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第04話 同志たちの部室

完結保障、全21話。

毎日投稿予定。

 それからというもの、隊長は稲田を学内で見かけるとちょくちょくお茶に誘った。日頃の隊長の格好はもちろん軍服ではない。サングラスは掛けているが服装は至って一般的で迷彩柄のズボン以外は普通の学生のそれとほとんど同じような恰好をしている。一緒にお茶といってもキャンパスのテラスでコーヒーをおごってくれる程度なのだが、当の稲田にとっては悪い気はしない。それにしても、一緒にいた女性が『コーヒーは資本主義の幻想』だとかなんだとか言っていた気もするが、隊長にとってはどうでもいいことなのだろう。


そんな日が続き、稲田は隊長に誘われて、あるサークルへと顔を出すようになっていた。


隊長は大学の公認サークルの代表をしていた。サークル名は『大学の明るい未来について語る会』(語る会)と言う、取って付けたような名前だ。わざわざ公認サークルというので聞いてみると、なんと大学当局にも認められているしっかりとしたサークルだった。活動拠点となる部室まで手に入れていた。


サークルの活動内容はというと、どうやら学内の機関紙を作っているようだ。稲田が隊長たちに拉致されるときにウッドテラスで読んでいた例の「革命志士」という冊子だ。思想的に左翼系で、書いてあることの大半はふざけているのだが、たまに妙にまともなことが書いてあったりもする。サークルの部員たちは自分たちのことを"活動家"と称していた。実際のサークル活動は機関紙の作成以外は特に何をするわけでもない。ただみんなで集まって雑談をしたり、たまには飯を食べたりするのを中心とした集まりだった。それと、年に数回サークル活動の一環として大学キャンパス内でキャンプをする許可を大学から得ていた。


"語る会"とは別に、『正しい歴史を知る会』(知る会)というセクトがあると隊長から聞いたのだが、そこの代表の江上勉とは討論仲間だそうで、定例会と称して頻繁に議論をしているそうだ。思想的には同じ方向を向いている二つのサークルなのだが、細かい人間関係や方針やらで、別の団体として活動しているらしい。


(稲田にしてみれば全くどうでもいいことなのだが)


機関紙「革命志士」に少しだけ興味を持った稲田は、隊長に誘われるがままサークルに入ることにした。昼休みなど時間が空いた時は部室に顔を出した。隊長はいつも部室にいるのだが、たいてい部室の隅に置かれたソファーで昼寝をしていた。


ソファーの脇には、飲みかけのペットボトルと読みかけの文庫本が積まれ、その奥には畳んだ毛布まで置いてある。壁際の作業机には『革命志士』の校正刷りに混じって、誰かの講義ノートらしきプリントが無造作に重なっていた。部屋の中には、コーヒーとカップ麺が混ざったような匂いがうっすらと漂っている。


「隊長、ここで寝てるんですか?」

「たまにな」


隊長はそう言っただけで、それ以上は説明しなかった。


手持ち無沙汰になった稲田は、作業机に重なった校正刷りを何気なく手に取った。拉致された日にテラスで拾ったのと同じ冊子だ。ページをめくると、太い字の見出しが目に飛び込んでくる。


***************

《人生に勝利するための方法序説》

同志よ。人生に勝利せよ。まずは、自分の人生の負け犬っぷりを認めることから始めるのだ。つまらぬプライドはさっさと捨て去り、負けを認めよ。徹底的に自己批判することで、より強い意志を持つことができるのである。それこそが未来を切り開く原動力となるのだ。

***************


(相変わらず言っている意味はよくわからないが、何だか面白いな)


稲田は苦笑しながら次のページをめくった。


***************

同志よ。負け犬には二種類ある。自ら進んで負け犬になった者と、気付かぬうちに負け犬になっている者だ。だが安心せよ、同志よ。この本を手にした瞬間、キミはすでに人生の勝ち組なのだ。今までの負け犬っぷりは、すべて修行の一環である。「迷うことなかれ。空高く羽ばたけ! この本がキミの勝利への水先案内人となるであろう」

追伸。同志諸君、このページは一字一句、丸暗記せよ。必ずや人生のテストに出る。

***************


(なんだこれは。丸暗記しろだの人生のテストだの、意味が分からない)


そう思いながらも、稲田はついつい最後まで読んでしまった。校正刷りを机に戻すと、ソファーの隊長が薄目を開けてこちらを見ていた。


「お前もあれ、読んじまったか」

「あ、いや、その、何となく目に入っただけで……」

「気にするな。俺もいまだに何が書いてあるのかよくわからん」


隊長はそう言うと、またすぐに目を閉じた。


サークルの先輩たちは気さくな人が多い。稲田が拉致されたときに連れてこられた学生たちの周りで警備(?)をしていた顔ぶればかりだ。話してみると気のいい人たちばかりで、稲田が部室に顔を出すといつも楽しそうに話しかけてくれた。稲田を拉致したときの怖さはみじんも感じない。


顔ぶれの中には、稲田より一足先にこのサークルに馴染んでいる三人がいた。田中恒一は、国家がどうの資本主義がこうのと、少しでも隙があれば熱弁を始める。山本浩介はいつも軽い調子で愛想がいいのだが、話しているうちに視線がふっと部室の奥へ流れていることに稲田は気づいていた。そして佐藤由美は、なぜか革マル系を思わせるヘルメットを小脇に抱えたまま部室にいることが多く、「ウスッ!」という妙な挨拶で稲田を出迎えた。


窓際の席にいた女性部員が髪を束ね直すと、山本の視線が一瞬だけそちらへ向いた。稲田は気づいたが、何も言わなかった。


(このサークル、なかなか個性的な人が多いんだな)


そう思っていると、佐藤がじっと稲田の顔を覗き込んできた。


「ねえ稲田、あんた見覚えあるんだよね。……あ、思い出した! 地雷原で一人だけ突っ込んでいって、監督に怒られてた人だ!」

「え?」

「あの日、あたしも隊長の手伝いでスタッフやってたんだよね。稲田、そんなに必死に走らなくてもいいでありますよ」


からかうような笑みを浮かべる佐藤に、稲田は何と返していいか分からず固まった。


ある日、稲田が何気なく「今年の冬こそ穂高の方でスキーをしたいな」とつぶやいたことがあった。それを小耳に挟んだ隊長が、一瞬だけぴたりと動きを止め、探るような目で稲田を見た。


「……穂高、か」

「え、あ、はい。友達と毎年行ってるんですけど」

「ふむ」


隊長はそれだけ言うと何事もなかったかのように読みかけの本に視線を戻した。稲田はよくわからないまま首をかしげた。


(今のは、なんだったんだろう)


梅雨に入り、じめじめとした日が続いた。部室の窓を叩く雨音を聞きながら、稲田はいつしかこの部屋に入り浸るようになっていた。そうしているうちに大学の前期課程が終わろうとしていた時、稲田は隊長からサークルが主催するキャンプに誘われた。夏休みを利用して、学内のグランドにテントを張って酒を飲んだりダンスをしたりするとのことだ。夜はそのままテントに泊まる。大学が夏休み期間はイベントなどのアルバイトをやっていた稲田なのだが、その他には特にやることがない。


(大学内でキャンプか、なんとなく楽しそうだな)


そう思ったので参加することにした。そしてキャンプ開催の日がやってきた。稲田は指定された集合場所へと行った。そこにはすでに20人程の学生たちが集まっていた。その中に隊長がいた。


「何だ稲田、本当に来たのか、律儀なやつだな」


と、第一声。隊長は少し驚いたような顔をしていた。


(来いと言ったのは隊長だろうに)


隊長の横に、先日映画の撮影のために自分を拉致した女性がいた。今日はヘルメットをかぶっていないしタオルマスクもつけてない。つぶらな瞳が愛くるしいのだが、キリッとした眉毛から気の強さを感じる。稲田は少し緊張しながら挨拶をした。


「あ、あのー。初めまして稲田と言います」

「あら、久しぶりね。撮影に参加してくれた人ね。地雷で吹き飛ばされたときは心配したのよ。あれから体の方は平気?」

「はい。どうにか」


(『撮影に参加してくれた』って。突然現れて無理やり俺のことを拉致したんじゃないか)


稲田は強引に拉致して連れて行かれたことを不満に思っていた。だが、現地に着いたら映画の撮影だと言われ、アルバイト代ももらえた。どちらかというといい経験をしたのかもしれない。実のところ機会があったらまたやりたいなどと思っていた稲田だ。稲田は女性に聞いてみた。


「あのー。映画の撮影というのは定期的にあるんですか?」

「そんなわけないじゃないの。あの時たまたま撮影事務所から連絡があって人が足りないと言うのでうちの学生をかき集めただけよ」


女性は稲田をじっと見つめてから、ぽつりと言った。


「誘われたから来た、じゃなくて、自分が来たいから来た。それでいいのよ。人に理由を預けてると、そのうち自分の人生まで人に預けることになるわよ」


唐突で、少し説教くさい一言だった。稲田は曖昧に頷きながら、なんとなくその言葉だけは頭の片隅に残った。


女性が微笑む。後で聞いた話なのだが、隊長が主催するサークルでは人材派遣の仕事をサブの活動としてやっているそうだ。特に映画会社へ人を派遣して、そのマージンをサークルの活動費にあてている。それにしても強引な人集めをするところだ。女性の隣にいた隊長が、キャンプに集まった人たちに指示を与えた。


「よーしみんな。今からバーベキューとキャンプファイヤーの準備をおこなう。場所はグランド中央部。バーベキューセットと食材は校舎裏の軽トラに積んである。と、その前に各自で持ち寄ったテントをグランドの隅に設置するように」


サークルの部員たちは各々自分らの作業に取り掛かった。ペグを地面に打ち込む乾いた音があちこちで響く。なんだか作業をやるにも楽しそうにしている。稲田も慣れない手つきでペグを打ちながら手伝った。


佐藤はTシャツの袖をまくり、重そうな炭の袋を軽々と運んでいた。


「これ、どこでありますか?」

「ああ、そこ置いて」


山本が答えながら、一瞬だけ佐藤の方を見る。稲田は何となくその視線に気づいたが、口には出さなかった。


先ほどの女性は食材の準備や配置の指示をしている。どうやら隊長の補佐的な立場らしい。


そうこうしているうちに日が沈んだ。キャンプファイヤーに火が灯される。井形に詰まれた木材の中央に火柱が上がり、かなりの勢いで炎が立ち昇った。バーベキューの準備も万端だ。テキパキと作業をこなす学生たち。バーベキューコンロの横のテーブルの上には肉と野菜、ビールがたくさん置かれている。魚やタコ・イカも多い。どうやら隊長のリクエストらしい。


(そういえば隊長はよく魚の話をしていたな。よっぽど魚が好きなのだろう)


学生たちはキャンプファイヤーの周りに集まりバーベキューを食べながら歌を歌っている。学生の一人がギターを弾いているのだが、とてもうまい。なんだかとても楽しい雰囲気だ。歌は聞いたことがない曲だった。隊長に聞いてみると、「嗚呼、戦線の轟に」と言って、サークルのOBが作ったそうだ。学生たちの歌声が暗いグランドに流れていく。


酒が回ったのか、頬を赤くした学生たちがあちこちで笑い声を上げている。女子学生の一人が紙皿片手に肉を取り合う男子たちを見て「行儀悪いなあ」と笑いながらも、自分もしっかり炭火の上の肉を狙っていた。虫よけスプレーの匂いに混じって、時折蚊を叩く乾いた音が響く。焚き火の煙が風向きで稲田の方へ流れてくると、みんなが一斉に「うわ、こっち来た」と場所を移動する。


夜が更けるにつれ、二人組、三人組であちこちに散らばって話し込む学生たちが増えていった。


「お前ら、明日も一限あるんだぞ」

「夏休みだからいいんだよ」


誰かがそう茶化すと、すぐに別の誰かが言い返す。稲田はテントの前に敷いた寝袋に寝転がりながら、その声を遠くに聞いていた。

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