第05話 キャンプファイヤーの夜
完結保障、全21話。
毎日投稿予定。
グランド中央で赤々と燃える炎を囲むように、学生たちが輪になっていた。誰かが音頭を取ると、聞き覚えのある部歌が夜のキャンパスに響きわたる。
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「嗚呼、戦線の轟に」
希望にみちたる光の環
つどう我らの道けわし
遠くに見ゆるは麗しのキミ
瞳にまどろむ夢いずこ
駆け抜ける風今日もまた
進む我らの胸響く
遥かな地平にときめく心
キミ紅のくちびるか
嗚呼、戦線の轟に
立ち止まるすべ忘れたる
傷つき倒れ死してなを
我が志、永久に咲く
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声高らかに合唱する学生たち。夜空に浮かぶ星々をよそに、暗くなったグランドに歌声が轟きわたり、立ち並ぶ校舎に木霊した。皆高揚とした表情を浮かべている。稲田は、みんなと一緒に楽しそうに歌っていた隊長に声をかけた。
「あの、先ほどの女性ですが、どういった方ですか?」
「なんだ稲田。あいつのことが気になったのか? しかし、あの女はやめておけ。女性解放連盟初代委員長だ。あいつにとって男は2種類しかいない。敵か手下だ」
少し離れたところから、鋭い声が飛んできた。
「隊長、聞こえてますよ」
「……そうか」
隊長はそれだけ言うと、気まずそうに視線をそらした。稲田は、また隊長の冗談だろうと思ったのだが、自分を拉致した時の女性の命令口調を思い出した。
「あの人、名前はなんていうんですか?」
「ああ言ってなかったか、北岡雅美だ。火傷すんなよ」
隊長は意地悪そうに笑った。キャンプファイヤーの周りではまだ学生たちが歌を歌っている。ビールにバーベキューにフォークソング。自らを活動家などと言っているが、こうして見るとただの学生だ。会場となっている大学キャンパスのグランドの隅には小さい電灯の明かりが灯っている。夜のグランドはさぞかし物寂しいものだろうと想像していたのだが、思っていたよりも明るいので少し意外に感じた。
暫くの間みんな歌を歌いながら楽しそうにしていたのだが、突然グランドの電灯が全て消えた。いきなり真っ暗になった会場。暗がりで学生たちがざわめく。するとその中の一人が大声を上げ、グランド横の校舎の屋上を指さした。
「あそこを見ろ!」
との声に、学生たちが一斉にグランド脇にある4階建て校舎の屋上を見た。と同時に校舎の屋上にスポットライトがあたる。三つの強い光が屋上を照らす。すると、屋上フェンスの内側に5人ほど横一列に等間隔で並んでいるのが見えた。よく見ると軍服を着ているようだ。
(いったい何をやっているのだろう)
と思っていると、5人はいきなり屋上のフェンスを乗り越え、一斉に宙へ飛び出した。
(危ない!)
だが次の瞬間、ロープが伸び、5人は壁面を蹴りながら滑るように地上まで降りてきた。結構な速さだ。地面に着く直前、5人とも同時にロープをつかむ力を強めて落下速度を緩め、無事地上へと降り立った。
その時、会場の暗がりから「カーット!」という声が聞こえた。どこかで聞いたような声だ。声のする方を振り向いてみると、カメラとその周りに3人ほどの人がいた。先日、映画の撮影で見かけた撮影クルーたちだった。軍服を着た5人が綺麗に降下するシーンを見ていた学生たちから、どよめきと共に拍手喝采が起こった。稲田は、そばにいた隊長に質問した。
「あれは一体何なんですか?」
「あれか。映画のワンシーンを撮っているんだ。今日ここでキャンプをやると撮影事務所に連絡したら、その場所を少しの間使わせてくれと頼まれてな。もちろんグランド使用料はいただいた」
(なんともちゃっかりとした隊長なのだろうか。撮影か、ちょっとした余興みたいなもんだな)
そう思いながらキャンプファイヤーのところに戻った稲田なのだが、バーベキューをやっているメンバーを見ると、見かけない人たちが10人程いた。当大学のサークル以外からも人が集まっているようだった。
肉を頬張っていた一人が、稲田に気づいて声をかけてきた。
「お前、新入りか?」
「あ、はい……」
「隊長に目をつけられたなら大変だな」
そう言うと、相手は愉快そうに笑って肉に戻っていった。稲田は曖昧に頷きながら、隊長に聞いてみた。
「あのー。日頃見かけない人たちがいるんですけど、どこからいらしたのですか」
「ああ。あいつらはW大学とH大学とN大学の同志だ。毎回このキャンプで戦闘訓練をやることになっている。当大学が世話役となってここで定期的に訓練を行うのだ」
「訓練というのは一体どのような」
「まあお前は気にすることはない」
(なんだかうやむやにされたような気がするな)
稲田は、深く知るとよくないと思い、それ以上聞くのをやめた。
夜もだいぶ更けてきた。先ほどまでにぎわっていた学生たちのうち、幹部の立場の人たちがグランド脇にある校舎の裏に集まりだす。他大学の学生たちも呼ばれた。学生たちがぞろぞろと隊長についていく。
「稲田、お前も来い。新入りには一度見せておく」
「何をですか?」
隊長は答えなかった。稲田はそのまま後を追った。北岡も一緒だ。隊長は他大学の学生たちを前にし、挨拶もそこそこに突然缶ビールを2缶持ち出した。
「よし。お前らにいいものを見せてやる」
隊長は持ってきた缶ビールを校舎の壁の前にある花壇の上に置いた。隊長はおもむろに銃を取り出した。
(まさか本物でもあるまい)
と思いつつも一瞬緊張が走る。そして隊長は何も言わず缶ビールに向けて引き金を引いた。
(バスッ、バスッ、バスッ)
ガス銃の乾いた音がした瞬間。
(カッ、カッ、カッ)
金属音とともに缶ビールに小さい穴が開いた。穴からビールがこぼれだしている。他大学の学生たちの顔がこわばり少し青ざめているようだ。隊長が静かに言った。
「これが本物の戦いだ」
静かにたたずむ暗い校舎の裏、グランドからわずかに差し込む光が不気味に感じる。
「このガス銃はガス圧を通常の1.2倍に増やしてある。弾はプラスチックではない、同サイズに加工した鉄球だ。近距離で人に向けて撃ったら目や血管に中ると重症を負わせることができる。ただし、有効射程距離は5m。もちろんこれは本物の銃ではない。いわば相手を惑わすためのおもちゃだ。実際に使用する場合はこの銃で相手を先制し、一気に近づいてゲバ棒でぶん殴る」
他大学の学生たちの頬が紅潮しているのが分かる。嬉々とした表情が暗がりに浮かび上がり、不気味さを増していた。隊長が続ける。
「よーし、それじゃあ。次は恒例の火炎瓶の作り方だ。知っている者もいるだろうが、おさらいとして聞いてくれ」
「はい!」
他大学の同志活動家が元気よく返事をする。隊長は缶ビールと一緒に用意していた瓶ビールを手に取り、近くにあった紙コップ数個に中のビールを全て注いだ。紙コップは北岡が準備してくれた。隊長が説明を始める。
「まず瓶ビールを空にして、ガソリンを詰める。栓の代わりに柔らかい布を突っ込んで、奥までじっくり湿らせるんだが、この染み込み具合の加減には熟練がいるんだよなあ。わっはっはっはっは」
「ははははは」
隊長が大声で笑い、他大生も声を大にして笑った。稲田の隣にいた北岡が稲田の方をちらりと見て言った。
「ごめんね、稲田君。隊長は下ネタが多いの。気にしないで」
「は、はい?」
(今の説明で下ネタの部分ってどこだろうか)
稲田にはよくわからなかった。隊長は空になったビール瓶を片手に持ち、体を大きくのけぞらせながら説明を続けた。
「次に投げ方だ。野球のボールのように投げても思うように飛ばない。瓶を持った方の足に重心を掛け、反対側の足へ移しながら、45°の角度で放り投げる。これがK学院方式だ。籠城して機動隊に囲まれた時に使う。まあ、機動隊の放水なんざ、ただの水遊びのシャワーでしかないがな。はっはっはっは」
隊長が大声で笑いながら、グランドのキャンプファイヤーの周りで歌を歌っている本校の学生たちを顎で指す。
「籠城する時は風呂に入らないからな。機動隊の放水がちょうどいいシャワー代わりになっていいんだ」
他大学の同志活動家たちからどっと笑いが起こる。その後は他大学と本校の学生たちと合同でバーベキューの続きとなった。
グランドに戻ると、キャンプファイヤーの炎はまだ赤々と燃えていた。さっきまで楽しそうに見えた炎が、今は少し違って見える。稲田には、ここにいる学生たちが何を目指しているのか、まだよく分からなかった。ただ、その夜は誰も帰ろうとはしなかった。
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