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ミドルフェイズ6&7


 意中の女の子に呼び出され二人きりで話がしたいと言われれば、多少なりとも変に期待をしてしまうのが男子高校生というものである。

 手早く身だしなみを整えた八部江は胸を高鳴らせ、綾瀬から指定された高校近くのファストフード店へとやってきた。

 客で賑わう店内を見回すと、綾瀬はすぐに見つかった。彼女も八部江に気がついたようで、笑顔で八部江を呼ぶ。


「あ、八部江くん。こっちこっち!」


 八部江は彼女と向かい合う形で席に座った。


「ごめんね、八部江くん。突然呼び出したりして」

「いや、別にいいよ。……もっと呼んで」


 最近は学校であまり綾瀬と話せていないせいか、八部江は綾瀬と二人という状況に少し浮かれているようだった。


「ごめんね。矢神くんが貴方に近づくなっていうから、あまり学校では話せなくて……」


 八部江は知らなかったが、なんと矢神がそんなことを綾瀬に吹き込んでいたらしい。

 矢神の不快な行動に八部江は腹を立てる。自然、口調も荒っぽくなった。


「……そうだね。あいつウザいよね」

「矢神くんも、悪い人ってわけじゃないと思うけど……」


 あはは、と綾瀬は苦笑いだ。

 だがすぐに彼女は真剣な表情になる。


「それで、八部江くんを呼んだのは聞きたいことがあるからなの」


 いや、真剣と言うよりも、どこか思い詰めたような表情だと八部江は感じた。

 身を乗り出すようにして、綾瀬は八部江に問う。彼女の瞳は不安に揺れていた。


「あの事故のことだけれど、本当は何が起こったの? 私、全然覚えていないけど、私と八部江くんだけが無傷っておかしくない? あの事故、何か変だよね?」


 もちろん、八部江はナツキたちからあの事故の真実を伝えられている。

 だが、あの事故はレネゲイドという超能力を悪用する秘密組織FHの策略によって引き起こされた事故で――などということは、何も知らない綾瀬に伝えられるはずもなく。


「……う、うぅん。でも、運が良かったんじゃないかなぁ?」

「……でもね、私、あれ以来変な夢を見るの。事故の瞬間、怪物みたいなのが出てくる夢を……」

「…………」

「ねぇ、八部江くん。あの事故のとき、何か見なかった? 何かあったよね?」


 綾瀬の縋るような目に、八部江は真実を伝えたい衝動に駆られる。

 だが、彼女を守るため――



「……いや、何も見てないよ」



 ――八部江は綾瀬に、嘘をついた。


「ごめんね、変なこと聞いて。そうだよね……」


 顔を伏せる綾瀬。悲しげなその姿に八部江の良心が痛む。

 どこか気まずくなり、八部江は彼女に励ましの言葉をかけようとした。

 そしてその瞬間。ぞくり――と、全身の毛が逆立ち背筋が凍りつくほどの強烈な感情にさらされる。体内のチカラを逆なでする、この独特な感覚。


 ワーディングエフェクト――!?


 八部江は弾かれるように椅子から立ち上がった。

 見回せば店内は水を打ったように静まりかえり、他の席にいた客はワーディングの余波で気を失っている。ただ、いつのまにか店内には八部江と同じように立ったままの人物がもう一人。

 気を失った綾瀬真花を丁寧に抱きかかえ、八部江に侮蔑の表情を向ける少年――矢神秀人がいた。


「キミには近づかないように言っておいたのにね。……どうせ、本当のことなんて話せないのに」


 周囲を満たす矢神の凶悪な敵意に、悪意に、殺意に、八部江は圧倒される。

 彼の目に宿るものは、狂気だった。


「あの事故は、本当は綾瀬さんが目覚めるはずだった。なのにお前が目覚めた! そうだ、あの事故は僕がやった! 綾瀬さんを目覚めさせるために。綾瀬さんは僕と同じで、選ばれたんだ! もう普通の人間の側にはいられない! 彼女はFHに連れて行って、僕が覚醒させる。それで、僕と一緒になるんだ!」


 まさしく妄執。矢神の狂った妄想混じりの発言に、八部江は負けじと叫び返す。


「ただのストーカーじゃねぇか!」


 矢神は八部江をにらみ付ける。

 しかしそれ以上は何も言わず、八部江に背を向ける。そして綾瀬を攫ってファストフード店から逃走した。



 八部江は慌てて携帯電話を取りだし、こういったレネゲイドの関わる荒事では先輩にあたる人物に電話をかける。

 彼にはどうも苦手意識があるが、こういった事態に頼りになることは間違いなかった。

 数度の呼び出し音の後、電話が繋がる。


「先輩、先輩、先輩!」

「はい、もしもし」


 電話の相手はジバシだ。間違いのないよう言うと、八部江はつい彼のことを先輩と呼ぶが、同じクラスになった同級生である。

 ジバシの声も何やら慌てているようだが、ジバシ以上に気が動転している八部江はそれに気付かない。


「やばいっす、やばいっす、やばいっす!」

「何? 何が!?」

「だからやばいっす!」


 まるで要領を得ない八部江に、ジバシは相手をしていられないと通話を切る。

 ジバシは現在、見失ってしまった矢神を捜索中なのだ。訳の分からないことばかり言う奴に構ってなどいられない。

 通話を切られてしまった八部江。しかしそれでむしろ少しは落ち着いたのか、今度はジバシではなくナツキに電話をかける。ナツキへもすぐに繋がった。


「はい、私だ」

「真花ちゃんが連れ去られましたっ!」


 今度はしっかりと状況を伝えられた八部江。


「何だと!? 今、どこに居る?」

「ファストフード店です!」


 と思われたが、やはりまだ動揺は収まっていない様子。

 このN市にファストフード店はたくさんある。それだけではさっぱり場所が分からない。

 冷静に、ナツキはまだ混乱している八部江から情報を聞き出す。


「どこのファストフード店だ?」

「学校のすぐそばの、ファストフード店です!」

「分かった、今から向かう」


 相手を安心させるような力強いナツキの声。そして通話が切られる。

 八部江からの報告を受け、ナツキはすぐにジバシへと連絡を繋いだ。


「おい、ジバシ。緊急事態だ」


 矢神が綾瀬真花を連れ去ったことが、ナツキからジバシへと伝えられた。

 さっきの八部江の電話はそういうことか……と、ジバシは一人納得する。それと同時に自分が矢神をしっかりと見張っていればこんなことにはならなかっただろうという後悔に襲われる。携帯を握る手に、知らず力が入った。


「矢神の追跡はどうなっている?」


 逃げ足が速いのか、矢神の痕跡は見当たらない。これでは闇雲に探し回ったとしても成果は得られないだろう。かといって、矢神が向かいそうな場所に心当たりはない。

ナツキから伝えられた情報によると、矢神はひどく執着していた相手である綾瀬を誘拐したという。

 そこから推測するに……。


「……ホテルでご休憩してるんじゃないですかね?」


 もちろんだが、ジバシも本気でいっているわけではない。

 冗談であることはナツキも分かる。つまりは、矢神の足取りは掴めていないということだ。

 ナツキは一度、八部江と合流するようにジバシに命じた。


 連絡があったファストフード店へ駆けつけた、ジバシとナツキ。すぐに八部江に合流した。

 その頃には八部江も随分と落ち着きを取り戻していた。もしくは、頼りになる二人と合流できたために落ち着いたのかもしれない。

 すぐに三人は逃走した矢神の足取りを掴むべく、町を走り回りながら聞き込みを始めた。逃走した矢神の目撃情報があるかもしれないからだ。ジバシの尾行の目を欺き続けた矢神がそのような失態を冒すとは考えにくいが、矢神は綾瀬を連れているのだ。嫌でも目立つ。

怪しげな人物を見かけなかったどうかを手当たり次第に聞いて回っているが、有力な情報は得られない。

徐々に焦りを覚え始めたころ、そんな三人に――正確には八部江に、一人の人物が声をかけてくる。


「おい、八部江!」


 その人物とは、八部江やジバシのクラスメイトだった。

 彼は必死に聞き込みをしていた八部江の姿をみると、駆け寄ってくる。


「何か、こんなのを渡されたんだけど。矢神からお前に手紙だってよ」


 詳しい状況は何も知らないようで、言伝を頼まれただけの彼は不思議そうな表情のまま八部江に手紙を差し出した。


「見せてくれ!」


 手紙を半ばひったくるようにして受け取った八部江は、すぐに封を切り目を通す。

 その手紙には簡素に、こう書かれていた。



『八部江へ、町外れの廃ビルの屋上で待つ。綾瀬さんを返してほしければ、僕のところまで来い』



 指定された場所は町外れの一角。その辺りは最近進んでいる都市開発からあぶれ、取り残された古い建物が密集した区画だ。必然、人通りもほとんどなく、代わりに悪い噂が絶えず地元の人ですら滅多に近寄らない。

 まさにFHのような集団が潜伏するにはうってつけとも言える区画だ。

 その中の一つ、かつてはホテルとして使用されていた大きなビルの屋上。そこが指定場所。


「これリンチされるやつだ、ヤベェ」


 そんな不穏な場所に呼び出されるのだ。素人の八部江でも、待ち伏せの一つや二つあって当然だと考える。


「……先輩、どうします?」


 八部江は手紙を見せながら、こういった荒事に慣れているジバシに判断を仰ぐ。

 ナツキも二人のもとへ寄ってきた。


「支部長も、これ見てください。手紙です」

「なるほど……」


 どう考えても罠の可能性が高いこの誘い。三人は頭を悩ませる。

 だがこうしている間にも、連れ去られた綾瀬真花が危険に晒されているかもしれない。

 支部長であるナツキが、小さく口を開いた。


「……行くか」


 その言葉に八部江は表情を明るくし、一方でジバシは険しい顔つきになる。


「行くんですか?」


 敵の数も不明にも関わらず、呼び出されるまま素直に向かうのはリスクが大きい。事前の準備や調査をするべきなのでは、とジバシは訴えるが。


「当たり前だ」


 そういって不敵に笑うナツキに何も言えなくなる。


「行きましょう、二人とも!」


 八部江は一刻も早く綾瀬を助け出したいようで、このままでは一人でもFHのアジトへ突撃してしまいそうだ。

 そんな二人を見てしまっては、ジバシも諦めるしかない。

 それに綾瀬はジバシにとっても、大切なクラスメイトの一人なのだ。元から助けにいかないなんて選択肢はあるはずもない。

 八部江、ジバシ、ナツキの三人はFHから綾瀬真花を取り戻すべく、呼び出された廃ビルへと向かった――。

次はいよいよクライマックスフェイズに突入していきます。

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