クライマックスフェイズ
いよいよクライマックス。
細く薄暗い路地をいくつも通り、目的のビルまでやってきた三人。ここが、FHが潜伏しているとされるアジト。そして矢神からの手紙で指定された場所だ。
三人は急いでビルを駆け上がった。警戒してはいたが特に罠などはなく、目的である屋上へと続く鉄の扉まで何事もなくたどり着く。
扉の前で一度立ち止まり、八部江たち三人は顔を見合わせる。準備も覚悟も出来ていると、互いに頷き合った。
そのまま三人は蹴破るようにドアを開け、屋上へと飛び出した。
夕日に照らされる屋上は、まるで血で染められたかのように一面が真っ赤だ。そんな屋上の片隅に、手足を拘束された綾瀬真花の姿を見つける。
彼女も勢いよく屋上へとやってきた三人に気がつき、八部江に助けを求め叫んだ。
「八部江くん、助けてっ!」
「真花ちゃん、大丈夫!?」
すぐに彼女へと駆け寄ろうとする八部江。だがしかし、そんな二人を遮るように“シューラヴァラ”矢神秀人が現れる。
彼は八部江を見ると満足そうに一つ頷いた。
「来たね。待っていたよ、八部江」
「俺はキミに用はない! さっさと真花ちゃんを返せ!」
「そういうわけにはいかないよ。綾瀬さんは僕と一緒に来るんだから」
「気持ち悪いんだよ、このストーカー!」
八部江が罵声を浴びせる。しかし矢神は綾瀬を手に入れた優越感からか嫌味に満ちた笑みを浮かべて、
「ストーカーなんてよく言うよ」
と、どこ吹く風だ。
八部江の後ろでは、ジバシとナツキの二人も矢神をにらみ付け、油断なく身構えている。
矢神は芝居がかった動きで両手を広げ、クツクツと喉を鳴らして気味悪く笑った。
「綾瀬さんに僕らのことを分かって貰うには目の前で戦うのが一番だと思ってね。さぁ勿体ぶらずに見せてやりなよ、八部江! キミの本当の姿を!」
綾瀬は矢神の言葉の意味が分からずに困惑しているようだった。
だが、矢神の挑発と綾瀬の身に迫る危機から、八部江の中で怒りと焦りの感情が高まる。
「うおおおぉぉぉぉぉぉっ!」
そしてその感情に呼応するかのように、彼の体内のレネゲイドが急速に活性化を始めた。それは無意識のうちに彼の周囲に影響を与えるほどだ。
八部江の周囲の小石が何かの力を受けているようにカタカタと振動を始める。それは次第に大きくなり、そして――。
「返せよっ!」
まるで威嚇するかのように大きな音を立てて、八部江の周囲のコンクリートが高重力の負荷に耐えきれず砕けた。破片が宙を舞い、そしてそのまま地面に落ちることなく空中で静止する。
突如起こった不可解な破壊現象に綾瀬は、ひっ、と小さく悲鳴をあげた。
ただでさえクラスメイトである矢神に誘拐され状況も分からずに混乱していた綾瀬は、頭の整理が追いついていない。
そして目の前で起きた異常な現象と、バス事故の夢の中で怪物が起こした破壊が不意に、彼女の頭の中で結びつく。その瞬間、助けに来てくれたはずの八部江がひどく恐ろしい怪物の姿と重なった。
得体の知れない恐怖に顔を歪め、綾瀬は叫ぶ。
「どういうこと!? あの怪物は貴方だったのっ!?」
綾瀬を巻き込んでしまったこと、そして彼女に隠し事をしていた罪悪感に、八部江は悔しそうに顔を歪める。だが、それも一瞬のこと。
ここに来た理由は、彼女を助けるため。
迷いを振り切り、躊躇いを捨て、後悔を置き去り、八部江は自分の感情をさらけ出す。
「怪物なんて関係ない! 君を守りたいんだ、分かってくれっ!」
どこまでも素直で、何よりも真摯で、呆れるほどに純粋な『守りたい』という想い。
その真っ直ぐな想いに、綾瀬は瞳を瞬かせた。
しかし、その想いを踏みにじる悪意がここにある。
「綾瀬さん、騙されちゃいけない。八部江は君を騙しているんだ。もう人間じゃないのに、人間のフリをしているんだよ」
いや、それはもしかすると悪意ではないのかもしれない。矢神も、綾瀬を想う気持ちに偽りはないのかもしれない。だがそれはどうしようもなく、決定的に歪んでしまっている。
「同じチカラを持つ僕らをジャームだなんて呼んでバケモノ扱いするくせに、自分たちは違うつもりでいる。自分たちはまだ人間のつもりでいるんだ。FHでは、そういう連中のことをこう呼ぶんだ」
人の理から外れてしまった矢神が、同じく人の理から外れた八部江をあざ笑うように、残酷で醜悪な笑顔で告げる。
「――裏切り者、ってね」
八部江が矢神をにらみ付ける。だがその視線すら心地よいと、矢神は表情を崩さない。
「キミを目の前で殺せば綾瀬さんも覚醒するかもしれない。さぁ殺し合おう、八部江!」
叫び、矢神は自らの内側で荒ぶるレネゲイドを解放した。
彼の中に渦巻く凶悪な感情を糧に力を増したレネゲイドが、相手を飲み込むほどの圧力でもって周囲に伝染する。
八部江、そしてジバシやナツキも、その強力な矢神のレネゲイド反応に呼応するように自らの内側のレネゲイドが活性化したのを感じ取った。
ドクン、ドクンと心臓が激しく脈打ち、体の奥底から抗いがたい衝動があふれ出す。
――全てを破壊したい。
――強者と戦いたい。
――何もかもが憎らしい。
レネゲイドが呼び覚ます黒い衝動に飲み込まれそうになる三人。
だが彼らには大切な、守るべきものがある。その絆の力が、黒い衝動を押さえ込んだ。
意思を強く持ち、三人は自らのレネゲイドを制御してみせる。
周囲の光が屈折するほどの高重力。風を纏い、自らも一陣の風となるべく腰だめに構えられた日本刀。触れたもの全てを灰に還す灼熱の炎。
それらの力は全て、自分の欲望のためではなく、誰かのために振るわれる。たとえバケモノと呼ばれようとも彼らは自らの日常を、そして誰かの日常を守るために超常の力を使うのだと、その覚悟を持って。
八部江と矢神の視線がぶつかりあい、戦いの火蓋が切られる。
先制でシューラヴァラがレネゲイドを使い、エフェクトを行使した。彼の背後の何もなかった空間に、突如として鉄の投げ槍が生み出される。
物質を変化させる能力――モルフェウスシンドロームだと、すぐにナツキとジバシは当たりをつけた。
投げ槍は次々に生み出され、十を超え、二十を超え、そして空を埋め尽くすほどになった。それらの切っ先一つ一つが殺意を持って、八部江達を狙っている。
「食らえ!」
シューラヴァラが右腕を突き出し叫ぶ。その号令により、宙に浮かんだ槍が八部江達に一斉に牙をむいた。視界を覆い尽くすほどの槍は、嵐のごとく彼らに降り注ぐ。
回避は不可能な致死の雨。それに真っ先に反応したのは、なんと八部江だった。
彼の心の中にある『誰かを守りたい』という想い。その強い想いに、レネゲイドが応える。
かざした八部江の手に従うように、地面が大きく隆起する。以前、ディアボロスとの戦いでもみせた即席の盾だ。
しかしあのときとはまるで規模が違う。盾なんてものではなく、もはや城壁。支部長一人だけではなく、仲間全員を覆うほどだ。
持ち上げられたコンクリートの壁と無数の鉄槍がぶつかりあい、削り合う。
轟音が響き、砂埃が周囲を覆い隠す。
八部江の作った城壁は矢神の放った槍を次々と受け止め、防ぐ。――が、最後の最後で耐えきれずに崩壊し、数本の槍が八部江たち三人の体を貫いた。
夕日の赤に重ねるように、流れる血が地面を染める。たまらず三人は膝をついた。
ジバシやナツキの二人はエージェントとして戦い慣れているため、痛みに顔を歪めながらもすぐにレネゲイドを体の回復に回す。
だが、つい先日までただの一般人だった八部江にとっては初めての大怪我。真っ当に生きてきた高校生は、体中を槍で貫かれる痛みなど知らないだろう。
生まれて初めての激痛に息が詰まり、悲鳴を上げることすら出来ない。
今の攻防ではっきりと分かった。オーヴァード同士での戦いにおいては、八部江よりも矢神の方が強い。戦闘経験の差もそうだが、矢神は自身の理性を捨てレネゲイドを暴走させているからだ。
体内の血と熱が流れだし、八部江の意識が薄れていく。
だが――これで気を失っている場合ではない、と八部江は自分を奮い立たせた。
ここで自分が倒れたら、誰が真花を守るのか。
目の前のシューラヴァラに対する怒りが、痛みを乗り越え、八部江に再び熱をともす。
「……ぉぉぉ! ゆ゛る゛さ゛ん゛ !」
足に力を込めて地面を踏みしめる。叩きつけた足の裏にじわりと広がる鈍痛が、八部江に喝をいれる。
「ひねり潰してやるっ!」
獰猛に吠え、八部江が拳を握った。彼の周囲を漂う魔眼が光を放ち、空間をねじ曲げシューラヴァラを押しつぶそうとする。
シューラヴァラは危険を察知し、すぐに揺らぐ空間から離れようとする。が、それを重力の檻が逃がさない。揺らいだ空間に引き寄せられ、彼の左腕が屈折に巻き込まれた。歪に折れた骨が腕の皮を突き破って飛び出し、血をまき散らす。
呻き声をあげるシューラヴァラ。
だがすでに暴走状態にあるシューラヴァラは腕の一本を折った程度では止まらない。
「この野郎!」
自らも血を流しながら、八部江は悪態をついた。
そんな悪い夢のようなクラスメイト二人の殺し合いを見て、綾瀬は悲鳴をあげる。早く決着をつけないと、彼女の心が壊れてしまいかねない。
次に動いたのはジバシだ。
体を槍で貫かれたジバシもボロボロだが、足が無事なら走れる。
日本刀を抜き、音の壁を突き抜けて疾走する。あまりの速さにシューラヴァラはまるで反応出来ていない。
シューラヴァラとの距離を一瞬で詰め、踏み込み、その首目がけて切りかかる。日本刀の切っ先がシューラヴァラの喉へと吸い込まれ、切り裂いた。
刀を振り切り、残心を取るジバシ。一拍遅れて、彼の背後に立つシューラヴァラの首から勢いよく血が噴き出す。
大怪我をしている体が速度に耐えきれず、ジバシの口からも血が零れる。意識が、遠のいていく。
だが、奴の首を切った。これで――
「まだだ!」
――終わってなどいない。
裂けた喉を震わせ、かすれた声で叫ぶシューラヴァラ。明らかな致命傷だが、レネゲイドが彼の執念を糧として作用し、命をつなぎ止める。
体から力が抜け、前のめりにジバシは倒れ込みそうになる。
だが敵は必ず仕留めるという執念が、ジバシの薄れかかった意識を再び繋いだ。
歯を食いしばり、地面を踏みしめる足に、そして刀の柄を握る手に力を込める。体をひねり、振り返りながらシューラヴァラ目がけて二撃目を放つ。
今まで何人もの敵を打ち破ってきた、ジバシの誇る必殺の斬撃。
「死告天使!」
振り上げた上段の刃が、夕日を弾いて煌めいた。
シューラヴァラはもつれる足で避けようとするが、ジバシの踏み込みの方が何倍も速い。
胴体をばっさりと切りつけ、衝撃波がシューラヴァラの体を屋上の端まで吹き飛ばす。彼はその勢いのまま地面へと叩きつけられた。衝撃で肺の中の空気が、血と共に吐き出される。
転がるシューラヴァラへと追撃を加えるべく、ジバシは走り出した。
さらに、それに続く形でナツキも炎剣を手に、シューラヴァラへとかけ出す。
「があぁぁぁ!」
獣のような咆哮をあげて、シューラヴァラが暴走したレネゲイドを使った。再び投げ槍を作り出し、それらを間髪入れずに三人目がけて射出する。
闇雲に撃ち出された槍だが、数が多い。ジバシは槍の隙間を縫うようにしてどうにか避けることが出来たが、ナツキと八部江の二人は槍の攻撃を受けてしまう。
槍の切っ先が体を裂く痛みに、二人の顔が歪む。
槍を滅多撃ちするシューラヴァラにジバシも容易には近づけなかった。
だからこそ、八部江の力が炸裂する。
重力制御により生み出される斥力が不可視の鉄槌を形成する。揺らぎ、屈折し、そこに象られるのは八部江の怒り。
それがシューラヴァラ目がけて振り下ろされる。
「食らえ! 黒の鉄槌!」
解き放たれた斥力がシューラヴァラを上から叩きつけ、彼の周囲のコンクリートが陥没した。ボロボロのシューラヴァラの体は過重力に耐えきれず、地面に叩きつけられる。
シューラヴァラの制御下にあった宙の鉄槍はその力を失い、次々と地面へ落ちていく。
負荷に耐えきれず潰されたシューラヴァラの体は再生を始めた。
「まだだ……! まだだ……!」
ここまで傷ついてなお衰えないシューラヴァラの戦意――執念は驚嘆に値するものだ。
だが気持ちに体が追いついていない。レネゲイドの力で傷の回復を始め立ち上がろうとするが、酷使した体には力が入らず、もがくだけだ。
もう、彼に戦うだけの力は残っていない。
そこへ、一人の男がやってきた。ビルからビルへと飛び移って屋上へと現れたのは、“ディアボロス”春日恭二。
さらなるFHエージェントの登場に、八部江たちは身構える。
だが、彼は事を構えるつもりはないらしい。側で横たわるシューラヴァラを冷めた目で見下ろすと、
「ここまでだな」
と小さく呟いた。
それから乱暴にシューラヴァラを担ぎ上げると、憎々しげな表情で八部江達を睨む。
「次に会うときは、こうは上手くいかんぞ」
そう捨て台詞を残すとディアボロスは屋上から飛び降り、逃げ出した。
「逃げたか」
脅威が去り、ジバシは日本刀を鞘へしまう。
そして八部江はすぐに綾瀬の無事を確かめるべく、彼女に駆け寄った。
綾瀬は気を失っていた。
「綾瀬さん、起きて!」
八部江が綾瀬の体を軽く揺らすが、意識を取り戻しそうにはない。だが目立った外傷はなく、呼吸も安定している。ただ、戦闘の衝撃で気を失ってしまっただけだろう。
そのことに気がついた八部江は安堵の息を吐き、彼女の体を優しく抱き上げた。いわゆる、お姫様抱っこというものである。
「おいおい、お尻触るなよ」
ジバシが冷やかすように言ってくるが、八部江は戦闘の疲れもあり、言い返す気にならなかった。少し恥ずかしそうにしながらも、綾瀬を大事に抱え、連れて帰る。
三人は戦場となったビルの屋上を後にし、綾瀬をUGN傘下の病院まで連れて帰った。
その後、綾瀬には病院で記憶処置が再び行われることとなる。
彼女は、こちら側に来てはいけない。
そう、八部江は思った。
例え綾瀬を騙すことになっても、彼女をこんな危険な世界に巻き込みたくはなかった。
こうして八部江たちはFHの魔の手から、一人の少女を取り戻した――。
・死告天使
ジバシ君の必殺技名。元ネタはとあるソシャゲのキャラより。キャラメイクの参考にしたわけではないようですが、響きが格好良いので採用。
・黒の鉄槌
八部江君の必殺技名。ダブルクロス、バロールの攻撃スキルに、格好良いルビを振って読んだもの。
支部長にも格好良い必殺技はありましたが、残念ながら使われることはありませんでした……。




