第5話・善意が救いになるとは限らず~その行いを言い換えて~
第3章 ブルンに揺蕩う身分差恋愛
第5話・善意が救いになるとは限らず~その行いを言い換えて~
眩しいほどに真っ直ぐ、と言えばよいのだろうか?
ジャンヌは、自分がさせようとしていることが、どんなことなのかを一切理解していないというのはよく分かった。
その、サルビス元子爵家の令孫だという青年からすれば。
仕事中に、いきなり宿泊客に呼び出されたかと思えば。
好奇心丸出しで、根掘り葉掘り個人的なことを聞かれて。
仕方なく答えれば、自分の家ではなく、知り合いの家に勝手に押しかけさせるから!
と貴族然とした少女に言われた状態。
その少女の隣には、いかにも騎士然とした目つきの鋭い青年もいて……
断ればその場で無礼打ちにされるかもしれない状況。
自分一人で被害が済めばマシだが、自分の家族や、聞かれるがままに話してしまった知り合いの一家だとか、それこそ職場である宿全体。
どこまで被害にあうかも分からない。
その状況で「はい。」以外の返事を返せる平民など居るはずもないというのに……
(……この国は身分制度が存在し、貴族と平民とでは明確に立場が違うというのに……)
貴族の頂点である皇族と、そこに近い侯爵家のご子息様には理解できていないようだ。
「……どうやら、お二人は『身分を隠す。』というのがどういうことなのか……全くご理解いただけていない、ということだけは分かりました」
「「……っ……!?」」
にこりと笑顔を作ったインスの物言いに、ジャンヌもファンも目を丸くする。
「え? は? え? どういうこと……? 今までの話と、何か関係あるの??」
「………………」
思いっきり首を捻るジャンヌと、渋面でインスを睨むファンとを冷ややかに眺めながら、怯えた様子を見せるアインをそっと抱き寄せて、落ち着かせるように軽く肩を叩く。
「……では、お二人でもご理解いただけるように申し上げましょうか……」
口元にだけ笑みを這わせたインスの声はけして荒々しくはない。
むしろ、普段以上に落ち着いて、穏やかな声音。
けれど、それが逆に何とも言えない居心地の悪さを感じさせている。
「そうですね……例えて申し上げるなら、隣国の特使が滞在中なので、粗相がないように、と陛下から言伝があったのに、うっかりお二人が口論されているところを見られ、特使に呼び出された挙句、下手なことを言えば両国の関係性が悪化するのに、個人的なことを聞かれたわけです」
「えっ!? 普通、そんなこと聞かれないわよ!!」
静かに語りだしたインスの話を聞くうちに、ファンは遠い目をし始め、ジャンヌは途中で目を見開いて声を上げる。
「……『皇女殿下とフロークス爵子はご婚約されていらっしゃるのですか? え? まだ? ああ、幼馴染だからあれほど気安くお話しされていたのですね……どう見ても恋人同士のようでしたよ?』……」
「へ? は……? え……??」
「なっ……! き……っ!! ま……っ!!」
聞かれない、と言いながら、自分がそれをした、と理解していないジャンヌに理解させるため、あえてその状況で特使が言うであろう言葉を語ってやれば、ジャンヌもファンも顔を真っ赤にして言葉を詰まらせた。
「……皇女殿下がそのセージさんと仰る方にされたのは、こういうことですよ……」
「っ~~~~~~!! ぜ、ぜんっっっぜん! 違うわよっ!!」
「………………」
鮮やかな笑顔を浮かべて見せれば、ジャンヌは湯気を上げそうなほどに赤くなって否定し、ファンは赤いのか青いのか分からない表情で絶句する。
「……下手な受け応えをして、言質を取られれば国際問題ですね? 『ご病気の弟君がいらっしゃる? では、我が国から同行させている者に一度診察させましょう! 貴国の医師が劣っているとは申しませんが、もしかしたら、こちらでは知られていない原因があるのかもしれません』……と、言われて上手くお断りできますか?」
「「………………」」
続けて言われた言葉には、二人揃って青くなる。
何しろ、ジャンヌの弟であるジョンは本当は病ではないのに、病である、として世間の目から隠してきたのだ。
魔族に呪いをかけられた、などと口外できるはずもないからこその苦肉の策ではあったが、「病である。」としてきた以上、実際にそういった申し出をした国がなかったのか? と聞かれれば……
((……どこかの国が言った可能性は高い……))
ジャンヌもファンも、すぐにそれは理解できた。
そして、そんな申し出をされても、実際にジョンを診せることなどできるはずもない。
「更に申し上げれば、それを言われて、押し切られたのが、皇女殿下でも陛下でもなく、外交特使として接待に当たっていた一貴族だったとすれば?」
「「……っ……!!??」」
ギョッとして、ジャンヌもファンも息を飲む。
真実を知らず、ただ病の皇子がいると知られているからと。
良かれと思って申し出られて、明日行かせるから! などといわれた……と、伝えられた時、どう感じる?
「……そ、れは……」
「……ありえないな……」
呆然としたジャンヌの呟きと、眉間に皺を寄せたファンの苦々しげな呟きが同時に漏れ出て。
「……ご理解いただけましたか? お二人がよしとされたことが、いかに常識外れであるか……」
にこりと、それはそれは華やかに笑って見せたインスを……
「「……………」」
ジャンヌもファンも、何も言い返すことができずに見つめた。
第5話をお読みいただきありがとうございます。
今回は、ジャンヌの純粋な「善意」に潜む、絶対的な身分差による「無自覚な暴力性」がインスの口から語られました。
強大な権力を持つ者が、平民の個人的な事情に無遠慮に踏み込むことの危うさ。
インスの外交に例えた冷徹な指摘によって、ジャンヌとファンは自分たちがセージに対してどれほど残酷な「断れない状況」を強いていたのかを突きつけられます。
ぐうの音も出ない正論を突きつけられた彼らは、この後どう動くのか?
次回もお楽しみに!
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ノリト&ミコト




