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LAST DAYS ON THE EARTH

 国家も宗教も、民族の枠組みさえ最早無くなった時代の物語。今は聞き慣れない暦を引用するのもはばかれるほどの未来の物語。

 飯島希香のりかは、トランジスタラジオから流れてくる、オルゴールの音に身を委ねていた。静かで優しい響き。懐古趣味も未来志向も区別のなくなった時代では、自分の趣味嗜好に忠実であるのがベストだ。長い睫毛、深い二重瞼の希香はそう思っていた。

 トランジスタラジオからは、録音された人工音声が流れてくる。人工音声は地球に近づきつつある巨大隕石についてアナウンスしている。

「今から3500時間後に地球に衝突する巨大隕石は、その軌道を変えることなく、地球に接近しています。地球最後の日まで極わずかです。みなさんも最後のひと時をより充実したものにするようお楽しみください」

 希香はショートボブの髪の毛をサラリと掻き上げて、軽くハミングすると、嬉しげに目を細める。地球最後の日か。悪くない。そんな日は好きな音楽と、好きな絵に囲まれて、好きな人と過ごすに限るね。そう希香は考えていた。巨大隕石が地球に衝突するのは3500時間後でも、もっと早く隕石の影響で、地球は壊れてしまうかもしれない。だから今日が地球最後の日かも。そう思い立つと、希香はいてもたってもいられず、ボーイフレンドと約束した待ち合わせ場所へと、出掛けて行く。

 希香のボーイフレンドの名前は海川望人もちひと、天体観測が趣味で、音楽をこよなく愛する、お洒落な男の子だ。希香は彼の軽くてポップな趣味や性格が大好きだった。そうだ。彼に会いに行こう。希香はそう胸の内で呟いて、歩いて約束の場所へと向かう。近くの公園では白い鳩がエサをついばんでいる。公園の片隅で、身をうずくまらせる白い野良猫は地球の最後を悟ったように、優しく現実を受け入れるかのように、静かに瞳を閉じている。

 いいね。最高の日じゃん。そう思いながら、路地を希香は駆けていく。望人の待つ小振りなドームまであと少しだ。そう思うと希香の胸の鼓動は高まった。いつの時代も、地球最後の日だって人は変わらないものだね。大好きな人に会う時はいつでも、胸が高まるものなんだから。そう希香は大きく息を吸って歩みを速めていく。

 ドームでは、その中央で、膝を抱えて、望人が腰を下ろしている。望人は希香に気が付くと、おーい、と手を振って呼び寄せる。ドームには望人以外に人はいない。希香は嬉しくなって、駆け足で望人の傍に近づく。望人は落ち着いた口調で希香を招き入れる。

「いらっしゃい。希香。良く来たね」

 これが地球最後の日だなんて信じられない。そう思いながら、希香は望人の隣に腰掛ける。二人は両膝を両腕で抱えると、背中を合わせて座り込む。腰を下ろした二人には悠久の時間が流れていくようであった。望人は口を開く。

「太陽系の惑星はほとんどが死滅して、人類の移住先はもうなくなってしまった。人類はやっぱり地球に始まり、地球に終わるしかなかったんだよ」

 望人の言葉に希香は頷く。望人は自分の考えを話してみせる。

「地球は抗菌作用を施されたカプセルのようなものだった。何ものにも汚されず、何ものにも傷つけられない」

 そして透明色をしたドームの天蓋から覗く、どこまでも透き通る青空を望人と希香は仰ぎ見る。

「そのカプセルが壊れちゃうんだね。小さな、小さな石っころがぶつかって」

 希香の言葉に望人は、そうだねと答える。希香は一息、息を吸って望人に尋ねる。

「望人は何か思い残したことある?」

 望人は照れたように、でも確かな繊細さと真摯さをもって答える。それは過去も未来もない二人には余り意味のないことだった。ロマンティックな意味合いと響きを持つという以外は。望人は口にする。

「子供。子供は欲しかったかなぁ。子供は、欲しかった」

 その言葉を聞いて希香は嬉しそうに頬を緩ませる。彼女も同じ気持ちだったからだ。希香は微笑む。

「子供。何だか不思議な響きだね」

 望人も頷いて笑みを見せる。今の二人は、望みも悲しみもない平穏に包まれていた。望人は思い出したように話をする。

「昨日、僕は地球史を読んだよ。十何億年にも及ぶ地球史を。楽しかった」

 希香は今、この瞬間にしか「永遠」は存在しないと知っていたが、地球の最後に、地球の歩んだ道のりを振り返るのも悪くない。そう思って望人に訊く。

「何て書いてあったの?」

 望人は、少し遠くを涼しげな瞳で見つめる。

「多くの人が生き、多くの人が亡くなった。壮大な物語。語り尽せない。明日。明日がもし僕達にあったら、その本を貸してあげるよ」

 「明日がもしあったら」。その「もし」が、二人には最早何の意味も持たないのを望人と希香は知っていた。希香は背筋を伸ばし、そっと望人の右手に触れる。

「地球の最後に、望人の傍にいれて良かった」

「僕もだよ。ホントに良かった。ずっとこのままの気持ちを抱いていたいよ。ずっと二人でいられるなんて幸せだ」

「ありがとう。私もだよ」

 二人は気持ちを確かめ合い、とても満たされていた。静かに悠遠の時が刻まれていく。こうして二人は……、二人は……。ガガッ! ガガッ! バタンッ! ゴロゴロゴロッ!

 突如としてリビングの床を、人が倒される音が響く。ゆったりと安らかな物語が語られる中、語り部の「オズマ」の身に何かが起こったのだろうか。暦さえ語る意味のなくなった、未来の地球にいた私達の意識と心は、宗一郎のこの言葉とともに2014年の東京に舞い戻る。

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