閑話 私のラクス..
胸糞注意です。
あれからどれくらい経ったのだろう?
私は今、ベッドで両手足を拘束されている。
なんで?
私はこの国の王女なのよ?
国王たる父上に愛され、素敵な婚約者と素晴らしい人生を...
...婚約者?
そうだ、私には婚約者が居たんだ。
彼の名はラクス。
初めて彼を見たのは王国が主催する魔王討伐隊の隊員を決める選抜戦だった。
『勝者ラクス!』
優勝を勝ち取り、父上の前で跪くラクスを見た瞬間、私は恋に落ちた。
『なんて素敵な人だろう...』
凛々しい風貌、涼しげな目、鍛え抜かれた身体。
まさに私の理想だった。
『父上、私をラクスの婚約者に』
私は父上にお願いした。
報奨に父上は王族から妻を娶らせるつもりと聞いていた。
『サラと申します、宜しく』
『ラクスです』
少し恐縮しながら私を見た、ラクス。
私の顔は赤くなり、息をするのも苦しくなった。
『...ラクスはどうしてるのかな?』
ラクスが討伐に出発し、私は王宮で彼の無事を祈りながら待ち続けた。
寂しさはあったが、きっと彼は戻って来る。
早く帰って来て、そして私と。
...そんな期待は絶望に変わった。
『ラクスが重傷を?』
父上から聞かされた悲報。
ヒュドラの毒を浴びたラクスが酷い怪我をして、国に戻って来ると聞いた。
ヒュドラの毒は猛毒の呪い。
助かる見込みは無い、傷が治る事も...
怖くなった私は戻ったラクスに会う勇気は出なかった。
かと言って諦められない。
一縷の望みを掛け、父上に頼み王国はもとより世界中の名医にラクスを診て貰った。
『治りませんか...』
『はい、残念ながら』
結果は全部同じ。
ラクスの怪我は治らない、だった。
そんな時だ、財務担当だったカリムが私を訪ねたのは。
『治るんですか?』
『はい、私の知り合いに聞いた話ですが』
カリムの話に飛び付いた。
これでラクスは助かる!
もう冷静な判断は出来なくなっていた。
『ただ...問題が』
『何?何でも言って!』
言いにくそうなカリムに迫った。
『その秘術はアンゴラ王国の者しか使えません』
『アンゴラ王国...』
我が国と長年に渡って領地を巡る紛争をしていたアンゴラ王国。
今は休戦状態だが、我々の仇敵だった。
『ですから陛下には』
『分かりました、父上には言わないでおきます』
私は私財を全てカリムに託した。
国庫に手を着けるわけにはいかない。
全てラクスと結婚した時の為に貯めていた、お金だった。
『足りない?』
『はい、アンゴラ王国が言うには』
『そう...』
数ヶ月後、呼び出された宿屋の一室で、再び聞いたカリムの言葉に力を失った。
もう私にお金は無かった。
『ラクス様の口座を』
『なんて事を言うの!あのお金はラクスが命を賭けて得た物よ!!』
カリムの言葉に全てを覚った。
コイツは始めからラクスの金が目当てで。
『父上に言います!』
『残念ながら、そうは行きません』
『貴方は?』
突然現れた1人の男。
怪しく光る目、私は椅子の上から立ち上がる事が出来なくなっていた。
『さあどうぞ』
『...止めて』
口に流し込まれる液体、そうだ!
あれから私の記憶が....殆ど無い。
『化け物め!!』
何故私はラクスを殺そうとしてるの?
なんて痛々しい傷痕...何故私は彼にそんな事を....
「アアアアアア!!」
どうして?
何故なの?私はラクスを助ける為に頑張っていたのに!
激しく両手を動かすが、手首を固定する革のベルトが食い込むばかり。
痛みなんか感じない、飛び散る血が私の顔を染めた。
赤い血が...血....
『良かったですよ王女様...いえサラ』
『...はい、私はカリム様に捧げられて幸せです...』
「ギャアアアア!!」
なんで?私の純潔はラクスに捧げる筈だったのに!!
どうしてあんな奴...奴等?
『お願い...薬を...薬を頂戴...』
そうだ、私は何度も抱かれたんだ。
カリムとあの男に...
『すっかり従順になりましたね』
『アンゴラ特製ですからね。さあどうぞ王女様...』
誰なの?男は私の口に、口移して...
『アア...素敵よ...さあ今度は三人で....』
「イヤアアア!!」
おぞましい記憶が甦る。
あんな恥乱を私は...ラクス...私の大切な婚約者...
『見ろよ、ラクスの姿を』
『なんておぞましい姿、早く消えて欲しいわ』
カリムと見たラクスの姿に悪態を...
もう何がなんだか分からない...
甦る記憶がバラバラだ!
『ラクス!待ってるわ』
『はい、必ず』
ああラクス!!
『あんな化け物私の婚約者なんかじゃない!
汚点よ!消してしまいたいわ!!』
『そうか...なら一緒に殺すか?』
『もちろんよ...』
なんでよ!!
「イヤアアア!ラクス!!」
激しく身体を上下させる。
目の前が真っ赤だ、このまま死なせて!
愚かな私はラクスに何て事を...
「ん?」
口に流し込まれる液体。
まさか、また薬を?
「アガガ...」
何とか吐き出そうとするが、液体は喉を下り、私の中に入って来た。
どうせなら毒薬が良いのに...
「落ち着いた?」
「貴女は?」
視界が開き、私を覗き込む1人の女性の姿。
何て美しくて、可憐で、儚げな笑顔だろう。
「わ...私は」
「何も言わないで」
彼女は私の口に指先を押し付ける。
どうしてなの?力が入らない...あの時と同じ。
「全部聞いたわ、ごめんなさい」
「...なぜ?」
どうして謝るの?聞いたって、何を?
「ヒール」
「え?え?」
彼女の呟きに私の身体に刻まれていた傷痕がみるみる治っていく。
こんなヒールは初めてだ、これなら...
「お願い!ラクスを助けて!」
彼女ならラクスを助けられるかもしれない。
「それは...出来ないの」
「どうして?お金なら...お金」
そうだ、私はカリムに言われるまま、ラクスのお金を全部...
「ごめんなさい!ラクス!アアアア!!」
涙が溢れる。
もう何も無いのだ!ラクスに何も返す事が!!
「大丈夫」
「何が」
私の流れる涙を優しく拭きながら、彼女が呟いた。
「絶対にラクスは助かるよ、私の命に代えても」
「本当に?」
「ええ、だから貴女は全部忘れなさい...身体も元通りにしてあげる」
女性の目が光る。
それより、彼女の表情はまさか?
「貴女はラクスを?」
「...愛してるわ」
「そう...」
良かった...ラクスは1人じゃないんだ。
「...ラクスに伝えて」
遠退く意識の中、私は呟く。
「何?」
「ごめんなさい...愛してました...と」
「分かった」
小さな声に満足した私の目が白く輝く。
気付けは私はベッドの上で倒れていた。
父上達に聞くと、
『悪夢だったんだよ』
それしか言ってくれなかった。
だけど、悪夢と共に、大切な何かを忘れてしまった気がしてならなかった。