第20話 木洩れ日の下で
完結保障、全21話。
毎日投稿予定。
公務員試験の合格通知が届いた日、稲田はまっさきに一本の電話をかけた。相手は北岡雅美だ。大学時代に教えてもらった番号は、幸い変わっていなかった。
「合格しました」
「え……本当ですか?」
電話越しの北岡の声は、いつもの威勢のいい調子からわずかに震えていた。ワンテンポ遅れて「おめでとうございます」と続いた声は、心なしか涙まじりに聞こえた。
「会いませんか。直接、お伝えしたいことがあるので」
その週末、稲田はキャンパスのあの並木通りを指定した。昔、北岡に「かけがえのない同志として」と言われて振られた場所だ。
(わざわざそんな場所を選ぶ自分の意地の悪さだな)
電話を切ったあとで少し笑ってしまった。
当日、待ち合わせ場所に現れた北岡は、以前と変わらずキリッとした眉毛のままだったが、心なしか肩の力が抜けているように見えた。
「お久しぶりです、稲田君。それで、公務員になったんですって?」
「はい。おかげさまで」
「へえ。国家権力の犬になったわけね」
北岡は腕を組み、いつもの調子でふふんと笑った。稲田は一瞬ムッとしたが、すぐに気がついた。北岡の目が、少しも笑っていない。むしろ何かを堪えるように潤んでいる。
「あの、北岡さん」
「なによ」
「体制側の人間になったのは、認めます。でも」
稲田は深呼吸をひとつして、続けた。
「隊長に、あなたを頼むと言われました。北岡さんは危険な女だから、ちゃんと管理しろと」
「は? あの人、余計なことを……」
北岡の顔がみるみる赤くなる。稲田は構わず続けた。
「でも、俺は北岡さんを管理したいわけじゃないんです。ただ、隣にいたいだけです。安定した、つまらない生活かもしれないけど、その隣に」
並木道に風が吹き、銀杏の葉がざわめいた。木洩れ日が北岡の頬にまだらな影を落とす。北岡はしばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。今度はちゃんと笑っていた。
「つまらない生活、ね。いいわ、それ」
「え?」
「あなたみたいな、誠実でつまらない人が隣にいてくれるなら、革命よりよっぽど安心できそう。ずっと気を張って生きてきたから、たまにはそういうのも……」
北岡はそこで言葉を切ると、照れ隠しのようにそっぽを向いた。
「勘違いしないでよ。同志として、そばにいてあげてもいいって言ってるだけだから」
「はい。それで構いません」
稲田はそう答えながら、内心にんまりとした。北岡雅美が素直に「好き」と言わないことくらい、もう十分わかっている。
木洩れ日の下で、二人はどちらからともなく笑い合った。
「面白かった!」
「続きが気になる!」
「今後どうなるの?」
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