第18話 教科書の御神託
完結保障、全21話。
毎日投稿予定。
稲田は北岡に、隊長が魚河岸で元気にしていることをメールで知らせた。返事は短く、『そう。生きてるなら、それでいいわ』とだけあった。
稲田が魚河岸でのアルバイトに精を出していたある日、地元の友達から電話がかかってきた。梶川南。東京に戻ったと聞きつけて連絡してきたらしい。小学校・中学校が同じで、気心の知れた幼馴染だ。『今までなーにやってたんだよ。水臭いなー』などと、電話口からは昔と変わらぬ口調が聞こえる。たまらなく懐かしい。その日の夜、稲田は梶川南と飲みに行くことになった。
梶川は地元のお寺の住職の息子で、今は寺の跡取りとして修行の身だそうだ。寺の坊主が酒を飲んでいいのか? と聞くと、そんなのは関係ないと言う。修行は気持ちの問題なのだそうだ。寺の息子が言うのでそういうものなのだろう。稲田と梶川は地元の居酒屋に入った。久しぶりに美味しいお酒を飲むことができた。稲田は今までの生活を語った。自身の今までの負け犬っぷりをご披露した形だ。梶川はうんうんと頷くばかりだった。
呑み屋を出た稲田と梶川は地元客でにぎわう繁華街を歩いた。すると、梶川は突然ふらっと道沿いの本屋に入った。
(いったい何をやりたいのだろうか)
稲田も後について本屋に入った。梶川は「多分あるはずだ」と参考書のコーナーへ向かい、「あったあった」と社会福祉の公務員試験の教科書を手に取る。そのままレジ横の印鑑什器をくるくる回して『稲田』のハンコまで見つけ出すと、迷いなくレジへ持っていった。
(いったい何をやりたいのだろうか)
わからないまま稲田も後をついて外に出た。
本屋を出た二人はすぐ近くのファストフード店に入った。「コーヒー代はお前が出せ」と言われ、稲田がカウンターで注文している間、梶川はテーブルで鞄から折りたたんだ紙を取り出し、参考書と印鑑を並べて何やら書き始めていた。
梶川が書いていたのは、公務員試験の願書だった。満足そうな顔で稲田に話しかける。
「ほら、公務員試験の願書だ。あとは自分で書け。で、これが教科書な。どうせバイト以外何もないんだろ。いっときの間だ、死ぬ気で勉強すれば何とかなる」
そう言いながら梶川は願書と教科書を稲田に渡した。ふと真顔になると、「さっきの話聞いてて、ちょっと心配になったんだよ」とぽつりとこぼし、それからすぐに茶化すようにニヤリと笑った。二人はファストフード店を出るとまた歩き出した。梶川がふと立ち止まり、思い出したよう空を見上げている。
「おい、稲田。知ってるか? 天気予報のやり方なんだけど、靴を放り投げて表が出たら晴れ。裏が出たら雨。横に靴が立ったら雪。ってあるだろう。お前が試験に受かるかどうかこの本で占ってやるよ」
梶川は稲田から公務員試験の教科書を取り上げると、本を力強く掴んで空中高く放り投げた。
「ほーらよっと」
教科書は空高く舞い上がり、バサバサと羽ばたくようにして道路に落ちた。そしてページが開かれた状態で稲田の足元に落ちた。
「あはははは。大吉だな」
梶川は何が楽しいのか腹を抱えて笑っている。稲田は道に伏せられるように見開かれたページを開いたままにして教科書を拾った。その時、梶川は笑うのを止め、稲田に真剣な目を向けて話し出した。
「よし、稲田。この開いたページの章を丸暗記しろ。絶対テストに出るからな! この本はな、お前の水先案内人だ」
(何を言っているのだろうか? 酔っぱらいの戯言か)
しかし、今の稲田にとっては藁をも掴むような話だ。
(でまかせでもいいじゃないか)
稲田は「わかった」とだけ言って、二人は繁華街を後にした。
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