第2話 ハリスの秘密
再びラクスの部屋に戻って来た。
私はラクスの腕を取り、彼を椅子に座らせる。
緊張した面持ちのラクス。
僅かに開いた彼の左目が私を見つめていた。
「さて、何から話そうか」
心の動揺を覚られまいと、静かに口を開く。
聞きたい事は山程あるだろう、何から話せばいいのか考えか纏まらなかった。
「...ハリス」
私の名前を呼ぶラクス。
でもその名前は...
「...私の名前はハリスでは無い、本当の名前はキャサリンだ」
「それって?」
「女の私にハリス、誰だって変だと思うだろ?」
「まあ、確かに」
性別を偽ってハリスなら納得出来るかもしれない。
だがそうでは無かった。
「私はアンゴラ王国の侯爵、ユート家の嫡子だった」
「嫡子?」
「そうだ」
忌まわしき思い出。
謀略に生きるユート家、当主である父は子供に恵まれなかった。
焦った父は次々と妾を迎えた。
齢60を過ぎ、ようやく産まれたのが私。
妾だった母を正妻とした。
「10歳で御払い箱になったがな」
「なぜだ?」
「弟が産まれたからさ」
父は遂に男子に恵まれた。
なんて運命は気まぐれなのか。
その瞬間、私は嫡子として用済みとなったのだ。
弟を産んだ女は母に代わり正妻となり、母と私は実家を追い出された。
父は何も助けてくれなかったのだ。
敷地の隅にあった粗末な小屋を与えられ、私はユート家の手駒として密偵になるしか生きる道は無かった。
貴族令嬢だった私の生活は一変した。
魔術、剣術、謀略に、暗殺術まで叩き込まれる日々、気が狂いそうだった。
「どうして男の振りを?」
「私が女である事を、母は許さなかったからだ」
「お前の母が?」
「そうさ」
母は父に捨てられ、気が狂ってしまった。
『何故お前は女なのか!』
そう言って私を何度も殴った。
『本当なら今も正妻の座にいた筈だったのに!!』
優しかった母の豹変、私の人格を歪めるのに充分だった。
「一通りの訓練を終えた私は、本来ならアンゴラ王国の密偵として他国に行く予定だった」
「それがどうして討伐隊に?」
「...それは勇者パーティーの秘密を探る為だ」
「秘密?」
「選抜戦士達の秘密だよ。
どの国から来たか、強さ、人間性、思考、後はアンゴラ王国に仇なすか人物かどうかだ」
「賢者の肩書きは?」
「そんな物、嘘に決まってるだろ」
当然でっち上げ、私は学者なんかじゃ無い。
ちゃんとした教育を受けたのは10歳までだ。
アンゴラ王国は私を勇者パーティーに入れる為、無理矢理私を賢者に仕立て上げたのだ。
「そういう事だったのか」
ラクスの顔を見るのが怖い。
軽蔑した事だろう、一緒に命を賭け、魔族と戦った仲間が薄汚い王国の狗だったのだから。
「安心しろよ」
「え?」
優しい声に顔を上げると、ラクスの左目が私を見詰めていた。
『あの目は笑っている』
間違いない、私はラクスの事なら全部分かるのだ。
「お前はこうして俺の為に来てくれたじゃないか」
「それは...そうだけど」
ダメだ、言葉が戻ってしまう。
どうしたんだ私は?
「何故ナラム王国に?」
「魔王軍が奥深くに引き上げて...討伐隊に帰還命令が出たんだ」
「そうだったんだ」
「うん」
何が『うん』だ!変じゃないか!
「それで?」
「討伐隊の仲間は其々の国に戻ったの...戻った。
私もアンゴラ王国に」
「なるほど、それで?」
「ミ、ミッシェルが心配だったから調べたの...調べたんだ。
そうしたら、ラクスの暗殺指令を見つけて」
「誰からだった?」
「エリクソンだ」
「奴か...なんで俺を付け狙うんだ?」
「それは...」
何て言えば良いの?
王国に戻ったミッシェルがエリクソンから逃げたのはラクスを愛しているからって...
だから嫉妬に狂ったエリクソンが暗殺を命じた。そんなの言えないよ。
「ミッシェルは知っていたのか?」
「な...何を?」
「お前が女って事をだよ」
「あ...ああ」
絶対変だ。
いつもの冷静な私はどうした?
「ミッシェルは討伐隊で私を見つけるなり、直ぐに気づいたよ。
小さい頃何度か遊んだだけだったのにな」
「アイツらしいな、人をよく見てるから」
「そ...そうだな」
どうして?なぜミッシェルの事を話すラクスを見ると胸が苦しいの?
「ミッシェルは今どうしてる」
...またミッシェルか。
「ハリス?」
「あ、ミッシェルは今修道院で保護されてるわ」
「大丈夫かな?」
大丈夫って...ああエリクソンからか。
「ええ、ヒュドラと戦った時の失態は討伐隊のみんなが見てたから。
エリクソンは謹慎中よ」
「そっか」
エリクソンの失態にアンゴラ王国の国王は頭を抱えた。
折角、息子を勇者にでっち上げたのに、活躍どころか、一番に逃げ帰ったんだから。
「これからどうする」
「どうするって?」
「だってハリスはアンゴラ王国の密偵を捕まえただろ?
エリクソンだって、また俺を殺しにくるだろうし」
そんな事か、決まってるじゃないか。
「一緒に行こう」
「え?」
差し出した私の右手をラクスは見つめている。
早くこの手を取って欲しいのに。
「だから私と一緒に、仲間達には手紙を書いたから」
「手紙を?」
「そうだ」
選抜戦士の7人。
ラクスを含め、彼等は皆信用出来る人間だ。
絶対に私達の力になってくれる。
アンゴラ王国からラクスを守り、彼を治す為に。
「どうしてここまで?」
どうして、か。
考えてみたらどうしてだろう?
なぜ私はラクスにここまで...
「...信頼かな」
「信頼?」
「ああ、私はずっと1人だった。連携なんか全くして来なかったし、必要無かった。
だけどラクスはいつも私の動きを」
「そうだったな」
単独で戦う選抜戦士の私達をラクスはいつもフォローしてくれた。
正直、最初は邪魔だと思ったが、何度も命を救われる内に考えは変わって行ったのだ。
「でも、俺はもう戦えない、足でまといになるだけだ」
そんな目をするな...しないでよ、ラクス。
「私達が戦うから」
「ハリス...」
「今度は私達を頼って、必ず貴方を...ラクスを助けるから!」
ラクスの右手を両手で包み込む。
焼けただれた痕が痛々しい、指も無い。
でも絶対に...それが私に出来るラクスへの恩返しなのだから。
人間として生きる素晴らしさを取り戻させてくれた彼への...
不思議な事に、胸の疼きは収まり、温かな気持ちに満たされていた。




