↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
14/21

第14話 木工ファイブ

完結保障、全21話。

毎日投稿予定。

 稲田は大学を卒業してすぐ、富山県へと移住することになった。あの求人票を見て応募した、匠興業という木工所への就職が決まったのだ。履歴書を送って二、三度電話でやり取りをしただけで、対応してくれた社長から「うちの仕事を手伝ってくれ」と二つ返事で受け入れられ、寮に引っ越す日取りもその場で決まった。富山で就職というよりも移住といった方が分かりやすいだろう。東京生まれ東京育ちの稲田にとって地方移住には不安もあったが、大好きなスキーのインストラクターで身を立てたいという思いの方が強かった。移住当日、希望を胸に稲田は富山行きの電車に乗り込んだ。


電車が富山県に入ると、思っていた以上に広い平野に驚いた。車窓から見える景色は都会のそれとはうって変わって穏やかで、静かな町の風景が広がる。電車が富山駅に到着した。稲田は電車から降りて駅前広場に足を踏み入れた。広場には様々な建物が建ち並んでいた。中層ビル、商店街、そして小洒落た店が立ち並ぶ飲食店。


(富山は田舎だと思っていたのだが、駅前はずいぶん開発されている)


そこには多くの人々が集まっており、中には若いカップルや観光客、地元の人たちもいた。


近くで車のクラクションが鳴った。音のする方を見ると一台のトラックが駅前の駐車場の隅に止められていた。中から男の人が出てきた。稲田は反射的に深々とお辞儀をした。


「おうおう。よく来たな。稲田君だっけ?」

「はいっ。あのー。匠興業の方ですね。今日からお世話になります。東京から来た稲田です」

「おうおう。匠興業の谷口だ。よろしくな」


谷口雄一郎、稲田がこれからお世話になる木工所の代表だ。電話では何かと相談に乗ってもらっていたのだが、実際会うのは初めてだ。谷口は両頬から長く伸びる揉み上げを顎まで蓄えて、見た目は厳めしいのだが、話し方はとても優しくて人懐っこさを感じる。稲田は少しほっとしながら話しかけた。


「よく私だとわかりましたね」

「おうおう。こんなところにバッグを持って突っ立っているのはうちの工場に来るやつぐらいだ。さあ乗りな」


谷口は車のドアを開けて中に入った。稲田も反対のドアから車に乗る。持ってきた荷物はバッグひとつ。トラックの座席に座り膝の上にバッグを抱えた。稲田を乗せたトラックは富山駅をあとにし、山の麓方向へと向かった。駅前はビルが立ち並んでいたのだが、車で少し走ると青い空が広がっていた。フロントガラス越しに見える道路の先に立山連峰があった。巨大な屏風を思わせる景観が堂々と立ちふさがっている。季節は春なのだが峰々の山頂にはまだ雪が覆いかぶさっていた。白いマントを羽織ったように佇む山の姿に圧倒されながら稲田は唾を飲み込んだ。車の外は少し肌寒い気がするが、車内には心地いい日差しが降り注ぎ、山々から春の香りがそよいでくるのが分かる。


稲田を乗せたトラックは小一時間ほど県道を走り、山のちょうど麓にある工場へと着いた。広い駐車場だ。敷地の奥に工場が見える。全体的に茶色い壁の工場は思いのほか広く、バスが二台ほど入るんじゃないかと思えるくらいの大きさだ。車は駐車場に入ると工場の入り口付近に停まった。谷口社長は車から降りると工場入口の横にあるドアを開けた。どうやらそこが事務所になっているらしい。谷口社長は事務所の中に向かって声をかけた。


「おーい。着いたぞ」


事務所から年配の女性が出てきた。稲田も車から降りて社長の隣に立った。年のころは70代後半だろうか。作業着に前掛けをしたふくよかな女性が笑顔で話しかける。


「あらあら。お疲れさま」

「はじめまして。東京から来た稲田です」


稲田は深くお辞儀をして挨拶した。工場からは工具の稼働する音に交じって、トントントンと釘を打ち付けるリズムのいい音が軽快に響いている。のこぎりで木を切る音、カンナの走る音色。それぞれの音がテンポよく、まるで音楽を奏でている様だ。床には削り出されたばかりの木屑が薄く積もり、歩くたびに乾いた木の匂いが足元から立ち上った。


「さて、まずはキミの寝床を案内しよう」


社長が手招きして工場わきの外付け階段を上った。稲田も後からついていく。工場の二階は住居になっており、どうやらそこが従業員の寮になっているようだ。部屋は五つあり、稲田は一番奥の部屋へと案内された。社長が部屋のドアを開けて中に入り、奥にある窓のカーテンを開けた。稲田も中に入った。広さは四畳半。建物の作り自体はしっかりとしているのだが、部屋同士はベニヤを何枚か重ねた程度の壁で区切られている。社長はカーテンを開けたまま外を眺めた。手招きをするので行ってみると、窓の外には立山連峰の山々がそびえ立っていた。


「おうおう。今日も山の神様はご機嫌がいいようだ。見晴らしのいい部屋だろう。気に入ったかい?」

「はっ、はい」


(この部屋がこれから自分が暮らす部屋なのか)


稲田はしばし物思いにふけった。


「よーし。荷物はそこらへんに置いて、工場を案内する。先輩たちに紹介しなくちゃなんねーしな」


社長は部屋を出て階段を降りた。稲田も後からついていく。寮の階段を下りて一旦駐車場へ出るとすぐ横が工場の入り口になっている。社長が工場のドアを開けると、先ほど鳴り響いていた音がひときわ大きくなった。工場の中はヒノキのいい香りが充満している。社長が大声で話し出した。


「おーい、みんな、ちょっといいか。手を休めてくれ」


工具の音が鳴りやみ、従業員たちが一斉にこちらを向く。


「おうおう、悪いな仕事中。新人が入ったぞ」


従業員たちがぞろぞろと集まってきた。全部で4人の若者たちだ。稲田は少し緊張しながら深く頭を下げて挨拶した。


「初めまして。東京から来ました稲田信也と言います。分からないことがたくさんありますので、ご指導のほど、よろしくお願いいたします」


前に並んでいる4人は歳は稲田とさほど変わらないように見える。真面目そうな若者たちのようだ。社長が声をかける。


「おうおう、みんな作業に戻ってくれ。稲田君には後でゆっくりと自己紹介でもやってくれ。まずはと、稲田君。工場と仕事の説明だな」


社長は工場にある工具の説明から、仕事手順の段取りを一通り説明した。稲田は一生懸命メモを取った。説明がひと段落したところで社長が話しかける。


「着いたばかりで悪いが、雰囲気に慣れてもらいがてら、ちょいと作業を手伝ってくれるか? 作業と言ってもまずは掃除からだ。いいか、木工場で一番大切なのはなんといっても掃除だ。床の掃除、道具の手入れ、材料、機械、窓に壁の清掃。目に見えるところはもちろん、見えないところも綺麗にする。これが木工職人の心構えだ」

「はい!」


元気よく返事をする稲田。何となくやる気が出てきた。


(新しい土地で自分の居場所が見つかったような気分だ。『木工職人』か、従業員という表現よりしっくりくる)


しかし、後で知ったのだが、社長が『木工職人』と表現したのは意味があった。こちらの工場に勤めると言っても会社の従業員という立場ではない。いわば工場見習いだ。一昔前の丁稚奉公と言った方が分かりやすいだろう。技術を習得して職人と呼ばれるまでになるのはだいぶ先の話だ。それまでは半人前ということだ。


木工所で現在働いているのは男性ばかりの4人。稲田を入れて5人となった。みな、稲田と同じように木工所で生計を立てながらスキーのインストラクターをやることを考えている。


(世の中には同じことを考えている人たちが結構いるんだな)


(この人たちは本当にこれからしっかりやっていけるのであろうか)


そう不安になる稲田であった。そう、稲田にとっては他人事ではないのである。4人はみな出身地がばらばらだった。関東近辺出身の人が多かったが、一人は大阪からわざわざ来たそうだ。


木工所勤務二日目からはさっそく技術指導が始まった。師匠でもある社長から、かんなの入れ方、木の切り方など基本的なことを教わる。


(先輩たちと比べるとまったくの素人で、自分にはこの手の才能がないのかもしれない)


少し不安になりながら日々を過ごした稲田だったが、それでもやっていくうちに技術は習得するもので、椅子や棚などはそこそこ使い物になる程度には作れるようになった。


そんな慌ただしい毎日の中、月に一度ほどのペースで北岡からメールが届くようになった。最初の数通は、彼女らしい短く簡潔なものだった。『そちらの寒さには慣れた? 職人仕事から逃げ出していないでしょうね』。文末には、サークルの近況や『語る会』の残党たちの話が短く添えられていた。


(相変わらずだな、北岡さんは)


そう思いながら返信を打つ稲田だったが、夏前のある日届いたメールの文面に手が止まった。


『そういえば先日、街で偶然、元サークル員から隊長の噂を聞いたわ。相変わらずあちこちを転々としているみたい。あなたの富山行きを知ったら、あの人はなんて言うかしらね。「あいつは打たれ強いからどこでも生きていける」って、ニヤニヤ笑う姿が目に浮かぶわ』


飾り気のない、けれどどこか懐かしい文章だった。稲田は画面を見つめたまま、富山の青空を仰ぎ、小さく微笑んだ。


夏になった。もちろん雪など積もっていないのでスキーインストラクターの仕事などない。ひたすら木工所で修業兼丁稚奉公に励む稲田であった。男だらけの5人の職場で女っ気がないと思っていたのだが、そういうわけでもない。オープンファクトリーと称して、近隣の住民を工場に招いて、見学してもらいがてら木工細工の作品を展示して商品の紹介をする日が年に何度かあった。さらに、月に2回、隔週土曜日なのだが、近所の若い女の人が趣味で木工作り体験に来るのだ。指導は社長が中心となって行うのだが、細かいところは従業員が個別にマンツーマンで指導する。


若い男5人の丁稚奉公的な集まりで、女っ気のない工場だ。木工細工体験の女性が来ると、ひときわ浮き立つ。若い女性と言っても30歳前後の人が多かった。それでも丁稚奉公兼従業員5人にとってはとても新鮮で、その女性たちが時折差し入れに持ってきてくれるケーキやお菓子などがとても嬉しかった。木工細工体験はただ工作だけをやるのではない。地域住民との交流も兼ねているので、作業の休憩時間にちょっとした出し物をやるときがあった。出し物と言ってもたいしたことではない。遊びで作った木のおもちゃのお披露目や、自作の家具や彫り物の説明だ。


先に触れた、大阪からわざわざ来たという先輩の名は田島翔一郎といった。ある日、田島から『ダンスを披露したらどうか』との提案があった。いったい何のことかと聞いてみると、みんなで歌いながら踊るということだ。田島はテレビの戦隊ものが大好きで、本人も戦隊レンジャーになる夢を抱いていた頃があり、俳優を目指していたそうだ。結局夢は早々とあきらめて、稲田と同じようにスキー好きが高じてこの木工所に勤めることになった。ダンスを披露するにあたって、歌詞と曲は田島の創作で、当然振り付けまでやる。


そんなこっぱづかしいことなんかできないと稲田は最初は嫌がったのだが、木工所のみんなは面白そうだと大盛り上がりだ。結局稲田も断れなくなって木工所の仕事が終わったら5人で歌とダンスの練習をする羽目になってしまった。最初はいやだいやだと思っていた歌と踊りなのだが、憶えだすと体の動きもよくなって、5人の息もぴったりと合ってきた。自然と稲田も楽しい気分になる。歌のテーマは木工所職員5人の奮闘を表現したものだ。つまり稲田たち丁稚奉公のテーマソングとも言える。田島が創作した割には完成度が高い。


月に二回の木工細工体験会の日だ。近所の女性たちや家族連れが集まった。工場内での木工体験が終了すると、わざわざ工場前の駐車場へ体験会参加者を招いた。田島翔一郎が簡単な司会進行をとる。駐車場の真ん中に向かって田島が走り出し、4人が後に続いた。ステージとまではいかないが、駐車場の中央付近に舞台を模した簡易な線が引かれ、線の内側に田島を中央にして5人が整列する。田島が隅に構えていた社長に向かって大きな声で「ミュージックスタート!」と号令を発する。社長は少し緊張しながらラジカセの再生ボタンを押した。


♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪


「俺たちゃ木工ファイブだぜ!」


トントントトトン ダダダダダッ!

「モッコ・ワン!」

「モッコ・ツー!」

「モッコ・スリー・フォー、モッコ・ファイブ!」

ジャジャーン!


 俺たちゃ木工ファイブだぜ!

富山の自然に囲まれた

木材工場に花が咲く

今日もひたすら腕磨き

カンナさばきに豪快のこぎり

ノミの腕前いっちょまえ


 俺たちゃ木工ファイブだぜ!

空の青さと木の香り

流れる川の美しさ

今日もひたすらかんながけ

木肌の艶が透き通る

天女の衣の出来上がり


 俺たちゃ木工ファイブだぜ!

都会暮らしにゃわからない

木工一筋我が人生

今日の鑿のみは走ってる

踊る切っ先、荒ぶる木づち

出来たホゾには愛宿る


♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪


(パチパチパチパチ)


木工細工体験会に来ていた女性たち・家族連れからたくさんの祝福と拍手をいただいた。

「面白かった!」

「続きが気になる!」

「今後どうなるの?」

と思ったら

下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援をお願いいたします。

面白かったら星5つ、詰まらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!

ブックマークもいただけると、本当にうれしいです!


なにとぞよろしくお願いいたします。m(__)m

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。