪物が蠢いているという事実に、満里奈は恐怖で奥歯がガチガチと鳴るのを止められなかった。



「……ですが、父は私のわがままを完全に無下にはしませんでしたわ。これ以上は絶対に調べるなという条件付きで、たった一つだけ、奴らの『本名』を教えてくれましたの」



一見先輩はスウッと深く息を吸い込み、中庭の空気を絶対零度へと凍りつかせるような声で、その名を口にした。



「……『カラマゾフ・ファミリー』。それが、あの暗闇の奥で若者たちを溶かしている、狂信者どもの正体ですわ」



その名が中庭の虚空に落ちた瞬間…。


オルガのポケットの中で、先ほどまで「該当データなし」と冷たく表示されていた魔改造スマートフォンの画面が、まるでその呪われた単語に反応したかのように、突如として青白いノイズを発して激しく明滅し始めた…。


















(動画)

https://photos.app.goo.gl/ocZfRhm3g1taNJ4u8

 



満里奈「風に吹かれて〜♫どこまでも飛んでいきたい〜〜……って、なんで音声入ってないの!?」


作者「文句ならGeminiに言ってください!」


満里奈「じゃあ、曲にしてよ!」


作者「…ふふふ。こんなこともあろうかと、さっき作りましたよ曲。」


満里奈「こんなこともないぢゃねーか…」


(風に吹かれて)

https://photos.app.goo.gl/8KNGzum7fxajZL218




(セーラ服修正版動画)

https://photos.app.goo.gl/QJP4hFegeb6pc9EbA


作者「これでいいですか満里奈さん?」


満里奈「よろしい。私の魅力が詰まった動画だね♡」


作者「はいはい…」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ