第03話 地雷原の男
完結保障、全21話。
毎日投稿予定。
隊長を先頭に学生たちが再度丘の上に向かって走りだした。丘の中腹には少し盛られた土がいくつか確認できた。稲田は集団の真ん中にいた。学生たちは隊長の後を追うようにして盛られた土を避けながら丘を駆け上がった。隊列のすぐ傍で次々と盛り土が轟音とともに爆風を挙げる。ものすごい土煙が荒野一面を覆いつくす。
稲田は隊列集団の真ん中にいたのだが、後方から走ってきた学生たちに押されるようにして突き進んだ。盛り土が目の前に来た。稲田の前を走っていた学生たちが次々とその盛り土を避けながら走っている。稲田もその盛り土を避けようと横へ飛び退いた。
足元から、かすかに嫌な臭いがした。油のような、焦げたような臭いだった。稲田がそれに気づいた瞬間、その右足が盛り土の端に触れた。足の裏に、妙な硬い感触があった。
次の瞬間。
『ドッガァァァンッ!!!』
腹の底を殴りつけるような爆音が響いた。地面が跳ね上がった。熱い風が身体を包み、稲田の軍服を激しくはためかせる。鼻を突く、焦げた火薬の臭い。口の中に、土の味が広がった。
何が起きたのか分からない。足元が消えたような感覚のあと、稲田の身体は宙へ放り出された。
「うわあああっ!」
泥と土砂が雨のように降り注ぐ。目を開けても、土煙で何も見えない。耳鳴りがして、周囲の音が遠ざかっていく。
青空が見えた。次の瞬間には荒れ地が見えた。身体が空中でぐるりと回った。
背中に衝撃が走る。
「ぐっ……!」
今度は地面を転がった。泥が頬に張りつき、口の中までじゃりじゃりする。軍服の中まで土が入り込んでいる。息を吸おうとしても、胸がうまく動かない。
やがて、耳鳴りの向こうから誰かの声が聞こえてきた。
「おい! 大丈夫か!」
その声が、急速に近づいてきた。
「おい大丈夫か?」
かすかな声が聞こえた。目を開けると、うっすらと男の顔が浮かんだ。隊長だ。稲田はプレハブの中で床に横たわっていた。
「気がついたか」
隊長がほっとした表情を浮かべている。
「お前は地雷を踏んで5mほど吹き飛ばされたんだ。救急班が急いで駆けつけて、一旦お前をここへ運んできた。擦り傷と打ち身くらいで済んだのは奇跡だな」
稲田は少しずつ記憶を取り戻してきた。頭はずきずきと痛み、体を起こそうとするとあちこちの擦り傷と打ち身が悲鳴を上げた。口の中もまだ血の味が残っていた。撮影用の爆弾だったので火薬の量は少なくしてあるはずなのだが、思いのほか爆発の威力が大きかった。気を失っていたのは20分ほどだ。
撮影が気になった稲田は体を起こそうとした。しかし、隊長が優しく声を掛ける。
「大丈夫だ。そのまま休んでいろ」
突撃シーンの撮影はすでに終わっていた。隊長は稲田が元気そうだったので少しほっとしている。その日の撮影はそれで終了。稲田も帰りの時間になると体の調子は回復したようだ。そのあと学生たちは皆バスに乗せられキャンパスまで送られた。帰りのバスの中、同行した隊長が当日のアルバイト代を配った。
本当に撮影のバイトだったのだ。学生たちは、連れてこられた時の不安はどこかへと消え去っていた。開放されたことの安堵感に喜びの顔を浮かべている。
日常の大学生活に戻った稲田はしばらくの間、「地雷で5m吹き飛ばされ無傷で生還した不死身の男」として学内で評判となった。実際は擦り傷と打ち身だらけだったのだが、噂が広まるうちにいつのまにか「無傷」ということになっていた。最初は「大きな怪我はなかったらしい」程度だった話が、人づてに伝わるうちに「かすり傷ひとつなかったらしい」に変わり、しまいには「爆風を素手で受け止めたらしい」とまで尾ひれがついていた。稲田自身、あえて訂正はしなかった。稲田の大学生活はこうして始まった。
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