第09話 北岡の想い
完結保障、全21話。
毎日投稿予定。
テスト期間が終わった。とりあえずは気楽なキャンパスライフをエンジョイだ。稲田はサークル活動に参加するため部室棟に向かった。活動と言っても何もやることはないのだが。部室に着くとすでに何人か来ていた。稲田は挨拶をして部屋に入る。北岡雅美もいた。部室の隅にあるソファーで隊長が横になって新聞を広げていた。
「お疲れ様です」
「おお、稲田。テスト終わったな。今日は何するんだ?」
「そうですね。みんなでウノでもやりましょうか」
「いいね。やるか」
「賛成ー」
「俺もやりたい」
サークルのみんなは乗り気のようだ。そんな中、北岡がおもむろに立ち上がり荷物をまとめだした。稲田は慌てて声をかけた。
「北岡さん、どこかへ行くんですか?」
「あ、私ちょっと用があるんで帰ります」
「え? もう帰るんですか?」
「ええ」
「そうですか」
「それでは失礼するわね」
そう言うと北岡は部室のドアを静かに開けて帰ってしまった。
(せっかく久しぶりに会ったのにあんまり話せなかったな)
稲田は少し残念に思った。
気を取り直してウノが始まると、佐藤由美が稲田の手札を覗き込むようにして体を寄せてきた。
「稲田、それドロー4でしょ。出し惜しみしてるであります?」
「べ、別に出し惜しみなんて」
「ふーん。稲田って、肝心なところで出し渋るタイプなんだ。今度あたしにも、何か出し渋ったりする?」
意味ありげな笑みを浮かべて言われ、稲田は一瞬言葉に詰まった。
(今の、どういう意味だ……?)
そう思ったのも束の間、佐藤はすぐに手札に向き直り「よーし、ウノ!」と声を上げていた。深い意味などなかったらしい。稲田は自分の考えすぎを苦笑いでごまかした。田中は負けるたびに「これも資本主義的な運の偏在だ」とぶつぶつ言い、山本は終始北岡の帰った後のドアの方を気にしていた。
「山本、昨日の講義出たでありますか?」
佐藤が尋ねると、山本は気だるげに答えた。
「出たよ。寝てたけど」
「それ、出たって言わないであります」
そんな軽口を交わす二人に、稲田は思わず笑ってしまった。
しばらくたったある日、稲田は授業が終わった後、一人で図書館に向かっていた。いつもの教室から図書館へと細い道が続いている。道の両脇には銀杏の木が生い茂り、湿った土のにおいと穏やかな風がそよぎこむ。稲田は学生たちの喧騒を遠くに聞きながらキャンパスの並木通りを歩いた。試験が終わったばかりでレポート提出もないのだが、稲田は考え事をするときにはいつも図書館に行くことにしている。クラスの友達もアルバイトやデートやらで忙しそうだ。
最初はサークルにでも顔を出そうかなとも思ったのだが、最近北岡はサークル機関紙の原稿を書いている途中、ぼーっと外を眺め、ふと何かを思い出したようにさっさと帰ってしまう。隊長もここのところサークルで会わなくなった。
(北岡さんはすぐに帰るし、隊長もほとんどいないし、そんな部室に行ってもつまらないしな。それにしても最近、北岡さん、何かあったんだろうか)
そんなことを考えているうちに図書館に着いた。
「こんにちはー」
いつものように小声で受付に挨拶しながらドアを開けた。稲田はいつもの窓際の席に行こうとしたら、先客が座っている。北岡だ。稲田は小さく挨拶をした。
「あ、どうも。いらしてたんですか」
「こんにちは」
お互いに軽く頭を下げてあいさつをする。そのまま稲田は北岡の隣の席に座った。稲田が鞄から本を取り出すと、横から北岡が話しかけてきた。
「あの、稲田くん。ちょっと相談したいことがあるんだけど」
「はい。なんでしょう」
静かな図書室。北岡は小声で隊長のことを話し出した。
「あなた、隊長からちょくちょく誘われて寮に行ったりしてたじゃない? 最近隊長を見かけないんだけど、どうしているか知ってる?」
「いえ、わかりません。最近は僕もほとんどサークルに行ってないので……」
「そうなの? やっぱり変よ。なんか、最後に会ったのは確か2週間前よ。あの時すごく落ち込んでいたようだし」
「そうでしたか……」
「あの、もしかしたらだけど、隊長の身に何かあったんじゃ……」
北岡は不安げな表情を浮かべる。
「いえ、それは大丈夫だと思います。隊長は気丈な人ですから」
「そっか、よかった。じゃあ、どこにいるのかしら?」
「うーん。どこにおられるのやら」
図書館の受付に座っている司書の人がチラリとこっちを見た。稲田は慌てて席を立つ。北岡も稲田の後に続いた。
「ごめんなさい。こんな話をして」
「いえ、気にしないで下さい」
二人は図書館を出て並んで歩いた。キャンパスの並木通りに気持ちのいい風が吹いている。
「ねぇ、稲田くん。一つお願いがあるの」
「はい。何でしょうか」
「もし、もしもの話なんだけど、隊長が困っていることがあったら助けてほしいの」
北岡は真剣な表情で稲田の目を見つめる。
「もちろんですよ。隊長にはお世話になっていますし、困った時はお互い様です」
「ありがとう」
北岡はホッとした表情を浮かべた。
「でも、どうして北岡さんが僕のところに?」
「それは、あなたが頼りになると思ったから。地雷で吹き飛ばされて無傷で生還した人ですものね」
北岡が吹き出しそうな顔で稲田を見る。
(かわいいな)
と思いながら稲田はこたえる。
「そ、そうですか。嬉しいな」
「それともう一つ、心配していることとは別の理由があって」
「はい」
「私ね、隊長のことが好きなの。初めて会った時からずっと気になっていたんだ」
(突然何を言いだすんだ、北岡さんは)
稲田は一瞬目の前が真っ暗になった。
(落ち着け俺! 隊長と北岡さんが仲がいいというのは最初っから分かっていたことではないか? 北岡さんの気持ちが隊長に向いていることで今更動揺することもないじゃないか)
稲田は必死に自分の気持ちを落ち着かせようとした。動揺を隠しながら話し出す。
「へぇー。隊長のことを、ですか。隊長は男らしいし思いやりもあるし、とても頼りになる方ですからね」
「そうなの。いつも優しくしてくれて。わたし、隊長のことを尊敬しているの」
北岡は頬を赤らめて嬉しそうに話す。
「まあいいわ。そんなことを言っても仕方がないことだから。とにかく隊長を見かけたら私に連絡して」
そう言うなり北岡は踵を返して立ち去ってしまった。
「面白かった!」
「続きが気になる!」
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