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第06話 裏切り者を探せ

完結保障、全21話。

毎日投稿予定。

 夏合宿から数週間が過ぎたある日、部室の空気がいつもと違うことに稲田は気づいた。いつもなら、ソファーの脇には隊長の読みかけの本と飲みかけのペットボトルが転がっている。ところが今日は、そのペットボトルすら綺麗に片付けられていた。いつもは昼寝をしているはずの隊長が、腕組みをしたまま険しい顔でソファーに座っている。机の上には、見慣れない『とりで』のレシートが一枚放置されている。隊長はいつになく水ばかり飲んでおり、誰かが「隊長、昨日飲みすぎたんじゃないですか」と声をかけても、露骨に話をそらした。部員たちも心なしか落ち着かない様子だ。


「稲田、ちょうどいいところに来た。緊急会議だ」


隊長はそう言うと、机の上に一枚の紙を叩きつけるように置いた。今度のキャンプの日程と場所、備品リストが書かれた活動計画書だ。


「この計画書の内容が、知る会の連中にそっくりそのまま筒抜けになっている。江上のやつが定例会で、まるで我々の予定を知っているかのような発言をしていたらしい」


部室に緊張が走った。隊長は一人一人の顔を睨みつけるように見回す。


「つまり、この中に裏切り者がいるということだ」

「た、隊長。まさか僕らを疑ってるんですか」

「疑いたくはない。だが情報が漏れた以上、確かめないわけにはいかない」


隊長は腕組みをしたまま、稲田の方をじっと見た。


「稲田。お前、最近富山だの穂高だのとスキーの話をしていたそうだな」

「え? いや、それはただ趣味の話で……」

「ふん。富山だか穂高だか知らんが、日本海側は昔から諜報活動の拠点になりやすい土地だ。お前、まさか向こうの組織と連絡を取り合っているんじゃあるまいな」

「そんなわけないじゃないですか!」


稲田は思わず声を荒げた。だが隊長は聞く耳を持たない。


(いつも一人でぶつぶつ言ってるだけなのに、なんでそんな大事になるんだ)


「言い訳は結構。お前のバイト先だって、本当に居酒屋なのか怪しいものだ。裏で誰と会っている」

「同僚とシフトの相談をしてるだけですよ!」


部員たちも次々に隊長の詰問を受けた。テスト勉強の相談をしていただけの者は「暗号のやり取りだろう」と決めつけられ、彼女とデートの約束をしていた者は「敵との密会だな」と睨まれた。


一人が耐えかねたように口を挟んだ。


「隊長、それなら俺じゃなくて、昨日コピー機を独り占めしてた田中の方が怪しくないですか」

「田中は怪しいが、怪しいやつが必ず裏切り者とは限らん」


隊長は妙に真剣な顔でそう言うと、また稲田の方へ向き直った。誰も彼もが身に覚えのないことで疑われ、部室はちょっとした取り調べの様相を呈した。


(隊長、暴走しすぎだ……)


稲田がそう思っていた矢先、部室のドアが勢いよく開いた。北岡だった。


「隊長、大変なことがわかったわ」

「なんだ、北岡。ついに証拠が出たか」

「ええ。漏洩の原因、わかったわよ」


隊長の顔がぐっと引き締まる。部員たちも固唾をのんで北岡の言葉を待った。


「昨日の夜、隊長が『とりで』で飲みながら、今度のキャンプの話を大声でしてたでしょう。あの店、江上くんたちもよく使うのよ。隣の席にいたのが知る会の子だったんだって。昨日、とりでにいた友達から聞いたの」


部室がしんと静まり返った。


「……は?」

「あなた、酔っぱらって『今度のキャンプでは新入り部員の選定基準を厳しくする』とか『備品はグランド脇の倉庫に集める』とか、計画書に書いてあることそのまま喋ってたそうよ」


隊長の顔がみるみる赤くなっていく。


「そ、それは……その、記憶にないな……」

「記憶にないじゃないでしょ。何時間もそこで管を巻いてたって、お店の人が言ってたわよ」


稲田をはじめ部員たちは呆気に取られた。今しがたまで裏切り者扱いされていた自分たちの立場を思うと、なんとも言えない脱力感がこみ上げてくる。


「た、隊長。俺たち、さっきまで散々疑われてたんですけど」


稲田が恐る恐る言うと、隊長は気まずそうに視線をそらした。


「……いや、悪かった。まさか自分が情報源だったとは思わなくてな」


一瞬だけ神妙な顔を見せた隊長だったが、すぐにいつもの調子を取り戻した。


「ゴメンゴメン。まあ、なんだ。情報管理の重要性を体で学べたということで、今回のことは良しとしよう」

「絶対良くないです」


稲田がぼやいても、隊長はガハハと笑って誤魔化すばかりだった。


(この人の下にいると、退屈することだけはなさそうだな)


そう思いながら、稲田は詰問されて乱れたままの机の上を片付け始めた。


数日後、稲田は隊長に連れられて、大学近くの公民館で開かれる「定例討論会」とやらに顔を出すことになった。


会場の会議室には長机がコの字に並べられ、すでに十数人の学生が席についている。「語る会」のメンバーが窓際に固まり、その向かいに「知る会」の面々が陣取っていた。


(なんだかクラス対抗の討論会みたいな雰囲気だな)


隊長は北岡や田中恒一、山本浩介、佐藤由美たち部員を引き連れて堂々と入室すると、真ん中の席にどっかりと腰を下ろした。ほどなくして、知る会の代表だという男が現れた。


「よお、久しぶりだな」


隊長が片手を挙げて声をかける。相手も軽く頷いた。がっしりとした体格で、隊長とはまた違う、静かな迫力のある男だ。


「江上。今日は容赦しないぞ」

「望むところだ」


二人は握手を交わし、それぞれの席に着いた。


(あれ、仲良さそうじゃないか)


稲田がそう思ったのも束の間、司会役の学生が開会を告げると、空気が一変した。


「まず語る会から、今期の活動方針について説明を」


隊長が立ち上がり、机を軽く叩きながら早口でまくし立てる。江上はそれを腕組みしたまま黙って聞いていたが、隊長の発言が終わるや否や、静かな声で切り返した。


「その理屈で言えば、去年の総括はどうなる。お前たちの動員数は前年比で三割減じゃないか」


江上が静かに切り込んだ。隊長がムッとした顔で言い返す。


「数字だけを見て本質を語るな。量より質だ」

「質を語るなら、まず自分たちの主張に一貫性を持たせろ」


江上の指摘に、隊長はさらに声を張った。


「それを言うなら、去年の学園祭の件はどう説明する。うちの立て看板を勝手に撤去したのはそっちだろう」

「あれは大学側の指導が入っただけだ。お前たちの申請が遅れていたのが原因だろう」

「屁理屈を並べるな」


淡々とした口調なのに、一言一言が的確に隊長の弱点を突いてくる。隊長は次第にむきになり、声を張り上げ始めた。


「そもそも国家というシステム自体がだな……」


横から口を挟んだのは田中恒一だった。隊長がじろりと睨む。


「田中、お前は黙ってろ。話が大きくなりすぎる」

「す、すみません」


田中はしゅんとして座り直した。


(さっきまで普通に挨拶してたのに、なんだこの豹変ぶりは)


稲田は呆気にとられながら二人のやり取りを見つめた。周りの学生たちは慣れた様子で、時折メモを取ったりあくびを噛み殺したりしている。隣では山本浩介が、討論そっちのけで北岡の横顔をちらちらと窺っていた。反対隣では佐藤由美が、抱えたヘルメットに顎を乗せたまま「ウスッ」と小さくつぶやいた。誰に向けた相槌なのか、稲田にはよく分からなかった。


(この人たち、毎回こんなことをやってるのか……)


一時間ほど続いた討論は、最後まで双方一歩も譲らないまま「では次回、続きを」という司会の一言で締めくくられた。


「隊長、駅まで一緒に行くか?」


先ほどまでの冷ややかな迫力が嘘のように、江上が普段通りの口調で声をかけてきた。隊長も何事もなかったかのように「おう」と片手を挙げる。稲田はその切り替えの早さに、内心少し戸惑った。


会議室を出たところで、稲田は隊長に聞いてみた。


「隊長と江上さんって、昔からあんな感じなんですか?」

「昔は同じ組織にいたんだよ、あの二人」


答えたのは、先ほど隊長に叱られたばかりの田中恒一だった。隊長は不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「思想については一致するところもある。だが、人間としては気に入らん」

「そうなんですか」

「ま、お前が気にすることじゃない」


隊長はそう言うと、さっさと歩き出してしまった。稲田はその背中を追いながら、なんとなく釈然としないものを感じていた。

「面白かった!」

「続きが気になる!」

「今後どうなるの?」

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