第2話 存在しない記憶
第2話 存在しないはずの少年
――夢を見ていた。
どこまでも続く、真っ白な世界。
空も、大地も、地平線さえも存在しない。
ただ、白い空間だけが果てしなく広がっている。
その中心に、一人の少年が立っていた。
白い髪。
血に染まった制服。
そして、何かを失ってしまったような、ひどく悲しげな瞳。
少年はこちらに背を向けている。
「……おい」
神代玲は声をかけた。
返事はない。
「なあ、あんた……」
少年が、ゆっくりと振り返る。
その顔を見た瞬間。
玲の呼吸が止まった。
知らない顔だった。
会ったこともない。
名前すら知らない。
それなのに。
どうしてだろう。
その少年が、ひどく懐かしかった。
「……誰なんだ?」
問いかける。
少年の唇が動いた。
しかし、声は聞こえない。
代わりに、白い空間に無数の亀裂が走った。
パキッ。
乾いた音が響く。
足元が崩れ始める。
「っ……!」
玲は慌てて後ずさった。
亀裂の向こうには、真っ暗な空間が広がっていた。
その奥から、何かがこちらを見つめている。
視線。
無数の視線。
人間のものではない。
まるで世界そのものが、玲という存在を観察しているかのようだった。
そして。
『――返して』
声がした。
少女の声だった。
『……返して』
どこかで聞いたことのある声。
『あの人を……返して』
玲が振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。
白い髪。
青い瞳。
昨日、校門で見かけた少女。
少女は玲を見つめていた。
その表情は、悲しみに満ちている。
「……お前は」
玲が手を伸ばした瞬間。
少女の背後に、黒い文字が浮かび上がった。
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文字が赤く点滅する。
次の瞬間、少女の姿が歪んだ。
「待て!」
玲は叫んだ。
「お前、何を知って――!」
その言葉が終わるより早く。
世界が砕けた。
◇ ◇ ◇
「――っ!」
玲は勢いよく上体を起こした。
荒い呼吸。
額には汗が滲んでいる。
見慣れた自分の部屋。
カーテンの隙間から、朝日が差し込んでいた。
「……夢、か」
玲は片手で顔を覆った。
心臓が激しく脈打っている。
また、あの少年だった。
白い髪の少年。
昨日見た夢にも出てきた人物。
しかも今度は、校門に現れた少女までいた。
「……何なんだよ」
ただの夢。
そう片づけるには、あまりにも現実味があった。
玲はベッドから降り、洗面所へ向かった。
蛇口をひねる。
冷たい水で顔を洗い、鏡を見上げた。
そこには、いつもと変わらない自分が映っている。
黒い髪。
眠たげな目。
どこにでもいる、普通の高校生。
だが。
「……え?」
玲は目を見開いた。
鏡の中の自分が、笑っていた。
玲自身は笑っていない。
なのに。
鏡の中の少年だけが、口元を歪めている。
「……っ!」
玲は反射的に後ずさった。
その瞬間。
鏡の中の自分が、口を動かした。
『まだ、気づいていないのか』
声は聞こえなかった。
しかし、唇の動きだけで意味が理解できた。
次の瞬間には、鏡は元に戻っていた。
玲はしばらく、その場から動けなかった。
「……勘弁してくれよ」
昨日から、何もかもがおかしい。
時間が止まる。
得体の知れないものに襲われる。
見知らぬ少年の夢を見る。
そして今度は、鏡の中の自分が勝手に動いた。
もし、これが現実なのだとしたら。
自分は、いったい何に巻き込まれているのだろう。
「玲ー! 遅刻するわよ!」
階下から母親の声が響いた。
「……分かってる!」
玲は慌てて返事をした。
いつもの朝。
いつもの家。
いつもの声。
それだけが、今の玲にとって唯一の救いだった。
◇ ◇ ◇
「おっそい!」
学校へ向かう途中。
待ち合わせ場所の交差点で、白峰澪が腕を組んで立っていた。
「……悪い」
「何分待ったと思ってるの?」
「五分くらい?」
「十二分!」
「細かいな……」
「十二分は細かくない!」
澪は頬を膨らませた。
玲は苦笑しながら、その隣を歩き始める。
いつもの通学路。
住宅街を抜け、小さな公園の横を通り、大通りへ出る。
毎日繰り返してきた光景。
だが、今日は何かが違って見えた。
電柱。
信号。
道端に咲いている花。
そのすべてが、どこか薄っぺらい。
現実なのに、現実ではないような。
「……玲?」
澪が顔を覗き込む。
「さっきから変だよ」
「そうか?」
「そう。昨日からずっと」
玲は視線を逸らした。
「寝不足なだけだって」
「……本当に?」
「ああ」
澪はしばらく玲を見つめていた。
そして、小さくため息をつく。
「昔からそうだよね」
「何が?」
「何かあると、すぐ一人で抱え込むところ」
「……そんなことないだろ」
「あるよ」
即答だった。
「小学校のときだって、私が怪我したら自分のせいだって勝手に落ち込んでたし」
「あれは俺が無理に誘ったから――」
「ほら、そういうところ」
澪は玲の額を指で軽く弾いた。
「困ってるなら、ちゃんと言いなさいよ」
玲は何も言えなかった。
澪の言葉が、胸の奥に残る。
だが。
話せるはずがなかった。
昨日、世界が止まったこと。
自分が謎の存在に襲われたこと。
そして、自分自身が世界にとって異常な存在かもしれないこと。
そんな話をして、澪を巻き込むわけにはいかない。
「……そのうちな」
玲は曖昧に笑った。
澪は不満そうだったが、それ以上追及してこなかった。
そのとき。
交差点の信号が赤に変わった。
二人は足を止める。
車が目の前を通り過ぎていく。
一台。
二台。
三台。
そして。
――四台目。
玲の心臓が跳ねた。
銀色の乗用車。
運転席には中年の男性。
助手席には小さな女の子。
その光景を見た瞬間。
玲の頭の中に、ありえない映像が流れ込んできた。
急ブレーキ。
甲高い悲鳴。
横断歩道へ飛び出す自転車。
そして。
衝突。
「……え?」
玲は瞬きをした。
目の前の道路では、銀色の車が何事もなく走っている。
事故など起きていない。
だが。
次の瞬間。
車の向こう側から、一台の自転車が飛び出してきた。
――同じだ。
さっき、頭の中で見た光景と。
「危ない!」
玲は叫んだ。
その瞬間、銀色の車が急ブレーキをかけた。
タイヤが悲鳴を上げる。
自転車の少年が顔を強張らせる。
衝突まで、あと一瞬。
玲は反射的に手を伸ばした。
「――止まれ!」
その瞬間。
世界から音が消えた。
車が止まった。
自転車が止まった。
風が止まった。
飛び散った砂埃さえ、空中に静止している。
しかし。
今度は昨日とは違った。
玲には、はっきりと感じられた。
何かが、自分の内側から流れ出していく感覚。
熱でもない。
痛みでもない。
まるで、身体の奥から大切な何かを引き抜かれているような。
「……っ!」
玲の視界が白く染まった。
次の瞬間。
世界が動き出す。
銀色の車は、横断歩道の手前で停車していた。
自転車の少年は、何事もなく道の向こう側を走っていく。
事故は、起きなかった。
「……あれ?」
玲は呆然と呟いた。
今、確かに何かが起きた。
時間が止まった。
そして、目の前で起こるはずだった事故が消えた。
けれど。
「玲?」
澪が不思議そうにこちらを見ていた。
「どうしたの? 急に大声出して」
「……え?」
「止まれって叫んでたじゃん」
「いや、今……車が……」
「車?」
澪は道路へ目を向けた。
「普通に止まってたけど?」
「……そう、なのか?」
「うん。信号赤なんだから当たり前でしょ」
玲の背筋に冷たいものが走った。
周囲の誰も、異変に気づいていない。
それどころか。
最初から事故など起きるはずがなかったかのように、世界が整っている。
――書き換わった。
そんな言葉が、脳裏に浮かんだ。
玲は自分の右手を見下ろした。
震えている。
何かをした。
自分は確かに、何かをしたのだ。
だが。
何をしたのか、説明できない。
そして、もっと奇妙なことがあった。
「……なあ、澪」
「ん?」
「俺たち、小学校のとき……どこの公園で遊んでたっけ?」
「は?」
「ほら、よく行ってた公園」
「急に何?」
「いいから」
澪は怪訝そうに首を傾げた。
「東町公園でしょ。毎日のように遊んでたじゃん」
「……ああ」
そうだ。
東町公園。
名前は知っている。
場所も分かる。
でも。
思い出せない。
そこで澪と遊んだ記憶が、一つも浮かんでこない。
昨日までは覚えていたはずなのに。
ブランコ。
滑り台。
夕方まで遊んで、二人で怒られたこと。
そんな何でもない思い出が。
まるで、最初から存在しなかったかのように消えていた。
「……玲?」
澪が心配そうに見つめてくる。
「顔色、悪いよ」
「……大丈夫」
玲は答えた。
しかし、自分でも分かっていた。
大丈夫なはずがない。
今、自分の中から。
確かに何かが失われた。
◇ ◇ ◇
同時刻。
市内某所。
一般には存在しないとされる地下施設。
特異事象管理局、第二観測室。
壁一面に設置されたモニターには、膨大な数値と波形が表示されていた。
その中心で、一人の男が椅子に腰掛けている。
朔だった。
「……へえ」
男は興味深そうに画面を眺めた。
モニターには、市内の交差点を映した監視映像が表示されている。
銀色の乗用車。
自転車。
そして、横断歩道の前に立つ二人の高校生。
「これはまた……面白いことになったね」
朔は端末を操作した。
映像が巻き戻る。
交差点へ自転車が飛び出す。
車が迫る。
衝突する。
――はずだった。
映像が、一瞬だけ乱れた。
画面全体に白いノイズが走る。
そして次の瞬間。
車は横断歩道の手前で停車していた。
自転車は何事もなく通り過ぎている。
その間の映像は、存在しなかった。
「……三・七秒」
朔が呟く。
「たった三・七秒で、結果だけが変わった」
端末に、新しい解析結果が表示された。
『事象改変反応を検出』
『発生源:神代玲』
『改変規模:局所』
『因果整合処理:完了』
朔は小さく笑った。
「やっぱりね」
その声には、驚きよりも確信が含まれていた。
男は別の画面を開く。
そこには、古い資料の断片が表示されていた。
ほとんどの部分が黒く塗り潰されている。
唯一、読み取れる文字。
――零時災害。
朔は、その文字をじっと見つめた。
「まさか、あのときの……」
言いかけて、口を閉じる。
脳裏に浮かんだのは、過去の光景だった。
世界が、ほんの一瞬だけ別の姿へ変わった日。
誰も異変を覚えていない中で。
自分だけが、消えたはずの景色を見ていた。
あの日から、朔は探していた。
世界の修正に干渉できる存在を。
そして、ようやく見つけた。
「神代玲……」
朔は静かに名前を呼ぶ。
「君はいったい、どこまで世界を壊せるんだろうね」
そのとき。
別のモニターに警告が表示された。
『未確認事象を検出』
『観測記録に不整合』
『存在消失反応を確認』
朔の笑みが消えた。
「……ん?」
画面には、神代玲の周辺で発生した異常が一覧表示されている。
時間停止。
因果変動。
事象改変。
そして。
『記憶領域の欠損を検出』
朔は椅子から身を乗り出した。
「……記憶?」
解析結果が更新される。
『対象者の記憶情報に変化』
『消失領域:過去の個人的体験』
『消失量:測定不能』
朔の表情が険しくなった。
「……そういうことか」
男は低く呟いた。
「能力が未覚醒のまま発動しているんだ」
もし、予想が正しければ。
神代玲は今、自分の異常性に気づかぬまま能力を使っている。
そして、そのたびに何かを失っている。
問題は。
失われているものが、本当に記憶だけなのかということだった。
朔は立ち上がった。
「……少し、急いだ方がよさそうだね」
男は黒いコートを手に取る。
その目に、普段の飄々とした雰囲気はなかった。
◇ ◇ ◇
昼休み。
玲は教室の窓際で、一人考え込んでいた。
授業の内容は、ほとんど頭に入っていない。
朝の出来事が、何度も脳裏をよぎる。
事故が起こる未来を見た。
それを止めようとした。
すると、世界が止まった。
そして事故は消えた。
代わりに、昔の記憶が消えた。
「……偶然、だよな」
自分に言い聞かせるように呟く。
だが。
心の奥では、分かっていた。
偶然などではない。
「おーい、玲!」
湊が弁当を片手に近づいてきた。
「今日も難しい顔してんな」
「……そうか?」
「昨日からずっとだぞ。何かあったのか?」
「別に」
「その『別に』が一番怪しいんだよな」
湊は玲の前の席に腰を下ろした。
「そういやさ」
「ん?」
「昨日、お前が言ってた話」
「……昨日?」
「世界が一回終わってたらどうする、ってやつ」
玲は顔を上げた。
湊は何気ない調子で続ける。
「ちょっと気になって調べてみたんだよ」
「……何を?」
「世界の終わりに関する都市伝説」
湊はスマートフォンを取り出した。
「ほら、こういうの結構あるだろ。世界滅亡説とか、集団記憶の改変とか」
「……ああ」
「でさ、変なの見つけた」
湊が画面を差し出す。
そこには、古い掲示板の書き込みが表示されていた。
投稿日時は十年以上前。
投稿者の名前は削除されている。
本文は短かった。
『世界は一度、終わっている。』
『だが、誰もそれを覚えていない。』
『覚えているのは、世界そのものだけだ。』
玲の指先が冷たくなった。
「……何だよ、これ」
「面白いだろ?」
湊は笑った。
「しかも、この投稿の続きが妙なんだ」
湊が画面をスクロールする。
そこには、たった一行だけが残されていた。
『零時に、すべては消えた。』
玲の心臓が跳ねた。
――零時。
なぜだろう。
その言葉を見た瞬間、頭の奥に鋭い痛みが走った。
白い髪の少年。
砕けた空。
消えていく街。
そして。
誰かの声。
『――全部、なかったことにしてくれ』
「……っ!」
玲は思わず頭を押さえた。
「おい、玲!?」
湊が慌てて立ち上がる。
「どうした!?」
「……いや」
玲は荒く息を吐いた。
「何でもない」
「いや、全然何でもなくないだろ!」
湊が心配そうに顔を覗き込む。
そのとき。
玲の視界の端で、何かが動いた。
教室の後ろ。
誰もいないはずの場所。
そこに。
白い髪の少女が立っていた。
「……え?」
少女は、静かに玲を見つめている。
青い瞳。
感情の読めない表情。
昨日、校門で見た少女。
「……お前」
玲が立ち上がる。
湊が振り返った。
「ん? 誰かいるのか?」
しかし。
湊には見えていない。
少女は、玲だけを見ていた。
そして。
その唇が動いた。
『……使わないで』
玲は息を呑んだ。
『その力を……使わないで』
「……何?」
少女の瞳が、悲しげに揺れる。
『まだ……足りない』
その瞬間。
教室の窓ガラスに、無数の亀裂が走った。
音はしない。
誰も気づかない。
玲の視界にだけ、世界の異常が映し出されていた。
少女は最後に、こう告げた。
『このままじゃ……あなたが、いなくなる』
そして。
姿を消した。
次の瞬間、教室の窓は元通りになっていた。
「……玲?」
湊の声が聞こえる。
玲は、ただ立ち尽くしていた。
少女の言葉が、頭の中で繰り返される。
――このままじゃ、あなたがいなくなる。
それは警告だったのか。
それとも。
すでに決まっている未来なのか。
◇ ◇ ◇
その日の放課後。
玲は校舎の屋上へ続く階段に座っていた。
窓から差し込む夕日が、床に長い影を落としている。
誰もいない。
静かな場所だった。
「……使うな、か」
玲は自分の右手を見つめた。
何も起きない。
手を握っても、開いても。
そこには普通の手があるだけだった。
「そもそも、使い方すら分からないんだけどな……」
小さく笑う。
しかし、その笑みはすぐに消えた。
もし、今朝の出来事が本当に自分の力によるものだったとしたら。
自分は、事故を防いだことになる。
誰かを助けた。
そのはずなのに。
どうして、こんなにも恐ろしいのだろう。
玲は目を閉じた。
東町公園。
そこに澪と通っていたことは知っている。
なのに、その景色だけが思い出せない。
何をして遊んだのか。
何を話したのか。
どんな顔で笑っていたのか。
何一つ。
思い出せない。
「……俺の中から、何かが消えてる」
言葉にした瞬間、胸が締めつけられた。
これが、力を使った代償なのだとしたら。
次は何を失うのだろう。
友人との思い出か。
家族の記憶か。
それとも。
自分自身なのか。
「――そこまで考えられるなら、まだ大丈夫そうだね」
突然、背後から声がした。
玲は勢いよく振り返った。
階段の上。
そこには、黒いコートを羽織った男が立っていた。
「……あんた!」
「やあ、神代玲君」
朔はいつもの軽い笑みを浮かべた。
「昨日ぶりだね」
「何でここに……!」
「君に少し話があってね」
男はゆっくりと階段を下りてくる。
「それと、一つ確認したいことがある」
「……確認?」
朔は玲の前で足を止めた。
そして、静かに尋ねる。
「今朝、何かを変えなかったかい?」
玲の心臓が跳ねた。
「……何で、それを」
「やっぱりね」
朔の笑顔が消える。
「神代玲君。よく聞いてほしい」
男の声は、今までとは違っていた。
真剣だった。
「君の中には、普通の人間には存在しない力が眠っている」
「……力?」
「事象改変。起こった出来事そのものを書き換える異能だ」
玲は息を呑んだ。
世界が止まった。
事故が消えた。
その理由が、ようやく一つの言葉になった。
「……俺が、そんな力を?」
「まだ完全に目覚めてはいないけどね」
朔は静かに続ける。
「ただし、今の君がその力を使うのは危険だ」
「……どうして」
「代償があるからさ」
玲の喉が鳴った。
「……記憶が、消えるのか?」
朔は一瞬だけ目を細めた。
「……何か、忘れたのかい?」
「昔のことが……思い出せなくなった」
玲は震える声で答えた。
「今朝、事故を止めようとしたんだ。そしたら時間が止まって……事故が起きなかったことになって……」
言葉を絞り出す。
「そのあと、昔の記憶が消えてた」
朔は黙って聞いていた。
やがて、小さく頷く。
「……そうか」
「なあ、教えてくれ」
玲は男を見上げた。
「俺は、何なんだ?」
朔はすぐには答えなかった。
夕日が、二人の間に長い影を落としている。
やがて男は口を開いた。
「君が何者なのか、まだ断言はできない」
そして。
「でも、一つだけ確かなことがある」
朔は玲の目をまっすぐ見つめた。
「君の力は、かつて世界そのものを終わらせた力と、よく似ている」
玲の呼吸が止まった。
「……世界を、終わらせた?」
「ああ」
朔は静かに頷いた。
「世界は一度、終わったことがあるんだ」
頭の奥で、何かが軋んだ。
夢で見た白い髪の少年。
砕けた空。
消えていく人々。
そして、最後に聞こえた願い。
『全部、なかったことにしてくれ』
玲の視界が揺れる。
「……まさか」
自分のものではないはずの記憶が、胸の奥から溢れかける。
朔が何かを言った。
しかし、その声は玲には届かなかった。
代わりに。
頭の奥で、別の声が響いた。
『――まだ、足りない』
知らない声。
けれど、どこか自分自身の声にも似ていた。
『もっと……』
胸の奥で、何かが脈打つ。
『もっと、寄越せ』
その瞬間。
玲の視界が真っ暗になった。
そして、意識が途切れる直前。
確かに見えた。
暗闇の中で。
白い髪の少年が、笑っていたことを。
◇ ◇ ◇
特異事象管理局。
地下深くに存在する、封鎖された記録保管領域。
その最奥部で、一つの端末が突然起動した。
長い間、誰にも触れられていなかった端末。
画面には、古い識別情報が表示されている。
――零時災害。
続いて、無数の文字が流れ始めた。
世界の修正記録。
消去された存在情報。
封印された事象改変能力。
そして。
ある一つの記録が更新された。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【WORLD SYSTEM / WARNING】
ERROR CODE : 001-ECHO
対象個体:神代玲
事象改変能力:未覚醒
能力発動回数:1
代償処理:進行中
存在侵食率:測定不能
警告:
封印存在の活動反応を検出。
警告:
対象内部に未登録の意思を確認。
識別情報を照合中……
照合失敗。
再照合を開始……
――該当する存在は、すでに消去されています。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
その記録を、誰も見ていなかった。
ただ一つ。
世界の奥底に眠る、何かを除いて。
そして。
暗闇の中で、誰かが静かに笑った。
「……ようやく、始まった」
その声は、神代玲には届かない。
けれど確かに。
世界は再び、動き始めていた。
かつて一度、終わった世界が。
再び終焉へ向かう、その最初の一歩を踏み出していた。
――第2話 完。




