第5話・かつての苦情を冷ややかに~その前向きさが恐ろしい~
第1章 皇孫皇女の旅立ち
第5話・かつての苦情を冷ややかに~その前向きさが恐ろしい~
「あれは、夏の終わり頃でしたね? 皇女殿下は私に、リオンさんと『約束している。』とだけ仰いました……」
氷点下の笑顔で語りだしたインスに、いきなりなんだ? と思いながらもジャンヌもリオンも黙って耳を傾ける。
(……というか、何でインスってば、皇女殿下、なんて他人行儀な呼び方してるのかしら……?)
いや、ジャンヌの思考は少しずれて、インスからの呼び方に首を傾げていた。
少し前までは間違いなく「ジャンヌ様。」と呼んでくれていたはずなのに、一体いつから「皇女殿下」をするようになったのだろう?
「……いつも通り、皇都に散策に行かれるかのような気軽さで仰ったので、私もいつも通りにこっそりと手助けしましたね?」
「……ぇ……!?」
貼りつけた笑顔のままのインスの語りに、その膝の上のアインが目を見開いて絶句する。
そんなことをして、インスは大丈夫だったのだろうか? とオロオロし始めたアインの頭を、インスは軽く撫でて落ち着かせ、アインに目を向ける間だけほわりと、それはそれは優しくほほ笑む。
「……まさか、その『約束』というのが、主神殿に侵入することで、神剣の封印を解く為だった……と知っていたら……」
スッと、ジャンヌに視線を戻したインスの目から、再び温度が消える。
なのに、浮かべた笑みは変わらなくて。
ゾクリ、と……視線を向けられたわけでもないリオンも背筋に悪寒が走った。
「けして、お手伝いすることなどありませんでしたよ」
「「…………っ!?」」
薄く、口元に笑みを這わせたインスの、一切笑っていない微笑みに、ジャンヌもリオンも息を飲んで絶句した。
誰が想像するだろう?
せいぜいストレス発散として、たまに皇都の散策に出かけていた皇女殿下が、ある日突然主神殿に不法侵入して、国宝であり神宝である神剣を手に入れようと企てているだなんて。
知った瞬間に文字通り顔色を無くし、後始末に奔走させられたのだから愚痴の百兆千兆、むしろ無限に黙って聞いて欲しい。
だというのに、この皇女殿下方は更にやらかして下さった。
「……そのあと、リオンさんの手を借りて、深夜にお出かけになられたと伺った時は、本気で倒れかけましたよ……」
しかも、救援として呼ばれて駆けつけた先では、無自覚に女神の加護の魔力をアインに流し込み、ファンに命じられて魔法を使ったアインを暴走寸前に追い込んでいて。
更にジャンヌとリオンが口を滑らせたせいで、それまで皇城からの脱走を手伝っていたことがほぼバレて……というか、その夜の脱走までインスの手引きと思われてしまい。
結果、それから数日間に渡り、一日中、片時も目を離されることなく見張られるハメになったインスの苦労を、欠片でも理解してくれているのだろうか?
「……あれだけ申し上げたのに、今の状況ですよ……?」
「「……え、と……」」
笑顔で射抜く、という器用なことをやってのけるインスを見て、ジャンヌもリオンも何か言わなければ……と焦って口を開く。
「インス、なんか、もしかして、怒ってる?」
「……バ……っ!!??」
一足先に口を開いたジャンヌのその発言に、ますます焦ったリオンは声を上げかけるが、その前に一切の表情が抜け落ちたインスを目にして硬直した。
ジャンヌの物言いに、えっと目を丸くしたアインも驚いてジャンヌを見、インスを目にしてカチンと固まる。
「「「「「…………………………」」」」
しばし、馬車の内部は吸い込まれそうなほどの無音に支配され……
「……………いいえ……………?」
意識して表情を取り繕ったインスが漸くそう告げた瞬間。
「……びっくりした~。……脅かさないでよ!」
からりと笑顔になったジャンヌに、リオンは滝のような冷や汗が止まらない。
違う。コレは怒っていないなどという状態ではない。
(……マズイ! マズイ! マズイ……!)
生存本能がとんでもない勢いで最大級の警鐘を鳴らすのに、その場から一切動けない。
否、インスから一瞬でも目を離すと、その瞬間には首と胴体が切り離されているかのような恐怖を感じる。
しかも、その切り離されているのが誰のだか分からない、という恐怖もあって、目を見開いたまま動きを止めてしまった。
「(…………魔法が使えさえすれば…………)」
「………っ!!??」
スッと目を細めたインスの唇が微かに動き、その音のない動きを読み取ったリオンがひっと、悲鳴を飲み込む。
(ヤバかった……! インスとアインが魔族に呪いかけられてなくて、自由に魔法が使える状態だったら、ほんっきで、ヤバかった……!!)
アインから瞳の宝石を奪い、ジャンヌの弟であるジョンの瞳の宝石と共に、バルバ島の城にある、と言い残して姿を消した魔族アーグが。
インスとアインの双方に、魔法を使おうと、魔力を動かせば、相方が苦痛に襲われる、何て言うとんでもない呪いをかけていなければ……
(……皇都を出発する前に、聖皇国ごと灰にされてたぞ……!!)
インスは怒っているのではない。
激怒している。
いや、むしろ、怒っていないのがヤバすぎる。
それはつまり、怒る価値すら感じていないということだ。
それがはっきりとわかって、リオンはそっと、胃を押さえる。
「? リオンもお腹痛くなっちゃったの? 大丈夫?」
その様子に、小首を傾げたジャンヌの言葉に……
「……お前は、もう少し、周りのことを、ちゃんと見ろ……」
「えっ!? ちょっ……! ディアス!!」
真っ青になって冷や汗を流しながら、ようよう告げるリオンを心配して、ジャンヌは馬車を止めるようにと外に声をかけた。
第5話をお読みいただきありがとうございます。
馬車の中で突如始まった、インスによる「ジャンヌの過去のやらかし暴露大会」。
笑顔のまま静かに怒りを滲ませるインスと、その圧に全く気付かずマイペースを貫くジャンヌ。
そして、インスの本当の恐ろしさに気づいてしまい、一人で冷や汗を流して胃を痛めるリオン。
胃痛と冷や汗が止まらない珍道中の行き先は!?
次回もお楽しみに!
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また次回もどうぞよろしくお願いいたします!
【本作は「カクヨム」にも投稿しております。】
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ノリト&ミコト




