第02話 模擬戦場
完結保障、全21話。
毎日投稿予定。
バス発着所に着くと、バスの横に学生が数名並ばされていた。
「貴様ーっ! さっさと列に並べ!」
ヘルメット男の腕の力がものすごく、稲田は何の抵抗もできずに学生たちの列の後ろに並ばされた。綺麗に一列に並んだ学生たちが次々に乗車していく。全員バスに乗車し終わると、先ほどのヘルメットの男が最後にバスに乗り込んできた。
「よーし、適当に空いている席に座れ。ふんふん大漁だな、本日の釣果は盛況だ」
バスの中には20名ほどの学生がいた。みんなひどく怯えている様子だ。その中に同じクラスの人が2~3人ほどいた。稲田が近寄り話しかける。
「どうしたのこんなとこで?」
「知らないよ。今朝大学に来たら無理やりバスに連れ込まれたんだ」
「そこ、うるさいぞ! おとなしくしろ!」
ヘルメットの男が怒鳴る。稲田たちは空いてる席に座った。ヘルメットの男が大声で話し出した。
「このバスは只今より撮影所へと向かう。道中私語は慎むように。以上!」
(一体どこへ連れていかれるのだろうか)
不安になった稲田だが、もうどうすることもできない。ただただ、流れに身を任せるだけだ。ヘルメットの男が再び話し始める。
「諸君にはこれから映画撮影に参加して頂く。何も心配することはない。私の指示に従っておれば死ぬことはない」
(??? 一体全体何のことだ?)
稲田の目が泳ぐ。周りの学生たちはみな口をぽかんと開けたままだった。しばらくもしないうちにバスは目的地に到着した。稲田の通うキャンパスからさほど離れていない場所だというのに、なんとも広々とした荒れ地だ。こんなところが大学の近くにあったなんて知らなかった。バスの前列に座っていたヘルメットの男が立ち上がり、振り向いて話し出した。
「よーし、お前ら。バスから降りてあのプレハブの前で集合だ。グズグズするな!」
ヘルメットの男が指差す先には、大きな平屋の建物が建っていた。学生たちがバスから降りると、ヘルメットにタオルマスクの男たちが5名ほどドアの前で出迎えた。手には何やらライフル銃らしきものを持っている。そのうちの一人だけ、他より一回り小柄だった。他の四人が黙々と学生たちを見張る中、その小柄な一人だけは、腕を組んだままどこか面白がっているような素振りで成り行きを眺めていた。
(まさか本物でもあるまい。しかしどういう意味があるのだろうか)
学生たちは一列に並ばされ、プレハブのところまで連れて行かれた。プレハブの前で稲田を拉致したヘルメットの男が立ち止まって、学生たちの方に振り返って大声を上げた。
「貴様ら、よく来た。以後、俺のことは隊長と呼べ。今から記念すべき最初の任務を行ってもらう。まずこの建物の中に入って服を着替えろ。人数分そろえてある。サイズは合っているはずだ。そもそも貴様らは体形で選ばれたからな。着替えが終わったら速やかにこの場に集合しろ。以上! 行動開始!」
(隊長だと? ヘルメットに軍服姿だし、軍事マニアか何かだろうか。それに体形で選ばれたってどういうことだ?)
あっ! 稲田はウッドテラスで声を掛けられた時のことを思い出した。隊長と一緒にいた女の人が『背格好が丁度いい』とか言っていたような。
学生たちは隊長に言われるまま、おどおどしながらプレハブの中に入って行った。プレハブの壁際には服がたくさん掛けられている。ヘルメットの男たちが着ていたのと同じ軍服だ。おまけに服の下には軍靴まで用意されている。部屋の中央には長いテーブルがあり、その上にはヘルメットとライフル銃が置いてあった。ライフル銃と言っても一見して模造と分かるのだが、多分遠目からは本物と見分けがつかないだろう。
(軍服に着替えてヘルメットとライフル銃を身に付けろということか? バスの中で隊長が『映画の撮影』とか言っていたな。いったい何なのだろうか?)
訳が分からないまま、それでも逆らう術もなく隊長の言うとおりになっている稲田と学生たちであった。ぐずぐずしているとまた怒鳴られそうだ。学生たちは渋々と着替えることにした。軍服に着替え、ヘルメットをかぶった学生たちがプレハブの外に出ると隊長が説明しだした。
「よーし、お前ら。本日は映画の撮影に協力していただき感謝する。貴様らは今から同志である。さあ、まずは一列になって行進の練習からだ」
隊長が掛け声を出す。
「その場足踏み。始めっ! いっちにっ! いっちにっ! お前らも声を出さんか!」
「いっちにっ! いっちにっ!」
学生たちが隊長の声に合わせて足踏みをする。稲田の近くにいた、先ほど声をかけた同じクラスの学生は、最初こそ足がまるで揃わず「お前、遅れてるぞ!」と隊長に名指しで怒鳴られていた。
「声が小さーっい! もっと気合い入れろっ!! マグロの群れのように動きを合わせろ」
「いっちにっ! いっちにっ!」
最初はもどかしかった学生たちも、号令に合わせるたび不思議なことにみんなの息がぴったりと合ってきた。先ほど怒鳴られていた同じクラスの学生も、いつの間にか周りと同じリズムで足を踏み出せるようになっている。隊長が続ける。
「全体ー、進め! いっちにっ! いっちにっ!」
学生たちの姿勢が心持ちすぅっと伸びてきたように見える。行進練習と称し、前進、回れ右、敬礼を練習した。この行進練習を10分ほど行ったところで隊長が「全体止まれ!」と大声で号令し、軍靴が地面を踏みしめる音ともにぴたりと隊列が止まった。
学生たちの目の前に、もの悲しいほど明るく晴れるグランドが広がっている。無駄に広大な荒れ地と表現してもいい。地面はわざと水をまいたみたいで、土の表面が濡れている。所どころ水たまりもあり、場所によっては水の量が多くなっており、足を取られそうなくらいの泥沼になっていた。隊長が大声で叫ぶ。
「よーし、貴様ら。今から俺が合図したら丘の上に向かって全力で走れ。いいか、突撃ーっ!」
突然隊長が走り出した。
(なんだ? 突撃というのは? 一体全体何をやらされているんだ俺たちは)
と思いつつも稲田たちは訳がわからないまま緩やかに傾斜したグランドを隊長のあとに続いて走り出した。不安と恐怖が入り混じったままの全力疾走だ。
ふと、隣を走る一人と目が合った。さっきプレハブの前で腕を組んで見物していた、あの小柄なヘルメットの一人だ。いつの間にか軍服に着替え、涼しい顔で他の学生たちに混じって走っている。
(え? さっきまで見張ってた側の人じゃ……)
稲田が戸惑っている間に、その人物は「ウスッ」と小さく声を上げながらあっさり追い抜いていってしまった。誰に聞いても説明のしようがない光景に、稲田はそれ以上深く考えるのをやめた。しばらく走ると丘の上には大型のカメラが1台こちらに向けられているのに気がついた。カメラの周りには3~4人の人影が見える。自分たちを撮影しているようだ。全員が丘の上までたどり着くと隊長は右手を挙げて号令を発した。
「突撃やめーっ!」
みんなが立ち止まる。ゼイゼイと息を切らす音があちらこちらで聞こえる。カメラの横にサングラスを掛けた背の高い男がメガホンを片手に腕組みをしている。どうやらこの撮影の監督らしい。監督がメガホンを振り回しながら大声を出した。
「もっと真剣に走れ。そんなんじゃダメだ。もう一回、やり直し」
隊長が振り向いて、苦虫を噛み潰したような顔で学生たちに檄を飛ばす。
「貴様ら何をやってるんだ! そんなことじゃいつまでたっても撮影が終わらないぞ。しっかりできるまで何度でもやるからな。今度は死ぬ気で走れ。トビウオのように勢いよくだ!」
学生たちは一体自分らが何をやらされているのか分からぬまま、元居た場所へと降りて行った。戻る途中、学生の一人が歩きながら隊長に質問した。
「あのー。自分たちは今何をやらされてるんですか」
「バスの中で説明したとおりだ。映画の撮影決まってるじゃないか」
(うむ、確かに映画の撮影のようだ。丘の上にあるカメラと横にいたメガホン持った人たちが撮影スタッフであるのは分かる。しかし、なぜ自分たちがここに連れてこられたのか意味が分からないのだ)
とにかく、今やっているのは映画の撮影であるということだけは分かった。少しだけ不安が解消した。そう少しだけ。
(映画の撮影か、無理やり連れてこられた理由はわからないが、撮影ということなのであれば身の危険はないだろう)
妙に自分を納得させる稲田であった。隊長が叫んだ。
「よーし。本日二本目の突撃だ。気合い入れて全力で走れ!」
「はい!」
先ほどの全力疾走で身も心も疲れていながらも、学生たちは気を取り直して勢いよく返事をした。
「よーし。全員突撃ー!!」
隊長の号令とともにカメラのところまで全力で走る学生たち。稲田も気合が入ってきた。隊長の横をすり抜けるように追い抜き、他の学生たちを尻目に稲田が先頭へと飛び出した。稲田は昔から走ることだけは得意で、大学生になった今でも周りに負けない自信があった。全力で走る稲田の後からは他の学生たちが必死になって追いかけるのだがなかなか追いつけない。運動が苦手らしい学生の一人はすぐに息が上がり、みるみる列の最後尾に下がっていく。「ま、待って……足が……」情けない声を上げながらも、それでも懸命に足を動かし続けていた。そして稲田が一人だけ一番先にカメラのある場所までたどり着いた。
「カーット」
メガホンを持った監督が怖い顔をしている。
「お前はなにをやってるんだ!? 隊長より前を一人だけで突っ走る部隊があるか!」
稲田の後から、息を切らしながら隊長以下学生たちがカメラのところまでたどり着いた。隊長がゼイゼイと肩で息をしながら注意する。
「こ、こら。隊列を乱すな。部隊の突撃になってないじゃないか。全員で走らないと絵にならんぞ。もう一度スタート地点に戻れ」
全員また丘を下り、元の場所へとぼとぼと歩いて行った。再度、隊長の合図で学生たちが走り出した。広場は水浸しになっており、所どころドロ水が溜まっている。軍服はすでに泥だらけだ。稲田は疲労が限界に達してきたのか足元がおぼつかない。泥沼に足を取られて豪快に転び、泥水を飲んでしまった。
「ゲホッ! ゲホォッ!!」
口の中に泥水の味が広がる。饐えた臭いと一緒に、うっすらと血の味も混じっている気がした。それでも稲田は立ち上がり、走るのをやめない。思いっきり突っ走る。丘の途中まで来た。目の前にはカメラが迫ってきた。
「カーット!」
監督の声がかかる。
「よし、走り込みの訓練はもういいだろう。次は爆破シーンを入れる」
(『爆破シーン』だと?)
学生たちの顔に不安の色が漂う。一行は再度元居た場所に戻り、整列した。隊長が叫ぶ。
「よーし、ここからは少しだけ注意が必要な撮影に突入する。俺の後についてくれば問題ない。よし、じゃあ行くぞ。突撃ーっ!」
学生たちが一斉に走りだした。丘の途中まで来ると、隊長が走りながら右手を挙げた。学生たちが何だろうと思っていたら、突然大音響が響き渡った。
『ドッカーッン!!!』
一瞬地面が割れたかと思った。地響きとともに目の前に巨大な土煙がそびえ立つ。地面が爆発したのだ。学生たちが立ち止まる。隊長の口元が緩み何か言いたげな表情で振り向いた。
「ふっ。いいか、これからが本番だ。この丘には数ヶ所、地雷が埋められている。なーに心配することはない、撮影用の地雷だ、威力はさほどない。俺の言うことに従っていれば命だけは助かるはずだ。多分」
隊長がグランドを指さして説明した。
「見てみろ、坂のあちらこちらに少し盛り上がったところがあるだろう。そこに火薬が仕掛けてある。お前らが盛り土の横を通るときにタイミングを合わせて爆破させる。盛り土は絶対踏むな。その周りをさっきと同じように走り抜けるんだぞ。一番大切なのは死なないことだ。死んだ魚は鳥の餌となる。しかし俺の後を付いてくれば大丈夫だ。いいか、わかったな」
「はい!」
学生たちが一斉に返事をする。返事一つするにも、なぜか息がぴったりと合ってきた。不思議なものだ。隊長が叫ぶ。
「突撃ーっ!」
「面白かった!」
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