第8話・ランチタイムの異文化体験~物珍しさを楽しんで~
第4章 皇孫皇女の日常思考
第8話・ランチタイムの異文化体験~物珍しさを楽しんで~
結局、茶室でお茶をしている間に、リリーが宿の前を通ることはなく。
……代わりに何やらセージと軽い言い合いになっている若者たちを見かけた。
そして、どうやらインスの方も、予定していた用事が済んだようで、昼には少し早いタイミングで食堂で顔を合わせた。
珍しく、全員が同じ時間帯での食事となるのを見て取って、素早くインスが個室を手配する。
そうして、案内された部屋に、給仕係を三人も配属されての昼食となった。
東西の街道と、皇都への街道を結ぶ要衝であるブルンには、当然様々なものが集まる。
それは何も実際の物品だけではなく、文化や情報も含まれ、行き来する人の多さの分だけ、この街に留まる人も増える。
そうすると、必然的にこの地域では見かけないものも見られるようになり、やがてこの街独自の文化として根付いていく。
流石に、高位貴族向けの宿ではそういった、いわゆるよそから来たもの、が提供されることは少ないのだが、この宿は中流貴族向け。
行商などを行う貴族も多くいる階級でもあるため、珍しいものも多く持ち込まれる。
そして、そういったものの中から、あまり人を選ばないものが提供されることもあった。
宿の食堂で提供される食事は、基本的に宿にお任せ。
流石に朝食メニューはオーソドックスなものが並ぶが、ランチは多少冒険したものも出てくる。
そもそも、宿で食事をしなくても、街中にいくらでも高級レストランが建ち並んでいるので、そちらで食事をすることだってできるからだ。
「いつも一泊しかしないから知らなかったけど、宿の食事って、毎回違うメニューが出るものだったのね。昼食のお料理って、変わったものがいろいろ出て楽しいわ!」
「……お嬢様、何かわからないものを不用意に……」
けれど、滞在中ずっと宿に押し込められているジャンヌからすれば、食堂や茶室での飲食くらいしか楽しみがない。
だから、特に変わり種が並ぶ昼食は毎回ワクワクして取っていた。
楽し気なジャンヌとは裏腹、どこの馬の骨とも知れない、何者かもわからない者が作り、身元も信用も把握しきれていない者が供する物に警戒するのは護衛の立場としては当然。
一応は言葉を濁すものの、ファンの鋭い視線は給仕係の一挙手一投足までもを睨むように見据えている。
「「「………………」」」
当然、給仕についている宿の従業員は面白くはない。
そもそも彼ら、彼女らは男爵家に所縁の夫人や令嬢、令息らなので内心では不満しかない。
だが、どう見ても中流貴族向け宿に宿泊する身分には見えないジャンヌとファンに文句を言えるはずもなく、ただアルカイックスマイルで緊張を隠し、粛々と業務を遂行するだけだ。
「……そう思われるのなら、皇都から持ち込んだ携帯糧食でも召し上がればいかがですか?」
「何……?」
「ええ~っ! せっかく珍しいものがあるのに、なんでわざわざ!」
冷ややかな笑顔でファンを見据えてインスが言えば、眉を顰めてファンは睨み返す。
その雰囲気を断ち切るように、ジャンヌはさっさとカトラリーを手に、少し灰色がかった生地を切り分けた。
西方で多く栽培されている角黒麦の粉で作られた生地を焼いて、様々な食材を包んだ料理は、ヴェローペと呼ばれている。
外はパリッと香ばしく、中はもっちりとして具材とのバランスも最高。
今回は食事用として、卵やハム、たっぷりのチーズが乗っているが、中の具材を選ばないので、デザートにまで応用できる優れもの。
トロトロになったチーズと、程よく火が通った卵の黄身が零れそうになっていて、ちょっと苦労しているのもご愛敬だろう。
「そもそも、皇都の下町のパン屋や、屋台の串焼肉を直接手渡しで受け取て、平気で口にされていた方ですよ? 今更貴族を顧客にされている宿の食事を警戒する意味が分かりません」
「………………は?」
一口大に切り分けたヴェローペを、先に自分が一口。
チーズも黄身も零すことなくきれいに口にし、温度や味を確かめる。
続いてアインの口に運びながらしれっと告げたインスの言葉に、ファンは処理落ちして硬直した。
同じように、クロードとステールも唖然として手を止める。
オロオロするアインは、周囲を気にしながらそっと口を開け、差し出されたヴェローペを口にした。
「そうそう! 前に、孤児院の子が就職したっていうパン屋があるって聞いて、様子を見に行ったら焼き立てのパンをくれたのよね! いつも出てくるパンよりちょっと硬めだったけど、香ばしくって食べ応えもあったわ!」
「「……っ!!!???」」
その様子を気にすることもなく、口の端に付いた黄身をナプキンでそっと押さえて拭い取り、次の一口を切り分けながらも笑顔で肯定するジャンヌに、ファンもリオンも一気に青くなる。
「おま……っ!? いつの間にっ!!」
「リオンっ! 貴様かっ!!」
焦って声を上げたリオンをファンが睨みつければ、自分が怒鳴られたわけでもないのにアインがビクッと肩を揺らす。
「大きな声を出さないでいただけませんか? 食事中ですよ?」
「貴様が言うなっ!!」
そっと抱き寄せたインスが苦言を呈すれば、誰のせいだとファンはますます声を上げる。
「ディアス。お行儀が悪いわよ?」
「……っ。ですから……っ!!」
少し眉を顰めたジャンヌも窘めれば、何かを言いかけたファンは結局ギリギリと奥歯を噛みしめ、インスを睨むだけ。
「……うわぁ~。大丈夫だったかな……? 流石に、ジャンヌが押し掛けたせいで首になってたら目も当てられないぞ……?」
「ちょっと、リオン。どういう意味よ?」
青い顔を引きつらせて呟くリオンの声を拾って、ジャンヌがムッと睨みつける。
ジャンヌは何も考えずに受け取って食べているが、彼女は皇孫皇女。
皇城内で供されるものはすべて身元の確かな、信用できる者によって調理され、配膳される。
もちろん、毒見もされてから。
それが当然の立場の相手に、平民が、おいそれと口にするものを差し出せるはずはない。
要は献上せざるを得ないような状況に追い込まれ、罪に問われる覚悟で差し出し、まさかの目の前で実食されたようなもの。
献上されたものに毒物などはなかったとしても、そんな不用意な真似をさせただけでも万死に値する、と言われかねないのだ。
「お前、自分がどんな立場かわかってる? 何で普通に受け取って食ってるんだよ?」
何か、一気に食欲無くなった……
「……え? 何か問題?」
痛くなった胃を押さえて唸るリオンを、ジャンヌは不思議そうに首を傾げて見る。
((問題大ありだっ!!))
キョトンとしているジャンヌに、ファンもリオンも胃壁が削れる錯覚を覚えた。
なお、ジャンヌが皇都の民から受け取った様々な物は、後日きちんと商品代金が払われていた、ということを彼らは知らない。
また、女神の加護の魔力に守られているジャンヌは、他者の悪意からも守られているので、仮に痛んでいたり、あるいは他国の密偵が毒物などを仕込んだとしても、本能的ともいえる理由で避けるため、結果的に危険が及ぶこともない。
……まあ、誰もが知っている情報と言う訳でもないのと、完ぺきではない、という問題点はあるのだが……
(……どれだけ私が苦労していたのか、少しは思い知ってくださいましたかね……?)
ただ一人、冷たい視線で眺めつつ、穏やかに微笑むインスがそんな風に考えていることも、彼らは知らない。
第8話をお読みいただきありがとうございます。
今回は少し息抜きのようなランチタイムの風景です。
しかしそこはやはりこのパーティー。
ただ平和に食事が進むはずもなく、ジャンヌの過去の行動が暴露されることで、またしても護衛たちの胃壁が削られる事態に。
ジャンヌの無自覚な自由奔放さと、それに振り回されるファンやリオン、そしてインスの静かな意趣返し。
どこまでもマイペースなジャンヌに、彼らの胃痛はまだまだ続きます。
次回もお楽しみに!
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ノリト&ミコト




